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  • 不動産で相続税はなぜ下がる?賃貸不動産の評価減・借入金・小規模宅地を事例で解説

    「相続税対策として不動産を買うとよい」 このような話を聞いたことがある方は多いと思います。 実際、不動産は現金と比べて相続税評価額を抑えやすく、特に賃貸用不動産では、貸家建付地・貸家の評価減、小規模宅地等の特例、借入金の債務控除が組み合わさることで、相続税の課税対象額が大きく下がるケースがあります。 ただし、ここで最初に理解しておきたいことがあります。 「借金をすれば相続税が下がる」のではありません。 相続税対策として不動産が機能する最大の理由は、市場で売買される価格と、相続税を計算するときの評価額に差が生じることです。 たとえば、1億円の現金は相続税でも基本的に1億円として扱われます。一方、市場価格1億円の賃貸用不動産が、相続税上は5,000万円や6,000万円程度で評価されることがあります。 つまり、 現金1億円 → 相続税評価1億円 だったものが、 不動産1億円 → 相続税評価5,000万円~6,000万円 となれば、経済的には同じ1億円の資産を持っていても、相続税の計算基礎は小さくなります。 本記事では、不動産で相続税評価額が下がる仕組みを、不動産オーナー向けにできるだけシンプルに解説します。 ※本記事は2026年8月26日時点の制度を前提としています。2027年1月1日以後の相続等については、短期に取得・新築した一定の貸付用不動産の評価方法について大きな見直しが示されています。後半で詳しく解説します。 目次 1.不動産で相続税が下がる本当の理由 不動産による相続税対策を理解するうえで、ポイントは大きく3つです。 「時価と相続税評価額の差」 「賃貸していることによる評価減」 「借入金の債務控除」 この3つを分けて考えると仕組みがよく分かります。 1-1.現金は1億円なら1億円。不動産はそうとは限らない 土地や建物は、通常の売買価格をそのまま相続税申告書に記載するわけではありません。 土地は原則として「路線価方式」または「倍率方式」で評価します。建物は原則として固定資産税評価額を基準に評価します。 そのため、市場価格と相続税評価額との間に差が生じます。 国税庁も、家屋については固定資産税評価額に1.0を乗じて評価し、賃貸されている土地・家屋については権利関係に応じて評価額を調整する仕組みを示しています。 たとえば、市場価格1億円の不動産について相続税評価額が8,000万円だったとします。 現金1億円を持っていれば評価額は1億円ですが、不動産に変われば評価額は8,000万円です。 この時点で、相続税の計算上は2,000万円の差が生まれます。 さらに、その不動産を第三者に賃貸していれば、土地・建物ともに追加の評価減を受けられることがあります。 これが、収益不動産が相続対策と相性がよい大きな理由です。 1-2.「借金をすれば相続税が下がる」は正確ではない 相続税を計算するとき、亡くなった方が負担していた借入金などの確実な債務は、原則として遺産総額から差し引くことができます。これを債務控除といいます。 ただし、借入れをしただけでは相続税は下がりません。 たとえば、1億円を借りて、その1億円を預金として持っているだけなら、 預金+1億円 − 借入金▲1億円=0円 です。 資産と負債が同額増えるだけなので、純資産は変わりません。 相続対策として効果が生じるのは、借りたお金を使って、市場価格よりも相続税評価額が低くなる不動産を取得したときです。 たとえば1億円を借りて1億円の不動産を取得し、その不動産の相続税評価額が6,000万円になれば、 不動産6,000万円 − 借入金1億円=▲4,000万円 という評価差が生じます。 したがって、相続税対策の本質は「借金」ではありません。 現金等を相続税評価の低い不動産へ組み替え、その評価差と債務控除を組み合わせることです。 2.賃貸用不動産の土地はどう評価される? 2-1.賃貸アパートの土地は「貸家建付地」として評価する 自分の土地にアパートや賃貸マンションを建て、第三者に貸している場合、その土地は原則として貸家建付地として評価します。 貸家建付地とは、簡単にいうと「人に貸している建物の敷地」です。 評価額は次の式で計算します。 貸家建付地の評価額= 自用地価額×{1-借地権割合×借家権割合×賃貸割合} 国税庁も同じ算式を示しています。 たとえば、自用地としての評価額が4,000万円、借地権割合60%、借家権割合30%、賃貸割合100%だったとします。 4,000万円 ×{1-60%×30%×100%}= 3,280万円 自分だけで使用している土地なら4,000万円だったものが、賃貸用建物の敷地になることで3,280万円まで下がります。 評価減は720万円、率にすると18%です。 なぜ評価額が下がるのでしょうか。 賃貸中の建物には入居者がいます。そのため、所有者であっても自由に取り壊したり、すぐに別用途へ変更したりできるわけではありません。 相続税評価では、このような所有者による利用の制約を評価額に反映しているのです。 2-2.さらに小規模宅地等の特例で50%減額できる場合がある 賃貸用不動産の土地について、一定の要件を満たす場合には「小規模宅地等の特例」のうち貸付事業用宅地等として、最大200㎡まで評価額を50%減額できます。 先ほどの土地をそのまま使ってみましょう。 貸家建付地としての評価額は3,280万円でした。 敷地全体100㎡について貸付事業用宅地等の特例を適用できるとすると、 3,280万円 × 50% = 1,640万円 となります。 もともとの自用地評価4,000万円から考えると、相続税評価額は1,640万円まで下がっています。 4,000万円 → 1,640万円 ですから、土地だけでもかなり大きな差です。 ただし、小規模宅地等の特例は「賃貸物件なら自動的に使える制度」ではありません。 相続人がその貸付事業を申告期限まで引き継いでいること、その土地を申告期限まで保有していることなどの要件があります。また、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等は原則として対象外です。 一方、相続開始の日まで3年を超えて引き続き一定の「特定貸付事業」を行っていた場合には、この3年以内貸付宅地等から除外される取扱いがあります。 したがって、相続が近くなってから賃貸物件を購入する場合には、この3年ルールを必ず確認する必要があります。 また、自宅の土地など他の小規模宅地等の特例と併用する場合には、限度面積の調整が必要になることがあります。 小規模宅地等の特例には、自宅や事業用地など他の区分もあり、誰が相続するかなどによって要件が異なります。制度全体は、「小規模宅地等の特例とは?」で整理しています。 2-3.空室があるときは「戸数」ではなく「床面積」で考える アパートやマンションでは、相続発生時にたまたま1室空いていることもあります。 このとき重要なのが賃貸割合です。 賃貸割合は「10室中9室だから90%」という単純な戸数割合ではありません。 原則として、貸家の各独立部分について、実際に賃貸されている部分の床面積 ÷ 全独立部分の床面積で計算します。 ただし、相続時点で空室になっていても、課税時期前まで継続して賃貸され、退去後すぐに募集を開始し、空室中に他の用途へ使用せず、空室期間が課税時期の前後で例えば1か月程度の一時的なものであり、その後も継続的に賃貸されているようなケースでは、賃貸中として取り扱える場合があります。 ただし「1か月」は絶対的な期限ではありません。 重要なのは、本当に一時的な空室だったと説明できるかです。 募集依頼日、賃貸ポータルへの掲載履歴、内覧記録、申込書、新しい賃貸借契約書、賃料の入金記録などは残しておくべきです。 3.賃貸用不動産の建物はどう評価される? 建物については、原則として固定資産税評価額を基準にします。 第三者へ賃貸している建物は「貸家」として、次の式で評価します。 貸家の評価額= 固定資産税評価額 ×{1-借家権割合×賃貸割合} たとえば固定資産税評価額3,000万円、借家権割合30%、賃貸割合100%なら、 3,000万円 ×{1-30%×100%}= 2,100万円 となります。 つまり、自用なら3,000万円だった建物の評価額が、貸家になることで2,100万円まで下がります。 ここで注意したいのは、固定資産税評価額と市場価格には一定の比例関係があるわけではないということです。 市場では、築年数、立地、賃料、稼働率、修繕状況、投資家が要求する利回りなどによって売買価格が決まります。 一方、相続税評価では固定資産税評価額を基礎にします。 この「市場の評価方法」と「税務上の評価方法」の違いが、不動産の評価差を生み出す要因になります。 4.1億円の賃貸不動産を購入すると、相続税評価はどう変わる? ここまでの仕組みを、具体的な数字で確認してみます。 購入前は現金1億円、借入金ゼロとします。 市場価格1億円の賃貸用不動産を購入し、土地の市場価格は5,000万円、建物の市場価格も5,000万円とします。 土地の自用地としての相続税評価額は4,000万円、建物の固定資産税評価額は3,000万円。 借地権割合60%、借家権割合30%、賃貸割合100%とします。 購入資金は8,000万円を金融機関から借り入れ、2,000万円を自己資金で支払います。 敷地は100㎡で、相続発生時には貸付事業用宅地等として小規模宅地等の特例を適用するための要件を満たしているものとします。 なお、以下は2026年時点の現行評価ルールを前提とした単純化した試算です。 購入前 現金 1億円 借入金 0円 相続税評価ベースの純資産 =1億円 購入後 自己資金2,000万円を使っているため、現金は8,000万円残ります。 土地はまず貸家建付地として評価します。 4,000万円 ×{1-60%×30%×100%}=3,280万円 小規模宅地等の特例を適用できる場合は、 3,280万円 × 50%=1,640万円 となります。 建物は、 3,000万円×{1-30%×100%} =2,100万円 です。 これをまとめると次のようになります。 項目 購入前 購入後・小規模宅地なし 購入後・小規模宅地あり 現金 1億円 8,000万円 8,000万円 土地 ― 3,280万円 1,640万円 建物 ― 2,100万円 2,100万円 借入金 ― ▲8,000万円 ▲8,000万円 相続税評価ベースの純資産 1億円 5,380万円 3,740万円 購入前との差額 ― ▲4,620万円 ▲6,260万円 小規模宅地等の特例まで適用できれば、 1億円 → 3,740万円 となり、相続税評価ベースの純資産は6,260万円減っています。 一方、経済的な純資産を市場価格ベースで考えると、上表の通り1億円です。 (購入諸費用や市場価格の変動を無視すれば、経済的な純資産は1億円のままなのです。) ここが、不動産による相続対策を理解するうえで最も重要なポイントです。 資産そのものが6,260万円消えたわけではありません。 市場価値では1億円の純資産を保ちながら、相続税を計算するときの評価額が3,740万円になっているのです。 この「市場価値と相続税評価額の差」が、不動産による相続対策の本質です。 5.相続直前に不動産を買えばよい、という話ではない ここまで読むと、 「それなら相続が近くなったら、大きな借入れをして不動産を購入すればよいのでは?」 と思われるかもしれません。 しかし、この考え方には大きな注意点があります。 5-1.最高裁まで争われた「財産評価基本通達6項」 財産評価基本通達6項、いわゆる総則6項は、通常の通達評価によることが「著しく不適当」と認められる場合に、通常とは異なる方法で財産を評価するための例外的なルールです。 この総則6項を巡って有名なのが、最高裁第三小法廷令和4年4月19日判決です。 この事案では、被相続人が金融機関などから多額の借入れを行い、不動産を購入していました。 不動産の購入と借入れがなければ相続税の課税価格は6億円を超えていた一方、通達評価を適用すると課税価格は約2,826万円となり、基礎控除によって相続税額は0円となっていました。 最高裁は、被相続人らが近い将来の相続における税負担の軽減を知り、かつ期待して、あえて不動産購入・借入れを企画して実行したという事実などを踏まえ、通常の通達評価を行うことは他の納税者との間に看過し難い不均衡を生じさせるとして、鑑定評価額による課税を認めました。 ただし、この判決については誤解しないことも重要です。 最高裁は、通達評価額と鑑定評価額との間に大きな乖離があることだけでは足りないと明確に述べています。 つまり、「市場価格と相続税評価額に差がある=総則6項で否認される」という話ではありません。 問題になるのは、その評価差だけでなく、不動産購入・借入れの経緯や租税負担への影響などを含めた事実関係です。 5-2.さらに重要:2027年から短期取得の貸付用不動産は評価ルール見直しへ 改正内容と「5年以内取得」の具体的な判定については、「貸付用不動産の相続税評価が2027年から見直しへ」で最新情報を整理しています。 2026年現在、不動産オーナーが特に確認しておくべきなのが、令和8年度税制改正です。 財務省の令和8年度税制改正大綱では、2027年1月1日以後に相続等で取得する財産について、貸付用不動産の評価方法を見直す方針が示されています。 具体的には、被相続人等が課税時期前5年以内に有償で取得または新築した一定の貸付用不動産について、課税時期における通常の取引価額に相当する金額で評価することとされています。 また、課税上の弊害がない限り、取得価額を基礎として地価変動等を考慮した金額の80%相当額で評価できる仕組みも示されています。 これは非常に大きな変更です。 これまでのように、 「相続直前に市場価格1億円の収益不動産を購入し、路線価・固定資産税評価額ベースで大きな評価差を作る」 という短期的な相続対策は、2027年以後かなり制約される方向です。 したがって、これから不動産を使った相続対策を考える場合には、単に「いくら評価が下がるか」だけではなく、取得時期と想定される相続時期までセットで確認する必要があります。 なお、2026年8月時点では、財務省から改正内容は示されていますが、この見直しに関する国税庁の最終的な評価通達の詳細は本記事作成時点で確認できていません。実際の適用にあたっては最新の通達を確認する必要があります。 6.相続税対策で不動産を買う前に、何を確認すればよい? 相続税対策を考えるとき、いきなり物件を探すのは順番が逆です。 まず現在の資産状況を数値化し、そのうえで候補物件を購入した場合に何が変わるのかを比較します。 現在の相続税を概算する。 現金、株式、既存不動産、生命保険、借入金などを整理し、「今相続が発生したらいくらか」を把握します。 購入候補物件の市場価格と相続税評価額を両方計算する。 売買価格だけで判断せず、土地の路線価等、建物の固定資産税評価額、借地権割合、賃貸割合まで確認します。 貸家建付地・貸家・小規模宅地等の特例を反映する。 特に小規模宅地等の特例は、3年ルールや事業継続・保有継続の要件を事前に確認します。 借入れ後の相続税評価額を計算する。 「いくら借りるか」ではなく、「購入後の資産評価額-借入残高がどうなるか」で判断します。 相続税とは別に、不動産投資として成立するか検証する。 賃料、空室、管理費、修繕、固定資産税、金利、元本返済を入れ、返済後キャッシュフローまで確認します。金利上昇や空室増加を入れたストレステストも行います。 取得時期・保有期間・出口まで決める。 2027年以後の貸付用不動産評価の見直しも踏まえ、誰が相続し、その後保有するのか売却するのかまで考えます。 ここまで計算すると、その物件が本当に相続対策として有効なのかがかなり明確になります。 不動産だけでなく、遺産分割や納税資金まで含めた相続全体の考え方は、「相続の基本と全体像」をご確認ください。 7.相続税を下げるためだけの不動産購入はおすすめしない 不動産によって相続税評価額が下がること自体は、制度上認められている評価方法の結果です。 したがって、「相続税評価額が下がるから不動産はダメ」ということではありません。 一方で、相続税が下がるという理由だけで、収益性の低い物件や将来売却しにくい物件を購入するのも本末転倒です。 相続税が1,000万円下がっても、保有期間中に2,000万円の損失が出れば資産形成としては失敗です。 判断の順番は明確です。 まず、不動産投資として成立すること。 そのうえで、 相続税評価の圧縮効果があること。 この順番で判断すべきです。 具体的には、賃料収入から運営費を差し引いた収益力、金融機関への返済後キャッシュフロー、将来の大規模修繕、金利上昇への耐性、売却時の価格、相続後に誰が管理するのかまで確認します。 税務だけを見るのではなく、税務・財務・融資・不動産価値を一体で判断することが重要です。 不動産を複数所有する地主の方は、税額だけでなく「誰にどの土地を残すか」まで含めた設計が重要です。「地主の相続はなぜもめやすい?」で整理しています。 8.まとめ 不動産が相続対策として機能する理由は、単に借入金を増やせるからではありません。 土地は路線価方式等、建物は固定資産税評価額を基準として評価されるため、市場価格との間に評価差が生じます。 さらに賃貸用不動産であれば、土地は貸家建付地、建物は貸家として評価が下がり、一定の要件を満たす土地には小規模宅地等の特例を適用できる場合があります。 そこに借入金の債務控除が加わることで、相続税の課税対象となる純資産が大きく下がるケースがあります。 一方、2027年1月1日以後の相続等については、短期間に取得・新築した一定の貸付用不動産について評価方法の見直しが示されています。 これからの相続対策では、 「不動産を買えば相続税が下がるか」 ではなく、 「この物件を、この価格・借入条件・保有期間で取得した場合、投資として成立し、そのうえで相続税評価はどこまで変わるのか」 まで具体的に計算することが重要です。 参考資料 ・国税庁「No.4602 土地家屋の評価」 ・国税庁「No.4614 貸家建付地の評価」 ・国税庁「No.4124 小規模宅地等の特例」 ・国税庁「No.4126 相続財産から控除できる債務」 ・国税庁「No.4667 居住用の区分所有財産の評価」 ・最高裁判所「令和2年(行ヒ)第283号」 ・財務省「令和8年度税制改正の大綱」 監修者 志田 宏樹 公認会計士・税理士・宅地建物取引士 監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。 専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継 [詳しいプロフィールを見る →]

  • 小規模宅地等の特例とは?自宅80%・賃貸50%の減額と適用要件

    小規模宅地等の特例は、自宅や事業、賃貸に使われていた土地の評価額を減額できる制度です。 この記事でわかること 小規模宅地等の特例がどのような制度なのか 相続税が80%安くなる制度ではないこと 自宅や賃貸物件など、対象となる土地の種類 特例を利用するために確認すべきポイント 地主・不動産保有者が特に注意したいケース 親から自宅やアパート、貸地などを相続したとき、相続税がどのくらいかかるのか不安になる方は多いのではないでしょうか。 特に、長年所有している土地は、取得した当時よりも相続税評価額が高くなっていることがあります。 土地の評価額が高ければ、その分、相続税の負担も大きくなる可能性があります。 そこで確認したいのが、「小規模宅地等の特例」です。 一定の要件を満たすと、亡くなった方が自宅、事業または不動産賃貸などに使っていた土地について、相続税を計算する際の評価額を最大80%減額できます。 ただし、土地を相続すれば自動的に適用される制度ではありません。 土地の使い方、土地を相続する人、相続後の利用状況などによって、適用できるかどうかが変わります。 この記事では、税務知識がない方にもわかるように、小規模宅地等の特例の基本を解説します。 目次 小規模宅地等の特例とは 1-1.土地の相続税評価額を減額する制度 小規模宅地等の特例とは、亡くなった方などが自宅、事業または不動産賃貸などに使っていた土地について、一定の面積まで相続税評価額を減額できる制度です。 「相続税評価額」とは、相続税を計算するために使用する財産の金額です。 土地を売却するときの価格と、必ずしも同じではありません。 この特例の対象になるのは、原則として、建物や構築物の敷地として使われていた一定の土地などです。建物そのものの評価額を減額する制度ではありません。 1-2.なぜこのような特例があるのか 例えば、親と一緒に住んでいた自宅を相続した子どもに、多額の相続税がかかったとします。 相続人に十分な預貯金がなければ、相続税を支払うために、自宅を売らなければならないかもしれません。 また、店舗や工場の土地を相続した場合には、相続税を支払うために事業用の土地を手放し、事業を続けられなくなる可能性もあります。 このような事態に配慮し、生活や事業の基盤となっている一定の土地について、相続税評価額を減額する仕組みが設けられています。 相続税が80%安くなるわけではない 小規模宅地等の特例について、最初に理解しておきたい重要なポイントがあります。 それは、相続税そのものが80%減額されるわけではないということです。 減額されるのは、相続税を計算する際の土地の評価額です。 2-1.1億円の土地で考えてみましょう 例えば、相続税評価額が1億円の自宅の土地について、80%の減額を受けられるとします。 計算は次のとおりです。 1億円-1億円×80%=2,000万円 この場合、相続税の計算上、その土地を2,000万円として扱います。 土地の評価額が8,000万円減るため、その結果として相続税も大きく減る可能性があります。 ただし、相続税が8,000万円安くなるわけではありません。 実際の相続税額は、土地以外の財産、借入金などの債務、相続人の人数、各相続人が取得する財産などを含めて計算します。 対象となる土地は大きく4種類 小規模宅地等の特例の対象となる土地は、大きく次の4種類に分けられます。 (注)国税庁では土地の利用状況を細かく分けて説明していますが、特例の対象となる土地は、最終的には大きく次の4種類に整理できます。 土地の種類 わかりやすい説明 限度面積 減額割合 ①特定居住用宅地等 亡くなった方などが住んでいた自宅の土地 330㎡ 80% ②特定事業用宅地等 亡くなった方などが店舗・工場・事務所などの事業に使っていた土地 400㎡ 80% ③特定同族会社事業用宅地等 亡くなった方が同族会社に貸し、その会社が事業に使っていた土地 400㎡ 80% ④貸付事業用宅地等 アパート、貸家、駐車場などの貸付事業に使っていた土地 200㎡ 50% 限度面積と減額割合は、土地の利用区分によって異なります。 3-1.自宅の土地は330㎡まで80%減額 亡くなった方が住んでいた自宅の土地は、一定の要件を満たすと、330㎡まで80%減額できます。 例えば、自宅の土地の評価額が1億円で、その全体が特例の対象となる330㎡以内であれば、相続税の計算上、評価額を2,000万円まで減額できる可能性があります。 ただし、自宅の土地であれば、必ず特例を使えるわけではありません。 誰がその土地を相続するかが重要です。 主な取得者としては、次のような方が考えられます。 亡くなった方の配偶者 亡くなった方と同居していた親族 一定の要件を満たす別居親族 配偶者が取得する場合は、取得者についての居住継続要件や保有継続要件はありません。 一方、同居していた親族が取得する場合は、原則として、相続税の申告期限までその建物に住み続け、土地を保有することなどが必要です。 別居していた親族が取得する場合には、いわゆる「家なき子特例」の要件を満たす必要があります。 家なき子特例は要件が複雑なため、詳しくは別の記事で解説します。 【関連記事】別居している子でも使える?小規模宅地等の「家なき子特例」 3-2.個人事業に使っていた土地は400㎡まで80%減額 亡くなった方が個人で営んでいた店舗、工場、事務所などの土地は、一定の要件を満たすと、400㎡まで80%減額できます。 一般的には、土地を相続した親族が、亡くなった方の事業を引き継ぎ、相続税の申告期限まで事業と土地の保有を継続することなどが必要です。 例えば、次のような土地が考えられます。 小売店の敷地 飲食店の敷地 工場や作業場の敷地 個人事業の事務所の敷地 ここでいう事業用の土地には、原則として、アパート経営などの不動産貸付業に使われていた土地は含まれません。 アパートや月極駐車場などは、後ほど説明する「貸付事業用宅地等」として判定します。 3-3.同族会社が使っていた土地は400㎡まで80%減額 亡くなった方が所有する土地を、その方や親族が経営する会社の店舗、工場、事務所などとして使っていることがあります。 このような土地も、一定の要件を満たせば、400㎡まで80%減額できる可能性があります。 対象となる会社は、相続開始の直前において、亡くなった方やその親族などが、発行済株式または出資総額の50%超を保有している一定の法人です。 また、土地を相続した親族が相続税の申告期限時点でその会社の役員であることや、申告期限まで土地を保有していることなどが求められます。 「家族の会社が使っているから必ず対象になる」というわけではありません。 会社と土地所有者との契約内容、土地の使い方、株主構成、相続人の役職などを確認する必要があります。 3-4.アパートなどの賃貸用地は200㎡まで50%減額 アパート、賃貸マンション、貸家、月極駐車場など、賃貸事業に使われていた土地は、一定の要件を満たすと、200㎡まで50%減額できます。 例えば、特例の対象となるアパートの土地の評価額が1億円で、その全体が200㎡以内であれば、相続税の計算上、評価額を5,000万円まで減額できる可能性があります。 一般的には、土地を相続した親族が貸付事業を引き継ぎ、相続税の申告期限まで貸付事業と土地の保有を継続することなどが必要です。 ただし、次のようなケースは特に注意が必要です。 家族などに無償で貸している 相続開始前3年以内に新たに賃貸を始めた 駐車場に舗装や設備などがない 相続後すぐに賃貸をやめる予定がある 申告期限前に土地を売却する予定がある 無償で貸している場合は、一般に「使用貸借」と呼ばれます。 貸付事業用宅地等は、相当の対価、つまり適切な賃料を受け取って継続的に貸し付けていることが前提となるため、無償で貸している土地は対象にならないのが通常です。 また、相続開始前3年以内に新たに貸付事業に使い始めた土地は、原則として対象外となります。ただし、相続開始の日まで3年を超えて一定の貸付事業を行っていた場合などには例外があります。 相続直前に賃貸事業を始めた土地については、いわゆる3年ルールに注意が必要です。「相続直前に建てたアパートは小規模宅地等の特例を使える?」で具体的に解説しています。 特例適用可否を判断する5つのポイント 小規模宅地等の特例は、土地の種類だけでは適用できるかどうかを判断できません。 少なくとも、次の5つのポイントを確認する必要があります。 4-1.亡くなる直前に土地を何に使っていたか まず確認するのは、亡くなった方が、その土地を何に使っていたかです。 自宅として使っていた 個人事業に使っていた 同族会社が使っていた アパートや駐車場として貸していた 何にも使っていない更地だった 登記簿に記載された地目だけでなく、実際の利用状況が重要です。 4-2.誰が土地を相続するか 同じ土地でも、誰が相続するかによって適用できるかどうかが変わります。 例えば、自宅の土地では、配偶者、同居している子、別居している子で要件が異なります。 遺産分割を決める前に、誰が土地を取得すれば特例を利用できるのかを確認することが大切です。 別居している子が自宅を相続する場合には、いわゆる「家なき子特例」を利用できるかが問題になることがあります。詳しくは、「別居している子でも使える?小規模宅地等の『家なき子特例』」で解説しています。 4-3.相続後も土地を保有するか 土地の種類や取得者によっては、相続税の申告期限まで土地を保有することが必要です。 申告期限前に売却すると、特例を利用できなくなる可能性があります。 4-4.居住・事業・賃貸を継続するか 自宅、事業用地、賃貸用地では、申告期限まで居住や事業、賃貸を継続することが要件になる場合があります。 相続後すぐに転居する、廃業する、賃貸をやめるといった予定がある場合は、事前に確認が必要です。 4-5.必要な相続税申告を行うか 小規模宅地等の特例は、自動的に適用される制度ではありません。 特例を受けるためには、相続税申告書に適用を受ける旨を記載し、計算明細書や遺産分割協議書の写しなど、必要書類を添付します。 特例を適用した結果、相続税がゼロになる場合でも、特例を利用するためには申告が必要です。 遺産分割が申告期限までに終わらない場合でも、一定の手続きを行うことで後から特例を適用できる場合があります。詳しくは、「遺産分割が申告期限に間に合わない場合、小規模宅地等の特例は使える?」をご確認ください。 相続税の申告期限は10か月 相続税の申告期限は、原則として、亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。 この10か月の間に、次のような手続きを進める必要があります。 相続人を確認する 財産と債務を調査する 土地を評価する 小規模宅地等の特例を検討する 遺産分割について話し合う 遺産分割協議書を作成する 相続税申告書を作成する 申告と納税を行う 不動産が複数ある場合や、相続人同士の話し合いに時間がかかる場合には、10か月は決して長い期間ではありません。 特に、小規模宅地等の特例は、誰が土地を取得するかによって適用結果が変わる可能性があります。 そのため、遺産分割協議書に署名する前に、特例の適用関係を確認することが重要です。 遺産分割が終わっていない場合はどうなる? 小規模宅地等の特例は、原則として、相続税の申告期限までに対象となる土地の遺産分割が終わっている必要があります。 申告期限時点で遺産が未分割の場合、その未分割の土地について、当初の申告では特例を利用できません。 ただし、相続税申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付し、申告期限後3年以内に分割された場合には、更正の請求を行うことで特例を適用できる可能性があります。 「話し合いが終わっていないから申告もしなくてよい」ということではありません。 遺産分割が終わっていなくても、相続税の申告期限は原則として延長されないため、期限内に必要な申告をすることが重要です。 よくある勘違い 7-1.土地ならすべて対象になる? すべての土地が対象になるわけではありません。 原則として、建物や構築物の敷地として使われている一定の土地などが対象です。 何も利用していない更地は、通常、小規模宅地等の特例の対象になりません。 駐車場については、アスファルト舗装、フェンス、車止めなどの構築物があるかを含め、実際の利用状況を確認する必要があります。 7-2.自宅を相続すれば必ず80%減額される? 必ず減額されるわけではありません。 誰が相続するか、亡くなった方と同居していたか、相続後も住み続けるかなどによって、適用結果が変わります。 7-3.老人ホームに入居していたら使えない? 亡くなった方が老人ホームに入居していた場合でも、一定の要件を満たせば、以前住んでいた自宅の土地が特例の対象になることがあります。 例えば、一定の要介護・要支援認定を受けて対象施設に入居しており、入居後に自宅を新たに第三者の居住や事業に使っていないことなどが必要です。 老人ホーム入居後の自宅を貸した場合や、子どもが住み始めた場合などの取扱いについては、「親が老人ホームに入居しても小規模宅地等の特例は使える?」で詳しく解説しています。 7-4.アパートがあれば必ず50%減額される? アパートが建っているだけでは判断できません。 実際に賃貸しているか、適切な賃料を受け取っているか、いつから貸しているか、相続後も貸付けを継続するかなどを確認する必要があります。 7-5.自宅とアパートの両方に使える? 複数の土地に特例を適用できる場合もあります。 ただし、貸付事業用宅地等を含む場合には、適用できる面積を一定の計算式で調整します。 そのため、単純に「自宅330㎡とアパート200㎡の両方に満額適用できる」とは限りません。 複数の土地がある場合には、どの土地に特例を適用すると相続税が最も少なくなるかについても検討が必要です。 【関連記事】自宅と賃貸物件がある場合の小規模宅地等の特例の併用計算 生前に確認しておきたいこと 小規模宅地等の特例は、相続が発生した後だけに関係する制度ではありません。 生前の土地利用や契約関係が、将来の適用結果に影響することがあります。 地主・不動産保有者の方は、少なくとも次の事項を整理しておきましょう。 8-1.所有不動産の一覧を作る 土地ごとに、次の情報を整理します。 所在地 面積 現在の利用状況 建物や構築物の有無 利用している人 賃料の有無 契約書の有無 8-2.自宅に誰が住んでいるか確認する 同居している家族や、将来自宅を相続する予定の人を確認します。 住民票だけでなく、実際の生活状況も重要です。 8-3.賃貸借契約を確認する 家族や同族会社に土地を貸している場合には、次の点を確認します。 賃貸借契約書があるか 実際に賃料が支払われているか 賃料が極端に低くないか 誰が固定資産税や修繕費を負担しているか 土地を何に使っているか 8-4.事業や賃貸を誰が引き継ぐか考える 事業用地や賃貸用地については、相続後に誰が事業を引き継ぐかが重要です。 土地を相続する人と、事業を引き継ぐ人が異なる場合には、特例を利用できるか事前に確認しておきましょう。 8-5.土地を誰に相続させるか考える 「すべて長男に相続させる」「自宅は配偶者、アパートは子どもに相続させる」といった分け方によって、相続税額が変わる可能性があります。 遺言書を作成する場合にも、小規模宅地等の特例を含めた相続税の試算を行うことが大切です。 まとめ 小規模宅地等の特例は、一定の要件を満たす土地について、相続税を計算するときの評価額を大きく減額できる制度です。 ただし、土地の利用方法だけで適用できるかどうかは決まりません。 次の点を総合的に確認する必要があります。 亡くなる直前に土地を何に使っていたか 誰が土地を相続するか 相続後も土地を保有するか 居住、事業または賃貸を継続するか 申告期限までに遺産分割ができるか 必要な相続税申告を行うか 特に、不動産を複数所有している方、自宅と賃貸物件の両方を所有している方、同族会社に土地を貸している方は、判断が複雑になりやすい傾向があります。 遺産分割を決めた後や、土地を売却した後では、適用を受けられなくなる場合もあります。 相続が発生した場合はもちろん、生前の相続対策を検討する場合にも、早い段階で相続税に詳しい税理士へ相談することをおすすめします。 ご相談をご検討の方へ 相続手続や相続税の全体像から確認したい方は、「相続の基本と全体像」もあわせてご覧ください。 アポロ税理士法人では、地主・不動産保有者の方の相続税申告や生前の相続対策についてご相談を承っています。 小規模宅地等の特例は、誰がどの土地を相続するかによって、適用結果や相続税額が変わることがあります。 遺産分割や不動産の売却を決める前に、お気軽にご相談ください。 相続税申告・生前対策のサービスを見る 不動産の相続について相談する ※本記事は、小規模宅地等の特例の基本的な仕組みを説明するものです。実際の適用可否は、土地の利用状況、建物・構築物の状況、賃貸借契約、取得者、相続後の利用状況などによって異なります。個別案件については、税理士または所轄税務署へご確認ください。 監修者 志田 宏樹 公認会計士・税理士・宅地建物取引士 監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。 専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継 [詳しいプロフィールを見る →]

  • 「売買契約書だけで法人へ不動産を移せる」は本当?不動産オーナーが知っておきたい税務リスク

    不動産会社や不動産オーナーから、次のような相談を受けることがある。 「個人で所有している収益不動産を資産管理会社へ移したい」 「建物を法人所有にして、再度、法人で減価償却費を計上したい」 このような場合、専門家から「所有権移転登記までしなくても、個人と法人の間で売買契約書を作れば法人へ不動産を移せる」と説明されることがある。しかし、これは注意が必要だ。 1.結論|「売買契約書だけ」はおすすめしない 結論から言うと、個人所有の収益不動産について、売買契約書だけを作成し、法人の資産として減価償却費を計上する方法は、当法人では原則としておすすめしていません。 もちろん、所有権移転登記をしなければ絶対に法人へ所有権を移せないという意味ではない。民法上、不動産の所有権は当事者の合意によって移転することが可能だからだ。しかし、税務調査などで、 「この建物の本当の所有者は誰なのか」 と確認されたときに、売買契約書以外の事実がすべて個人所有のままであれば、法人が真の所有者であることを説明することが難しくなる。 法人税法第31条も、法人が各事業年度終了時に「有する減価償却資産」を前提に減価償却費の損金算入を定めている。また、国税庁は、減価償却資産について事業の用に供しているかどうかを、資産の使用状況などを総合的に勘案して判断するとしている。したがって、法人で減価償却費を計上するのであれば、帳簿上建物を計上するだけではなく、法人が実際にその建物を取得し、法人の賃貸事業に使用していることを説明できる状態にしておくことが重要だ。 2.なぜ「契約書だけで所有権を移せる」と言われるのか では、なぜ「売買契約書だけでも法人へ不動産を移せる」という話が出てくるのか。その根拠は民法第176条にある。民法第176条では、物権、つまり所有権などの権利の設定や移転について、当事者の意思表示だけで効力が生じるとされている。一方、民法第177条では、不動産の所有権などの変動について、登記をしなければ第三者に対抗できないとされている。 簡単に言えば、「個人Aさんが、自分の会社であるB社へ建物を売却する」という合意をして、その契約上、契約締結日に所有権を移転すると定めれば、AさんとB社の当事者間では、所有権移転登記前でも所有権が移転することはあり得る。 したがって、「登記をしなければ所有権は絶対に移らない」という説明も正確ではない。 ここまでは民法上の話だ。問題は、ここからそのまま、「だから売買契約書だけ作れば、税務上も法人所有として問題なく減価償却できる」と結論付けてしまうことだ。 3.民法上の所有権移転と税務上の法人取得は別問題 個人から法人への移転では、売買価格の土地・建物区分も重要です。「売買契約書に土地・建物の内訳がない場合はどう按分する?」もあわせてご確認ください。 税務では、契約書という一つの資料だけではなく、実際に誰がその不動産の所有者として行動しているのかが確認される。特に収益不動産の場合、その実態が外部にも表れやすいという特徴がある。例えば、 所有権移転登記は誰の名義か 賃貸借契約上の賃貸人は誰か 家賃は誰の口座に入金されているか 管理会社は誰から管理を受託しているか 敷金や保証金を誰が管理しているか 借入金や担保関係はどうなっているか 修繕費などを実際に誰が負担しているか といった事実だ。所得税基本通達12-1でも、資産から生じる収益を誰が享受するかについては、その収益の原因となる資産の「真実の権利者」が誰であるかで判断し、それが明らかでない場合には資産の名義人を真実の権利者と推定するという考え方が示されている。つまり、契約書上だけ法人所有にしても、 「登記は個人」 「大家も個人」 「家賃も個人口座」 「銀行も管理会社も法人への移転を知らない」 という状態であれば、第三者から見た不動産の実態はほとんど変わっていない。税務上重要なのは、形式を一つ整えることではなく、契約内容と実際の取引関係が一致していることなのだ。 4.契約書と代金決済があっても否認された事例 この点について非常に参考になるのが、国税不服審判所の平成13年5月29日裁決だ。この事例では、同じ代表者が100%所有する同族会社間で、土地8,755万円、建物2,634万4,500円、合計1億1,389万4,500円の不動産売買契約書が作成された。さらに注目すべきなのは、売買契約書を作っただけではなく、売買代金1億1,389万4,500円が実際に売主会社の銀行口座へ振り込まれていたことだ。それにもかかわらず、国税不服審判所は、不動産の譲渡があったとは認めなかった。 その理由は、売買契約書には所有権移転登記や抵当権等の抹消を行うことが定められていたが、実際には行われていなかったからだ。また、売却したとされる後も、従来の賃貸借契約は売主名義のままで、家賃も売主の銀行口座へ入金されていた。さらに、その後新たな賃借人と契約した際にも、買主ではなく元の売主が賃貸人となっていた。さらに、売主自身が物件の一部を使用し続けていたにもかかわらず、買主会社へ家賃を支払っていなかった。 審判所はこれらの事実を総合し、売買契約書は存在するものの、売却したとされる日以降も不動産は元の会社に帰属しており、譲渡の事実はなかったと判断した。その結果、売主会社が計上していた5,415万2,069円の譲渡損失についても、損金算入が認められなかった。この裁決から分かる重要なポイントは、「契約書+資金移動」があれば、それだけで不動産の譲渡が税務上確定するわけではないということだ。 ※この裁決で直接争われたのは不動産の譲渡の有無や譲渡損失等であり、買主側の減価償却費そのものを争った事例ではない。ただし、法人への不動産移転の実態をどのように判断するかという点で、今回のテーマに非常に参考になる事例だ。 5.個人から自分の会社への移転でも否認された事例 さらに今回のケースに近いのが、平成24年12月4日の国税不服審判所裁決だ。この事例では、個人が所有していた賃貸建物について、自らが代表取締役を務める同族会社K社へ譲渡したと主張していた。K社は建物を法人の資産として帳簿に計上し、賃貸料収入についても法人の収入として法人税申告を行っていた。しかし、実際には建物の所有権登記は個人名義のままで、賃貸借契約の賃貸人も個人のままで、家賃が入金される銀行口座も個人に帰属する口座だった。 借入金についても、法人が個人の借入金を引き受けたと主張していたが、金融機関には連絡しておらず、金融機関側も法人への貸付けや借換えについて相談を受けていなかった。管理会社や賃借人側も、法人へ不動産が移転したこと自体を認識していない状態だった。上記を鑑みて国税不服審判所は、登記名義人である個人が所有者であるとの推定を覆す合理的な根拠がないと判断した。 そして、法人への建物譲渡等について「取引としての実態は存在しない」とし、法人による建物取得の会計処理についても、代表者が個人と法人で同一だからこそ可能となった帳簿上の処理にすぎないと評価した。さらに重要なのは、請求人が、「法人設立後17年間にわたり、法人の賃貸料収入として申告してきた」と主張したにもかかわらず、それも賃料収入の帰属の判断には影響しないとされた点だ。長期間法人で申告を続けていれば、それだけで取引の実態が認められるわけではない。 なお、この裁決で直接争われたのは、賃料収入が個人と法人のどちらに帰属するかであり、減価償却費そのものを直接否認した裁決ではない。しかし、審判所が「建物の真実の所有者は個人である」と判断していることから、個人所有の建物を帳簿上だけ法人へ移し、法人所有を前提とした税務処理を行うことのリスクを考えるうえで、非常に重要な事例だ。 6.資産管理会社へ移すなら、どこまで実態を移すべきか 個人・法人間で不動産を移す場合は、取得価額や減価償却も含めて検討する必要があります。「不動産投資の減価償却とは?」もあわせてご確認ください。 不動産の取得・保有・売却を通じた税務の全体像は、「不動産投資・賃貸経営に関する税務の基本」で整理しています。 では、個人所有の収益不動産を資産管理会社へ本当に売却するのであれば、どのようにすればよいのか。当法人では、「第三者から見ても、取得後は法人が大家になったと分かる状態」を作ることが重要だと考えている。具体的には、正式な売買契約を締結し、適正な売買価格を設定したうえで、売買代金の決済を行う。そのうえで、原則として所有権移転登記を法人名義に変更し、賃貸借契約上の賃貸人、家賃の入金口座、管理会社との契約、敷金・保証金の管理などについても法人へ引き継ぐ。 修繕費や管理費など、所有者・賃貸人として負担すべき費用についても、取得後は法人が負担するのが自然だ。もちろん、所有権移転登記がなければ税務上絶対に認められないというわけではない。民法第176条がある以上、登記前に所有権が移転すること自体はあり得る。しかし、平成24年裁決でも、登記名義人が所有者であるとの推定から判断が始まっている。したがって、あえて登記を個人名義のままとする場合には、 「なぜ登記していないのか」 「それでも法人が真の所有者であるといえる根拠は何か」 を、その他の客観的事実によって十分に説明できなければならない。登録免許税や不動産取得税を節約するために登記を行わず、その一方で法人では減価償却費を計上するという設計については、得られる節税効果だけでなく、税務上の説明可能性まで含めて慎重に検討する必要がある。 7.まとめ 不動産税務では、「法律上できるか」と「その方法で税務上問題が生じないか」を分けて考える必要がある。「民法上、売買契約だけで所有権を移転できるため、登記をしなくても大丈夫です」という説明自体は、民法上の所有権移転の説明として直ちに誤りとはいえない。しかし、そこから、 「売買契約書だけ作って法人で減価償却費を計上しても問題ない」 と結論付けるのであれば、もう一段踏み込んだ検討が必要だ。専門家からこのような提案を受けた場合には、 「過去の国税不服審判所の裁決を踏まえても問題ないと考える理由は何か」 「税務調査で法人が真の所有者だと聞かれたとき、どの事実をもって説明するのか」 「登記、家賃、管理会社、賃貸借契約、借入金などを個人名義のままにする場合、その理由をどう説明するのか」 まで確認することをおすすめする。今回ご紹介した裁決からも分かるとおり、税務では「契約書があるか」だけではなく、その契約どおりに実際の取引関係が変わっているかが重要だ。 個人所有の収益不動産を資産管理会社へ移すこと自体は、所得分散や今後の資産承継などを考えるうえで有効な選択肢となる場合がある。一方で、法人で減価償却費を計上したいという目的だけから、登記や賃貸借関係を変更せず、売買契約書と会計処理だけを先行させることはおすすめできない。 大切なのは、単に「節税できるか」ではなく、「その取引を税務調査で第三者に説明できる状態になっているか」という視点だ。資産管理会社への不動産移転を検討する際には、減価償却による税効果だけでなく、個人側の譲渡所得税、法人側の不動産取得税・登録免許税、消費税、金融機関との関係なども含め、実行前に全体を設計することが重要である。 参考資料 民法第176条・第177条(e-Gov法令検索) 法人税法第31条(e-Gov法令検索) 所得税基本通達12-1「資産から生ずる収益を享受する者の判定」(国税庁) 国税不服審判所 平成13年5月29日裁決・裁決事例集No.61 413頁 国税不服審判所 平成24年12月4日裁決

  • 別居している子でも使える?小規模宅地等の「家なき子特例」を解説

    「親と別居していたため、小規模宅地等の特例は使えないのではないか」 「自分は賃貸住宅に住んでいるので、家なき子特例の対象になるのではないか」 親が亡くなり、実家の土地を相続することになった方の中には、このような疑問を持つ方も多いのではないでしょうか。 小規模宅地等の特例には、被相続人である親と同居していなかった親族でも、一定の要件を満たせば適用を受けられる制度があります。 いわゆる「家なき子特例」と呼ばれている制度です。 ただし、親と別居していることや、自分名義の持ち家がないことだけで適用できるわけではありません。 被相続人に配偶者がいないこと、被相続人と同居していた相続人がいないこと、過去3年間に本人や配偶者、一定の親族などが所有する住宅に住んでいないことなど、複数の要件をすべて確認する必要があります。 この記事では、家なき子特例の要件、適用できるケース・できないケース、老人ホーム入居時の取扱い、申告に必要な書類について、わかりやすく解説します。 相続全体の手続や遺産分割から確認したい方は、「相続の基本と全体像」もあわせてご覧ください。 目次 1.結論|別居している子でも使える可能性があります 親と別居している子であっても、一定の要件を満たせば、小規模宅地等の特例を適用できる可能性があります。 そのため、次のように考える必要はありません。 「親と同居していなかったので、実家の土地には小規模宅地等の特例を使えない」 一方で、次のような考え方も正確ではありません。 「自分名義の家がないので、必ず家なき子特例を使える」 家なき子特例では、本人の持ち家の有無だけでなく、次のような事情も確認されます。 ・被相続人に配偶者がいたか ・被相続人の自宅に同居していた相続人がいたか ・過去3年間に誰が所有する住宅に住んでいたか ・現在住んでいる住宅を過去に所有していたことがあるか ・相続した土地を相続税の申告期限まで保有しているか したがって、別居している子が適用を受けられるかどうかは、単純に「持ち家があるか、ないか」だけでは判断できません。 本人だけでなく、配偶者や三親等内の親族、本人と特別な関係がある法人が所有する住宅まで確認する必要があります。 2.小規模宅地等の特例とは 小規模宅地等の特例全体の要件については、「小規模宅地等の特例とは?」で解説しています。 2-1.親の自宅敷地の評価額を最大80%減額できる制度 小規模宅地等の特例とは、相続または遺贈によって取得した一定の宅地等について、相続税を計算する際の評価額を減額できる制度です。 親が住んでいた自宅の土地が「特定居住用宅地等」に該当する場合、原則として330平方メートルまでの部分について、土地の評価額を80%減額できます。 例えば、親の自宅敷地の相続税評価額が1億円で、敷地全体が330平方メートル以内だったとします。 特例を適用できる場合の計算は、次のとおりです。 1億円-1億円×80%=2,000万円 相続税の計算に算入される土地の評価額を、1億円から2,000万円まで圧縮できることになります。 ただし、税額そのものが80%減るわけではありません。 80%減額されるのは、原則として対象となる土地等の相続税評価額です。また、建物の評価額が80%減額される制度でもありません。 2-2.「家なき子特例」は正式な法律用語ではない 「家なき子特例」という名称は、法律上の正式名称ではありません。 小規模宅地等の特例のうち、被相続人の配偶者や同居親族以外の親族が、一定の条件を満たして特定居住用宅地等を取得する場合の取扱いを、一般的にに「家なき子特例」と呼んでいます。 名前からは「自宅を持っていない子であれば使える制度」という印象を受けますが、実際にはそれほど単純ではありません。 また、対象者は必ずしも被相続人の「子」に限られません。一定の要件を満たす被相続人の親族が、相続または遺贈によって対象の土地を取得した場合に、適用を受けられる可能性があります。 3.家なき子特例を使うための6つの要件 家なき子特例を利用するためには、原則として、次の6つの要件をすべて満たす必要があります。 3-1.海外居住者などについて国籍要件を満たしていること 取得者が一定の海外居住者などに該当する場合、日本国籍に関する要件を満たす必要があります。 日本国内に住んでいる日本人の子が相続する一般的なケースでは、通常、この要件が問題になることは多くありません。 一方、相続人が海外に長期間居住している場合や、日本国籍を有していない場合には、相続税の納税義務者区分も含めた個別の確認が必要です。 海外居住者については、家なき子特例の要件だけで判断せず、相続税が課税される財産の範囲なども含めて確認しましょう。 3-2.被相続人に配偶者がいないこと 相続開始時点で、被相続人に配偶者がいないことが必要です。 例えば、父親が亡くなったときに母親が存命である場合、別居している子は、原則として家なき子特例を利用できません。 これは、母親が実家の土地を相続するかどうかとは別の問題です。 母親が土地を相続せず、別居している子が土地を相続したとしても、被相続人に配偶者がいるという事実によって、家なき子特例の要件を満たさないことになります。 「配偶者が土地を相続しなければ、別居の子が特例を使える」という制度ではないため、注意が必要です。 3-3.被相続人の自宅に同居していた相続人がいないこと 相続開始の直前に、被相続人の自宅に住んでいた相続人がいないことが必要です。 例えば、長男は賃貸マンションに住んでいるものの、次男が父親と実家で同居していた場合、長男は原則として家なき子特例を使えません。 この場合、同居していた次男が実家の土地を相続するかどうかは関係ありません。 被相続人の自宅に居住していた相続人が存在すること自体が、別居親族の家なき子特例に影響します。 また、相続放棄をした人についても、この要件を判定するときは、相続放棄がなかったものとして相続人に該当するかどうかを確認します。 同居していた子が相続放棄をすれば、別居しているほかの子が家なき子特例を使えるようになる、というものではありません。 3-4.相続開始前3年以内に、一定の人や法人が所有する住宅に住んでいないこと 家なき子特例の判定で、特に間違いやすいのがこの要件です。 土地を取得する親族は、相続開始前3年以内に、日本国内にある次の者が所有する住宅に居住していないことが必要です。 ・取得者本人 ・取得者の配偶者 ・取得者の三親等内の親族 ・取得者と特別の関係がある一定の法人 つまり、本人名義の持ち家がなかったとしても、配偶者名義の家や親名義の家、兄弟姉妹名義の家などに住んでいた場合は、原則として要件を満たしません。 家賃を払っていたか、無償で住んでいたかは、基本的な判定を左右しません。 例えば、兄が所有するマンションを弟が借り、毎月相場どおりの家賃を兄に支払っていたとしても、三親等内の親族が所有する住宅に住んでいたことに変わりはありません。 また、自分や配偶者、一定の親族が支配する会社が所有する社宅に住んでいる場合も注意が必要です。 「自分の登記名義ではないから問題ない」と判断せず、住宅の登記名義と法人の株主構成まで確認する必要があります。 3-5.現在住んでいる住宅を過去に所有したことがないこと 相続開始時に住んでいる住宅を、過去のいずれかの時点で取得者本人が所有していたことがないことも必要です。 これは、所有していた住宅を売却した後、その住宅を借りて住み続けるようなケースなどを対象外とするための要件です。 例えば、自分が所有していたマンションを第三者に売却し、売却後は買主からそのマンションを借りて住んでいるとします。 相続開始前3年より前に売却していたとしても、相続開始時に住んでいるマンションを過去に所有していたため、この要件を満たしません。 「自宅を売却して3年経過すれば、必ず家なき子特例を使える」ということではない点に注意しましょう。 3-6.相続した土地を申告期限まで保有すること 家なき子特例の対象となる土地を、相続開始時から相続税の申告期限まで保有していることが必要です。 相続税の申告期限は、原則として、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。 申告期限前に実家の土地を売却した場合、原則として家なき子特例を適用できません。 一方、家なき子特例には、相続した親の家へ実際に転居し、申告期限まで住み続けなければならないという居住継続要件は設けられていません。 別居している子が、相続後も賃貸住宅などに住み続けること自体は、直ちに適用を妨げるものではありません。 ただし、土地については申告期限まで保有する必要があります。売却を検討している場合は、売買契約や引渡しを行う前に、必ず特例への影響を確認しましょう。 4.家なき子特例の簡易チェックリスト 次の項目を使って、家なき子特例を適用できる可能性があるか確認してみましょう。 □ 被相続人に配偶者がいない □ 相続開始直前に、被相続人の自宅へ同居していた相続人がいない □ 相続開始前3年以内に、自分が所有する住宅へ住んでいない □ 相続開始前3年以内に、配偶者が所有する住宅へ住んでいない □ 相続開始前3年以内に、三親等内の親族が所有する住宅へ住んでいない □ 相続開始前3年以内に、自分と特別な関係がある法人が所有する住宅へ住んでいない □ 相続開始時に住んでいる住宅を、過去に自分が所有したことがない □ 相続した土地を相続税の申告期限まで保有する予定である □ 海外居住者などの場合、日本国籍等に関する要件を確認している 上記のうち、1つでも満たしていない項目がある場合、原則として家なき子特例を利用できません。 ただし、簡易チェックリストだけで最終判断をすることはおすすめできません。 実際の判定では、住民票上の住所だけでなく、実際にどこで生活していたか、住宅を誰が所有していたか、法人とどのような資本関係があったかなども確認する必要があります。 5.家なき子特例を適用できるケース・できないケース 5-1.賃貸マンションに住んでいる子 【適用できる可能性があります】 第三者が所有する一般的な賃貸マンションに住んでいる場合は、家なき子特例を適用できる可能性があります。 ただし、賃貸住宅に住んでいるという事実だけでは判断できません。 被相続人に配偶者がいないこと、同居していた相続人がいないこと、相続した土地を申告期限まで保有することなど、ほかの要件もすべて満たす必要があります。 5-2.配偶者名義のマンションに住んでいる子 【原則として適用できません】 本人名義の持ち家がなくても、配偶者が所有するマンションに住んでいる場合は、原則として家なき子特例を利用できません。 夫婦の収入割合や住宅ローンの負担割合ではなく、誰が住宅を所有しているかが重要です。 登記上、配偶者のみの名義となっている場合だけでなく、本人と配偶者の共有名義の場合も注意が必要です。 5-3.親や兄弟名義の住宅に住んでいる子 【原則として適用できません】 父母や兄弟姉妹は、通常、本人から見て三親等内の親族に該当します。 そのため、親や兄弟姉妹が所有する住宅に住んでいる場合は、原則として家なき子特例を利用できません。 家賃を支払っていた場合も同様です。 「賃貸借契約書を作成しているから、一般の賃貸住宅と同じ扱いになる」とは限りません。 5-4.自宅を売却して賃貸住宅に引っ越した子 【売却時期によって結論が異なります】 相続開始前3年以内に、自分が所有する自宅へ住んでいた場合は、原則として家なき子特例を利用できません。 例えば、相続開始の2年前に自宅を売却し、その後、別の賃貸マンションへ転居した場合、3年以内に自分の所有する住宅へ住んでいたため、要件を満たさないことになります。 一方、自宅を売却してから3年を超えており、現在の賃貸住宅を過去に所有したこともなく、ほかの要件も満たしていれば、適用できる可能性があります。 5-5.売却した自宅を借りて住み続けている子 【原則として適用できません】 自宅を売却し、売却後も同じ住宅を借りて住む「セール・アンド・リースバック」を利用している場合は注意が必要です。 相続開始時に住んでいる住宅を過去に本人が所有していたため、自宅を売却してから3年を超えていたとしても、原則として要件を満たしません。 現在の登記名義だけでなく、過去の所有履歴まで確認する必要があります。 5-6.勤務先が所有する社宅に住んでいる子 【勤務先との関係によって異なります】 本人や親族と資本関係のない一般的な勤務先が所有する社宅に住んでいる場合は、それだけで家なき子特例の対象外になるとは限りません。 一方、本人や配偶者、一定の親族などが株式の50%を超えて所有する会社など、本人と特別の関係がある法人が所有する住宅に住んでいる場合は、原則として対象外です。 自分や親族が会社を経営しており、その会社名義の社宅に住んでいるケースでは、法人の株主構成、議決権割合、役員構成などを確認しましょう。 5-7.賃貸中の収益不動産を所有している子 【所有しているだけで直ちに対象外になるとは限りません】 家なき子特例は、住宅や不動産を一切所有してはいけないという制度ではありません。 例えば、第三者へ賃貸している投資用マンションを所有していても、本人がそのマンションに居住したことがない場合には、所有していることだけで直ちに対象外になるとは限りません。 重要なのは、相続開始前3年以内にどの住宅へ実際に住んでいたか、現在住んでいる住宅を過去に所有していたことがあるかです。 ただし、投資用として購入したマンションに一時的に居住していた場合などは、要件に影響する可能性があります。 5-8.相続後も親の家へ住まない子 【ほかの要件を満たせば適用できる可能性があります】 家なき子特例では、実家の土地を相続した後、その家へ転居することまでは求められていません。 相続後も勤務先に近い賃貸マンションに住み続ける場合でも、ほかの要件を満たしていれば、適用できる可能性があります。 ただし、相続した土地は相続税の申告期限まで保有しなければなりません。 建物を取り壊す場合、土地を売却する場合、土地を共有物分割する場合などは、特例への影響を事前に確認しましょう。 5-9.相続税の申告期限前に実家を売却する子 【原則として適用できません】 家なき子特例には、土地を相続開始時から相続税の申告期限まで保有するという要件があります。 そのため、申告期限前に実家の土地を売却すると、原則として特例を利用できません。 相続した不動産について早期売却の話が進んでいる場合は、売却による手取り額だけでなく、小規模宅地等の特例が適用できなくなることによる相続税への影響も含めて比較する必要があります。 6.親が老人ホームに入居していた場合はどうなる? 被相続人が亡くなる直前に老人ホームへ入居しており、自宅に住んでいなかった場合でも、一定の要件を満たせば、入居前の自宅敷地が特定居住用宅地等に該当する可能性があります。 6-1.要介護認定等を受けていること 被相続人が、要介護認定、要支援認定、一定の障害支援区分の認定などを受けていることが必要です。 単に高齢になったため、元気な状態で一般的な住宅へ転居したというケースでは、老人ホーム入居に関する取扱いの対象にならない可能性があります。 6-2.対象となる施設へ入居していること 対象となる主な施設には、次のようなものがあります。 ・認知症対応型共同生活介護が行われるグループホーム ・養護老人ホーム ・特別養護老人ホーム ・軽費老人ホーム ・有料老人ホーム ・介護老人保健施設 ・介護医療院 ・一定のサービス付き高齢者向け住宅 ・一定の障害者支援施設 施設の名称だけで判断できないケースもあるため、入居契約書や施設の種類を確認することが重要です。 6-3.入居後の自宅の利用状況に注意する 老人ホームへの入居後、被相続人の自宅がどのように利用されていたかも重要です。 自宅が空き家のまま維持されていた場合は、特例の対象になる可能性があります。 一方、入居後に自宅を第三者へ貸した場合、事業用として使用した場合、別の親族などが新たに住み始めた場合には、特例の対象外となる可能性があります。 老人ホームへ入居した親の自宅については、相続が発生するまでの利用状況を、賃貸借契約、公共料金、住民票、郵便物などから確認することがあります。 「老人ホームへ入居していたから使えない」「自宅を残していたから必ず使える」と一律に判断せず、認定状況、施設の種類、自宅の使用状況を確認しましょう。 7.家なき子特例の申告手続と必要書類 7-1.特例を受けるには相続税申告が必要 小規模宅地等の特例は、要件を満たしていれば自動的に適用される制度ではありません。 相続税申告書に特例の適用を受ける旨を記載し、計算明細書や一定の添付書類を提出する必要があります。 特例を適用した結果、課税価格が基礎控除額以下となる場合でも、特例の適用を受けるために相続税申告が必要となるケースがあります。 「特例を使えば相続税がゼロになるので、申告も不要」とは限らない点に注意しましょう。 7-2.一般的に必要となる主な書類 家なき子特例の適用を受ける場合、一般的には次のような書類を準備します。 ・小規模宅地等についての課税価格の計算明細書・遺言書の写し、または遺産分割協議書の写し・遺産分割協議書に押印した相続人全員の印鑑証明書・相続関係を確認する戸籍関係書類・相続開始前3年以内の住所または居所を明らかにする書類・過去3年間に居住していた住宅の所有者を確認する書類・相続開始時に住んでいる住宅を過去に所有していないことを証明する書類 具体的には、戸籍の附票、住民票、建物の登記事項証明書、賃貸借契約書などを、事案に応じて確認します。 マイナンバーの記載状況などにより、一部の住所関係書類の提出が不要となる場合もあります。 7-3.老人ホームへ入居していた場合の追加書類 被相続人が老人ホーム等へ入居していた場合には、通常の書類に加えて、次のような書類が必要となることがあります。 ・被相続人の戸籍の附票の写し・要介護認定、要支援認定などを確認できる書類・介護保険の被保険者証等の写し・老人ホーム等の入居契約書の写し・入居していた施設の名称、所在地、施設区分を確認できる書類 必要書類は施設の種類や認定状況によって異なるため、申告期限の直前ではなく、早い段階から収集を始めることをおすすめします。 7-4.土地を売却する前に適用可否を確認する 相続税の申告期限前に土地を売却すると、家なき子特例の保有要件を満たさなくなる可能性があります。 不動産会社から早期売却を提案されている場合でも、売買契約を締結する前に、税理士へ特例の適用可否を確認することが重要です。 売却価格だけを見て判断すると、小規模宅地等の特例を受けられなくなり、想定以上に相続税が増加することがあります。 8.家なき子特例についてよくある質問 8-1.孫が実家の土地を取得する場合も使えますか? 家なき子特例は、被相続人の「子」だけを対象とする制度ではありません。 被相続人の親族が相続または遺贈によって対象となる土地を取得し、所定の要件を満たしていれば、孫でも適用できる可能性があります。 ただし、孫が法定相続人になるのか、代襲相続によって取得するのか、遺言による遺贈で取得するのかなど、土地を取得する法的な経緯も確認する必要があります。 8-2.投資用マンションを所有していると使えませんか? 投資用マンションを所有しているという事実だけで、必ず家なき子特例が使えなくなるわけではありません。 本人がその投資用マンションに居住していない場合は、適用できる可能性があります。 ただし、購入後に一時的でも居住していた場合、相続開始時の自宅として使用している場合などは、過去3年間の居住要件や過去の所有要件に影響します。 不動産の用途だけでなく、実際の居住実態を確認することが重要です。 8-3.相続した実家へ引っ越す必要はありますか? 家なき子特例の適用を受けるために、相続した実家へ引っ越すことは原則として求められていません。 相続後も賃貸マンションなどに住み続けることは可能です。 ただし、実家の土地を相続税の申告期限まで保有する必要があります。 8-4.申告期限後であれば土地を売却してもよいですか? 家なき子特例の保有継続要件は、原則として相続税の申告期限までです。 したがって、申告期限まで土地を保有しており、ほかの要件も満たしていれば、申告期限後に売却したことだけを理由として特例が取り消されるものではありません。 ただし、売却時には譲渡所得税が発生する可能性があります。また、相続税の取得費加算の特例や空き家に係る譲渡所得の特別控除など、別の税務上の論点も検討する必要があります。 8-5.申告期限までに遺産分割が決まらない場合はどうなりますか? 申告期限までに対象の土地が分割されていない場合、当初の相続税申告では、原則として小規模宅地等の特例を適用できません。 ただし、相続税申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付し、申告期限から3年以内に遺産分割が成立した場合には、後から特例を適用できる可能性があります。 この場合は、原則として遺産分割が行われた日の翌日から4か月以内に、更正の請求を行います。 遺産分割が終わっていなくても、相続税の申告期限が延長されるわけではありません。申告期限内の申告と納税は必要です。 9.まとめ 親と別居している子でも、一定の要件を満たせば、小規模宅地等の家なき子特例を利用できる可能性があります。 一方、単に賃貸住宅に住んでいることや、自分名義の持ち家がないことだけでは、適用できるかどうかを判断できません。 特に重要なのは、次の3点です。 ・被相続人に配偶者や同居していた相続人がいないか ・過去3年間に、本人、配偶者、三親等内の親族、関係法人が所有する住宅へ住んでいないか ・相続開始時に住んでいる住宅を過去に所有していないか また、相続した土地は、原則として相続税の申告期限まで保有する必要があります。 家なき子特例は、住宅の現在の登記名義だけでなく、過去の住所、過去の所有履歴、親族関係、法人との資本関係などを総合的に確認する制度です。 適用できると思って土地を相続したものの、申告期限の直前になって要件を満たしていないことが判明するケースも考えられます。 相続後に実家を売却する予定がある場合や、配偶者・親族名義の住宅、社宅などに住んでいる場合は、早い段階で相続税に詳しい税理士へ相談しましょう。 出典 ・国税庁「No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)」 ・国税庁「相続税の申告のしかた(令和8年分用)」 ・国税庁「相続税の申告の際に提出していただく主な書類」 ・国税庁「No.4205 相続税の申告と納税」 ・国税庁「No.4208 相続財産が分割されていないときの申告」 監修者 志田 宏樹 公認会計士・税理士・宅地建物取引士 監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。 専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継 [詳しいプロフィールを見る →]

  • 不動産所得の確定申告で必要な資料一覧

    不動産所得の確定申告では、家賃収入だけでなく、管理費、修繕費、借入金、固定資産税、減価償却などを確認するための資料が必要です。 しかし、初めて確定申告をする方や、税理士への依頼を検討している方の中には、次のような不安を感じる方も多いのではないでしょうか。 管理会社の年間収支報告書だけで足りるのか 領収書をどこまで整理すればよいのか 物件を購入した年は何を準備すればよいのか 資料がすべてそろっていなくても依頼できるのか 結論からいうと、すべての資料を完璧に整理してから税理士へ相談する必要はありません。 ただし、物件を購入した年や売却した年、大規模な修繕を行った年などは、通常の年よりも必要資料が増えます。資料が不足していると、正しい申告ができないだけでなく、追加の確認や資料の再取得に時間がかかることもあります。 この記事では、不動産所得の確定申告で必要となる資料を、毎年必要なものと、特定の年に必要となるものに分けて解説します。 なお、この記事でいう「必要な資料」には、税務署へ申告書と一緒に提出する書類だけでなく、税理士が収入や経費を確認し、申告書を作成するために使用する資料も含まれています。 購入から売却までの不動産税務全体は、「不動産投資・賃貸経営に関する税務の基本」で整理しています。 目次 1.不動産所得の確定申告で必要な資料一覧 不動産所得は、家賃や更新料などの総収入金額から、固定資産税、損害保険料、減価償却費、修繕費などの必要経費を差し引いて計算します。 そのため、確定申告では「収入を確認する資料」と「必要経費を確認する資料」の両方が必要です。 1-1.まず準備したい基本資料 区分 主な資料 前年の申告関係 前年の確定申告書、青色申告決算書または収支内訳書 家賃収入 管理会社の年間収支報告書、通帳、賃貸借契約書 必要経費 領収書、請求書、管理会社の明細 借入金 借入金返済予定表、年間返済明細、残高証明書 税金 固定資産税・都市計画税の納税通知書、課税明細書 保険 火災保険・地震保険の契約書、保険料明細 購入関係 売買契約書、決済精算書、購入諸費用の領収書 売却関係 売却時の売買契約書、決済精算書、譲渡費用の領収書 その他 源泉徴収票、各種控除証明書、他の所得に関する資料 前年も不動産所得を申告している場合は、確定申告書だけでなく、青色申告決算書または収支内訳書、固定資産台帳、減価償却明細も準備しましょう。 これらには、建物や設備の取得価額、前年までの減価償却費、未償却残高など、当年へ引き継ぐ情報が記載されています。 借入金残高は前年の貸借対照表に記載されている場合もありますが、記載がないケースもあります。金融機関の返済予定表や年間返済明細も準備しましょう。 1-2.必要資料は3つに分けて考える 必要資料は、次の3つに分けると整理しやすくなります。 ①毎年必要となる資料 管理会社からの年間収支報告書 家賃入金口座の通帳・取引明細 必要経費の領収書・請求書 借入金返済予定表・返済明細 固定資産税・都市計画税の資料 火災保険・地震保険の資料 前年の確定申告書 ②購入・売却・工事などがあった年に必要な資料 不動産売買契約書 決済精算書 仲介手数料の領収書 登記費用・司法書士報酬の明細 大規模修繕や設備交換の見積書・請求書 売却に伴う測量費、解体費、立退料などの資料 ③必要に応じて確認する資料 賃貸借契約書・更新契約書 滞納家賃の明細 敷金・保証金の管理資料 入退去に関する精算書 管理会社変更時の精算資料 相続や贈与により物件を取得した場合の資料 すべての資料を毎年税理士へ提出するとは限りません。 例えば、管理会社の年間収支報告書で収入内容を確認できる場合には、賃貸借契約書を提出しなくてもよいことがあります。 2.家賃収入を確認するために必要な資料 家賃収入を正しく申告するためには、実際に振り込まれた金額だけでなく、契約上発生した家賃、礼金、更新料、共益費などを確認する必要があります。 2-1.管理会社の年間収支報告書 管理会社へ管理を委託している場合は、年間収支報告書が家賃収入を確認する中心的な資料になります。 年間収支報告書では、主に次の項目を確認します。 毎月の家賃 共益費 礼金 更新料 管理手数料 入居者募集費・広告料 修繕費・原状回復費 オーナーへの送金額 滞納家賃 敷金の入出金 注意したいのは、管理会社から実際に振り込まれた金額が、そのまま税務上の家賃収入になるとは限らない点です。 例えば、家賃10万円から管理手数料5,000円が差し引かれ、9万5,000円が振り込まれた場合、通常は9万5,000円だけを収入にするのではありません。 基本的には、家賃収入10万円と管理手数料5,000円を、それぞれ収入と必要経費に分けて処理します。 管理会社の年間収支報告書を受け取ったら、管理会社からの振込額だけでなく、差引前の家賃や経費の内訳を確認しましょう。 2-2.家賃入金口座の通帳・取引明細 家賃入金口座の通帳やインターネットバンキングの取引明細は、自主管理の場合だけでなく、管理会社へ管理を委託している場合にも必要となることがあります。 主に次の内容を確認します。 管理会社からの入金額 入居者から直接入金された家賃 管理会社を通さずに支払った修繕費など 入金時期のずれ 管理会社を変更した際の精算 不動産に関係しない入出金 借入金の返済額 管理会社の年間収支報告書が十分に整備され、入金額とも一致していれば、税理士が通帳の確認をしない場合もあります。 ただし、申告内容の確認や入金漏れの防止に必要となるため、通帳や取引明細は保存しておき、税理士から依頼があった場合に提出できるようにしましょう。 自主管理の場合は、管理会社の収支報告書がありません。そのため、通帳、賃貸借契約書、家賃管理表などの重要性がより高くなります。 2-3.賃貸借契約書・更新契約書 賃貸借契約書や更新契約書では、次の内容を確認します。 毎月の賃料 共益費・管理費 礼金 更新料 敷金・保証金 敷金等の返還条件 フリーレントの有無 契約期間 賃料改定日 解約日 家賃や共益費は、原則として契約上の支払日などに基づいて収入計上時期を判断します。そのため、年末時点で未入金の家賃があっても、契約内容によってはその年の収入として計上する必要があります。 「入金された金額だけを集計すればよい」とは限らないため、滞納がある場合は特に注意が必要です。 2-4.敷金・礼金・更新料・滞納家賃の資料 不動産の賃貸に伴って受け取る金銭は、名称だけで税務上の取扱いが決まるわけではありません。 一般的には、次のように整理します。 礼金:原則として収入 更新料:原則として収入 共益費:原則として収入 敷金・保証金:返還義務がある間は通常、預り金 返還しないことが確定した敷金等:その時点で収入 滞納家賃:契約内容により未収収益として収入計上が必要な場合がある 敷金の返還条件や更新料の有無が分かる契約書、入退去時の精算書、滞納家賃の一覧なども保存しておきましょう。 3.必要経費を確認するために必要な資料 どの支出が必要経費になるか迷う場合は、「不動産投資の経費一覧」で代表的な支出を整理しています。 不動産所得の必要経費にできるのは、不動産収入を得るために直接必要となる費用です。 プライベートな支出は必要経費になりません。また、不動産賃貸と私生活の両方に関係する支出は、業務に必要な部分を合理的に区分する必要があります。 3-1.管理費・管理手数料・入居者募集費 次の資料を準備します。 管理会社の月次・年間収支報告書 管理委託契約書 管理手数料の明細 入居者募集費・広告料の請求書 賃貸仲介会社からの請求書 サブリース契約書 清掃費や巡回費の請求書 管理会社の年間収支報告書に管理手数料や修繕費が記載されている場合は、同じ支出を別の領収書から二重に計上しないよう注意しましょう。 3-2.修繕費・原状回復費・設備交換費 高額な工事は修繕費か資本的支出かの判定が必要です。詳しくは、「修繕費と資本的支出の違い」をご確認ください。 修繕や設備交換を行った場合は、領収書だけでなく、工事内容が分かる資料も必要です。 準備する資料は次のとおりです。 工事の見積書 請求書 領収書 工事明細 工事請負契約書 修繕箇所が分かる資料 工事前後の写真 設備の型番や製品名が分かる資料 修繕に関する支出は、すべて支払った年の必要経費になるとは限りません。 通常の維持管理や壊れた箇所を元の状態に戻すための支出は、原則として修繕費になります。 一方、建物の使用可能期間を延ばしたり、価値を高めたりする支出は「資本的支出」とされ、固定資産として計上したうえで、減価償却を通じて複数年に分けて必要経費にします。分かりやすくいうと、支払った年に全額を経費にするのではなく、一定期間に配分する処理です。 例えば、次のような工事は内容を慎重に確認する必要があります。 外壁塗装 屋上防水工事 給湯器・エアコンの交換 間取り変更 キッチン・浴室の全面交換 エレベーターの更新 耐震補強工事 省エネ性能を高める改修 請求書に「工事一式」としか書かれていない場合は、修繕費か資本的支出かを判断できないことがあります。できるだけ詳しい見積書や工事明細も保管しましょう。 3-3.固定資産税・都市計画税 固定資産税・都市計画税については、次の資料を準備します。 納税通知書 課税明細書 領収書または口座振替の記録 課税明細書には、土地と建物の所在地、評価額、税額などが記載されています。 複数物件を所有している場合、どの物件にいくらの固定資産税が課されているかを確認するため、納付書だけでなく課税明細書も保管しておきましょう。 なお、物件の購入時に売主へ支払った「固定資産税・都市計画税精算金」は、購入後に市区町村へ支払う固定資産税とは税務上の取扱いが異なります。 購入時の固定資産税等精算金は、原則として購入代価の一部として土地・建物の取得価額に算入され、支払った年に全額を必要経費にすることはできません。 3-4.火災保険料・地震保険料 次の資料を準備します。 保険証券 保険契約書 保険期間が分かる資料 保険料の領収書・支払明細 地震保険料控除証明書 複数年分の保険料を一括で支払っている場合は、契約期間に応じた処理が必要になることがあります。そのため、支払額だけでなく、保険の開始日、終了日、補償対象物件を確認できる資料も準備しましょう。 なお、賃貸専用物件に係る地震保険料は、通常、不動産所得の必要経費として確認します。 所得控除である地震保険料控除の対象は、原則として、本人または生計を一にする親族が常時居住する家屋などに係る保険です。自宅併用物件などは、居住用部分と賃貸用部分を区分し、同じ保険料を必要経費と所得控除の双方で重複して差し引かないよう注意が必要です。 3-5.その他の必要経費 不動産賃貸に関係する支出として、次のようなものがあります。 税理士報酬 司法書士報酬 振込手数料 交通費 通信費 不動産投資に関する書籍代 セミナー参加費 物件確認のための宿泊費 消耗品費 会計ソフトの利用料 不動産賃貸に関するコンサルティング費用 ただし、支払ったものがすべて必要経費になるわけではありません。 例えば、家族旅行を兼ねた物件確認の交通費や、私用にも使っている携帯電話料金などは、不動産賃貸に直接必要な部分だけを合理的に区分する必要があります。 これを「家事按分」といいます。分かりやすくいうと、仕事用と私用が混ざっている支出を、合理的な基準で分けることです。 税務調査などで説明できるよう、按分割合を決めた根拠も残しておきましょう。 4.借入金に関して必要な資料 不動産所得が赤字になる場合、土地取得に対応する借入金利息には損益通算の制限があります。「土地負債利子と損益通算の注意点」で具体的に解説しています。 金融機関から融資を受けて物件を購入している場合は、借入金の元金と支払利息を分けて確認する必要があります。 4-1.借入金返済予定表 金融機関から交付された借入金返済予定表を準備します。 返済予定表では、主に次の5項目を確認します。 元金返済額 支払利息 借入残高 金利 返済期間 借入金の返済額全体が必要経費になるわけではありません。 元金返済は、借りたお金を返しているだけであるため、原則として必要経費になりません。一方、不動産賃貸のための借入金に係る支払利息は、原則として必要経費になります。 例えば、年間返済額が240万円で、その内訳が元金180万円、利息60万円であれば、必要経費になるのは利息60万円のみです。 4-2.年間取引明細・返済実績表 次のような取引があった場合は、当初の返済予定表だけでは実際の支払利息を正確に確認できないことがあります。 繰上返済 借換え 金利変更 返済条件の変更 元金据置期間の設定 延滞 融資の追加実行 特に変動金利の場合は金利変更の可能性があるため、毎年最新の書類を確認して申告するようにしましょう。 4-3.融資時に支払った手数料 物件の購入時には、次のような融資関係費用が発生することがあります。 融資事務手数料 保証料 印紙代 不動産担保の設定費用 抵当権設定に関する司法書士報酬 金融機関へ提出する鑑定費用 これらは、支出の内容や契約条件により処理方法が異なります。 請求書、金銭消費貸借契約書、融資明細、保証委託契約書などをまとめて保存しましょう。 5.物件を購入した年に追加で必要な資料 物件を購入した初年度は、通常の年より必要資料が多くなります。 初年度に決めた土地・建物の金額、取得価額、耐用年数などは、その後の減価償却費や売却時の譲渡所得にも影響します。 そのため、購入初年度の処理は特に重要です。 5-1.不動産売買契約書 不動産売買契約書では、主に次の内容を確認します。 売買代金 土地と建物の金額 契約日 引渡日 売主・買主 手付金 付帯設備の内容 特約事項 5-2.決済精算書 決済時の精算書では、次の項目を確認します。 残代金の精算金 固定資産税・都市計画税精算金 家賃の引継額 敷金・保証金の引継額 管理費・修繕積立金 共益費 水道光熱費 その他の日割精算額 賃貸中の物件を購入した場合は、引渡日前後の家賃や敷金が売主と買主の間で精算されます。 これらは、単に購入代金の一部として処理するものと、家賃収入や預り金として処理するものに分かれるため、精算書の準備が必要です。 5-3.購入諸費用の領収書 物件購入時に支払った次の資料を準備します。 仲介手数料 登記費用 司法書士報酬 融資事務手数料 保証料 印紙代 火災保険料 固定資産税等精算金 建物状況調査費用 不動産鑑定費用 不動産取得税(購入から半年後に通知が来るケースが多い) 購入諸費用は、すべてを購入した年の必要経費にできるわけではありません。 例えば、賃貸用の土地・建物を購入する際に支払った仲介手数料は、土地と建物の取得価額に配分します。建物に対応する部分は、建物の減価償却を通じて必要経費になりますが、土地に対応する部分は土地の取得価額となります。 そのため、購入時の領収書や請求書は、税理士が個別に内容を確認できるよう、一式まとめて提出しましょう。 5-4.土地と建物の金額を確認する資料 土地は減価償却できませんが、建物や建物附属設備は減価償却の対象です。 そのため、売買代金を土地と建物にどのように区分するかが重要です。土地は、時間の経過によって価値が減少する資産とはされておらず、減価償却資産には含まれません。 土地と建物の金額を確認する資料として、次のものがあります。 不動産売買契約書 固定資産税評価証明書 固定資産税の課税明細書 建物に係る消費税額が分かる資料 不動産鑑定評価書 建物請負契約書 売主が作成した土地・建物の内訳資料 土地と建物の区分方法は、契約内容や物件の状況により異なります。 売買契約書に内訳がない場合や、契約書上の区分が不自然な場合は、固定資産税評価額などを参考に合理的な区分を検討します。 5-5.建物の構造・築年数が分かる資料 減価償却費を計算するためには、建物の構造、取得価額、築年数、使用開始時期などを確認する必要があります。 次の資料を準備します。 登記事項証明書 建築確認済証 検査済証 建物図面 竣工図 建築請負契約書 設備明細 リフォーム工事の明細 中古物件の場合は、法定耐用年数の全部を経過しているか、耐用年数の一部を経過しているかによって、税務上の耐用年数の計算が変わることがあります。 また、建物本体と、給排水設備、電気設備、空調設備などの建物附属設備を分けて処理する場合には、設備の金額が分かる資料も必要です。 5-6.相続や贈与で取得した物件は過去の申告資料も確認する 相続や贈与で取得した建物は、売買によって取得した中古物件と同じ方法で減価償却費を計算できるとは限りません。 相続などにより取得した減価償却資産については、原則として、前所有者の取得価額、耐用年数、経過年数、未償却残高を引き継ぎます。通常の中古物件で用いられる簡便法によって、相続時点から耐用年数を計算し直すことはできません。 そのため、次の資料も準備します。 ・被相続人や贈与者の過去の確定申告書 ・青色申告決算書または収支内訳書 ・固定資産台帳 ・減価償却明細 ・当初の売買契約書や建築請負契約書 ・相続税申告書や遺産分割協議書 過去の取得価額や減価償却の状況が分からない場合は、資料の再取得や事実関係の確認に時間がかかるため、早めに税理士へ相談することが重要です。 6.物件を売却した年に追加で必要な資料 賃貸物件を売却した場合は、賃貸期間中の不動産所得とは別に、土地・建物の譲渡所得を計算します。 土地や建物の譲渡所得は、給与所得や不動産所得などと区分する分離課税ですが、確定申告の手続自体は他の所得と一緒に行います。 次の資料を準備します。 売却時の不動産売買契約書 決済精算書 仲介手数料の請求書・領収書 売買契約書の印紙代 測量費 建物解体費 立退料 登記費用 司法書士報酬 売却のために直接行った工事の資料 売却時に買主から受け取る固定資産税・都市計画税の精算金は、譲渡所得の収入金額に含まれるものとして取り扱われます。 7.不動産所得以外の申告に必要な資料 税理士へ確定申告を依頼する場合、不動産所得の資料だけでは申告書全体を完成できないことがあります。 給与や副業など、他の所得に関する資料や、所得控除に関する資料も準備しましょう。 7-1.他の所得に関する資料 主に次の資料があります。 給与所得の源泉徴収票 副業収入に関する資料 事業所得に関する決算書 公的年金等の源泉徴収票 配当金の支払通知書 株式等の年間取引報告書 暗号資産の取引明細 一時所得に関する資料 雑所得に関する資料 生命保険の満期金・解約返戻金の資料 会社員の方が不動産投資をしている場合は、勤務先から交付された源泉徴収票も忘れずに提出しましょう。 7-2.所得控除・税額控除に関する資料 主に次の資料があります。 生命保険料控除証明書 地震保険料控除証明書 国民年金保険料控除証明書 国民健康保険料の支払額が分かる資料 医療費通知・医療費の明細 寄附金受領証明書 ふるさと納税の資料 住宅ローン控除関係資料 小規模企業共済等掛金控除証明書 iDeCoの掛金証明書 扶養親族に関する情報 障害者控除等に関する資料 年末調整で処理済みの控除もありますが、確定申告書の作成時に内容を確認するため、源泉徴収票と併せて提出するのが確実です。 8.青色申告をする場合に必要な帳簿・資料 不動産所得のある方は、青色申告か白色申告かにかかわらず、収入や必要経費に関する取引を記帳し、帳簿や請求書、領収書などを一定期間保存する必要があります。 8-1.準備・作成する主な帳簿 不動産賃貸の状況や記帳方法に応じて、主に次の帳簿を作成・保存します。 仕訳帳 総勘定元帳 その他補助元帳 家賃台帳 固定資産台帳 敷金・保証金の管理表 すべての帳簿を依頼者自身がExcelなどで作成してから税理士へ渡さなければならないわけではありません。 税理士へ記帳も含めて依頼する場合は、通帳、管理会社の収支報告書、請求書、領収書などの根拠資料を共有しましょう。ただし、記帳や資料整理を税理士へ依頼する場合は、申告書の作成報酬とは別に料金がかかることがあります。 8-2.不動産所得の青色申告決算書 前年に青色申告をしている場合は、前年の青色申告決算書を準備します。 前年の決算書では、主に次の項目を確認します。 建物・設備の取得価額 減価償却費 未償却残高 借入金残高 未収家賃 敷金・保証金 事業主貸・事業主借 前年末の貸借対照表残高 減価償却費は、建物や設備の取得価額を一定の方法で各年の必要経費に配分する手続です。物件を購入した年に全額を経費にするものではありません。 前年の固定資産台帳や減価償却明細がないと、当年の減価償却費を正しく計算できないことがあります。 8-3.青色申告特別控除を受ける場合の注意点 青色申告特別控除の金額や要件は、申告する年分、記帳方法、不動産貸付けの規模、e-Taxの利用状況、電子帳簿の保存方法によって異なります。 令和8年分までは10万円、55万円、65万円の区分ですが、令和9年分以後は10万円、65万円、75万円の区分に見直されます。 令和9年分以後に65万円または75万円の控除を受ける場合は、複式簿記による記帳、貸借対照表・損益計算書の作成、e-Taxによる期限内申告、電子帳簿の保存状況などを確認する必要があります。 また、事業的規模の不動産貸付けで前々年の不動産収入が1,000万円を超える場合、簡易簿記による10万円控除を受けられないことがあります。 制度改正後の要件は複雑なため、適用を検討する場合は、申告年分と記帳・保存方法を税理士へ確認しましょう。 9.資料がそろっていなくても税理士に依頼できる? 結論として、すべての資料がそろう前でも税理士へ相談できます。 むしろ、自分ですべて整理してから相談しようとして申告期限直前になるよりも、早めに相談し、不足資料を確認した方がスムーズです。 9-1.すべてそろう前でも相談できる 税理士へ最初に相談する時点では、手元にある資料を提出し、次のような情報を伝えれば、必要資料を案内してもらえます。 所有している物件数 物件を購入した時期 管理委託か自主管理か 借入金の有無 その年に購入・売却した物件の有無 大規模修繕の有無 前年の申告方法 現在そろっている資料 特に、次の場合は早めの相談をおすすめします。 初めて不動産所得を申告する場合 その年に物件を購入した場合 物件を売却した場合 大規模修繕を行った場合 管理会社を変更した場合 相続・贈与で物件を取得した場合 過去の確定申告内容に不安がある場合 複数物件を所有している場合 9-2.資料を紛失した場合の対応 資料を紛失していても、再発行や代替資料の取得ができることがあります。 紛失した資料 主な対応方法 管理会社の収支報告書 管理会社へ再発行を依頼 借入金返済予定表 金融機関へ再発行を依頼 通帳 金融機関から取引明細を取得 固定資産税通知書 市区町村で評価証明書等を取得 登記事項証明書 法務局で取得 売買契約書 仲介会社、売主、司法書士などへ相談 火災保険証券 保険会社・保険代理店へ再発行を依頼 前年の申告書 e-Tax、税務署、前年の税理士などから確認 資料の再発行には時間がかかることがあります。紛失に気付いた段階で、早めに税理士へ相談しましょう。 9-3.領収書がない場合は経費にできない? 領収書がないからといって、直ちに必要経費にできないと決まるわけではありません。 次の資料から、支払先、日付、金額、内容を確認できる場合があります。 銀行振込明細 クレジットカード明細 請求書 納品書 契約書 メール 工事報告書 出金伝票 ただし、クレジットカード明細に店舗名と金額しか記載されておらず、何を購入したのか分からない場合は、不動産賃貸に必要な支出であることを説明できないことがあります。 領収書がない場合は、請求書、注文履歴、メールなど、取引内容が分かる資料をできるだけ集めましょう。 10.税理士へ資料を渡すときの整理方法 税理士へ資料を渡す方法は、事務所によって異なります。 紙での郵送・持参に加え、PDF、Excel、会計ソフト、クラウドストレージなどを利用する事務所も増えています。 10-1.資料の提出方法は税理士事務所によって異なる 一般的な提出方法には、次のものがあります。 紙資料の郵送・持参 スマートフォンで撮影した画像を共有 Excelにまとめ共有 クラウド会計ソフトの共有 クラウドストレージを通じて共有 税理士へ依頼する前に、次の点を確認しておくとよいでしょう。 紙で提出できるか 原本とコピーのどちらを提出するか PDFや画像データでよいか Excelで集計してよいか 指定のクラウドストレージがあるか 領収書をどの程度整理する必要があるか 記帳料や資料整理料が別途かかるか 10-2.複数物件がある場合は物件ごとに分ける 複数物件を所有している場合は、資料を物件ごとに分けましょう。 例えば、次のように整理します。 Aマンション Bアパート C駐車場 全物件に共通する経費 対象物件が分からない資料 物件別に整理されていれば、家賃収入、修繕費、借入金などを物件ごとに確認しやすくなります。 物件名だけで分かりにくい場合は、所在地も記載しておくとよいでしょう。 10-3.領収書・請求書は内容ごとに分ける 領収書や請求書は、次のように内容が近いものごとに分けます。 修繕・工事関係 管理会社関係 税金関係 保険関係 借入金関係 交通費・通信費 専門家報酬 その他 依頼者が、税務上の正確な勘定科目まで判断する必要はありません。 例えば、修繕費になるのか、資産計上して減価償却するのか分からない工事は、「修繕・工事関係」としてまとめれば問題ありません。 10-4.Excelにまとめる場合の記載項目 Excelで経費をまとめる場合は、次の6項目を記載すると分かりやすくなります。 日付 支払先 支払内容 金額 対象物件 支払方法 記載例は次のとおりです。 日付 支払先 内容 金額 対象物件 支払方法 2026年4月10日 ○○工務店 給湯器交換 88,000円 Aマンション 銀行振込 2026年5月15日 ○○市 固定資産税第1期 120,000円 Aマンション 口座振替 Excelにまとめて提出しても、領収書や請求書などの根拠資料が不要になるわけではありません。 不動産所得を生ずべき業務を行う方には、帳簿だけでなく、業務に関して作成または受領した請求書や領収書などを保存する義務があります。 10-5.電子データで受け取った資料は電子データのまま保存する メールに添付されたPDFの請求書や、ウェブサイトからダウンロードした領収書など、電子的に受け取った取引データは、原則として電子データのまま保存する必要があります。 印刷した紙だけを残し、元のPDFを削除する方法では、電子取引データの保存要件を満たさないことがあります。 一方、紙で受け取った領収書や請求書は、原則として紙で保存します。 一定の要件を満たすスキャナ保存を行っている場合を除き、単にスマートフォンで撮影したりPDF化したりしただけで、紙の原本を処分できるとは限りません。 10-6.未整理の場合は追加料金がかかることがある 次のような状態で資料を提出すると、通常の申告業務とは別に、資料の分類や集計作業が必要になります。 複数年分の領収書が混在している 複数物件の資料が分けられていない 私的な領収書が大量に含まれている 同じ資料が紙、PDF、画像で重複している 領収書が箱や袋にそのまま入っている 日付や支払内容が確認できない 通帳のどの入出金が不動産関係か分からない 税理士事務所によっては、資料整理や記帳作業に別途料金がかかることがあります。 依頼前に、どの程度まで整理すれば基本料金に含まれるのかを確認しておきましょう。 当法人では、原則としてBoxを利用して資料をご提出いただいています。管理会社の収支報告書、通帳明細、借入金返済予定表、固定資産税関係資料、領収書などを、PDF、画像データまたはExcelでご提出いただけます。紙での提出も状況に応じて受け付けていますが、原本ではなくコピーをお送りください。領収書や請求書などの原本は、依頼者ご自身で法定期間保存していただく必要があります。原本の紛失を防ぐ観点から、当法人ではお預かりした紙資料の返送は原則として行っていません。紙資料は、物件別・内容別に一定程度整理したうえでご提出ください。税務上の正確な勘定科目まで判断していただく必要はありませんが、複数年、複数物件、私的支出などが混在し、資料の分類や集計から必要となる場合には、資料の量や作業内容に応じて別途料金をご案内することがあります。 11.税理士への依頼から確定申告完了までの流れ 税理士へ依頼する場合の一般的な流れは、次のとおりです。 11-1.問い合わせ・初回相談 最初に、次の内容を税理士へ伝えます。 所有物件数 物件の種類 管理委託か自主管理か 前年までの申告状況 青色申告か白色申告か 購入・売却の有無 大規模修繕の有無 借入金の有無 資料の整理状況 申告期限までの期間 前年の確定申告書がある場合は、初回相談時に提出すると、税理士が必要作業を把握しやすくなります。 11-2.必要資料の案内 所有物件やその年の取引内容に応じて、税理士から必要資料の一覧が案内されます。 購入年、売却年、相続で取得した年などは、通常年とは必要資料が異なります。 11-3.資料の提出 税理士事務所が指定する方法で資料を提出します。 提出前には、できる範囲で次の整理をしておきましょう。 年度を分ける 物件を分ける 支出内容を分ける 重複資料を除く 不明な取引にメモを付ける 11-4.不足資料・不明点の確認 税理士が資料を確認し、不足している資料や取引内容について質問します。 不明点への回答が遅れると、申告書の完成も遅れるため、税理士から連絡があった場合は、早めに回答しましょう。 11-5.申告内容・納税額の確認 申告前には、次の内容を確認します。 家賃収入 必要経費 減価償却費 不動産所得の金額 所得税・復興特別所得税の見込額 住民税への影響 主な税務処理 前年との増減 納税方法・納期限 不動産所得が赤字の場合は、給与所得などとの損益通算の可否も確認します。 11-6.申告書の提出・納税 申告内容に問題がなければ、税理士が電子申告を行います。 申告書を提出しただけでは、納税は完了しません。 振替納税、インターネットバンキング、クレジットカード納付、スマートフォンアプリ納付など、案内された方法で納税します。 12.不動産所得の確定申告でよくある質問 12-1.管理会社の年間収支報告書だけで申告できますか? 年間収支報告書に、家賃、共益費、礼金、更新料、管理手数料、修繕費などが漏れなく記載されていれば、家賃収入と管理会社経由の経費を確認する中心資料になります。 ただし、管理会社を通さない入金や支出、固定資産税、借入金利息、火災保険料、税理士報酬などは記載されていないことがあります。 そのため、年間収支報告書だけで必ず申告できるとは限りません。 12-2.管理会社へ委託していても通帳は必要ですか? 必要になることがあります。 管理会社からの送金額、直接入金された家賃、管理会社を通さずに支払った費用などを確認するためです。 管理会社の年間収支報告書と入金額が一致し、他の入出金も明確な場合には、毎年すべての通帳明細を提出しないケースもありますが、税理士から求められたときに提出できるよう保存しておきましょう。 12-3.領収書はすべて税理士へ渡す必要がありますか? 税理士が記帳や経費の判定まで行う場合は、不動産賃貸に関係する領収書や請求書を原則として提出します。 Excelで支出一覧を作成する方法もありますが、税務上の処理や取引内容を確認するため、領収書や請求書が必要になることがあります。 なお、税理士にコピーやデータを提出しても、依頼者自身の保存義務がなくなるわけではありません。 12-4.修繕費と資本的支出はどのように分けますか? 通常の維持管理や原状回復のための支出は、原則として修繕費になります。 一方、建物の使用可能期間を延ばしたり、資産価値を高めたりする支出は、資本的支出として固定資産に計上し、減価償却します。 工事の名称ではなく、実際の工事内容によって判断します。 判断のため、領収書だけでなく、見積書、工事明細、写真なども提出しましょう。 12-5.不動産所得が赤字でも確定申告は必要ですか? 申告義務の有無は、給与所得など他の所得や各種条件によって異なります。 ただし、不動産所得の赤字は、一定の場合に給与所得などの黒字と損益通算できるため、確定申告をすることで所得税が還付されることがあります。 一方、不動産所得の赤字のうち、土地を取得するための借入金利息に対応する部分などは、損益通算できない場合があります。 赤字だから申告しなくてよいと自己判断せず、税理士に確認しましょう。 12-6.物件を購入した年はいつ税理士に相談すべきですか? できるだけ早めに相談することをおすすめします。 物件購入時の土地・建物の区分、仲介手数料、固定資産税等精算金、借入金関係費用などの処理は、その後の減価償却費や売却時の譲渡所得にも影響します。 確定申告の直前ではなく、可能であれば物件の購入後、資料がそろった段階で相談するとスムーズです。 13.まとめ|資料が完全にそろう前でも早めに相談を 不動産所得の確定申告では、主に次の資料が必要です。 家賃収入を確認する資料 必要経費を確認する資料 借入金・支払利息を確認する資料 固定資産税・保険料に関する資料 減価償却を計算するための資料 給与所得や所得控除に関する資料 管理会社へ管理を委託している場合でも、通帳や賃貸借契約書が必要になることがあります。 また、物件を購入した年や売却した年には、売買契約書、決済精算書、仲介手数料の領収書など、通常年とは異なる資料も必要です。 資料が不足している場合でも、すべてそろうまで税理士への相談を待つ必要はありません。 早めに相談すれば、不足資料や再取得が必要な資料を確認し、申告期限に向けて順番に準備できます。 アポロ税理士法人では、不動産オーナーの確定申告について、必要資料の確認から申告書の作成まで対応しています。 管理会社の年間収支報告書だけで申告できるか分からない方、購入初年度や売却年の申告でお困りの方、資料がそろっているか不安な方もご相談ください。 不動産オーナー向け税務・財務サポートの詳細 確定申告・必要資料について相談する 監修者 志田 宏樹 公認会計士・税理士・宅地建物取引士 監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。 専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継 [詳しいプロフィールを見る →]

  • 不動産投資の目的

    【これから始める不動産投資】 まず考えるべきは「目的」です 不動産投資を始めたい——そう考えたとき、最初に浮かぶのは「どんな物件を買えばいいのか?」「利回りはどのくらい?」という点かもしれません。 でも、実はそれよりももっと大切なことがあります。それが、「不動産投資の目的」をはっきりさせることです。このコラムでは不動産投資初心者のための不動産投資の目的をまとめています。 不動産投資の目的 なぜ「目的」が大切なのか? 不動産投資と一口に言っても、そのスタイルや戦略はさまざまです。目的によって、選ぶ物件や運用方法が大きく変わってくるからです。 目的が曖昧なまま投資をスタートしてしまうと、途中で「思っていたのと違った…」ということになりかねません。 不動産投資の主な3つの目的 ① 長期的な資産運用 将来の年金代わりや、安定収入を目的にした投資です。新築物件や築浅の物件などが主な対象となります。 ② 短期的な資産運用 10年以内程度での運用を考えるものです。売却益を狙うキャピタルゲイン投資やリノベーションして価値を高めて売却する「リフォーム投資」、中古物件を利用した所得税の圧縮を狙った投資などです。 ③ 相続対策 相続税の節税や、家族に資産を残すことを目的にした投資です。土地を活用したアパート経営や、節税効果のある物件購入などが代表例です。新たに土地を買うのか、所有の土地を利用するのか、将来は相続人が居住するのか、賃貸経営するのかによって適した不動産が変わる可能性があります。 目的が違えば、選ぶべき投資も変わる たとえば、「将来の年金代わりに」と考えている人が、短期で売買して利益を出すスタイルを選ぶと、目的と手法がチグハグになってしまうことがあります。 だからこそ、自分の目的に合った投資スタイルを選ぶことがとても大切なのです。 最後に:目的が違っても、共通して大事なこと 不動産投資にはいろいろな目的がありますが、どの目的であっても共通して言えるのは、「投資としてちゃんと成り立っているか?」です。 つまり、「きちんと利益(キャッシュ・フロー)が出る見込みがあるのか?」「リスクは管理できるのか?」という視点はどんな目的であっても不可欠です。 税務面の全体像については、「不動産投資・賃貸経営に関する税務の基本」もあわせてご確認ください。 まとめ 目的を整理した後は、収益性・融資・リスクを含めて具体的に判断します。続きは、「不動産投資を始める前に知っておきたい基礎知識と判断基準」をご覧ください。 不動産投資は、物件選びや利回りだけに注目しがちですが、最も大切なのは、「自分がなぜ投資をしたいのか」という目的です。 その目的に応じた投資スタイルを選ぶことで、不動産投資はあなたにとって、より納得のいく資産運用手段となるはずです。 不動産投資に関わるご依頼やご相談はお気軽にお問い合わせください。 監修者 月方 智彦 公認会計士・税理士 大学院卒業後、金融機関勤務を経て公認会計士試験に合格。監査法人にて、上場企業等の監査業務に従事する。 現在はアポロ税理士法人の代表社員を務めるほか、クラフトビールの製造、酒販、飲食店を展開する会社の経営にも参画。税務・会計の専門家としてだけでなく、事業経営者としての実務経験を活かし、創業支援や資金調達、飲食・酒類事業の経営支援にも携わっている。 専門分野:飲食店税務/創業支援/融資・資金調達/相続 [詳しいプロフィールを見る →]

  • 親が老人ホームに入居しても小規模宅地等の特例は使える?空き家・賃貸・相続人の要件を解説

    小規模宅地等の特例とは、亡くなった方が自宅や事業などに使っていた土地について、一定の条件を満たす場合に、相続税を計算する際の土地の評価額を減額できる制度です。 では、亡くなった方が老人ホームに入居し、亡くなる直前には自宅で生活していなかった場合、小規模宅地等の特例は使えないのでしょうか。 結論からいうと、老人ホームに入居していても、一定の条件を満たせば、入居前に住んでいた自宅の土地について、小規模宅地等の特例を使える可能性があります。 ただし、老人ホームに入居していれば自動的に認められるわけではありません。主に、次の3点を確認する必要があります。 親が要介護認定等を受け、対象となる施設に入居していたか 老人ホームへの入居後、自宅をどのように使っていたか 誰が自宅の土地を相続するか 特に注意したいのが、老人ホーム入居後の自宅を他人に貸したり、別居していた子どもが住み始めたり、建物を解体したりするケースです。 こうした行動によって、自宅用の小規模宅地等の特例を使えなくなることがあります。 この記事では、親が老人ホームに入居した場合の小規模宅地等の特例について、税務知識がない方にも分かるように解説します。 相続手続や相続税の全体像から確認したい方は、「相続の基本と全体像」もあわせてご覧ください。 目次 1.老人ホームに入居しても小規模宅地等の特例を使える可能性がある 1-1.自宅の土地を最大80%減額できる制度 小規模宅地等の特例の制度全体については、「小規模宅地等の特例とは?」で整理しています。 亡くなった方が住んでいた自宅の土地は、一定の条件を満たすと「特定居住用宅地等」に該当します。 特定居住用宅地等に該当すると、330㎡までの部分について、相続税評価額を80%減額できます。 例えば、特例の対象となる自宅の土地の評価額が1億円で、その土地全体が330㎡以内であれば、相続税の計算上の評価額を2,000万円まで引き下げられる可能性があります。 ただし、自宅であれば必ず特例を使えるわけではありません。老人ホームに入居していた場合には、親の認定状況や施設の種類、自宅の利用状況、土地を相続する人などを確認する必要があります。 1-2.老人ホームへの入居だけで対象外にはならない 親が老人ホームに入居すると、亡くなる直前には元の自宅で生活していないことになります。 しかし、介護などの事情によって一定の老人ホームや介護施設に入居していた場合には、入居前に住んでいた自宅を、引き続き親の居住用として扱える制度があります。 したがって、 老人ホームに入居したから、小規模宅地等の特例は使えない と一律に判断する必要はありません。 次の順番で確認することが大切です。 2.親の入居状況に関する条件 まずは、老人ホームに入居していた親について、次の条件を確認します。 2-1.入居前まで、その自宅を生活の拠点としていた 対象になるのは、親が老人ホームに入居する前まで、実際に生活の拠点として使っていた自宅です。 単に親が所有していただけの住宅や、別荘、たまに宿泊するだけの家は、原則として対象になりません。 自宅に該当するかどうかは、住民票の所在地だけで決まるものではなく、日常生活の状況、入居の目的、建物の設備、ほかに生活の拠点となる住宅があったかなどを踏まえて判断されます。 不動産を複数所有している方の場合は、どの住宅が本当の生活拠点だったのかを確認しておきましょう。 2-2.亡くなる直前に要介護認定や要支援認定等を受けていた 老人ホームに入居していれば、誰でも対象になるわけではありません。 原則として、親が亡くなる直前に、要介護認定、要支援認定などを受けている必要があります。 「要介護1以上でなければならない」というわけではありません。要支援認定も制度の対象に含まれます。 また、認定を受けていたかどうかは、老人ホームへの入居時ではなく、原則として亡くなる直前の状況で判断します。 そのため、老人ホームへ入居した時点では認定を受けていなくても、その後に認定を受け、亡くなる直前に認定が有効であれば、対象になる可能性があります。 2-3.要介護認定等の申請中に亡くなった場合 親が要介護認定や要支援認定の申請中に亡くなることもあります。 この場合、亡くなった時点では認定結果が出ていなくても、相続開始後に認定され、その効力が申請日にさかのぼるときは、亡くなる直前に認定を受けていた人として取り扱える場合があります。 国税庁の質疑応答事例でも、要介護認定等の申請中に亡くなり、その後に認定が行われたケースについて、相続開始の直前に認定を受けていた人に該当するものとして差し支えないとされています。 そのため、認定申請中に亡くなった場合は、申請書、申請日が分かる書類、認定結果通知書などを保管しておきましょう。 2-4.入居先が対象となる施設である 対象となる主な施設は、次のとおりです。 入居先 特例の対象になる可能性 特別養護老人ホーム あり 養護老人ホーム あり 軽費老人ホーム あり 有料老人ホーム あり 介護老人保健施設 あり 介護医療院 あり 認知症グループホーム あり サービス付き高齢者向け住宅 あり 一般的な高齢者向け賃貸住宅 個別確認が必要 病院 老人ホームとは別の考え方で判断 ただし、施設のパンフレットや広告に「老人ホーム」「シニア住宅」と書かれているだけでは判断できません。 同じような名称でも、法律上の施設区分が異なることがあります。入居契約書や重要事項説明書を確認し、施設の正式な区分を調べる必要があります。 3.老人ホーム入居後の自宅の使い方 親の認定状況と施設の条件を満たしていても、老人ホーム入居後の自宅の使い方によっては、特例を使えなくなることがあります。 3-1.自宅を空き家のまま維持していた場合 老人ホームへの入居後、自宅を空き家のまま維持していた場合は、ほかの条件も満たせば、入居前の自宅として特例を使える可能性があります。 重要なのは、老人ホームへの入居後に、自宅を次のような用途へ変更していないことです。 第三者へ貸していない 親と生計を別にしていた人を新たに住まわせていない 店舗や事務所として使っていない 建物を取り壊して更地にしていない 家具や家財道具が残っていたことや、家族が定期的に換気や清掃をしていたことは、自宅の管理状況を説明する事情の一つにはなりますが、それだけで特例を使えるかどうかが決まるわけではありません。 3-2.入居前から家族が住んでいた場合 親が老人ホームへ入居する前から、配偶者や子どもなどが親と家計を共通にして自宅に住み、入居後もそのまま住み続けることがあります。 この場合は、家族が自宅に住み続けているという理由だけで、直ちに特例の対象外になるわけではありません。 国税庁も、老人ホームへの入居直前に親と生計を一にし、その自宅に引き続き住んでいる親族を、入居後に新たに住み始めた第三者とは区別しています。 ただし、単に親族であることや、住民票が同じであることだけで判断するわけではありません。生活費を誰が負担していたかなど、実際の家計の状況を確認する必要があります。 3-3.別居していた子どもが新たに住み始めた場合 老人ホーム入居後に、親と生計を一にしていなかった子どもが新たに自宅へ住み始めた場合、入居前の自宅を親の居住用として扱うための条件を満たさなくなります。 「子どもだから問題ない」というわけではありません。親族であっても、親とは別に独立した生活をしていた子どもが入居した場合は、原則として自宅用の小規模宅地等の特例を使えません。 ただし、別居していた子どもでも、継続的な生活費の送金などにより、親と生計を一にしていたと認められる場合があります。この場合は、子どもが入居したという理由だけで直ちに対象外にはなりません。土地を相続する人の居住・保有要件も含めて、個別に確認する必要があります。 3-4.自宅を第三者へ貸した場合 空き家のままにしておくのはもったいないとして、老人ホーム入居後の自宅を第三者へ貸すケースもあります。 しかし、自宅を第三者へ貸すと、その土地は親の居住用ではなく、賃貸用として使われることになります。 この場合、貸した部分については、自宅用の「330㎡まで80%減額」の特例を使えません。老人ホームへの入居後に事業用や新たな第三者の居住用として使われた土地は、老人ホーム入居に関する居住用の例外から除かれるためです。 一方で、一定の条件を満たせば、賃貸物件の土地に適用される「貸付事業用宅地等」として、200㎡まで50%減額できる可能性があります。 ただし、相続開始前3年以内に新たに賃貸を始めた土地は、原則として貸付事業用宅地等の対象外になるなど、別の条件があります。 したがって、 「自宅用の80%減が使えなくても、賃貸用の50%減を使えばよい」 と単純に判断することはできません。 3-5.建物を解体・建替え・駐車場化した場合 老人ホームへの入居後、自宅を解体したり、土地を駐車場や店舗などに変更したりすると、自宅用の小規模宅地等の特例を使えなくなることがあります。 特に、自宅を取り壊し、更地のまま相続が発生した場合は、原則として自宅用の特例を使えません。 小規模宅地等の特例は、原則として、建物や構築物の敷地として使われている土地を対象とする制度だからです。 また、土地を月極駐車場、コインパーキング、店舗、事務所などに変更した場合、その部分は親の居住用ではなく、事業用または貸付用として扱われます。そのため、自宅用の特例は原則として使えなくなります。 ただし、一定の設備がある駐車場や事業用の土地については、貸付事業用宅地等や特定事業用宅地等など、別の種類の特例を使える場合があります。 土地の一部だけを駐車場などに変更した場合は、原則として、自宅として使われている部分と用途を変更した部分を分けて判定します。 一方、自宅の建替えについては、一律に特例が使えなくなるとは限りません。ただし、建替え中に相続が発生した場合や、完成後の建物を別生計の子ども、第三者、法人などが使用した場合は、判断が複雑になります。建物を取り壊す前に、税理士へ確認することが重要です。 次のような行動を予定している場合は、実行前に確認しましょう。 自宅を取り壊す 建物を建て替える 月極駐車場やコインパーキングにする 店舗や事務所として使う 土地の一部を他人へ貸す 自宅や土地を法人へ貸す 老人ホームへの入居後に自宅の用途を変更すると、自宅用の特例を使えなくなる可能性があります。解体、建替え、賃貸などを行う前に、特例への影響を確認することが重要です。 4.誰が自宅の土地を相続するか 老人ホームに関する条件をすべて満たしていても、誰が自宅の土地を相続するかによって、特例を使えるかどうかが変わります。 4-1.配偶者が相続する場合 配偶者が自宅の土地を相続する場合、配偶者自身については、相続後もその自宅に住み続けることや、相続税の申告期限まで土地を持ち続けることは求められません。 ただし、配偶者が相続すれば無条件で特例を使えるわけではありません。親の要介護認定等、入居先の施設、老人ホーム入居後の自宅の使い方など、土地自体に関する条件は満たす必要があります。 4-2.自宅に住んでいた親族が相続する場合 親が老人ホームに入居した後も、子どもなどの親族が自宅に住み続け、その親族が土地を相続する場合があります。 この場合は、原則として、 亡くなる直前から相続税の申告期限まで、その建物に引き続き住む 相続開始から相続税の申告期限まで、その土地を所有する という条件を満たす必要があります。 相続税の申告期限は、原則として、親が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。 申告期限前に自宅から転居したり、土地を売却したりすると、特例を使えなくなる可能性があるため注意しましょう。 4-3.別居していた子どもなどが相続する場合 別居している子が相続する場合のいわゆる家なき子特例については、「別居している子でも使える?家なき子特例」をご確認ください。 親と別居していた子どもなどが自宅の土地を相続する場合でも、一定の条件を満たせば特例を使えることがあります。 一般に「家なき子」と呼ばれる要件です。 主な条件には、次のようなものがあります。 亡くなった親に配偶者がいない 亡くなる直前に、親の自宅に住んでいた相続人がいない 土地を取得する人が、相続開始前3年以内に、自分や配偶者、三親等内の親族などが所有する一定の住宅に住んでいない 現在住んでいる家を、過去に自分で所有していたことがない 相続税の申告期限まで土地を所有する 実際には、取得者本人だけでなく、配偶者、三親等内の親族、一定の関係がある法人が所有する住宅に住んでいなかったかなど、細かな条件があります。 「子どもが賃貸住宅に住んでいるから使える」とは限らないため、遺産分割を決める前に確認しましょう。 5.老人ホーム入居後の自宅に関する早見表 老人ホーム入居後の自宅の状況 自宅用の特例への影響 自宅を空き家のまま維持していた ほかの条件を満たせば、対象になる可能性あり 入居直前に親と生計を一にしていた配偶者・親族が住み続けた この理由だけで対象外にはならない 親と生計を別にしていた子どもが、入居後に新たに住み始めた 原則として、自宅用の特例は使えない 自宅を第三者へ貸した 貸した部分は自宅用の対象外。貸付用の特例を別途判定 自宅を店舗や事務所として使った 使用した部分は自宅用の対象外。事業用などの特例を別途判定 自宅を取り壊し、更地のまま相続が発生した 原則として、自宅用の特例は使えない 自宅を建て替えている途中で相続が発生した 工事の状況や建替え後の利用予定によって個別に確認 月極駐車場やコインパーキングに変更した 自宅用の特例は使えない。貸付用の特例を別途判定 土地の一部だけを貸した、または用途変更した 変更した部分は自宅用の対象外。残りの部分は別途判定 自宅の土地を相続する人 相続した人が満たす主な条件 配偶者 相続後に自宅へ住み続ける必要も、申告期限まで土地を持ち続ける必要もない 自宅に住んでいた親族 原則として、申告期限まで自宅に住み続け、土地を持ち続ける必要がある 別居していた子どもなど 持ち家がないことなど、「家なき子」の要件をすべて満たす必要がある この表は一般的な考え方をまとめたものです。 実際には、老人ホームへの入居前後の生活状況、家族の家計、賃料の有無、建物の構造、土地の取得者などによって結論が変わります。 6.老人ホームへの入居時に確認しておきたいこと 6-1.認定と施設に関する資料を保管する 親が老人ホームへ入居したときは、次のような資料を保管しておきましょう。 介護保険被保険者証 要介護・要支援認定通知書 要介護認定等の申請書 認定申請日が分かる資料 老人ホームの入居契約書 施設の重要事項説明書 入居日が分かる資料 施設利用料の請求書や領収書 これらは、親がどのような認定を受け、どの施設へ、いつ入居したのかを確認するために役立ちます。 6-2.入居前の居住状況が分かる資料を残す 自宅が親の生活拠点だったことを確認するため、次のような資料も保管しておくと安心です。 住民票や戸籍の附票 電気、ガス、水道などの利用状況 郵便物の送付先 固定資産税の納税通知書 自宅の登記事項証明書 入居前の生活状況が分かる資料 住民票は重要な資料の一つですが、住民票だけで自宅かどうかが決まるわけではありません。実際の生活状況を説明できる資料も残しておきましょう。 6-3.自宅の使い方を変える前に確認する 老人ホームへの入居後、自宅について次のような予定がある場合は、行動する前に税務上の影響を確認しましょう。 他人へ貸したい 子どもを住まわせたい 建物を解体したい 建替えをしたい 駐車場にしたい 法人の事務所として使いたい 売却したい 一度賃貸や解体を行うと、元の状態へ戻すことが難しくなります。 「相続が発生してから考える」のではなく、老人ホームへの入居時点で確認することが重要です。 6-4.誰が土地を相続するか検討する 同じ土地であっても、配偶者が相続する場合、同居親族が相続する場合、別居親族が相続する場合では条件が異なります。 遺言書や遺産分割の方針を決める際には、次の点を確認しましょう。 配偶者はいるか 誰が自宅に住んでいるか 子どもは持ち家に住んでいるか 相続後に自宅を売却する予定はあるか 相続税の申告期限まで土地を保有できるか 自宅以外に特例を使える事業用・賃貸用の土地があるか 小規模宅地等の特例は、どの土地に適用するかによって相続税額が変わることがあります。 遺産分割を決めた後では、有利な選択ができなくなることもあるため注意が必要です。 6-5.特例を使うには相続税申告が必要 小規模宅地等の特例は、自動的に適用される制度ではありません。 適用を受けるためには、相続税の申告書に特例を使う旨を記載し、小規模宅地等に関する計算明細書や遺産分割協議書の写しなど、一定の書類を添付する必要があります。 特例を使った結果、相続税が0円になる場合でも、申告が必要です。 また、特例の対象となる土地が複数あり、複数の相続人が取得する場合には、原則として適用する土地について関係者の同意も必要です。 7.よくある質問 Q1.住民票を老人ホームへ移すと特例は使えませんか 住民票を老人ホームへ移したという事実だけで、特例が使えなくなるわけではありません。 自宅に該当するかどうかは、住民票だけではなく、入居前の生活状況、要介護認定等、入居施設、自宅の利用状況などを踏まえて判断します。 ただし、住民票は生活状況を確認する資料の一つになるため、ほかの資料とあわせて事実関係を整理しておく必要があります。 Q2.老人ホームに長期間入居していても特例を使えますか 老人ホームへの入居期間が長いという理由だけで、直ちに対象外になるわけではありません。 国税庁が示す老人ホーム入居に関する要件には、入居期間について「何年以内」という上限は設けられていません。 重要なのは、亡くなる直前の要介護認定等、施設の種類、入居後の自宅の使い方などです。 Q3.病院へ長期入院していた場合も同じですか 病院への入院は、老人ホームへの入居とは別の考え方で判断します。 病院は治療を受ける場所であり、通常、入院によって生活の拠点が病院へ移ったとは限りません。 国税庁は、入院前の自宅が退院後も住める状態であり、入院後にほかの用途へ使われていない場合には、空き家になっていた期間の長短にかかわらず、引き続き居住用の宅地として扱えるとしています。 ただし、自宅を賃貸していた場合や、退院後に戻ることができない状態へ変更していた場合などは、個別の確認が必要です。 8.まとめ 親が老人ホームに入居していても、入居前に住んでいた自宅の土地について、小規模宅地等の特例を使える可能性があります。 確認するポイントは、次の3つです。 親が要介護認定等を受け、対象となる施設に入居していたか 入居後の自宅を、第三者の居住用や賃貸・事業用などに使っていなかったか 誰が自宅の土地を相続するか 特に、自宅を第三者へ貸す、別居していた子どもを住まわせる、建物を解体する、駐車場に変更するといった行為は、特例の適用に影響する可能性があります。 老人ホームへの入居後に自宅の使い方を変更すると、後から元に戻すことが難しくなります。 相続が発生してからではなく、自宅を賃貸・解体・売却する前に、特例を使えるかどうかを確認することが重要です。 アポロ税理士法人では、不動産を所有する方の相続税申告や生前の相続対策についてご相談を承っています。 「親が老人ホームへ入居しているが、自宅の土地に特例を使えるのか分からない」 「空き家になった自宅を貸すか、売却するか迷っている」 「誰が自宅を相続すると特例を使えるのか確認したい」 という方は、具体的な行動を起こす前にご相談ください。 参考資料 国税庁「No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例」 国税庁「老人ホームへの入所により空家となっていた建物の敷地についての小規模宅地等の特例」 国税庁「老人ホームに入所していた被相続人が要介護認定の申請中に死亡した場合の小規模宅地等の特例」 国税庁「小規模宅地等の特例の対象となる『被相続人等の居住の用に供されていた宅地等』の判定」 国税庁「入院により空家となっていた建物の敷地についての小規模宅地等の特例」 監修者 志田 宏樹 公認会計士・税理士・宅地建物取引士 監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。 専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継 [詳しいプロフィールを見る →]

  • 相続の基本と全体像|手続・相続税・遺産分割・生前対策をわかりやすく解説

    相続は、何から考えればよいのでしょうか 相続について考えようとしても、税金、遺産分割、不動産、名義変更など、確認すべきことが多くあります。 「相続税がかかるのか知りたい」 「不動産を誰に引き継がせればよいのか分からない」 「家族でもめないように、今から準備しておきたい」 このような不安を感じる方も多いのではないでしょうか。 相続では、相続税だけでなく、財産の分け方や納税資金、その後の不動産管理まで含めて考えることが大切です。 この記事では、相続で整理すべきことを順番に、できるだけわかりやすく解説します。 目次 1.相続では、まず5つのことを整理しましょう 2.相続が始まったら、いつまでに何をすればよい? 3.相続財産と借入金を確認しましょう 4.相続税がかかるか確認しましょう 5.財産をどのように分けるか考えましょう 6.不動産を相続するときに確認したいこと 7.相続税をどう支払うか確認しましょう 8.相続が始まる前にできること 9.専門家に相談した方がよいのはどのような場合? 10.まとめ 1.相続では、まず5つのことを整理しましょう 相続の問題は、大きく次の5つに分けて考えると整理しやすくなります。 1-1.誰が相続人になるのか 配偶者、子ども、親、兄弟姉妹など、家族構成によって相続人になる人は異なります。 まずは、誰が相続に関係するのかを確認することが出発点です。 1-2.どのような財産・債務があるのか 預貯金や不動産だけでなく、上場・非上場株式、貸付金なども相続財産になります。 生命保険金など、亡くなった方が直接所有していた財産ではなくても、相続税の計算に関係するものがあるため、あわせて確認します。一方で、遺産総額から差し引ける借入金や未払金などの債務、葬儀費用も確認します。 1-3.誰が何を引き継ぐのか 財産を把握した後は、誰がどの財産を取得するのかを考えます。 特に不動産は均等に分けにくいため、金額だけでなく、管理や収益性も含めて誰が相続するのか検討する必要があります。 1-4.相続税はいくらかかるのか 財産や債務を整理したうえで、相続税がかかるか、いくらくらいになるかを試算します。 ご自身で試算することが難しい場合は、税理士等の専門家に依頼してみましょう。 1-5.相続税をどうやって支払うのか 相続税は、原則として現金で支払います。 財産の多くが不動産の場合には、税額だけでなく、支払うための現預金があるかも確認しておくことが大切です。 2.相続が始まったら、いつまでに何をすればよい? 相続が始まった後は、葬儀や役所への届出を進めながら、財産や借入金を調べ、期限のある相続手続にも対応していく必要があります。 すべてを一度に終わらせる必要はありません。まずは期限の近いものから、順番に進めていきましょう。 2-1.相続開始直後|葬儀の手配と遺言書の確認を行う 亡くなった直後は、医師から死亡診断書を受け取り、葬儀社への連絡や葬儀・火葬の手配を行います。 あわせて、遺言書が残されていないかを確認します。 自宅で自筆証書遺言を見つけた場合は、勝手に開封せず、家庭裁判所での検認が必要かを確認しましょう。公正証書遺言や、法務局の遺言書保管制度を利用した遺言書は、原則として検認が不要です。 葬儀費用のうち一定のものは、相続税の計算上、相続財産から差し引ける場合があります。領収書や支払内容が分かる資料は保管しておきましょう。 2-2.7日以内|死亡届と火葬許可の手続を行う 死亡届は、原則として死亡の事実を知った日から7日以内に、市区町村へ提出します。 通常は葬儀社が提出を代行することも多いですが、誰が手続を行うのか確認しておきましょう。 死亡届の提出時には、火葬許可の申請も行います。 死亡診断書は、その後の保険金請求や各種手続で必要になることがあるため、提出前にコピーを取っておくと安心です。 2-3.14日以内を目安に|年金・健康保険などの手続を行う 亡くなった方の状況に応じて、次のような手続を行います。 世帯主変更届 国民健康保険や後期高齢者医療制度の資格喪失手続 介護保険証の返却 年金に関する手続 勤務先や健康保険組合への連絡 公共料金や各種契約の名義変更・解約 必要な手続や期限は、加入していた制度や自治体によって異なります。 未支給年金、葬祭費、埋葬料などを請求できる場合もあるため、市区町村、年金事務所、勤務先などへ確認しましょう。 2-4.3か月以内|相続人と財産を調べ、相続放棄などを検討する 相続放棄や限定承認の期限は、原則として、自分のために相続が始まったことを知った日から3か月以内です。 そのため、この期限までに、少なくとも次の内容を確認する必要があります。 誰が相続人になるのか どのような預貯金や不動産があるのか 借入金や保証債務がないか 遺言書が残されていないか 相続するか、相続放棄するか 借入金などの債務が多い場合や、財産と債務のどちらが多いか分からない場合は、早めに専門家へ相談しましょう。 財産調査が3か月以内に終わらない場合は、家庭裁判所へ熟慮期間の伸長を申し立てる方法もあります。 2-5.4か月以内|準確定申告を行う 亡くなった方に所得税の確定申告が必要だった場合は、相続人が代わりに準確定申告を行います。 準確定申告の期限は、原則として、相続の開始を知った日の翌日から4か月以内です。 例えば、亡くなった方に次のような所得があった場合は、申告が必要になる可能性があります。 個人事業の所得 賃貸不動産の所得 不動産や株式の売却所得 一定額以上の給与や年金 準確定申告では、亡くなった年の1月1日から死亡日までの所得を計算します。 2-6.事業や賃貸不動産を引き継ぐ場合|青色申告の申請を確認する 亡くなった方が個人事業や賃貸経営をしており、相続人がその事業を引き継ぐ場合は、青色申告の承認が自動的に引き継がれるわけではありません。 引き続き青色申告を利用したい相続人は、自分の名義で「所得税の青色申告承認申請書」を提出する必要があります。 亡くなった方が青色申告をしていた場合の期限は、死亡日によって次のように異なります。 1月1日から8月31日までに死亡した場合:死亡の日から4か月以内 9月1日から10月31日までに死亡した場合:その年の12月31日まで 11月1日から12月31日までに死亡した場合:翌年2月15日まで 亡くなった方が白色申告者であった場合などは、原則として、その年の3月15日までに申請します。ただし、その年の1月16日以後に新たに事業や不動産の貸付けを開始した場合は、開始日から2か月以内です。 賃貸不動産を引き継ぐ方は、準確定申告だけでなく、相続人自身の今後の申告方法もあわせて確認しましょう。 2-7.10か月以内|遺産分割・相続税申告・納税を行う 相続税の申告と納税の期限は、原則として、亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。 それまでに、次の作業を進める必要があります。 相続人を確定する 財産と債務を調査する 不動産や非上場株式を評価する 相続税額を試算する 誰が何を引き継ぐか話し合う 必要に応じて遺産分割協議書を作成する 相続税申告書を作成する 納税資金を準備する 遺産分割の話し合いが終わっていなくても、相続税の申告期限が自動的に延びるわけではありません。 不動産が多い場合や、相続人が複数いる場合は、早めに準備を始めることが大切です。 2-8.3年以内|不動産の相続登記を行う 土地や建物を相続した場合は、法務局で相続登記を行います。 原則として、不動産を相続で取得したことを知った日から3年以内に申請する必要があります。 相続税の申告とは別の手続です。 遺産分割がまとまらず、期限内に通常の相続登記ができない場合は、相続人申告登記を利用できる可能性があります。放置せず、司法書士や法務局へ相談しましょう。 3.相続財産と債務を確認しましょう 相続税がかかるかどうかを確認するには、まず財産と債務の全体を把握する必要があります。 3-1.相続税の対象になる主な財産 相続財産には、主に次のようなものがあります。 預貯金 株式や投資信託 土地・建物 賃貸不動産 上場・非上場会社の株式 貴金属や自動車 他人や会社に対する貸付金 3-2.生命保険金なども相続税の対象になることがある 生命保険金や死亡退職金は、亡くなった方が直接所有していた財産ではありません。 ただし、生命保険金は、保険料を負担した人と受取人の関係によって、相続税、所得税、贈与税のいずれかの対象になることがあります。 亡くなった方が保険料を負担し、相続人が受け取る生命保険金は、原則として相続税の対象です。この場合、一定の非課税枠が設けられています。 死亡退職金についても、一定の要件を満たす場合は相続税の対象になります。 3-3.借入金など、財産から差し引けるものもある 亡くなった方の借入金、未払医療費、未払税金、葬儀費用などは、一定の要件を満たせば相続財産から差し引けます。 一方、亡くなった方が生前に購入したお墓の未払代金など、一定の非課税財産の取得・維持・管理に関する債務は、債務控除の対象にならないので注意が必要です。 3-4.名義預金など、見落としやすい財産に注意する 家族名義の預金であっても、実際には亡くなった方が資金を出し、管理していた場合には、相続財産と判断されることがあります。 名義だけでなく、誰が資金を出し、誰が管理していたかを確認することが重要です。 3-5.生前贈与を受けた財産も確認する 相続税の計算では、亡くなった時点で所有していた財産だけでなく、生前に贈与された財産が加算されることがあります。 対象となる可能性があるのは、相続時精算課税を利用した贈与や、相続開始前の一定期間内に行われた暦年贈与などです。 加算対象となる期間や金額は、贈与した時期と相続開始日によって異なります。過去の贈与契約書、贈与税申告書、預金の移動履歴なども確認しましょう。 4.相続税がかかるか確認しましょう すべての相続で、相続税がかかるわけではありません。 まずは、財産から債務などを差し引いた金額が、相続税の基礎控除を超えるかを確認します。 4-1.相続税の基礎控除とは 相続税には、一定額までは税金がかからない「基礎控除」があります。 基礎控除は、法定相続人の人数によって変わります。 基礎控除額=3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数 正味の遺産額が基礎控除以内であれば相続税はかかりません。 4-2.相続税はどのように計算するのか 相続税は、単純に各相続人が受け取った財産に税率を掛けて計算するわけではありません。 まず相続財産全体を基に相続税の総額を計算し、その後、実際の取得割合に応じて各相続人へ振り分けます。 4-3.税額がゼロでも申告が必要な場合がある 配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を使うことで、最終的な相続税がゼロになる場合があります。 ただし、これらの制度を使うためには、相続税申告が必要となるため注意しましょう。 小規模宅地等の特例については、「小規模宅地等の特例とは?」で、自宅・事業用地・賃貸用地ごとの減額割合と要件を詳しく解説しています。 5.財産をどのように分けるか考えましょう 相続税を減らすことと、家族が納得できる分け方は、必ずしも同じではありません。 税金だけでなく、財産を引き継いだ後の管理や家族関係まで考えて決めることが大切です。 5-1.法定相続分どおりに分ける必要はない 民法には法定相続分が定められていますが、相続人全員が合意すれば、異なる割合で分けることもできます。 5-2.遺言書がある場合の分け方 遺言書がある場合には、原則として遺言の内容に沿って財産を分けます。 ただし、遺言書の形式や内容によっては、そのまま実行できないこともあります。 5-3.遺留分にも注意する 一部の相続人には、最低限受け取ることができる遺留分があります。 特定の相続人に財産を集中させる場合には、他の相続人の遺留分も確認しておく必要があります。 5-4.現物分割・代償分割・換価分割を比較する 遺産分割には、主に次の方法があります。 財産をそのまま分ける現物分割 特定の相続人が財産を取得し、他の相続人へお金を支払う代償分割 財産を売却して代金を分ける換価分割 財産の内容や家族の希望に応じて、適した方法を選びましょう。 6.不動産を相続するときに確認したいこと 不動産は、預貯金のように簡単に分けることができません。 また、相続税評価額だけでなく、収益性、修繕費、借入返済、将来の売却可能性も確認する必要があります。 6-1.市場価格と相続税評価額は同じではない 不動産の相続税評価額は、原則として市場価格、つまり実際の売買価格ではなく、相続税上の評価方法に基づいて計算します。 そのため、物件の所在地や利用状況によっては、1億円で購入した不動産が、相続税の計算上では6千万円程度で評価されることもあり得るのです。 6-2.賃貸不動産は評価方法が異なる 第三者に貸している建物は「貸家」、その敷地は「貸家建付地」として、相続税評価額が下がることがあります。 ただし、相続開始時点の賃貸状況、空室の状態、契約内容によって取扱いが変わるため、注意が必要です。 賃貸不動産によって相続税評価額が下がる仕組みについては、「不動産で相続税はなぜ下がる?」で具体例を使って解説しています。 6-3.土地の形状や利用状況によって評価が変わる 土地は、面積と路線価だけで評価が決まるわけではありません。 実際は形状、間口、奥行、道路との関係、周辺環境などによって評価が変わる場合がありますので注意が必要です。 道路や鉄道などによる騒音が著しい土地について評価減が問題となる場合があります。実務上の考え方は、「『うるさい土地』は相続税評価を下げられる?」で解説しています。 6-4.不動産の共有名義には注意する 不動産を複数の相続人で共有すると、将来の売却、建替え、大規模修繕などで意見を合わせる必要があります。 平等に見えても、将来の管理が難しくなるケースがあるため、不動産の共有は慎重に判断しましょう。 6-5.収益性・修繕費・借入返済も確認する 相続対象の不動産に空室が多い、修繕費がかかる、借入返済が重いといった問題があれば、引き継ぐ人の負担になります。 相続税評価だけでなく、相続後の収支も確認することが大切です。 相続した不動産に資産価値があっても、売却できない、管理負担が大きいといった問題が生じる場合があります。詳しくは、「0円でも売れない不動産とは?」をご覧ください。 6-6.相続直前の不動産取得には注意する 相続税を減らす目的で不動産を購入しても、購入時期や取引内容によっては、通常の評価方法が認められない可能性があります。 節税効果だけで判断せず、不動産としての収益性や資金負担も含めて検討しましょう。 2027年からの貸付用不動産の評価見直しについては、「貸付用不動産の相続税評価が2027年から見直しへ」で最新の取扱いを解説しています。 7.相続税をどう支払うか確認しましょう 相続税は、原則として申告期限までに現金で一括して支払います。 そのため、相続税額を試算するときは、税額だけでなく、支払える現預金があるかも確認する必要があります。 7-1.預貯金から支払う 最も基本的な方法です。 ただし、亡くなった方の預貯金を誰が相続するかによって、各相続人が納税できるかどうかが変わります。 7-2.生命保険を活用する 生命保険金は、受取人固有の財産として比較的早く受け取れるため、納税資金として活用しやすい特徴があります。 7-3.金融機関からの借入れを検討する 不動産をすぐに売却したくない場合には、金融機関から納税資金を借りる方法もあります。 まずは既存の取引金融機関に相談し、相続税の納税資金や代償分割金に対応した融資の取扱いがあるか確認しましょう。 7-4.延納や物納を検討する 一定の要件を満たす場合には、相続税を分割して支払う延納や、財産そのもので納める物納を利用できることがあります。 ただし、要件が厳しく、すべてのケースで利用できるわけではないので、税務署や顧問税理士等に相談してみるのが良いでしょう。 7-5.代償金の支払資金も確認する 不動産を取得した相続人が、他の相続人へ代償金を支払う場合には、その資金も必要です。 相続税だけでなく、遺産分割のために必要なお金も含めて準備しましょう。 8.相続が始まる前にできること 相続対策というと、税金を減らすことを思い浮かべる方も多いかもしれません。 しかし、実際には、財産を整理し、家族の希望を確認し、相続後に困らない形を作っておくことが重要です。 8-1.財産目録を作成し、相続税額を試算する まずは、財産と債務を一覧にします。 完璧な資料を作る必要はありません。預貯金、不動産、保険、株式、借入金などを大まかに整理するだけでも、課題が見えやすくなります。 8-2.遺言書を作成する 不動産が多い場合や、特定の人に引き継いでもらいたい財産がある場合には、遺言書が有効です。遺言書には、自筆証書遺言や公正証書遺言などがあります。公正証書遺言は、公証人が本人の意思を確認したうえで作成します。 遺言書の作成や相続登記については司法書士に、遺産分割や遺留分などの法的な問題については弁護士に、相続税への影響については税理士に相談しながら進めると安心です。 8-3.生前贈与や生命保険を検討する 生前贈与や生命保険は、相続税や納税資金の対策として利用されます。 ただし、将来の生活資金や税制上の取扱いも含めて検討する必要があります。 8-4.不動産の保有状況を整理する 利用していない土地、収益性の低い物件、修繕負担の大きい建物などがある場合には、相続前に整理することも選択肢です。相続税の圧縮のみにとらわれず引き継ぐ方のことも考慮しましょう。 8-5.家族信託などで認知症に備える 認知症などにより判断能力が低下すると、不動産の売却や大規模修繕が難しくなることがあります。 家族信託などを利用して、将来の財産管理に備える方法があります。 収益用不動産を保有している場合の具体的な活用例や注意点については、「家族信託とは?収益用不動産オーナーが知っておきたい活用事例と注意点」で解説しています。 8-6.家族で相続の方針を話し合う 相続について家族で話すことは、簡単ではありません。 すべてを一度に決めるのではなく、「どの財産を残したいか」「誰に管理してほしいか」など、話しやすい内容から始めるとよいでしょう。 9.専門家に相談した方がよいのはどのような場合? 相続について、すべてを自分たちだけで決める必要はありません。 次のような場合には、相続税の計算だけでなく、遺産分割、納税資金、不動産の承継方法まで含めて、早めに専門家へ相談することをおすすめします。 不動産を複数所有している 相続人が複数いる 財産の大部分が不動産である 納税に使える現預金が少ない 借入金や担保設定がある 非上場会社の株式を保有している 相続人同士の関係に不安がある 本人の認知症や判断能力の低下に備えたい 何を相談すればよいか分からない場合でも、まず財産の概要や家族構成を整理するところから相談できます。 10.まとめ 相続では、相続税の金額だけを確認すればよいわけではありません。 相続開始後の手続と期限を把握する 財産と債務を整理し、誰が何を引き継ぐかを考える 不動産の管理や収益性、納税資金まで含めて検討する これらを別々に考えるのではなく、相続全体を見ながら一緒に整理することが大切です。 特に、不動産が多い場合や相続人が複数いる場合には、相続が発生してからでは選べる方法が限られることがあります。 最初から完璧な対策をする必要はありません。まずは、所有している財産と借入金を一覧にするところから始めてみましょう。 監修者 志田 宏樹 公認会計士・税理士・宅地建物取引士 監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。 専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継 [詳しいプロフィールを見る →]

  • 不動産投資・賃貸経営に関する税務の基本

    不動産投資や賃貸経営では、物件価格、利回り、融資条件、キャッシュフローだけでなく、税務を購入前から確認しておくことが重要です。 不動産には、購入時の印紙税・登録免許税・不動産取得税、保有中の所得税・住民税・固定資産税、売却時の税負担など、さまざまな税金が関係します。生前贈与や相続によって不動産を承継する場合は、贈与税や相続税も検討しなければなりません。 さらに、購入時の土地・建物の価格配分、個人と法人のどちらで所有するか、保有中の減価償却や修繕費の処理は、毎年の税額だけでなく、将来の売却税額にも影響します。 税務を確認しないまま取引を進めると、「購入前なら選べた方法があった」「届出期限を過ぎて制度を利用できなかった」「売却時に想定外の税負担が生じた」ということにもなりかねません。 この記事では、不動産投資・賃貸経営に関する税務を、購入、保有・賃貸、売却、贈与・相続という流れに沿って解説します。 個別の制度だけを見るのではなく、それぞれの処理が将来の税負担や手残り資金にどのようにつながるかを確認していきましょう。 目次 1.不動産税務は「購入・保有・売却・承継」の流れで考える 不動産税務は、毎年の確定申告だけを見ていても全体像をつかめません。 購入時に土地と建物の価格をどのように区分したかによって、保有中の減価償却費が変わります。保有中に計上した減価償却費は、将来の売却時における建物の取得費にも影響します。 また、贈与や相続によって所有者が変わっても、所得税上の取得費や取得時期は、原則として前の所有者から引き継がれます。 まずは、不動産の段階ごとに主な論点を整理しましょう。 大切なのは、その年の税額だけを小さくすることではなく、購入から売却・承継までの税負担と、実際のキャッシュフローを合わせて判断することです。 2.不動産を購入したときの税務 2-1.購入時に発生する税金・諸費用 収益物件を購入すると、物件価格のほかに、印紙税、登録免許税、不動産取得税、仲介手数料、司法書士報酬、融資事務手数料などが発生します。建物の売買には、売主や取引内容によって消費税が含まれる場合もあります。 これらをすべて購入年の必要経費にできるわけではありません 次のように分けて整理する必要があります。 購入年の必要経費にするもの 土地の取得価額に含めるもの 建物の取得価額に含めて減価償却するもの 借入期間などに応じて複数年へ配分するもの 売買契約書、決済明細、請求書、融資関係書類は、費用の内容ごとに分けて保存しましょう。 2-2.土地と建物の価格配分が減価償却費に影響する 土地と建物を一括で購入しても、税務上は土地と建物を分けて処理します。 土地は、時間の経過によって価値が減少する資産として扱われないため、減価償却できません。建物や建物附属設備は、その取得価額を耐用年数に応じて必要経費へ配分します。 例えば、購入価格が1億円の物件でも、次の区分では保有中の減価償却費が大きく異なります。仮に、建物を耐用年数20年の定額法で減価償却し、年初から1年間を通じて賃貸事業に使用したものとして単純比較すると、次のようになります。 区分例 土地 建物 年間の減価償却費 ケースA 8,000万円 2,000万円 約100万円 ケースB 5,000万円 5,000万円 約250万円 この例では、建物価格の違いによって、年間の減価償却費に約150万円の差が生じます。 一般に、建物価格が高いほど、保有中の減価償却費は大きくなります。 ただし、契約書に建物価格を高く記載すれば、その金額が必ず税務上認められるわけではありません。土地建物の価格配分には、合理的な根拠が必要です。 実務上は、次の資料を参照して決定します。 売買契約書に記載された土地・建物の価格 建物部分に係る消費税額 取得時における土地・建物の時価 不動産鑑定評価や合理的な原価資料 固定資産税評価額の比率 建物の構造、築年数、床面積、再調達原価 国税庁の「建物の標準的な建築価額表」は、土地と建物を一括取得し、契約書や建物の消費税額などから価格を区分できない場合に検討する一つの方法です。ただし、利用できる場面を確認せず、機械的に当てはめるべきものではありません。 土地建物の価格配分は、購入後ではなく、売買契約を締結する前に確認することが重要です。 2-3.個人所有と法人所有では税務上の取扱いが異なる 不動産を個人で購入するか、資産管理会社などの法人で購入するかによって、保有中、売却時、承継時の課税関係が変わります。 個人の所得税は、所得が増えるほど高い税率が適用される「超過累進税率」です。一方、個人が土地・建物を売却した利益は、給与所得などと分けて計算する「分離課税」となります。 個人と法人の主な違いは、次のとおりです。 比較項目 個人所有 法人所有 保有中の賃貸利益 給与所得などと合算する総合課税 法人の他の所得と合算 所得に対する税率 所得税5%~45%の超過累進税率 一定の中小法人は、15%、又は23.2% 赤字の取り扱い 一定の制限のもと給与所得などと損益通算 法人内の他の所得と相殺 売却利益 原則として分離課税 法人の他の所得と合算 長期・短期の税率区分 長期・短期で税率が異なる 長期・短期区分はない 高所得者の場合、保有中の賃貸利益だけを見れば、法人所有の税負担が小さくなることがあります。一方、個人が長期保有した土地・建物を売却する場合の税率は原則20.315%であり、出口まで含めると個人所有が有利になる場合もあります。 法人では、法人税率だけでなく、地方法人税、法人住民税、法人事業税、法人の維持費が発生します。法人から個人へ資金を移すときの役員報酬・配当の課税や、社会保険料も無視できません。 したがって、次の項目を同じ前提で比較する必要があります。 - 保有予定期間と売却方針 - 賃貸利益と将来の売却益 - 役員報酬、社会保険料、法人維持費 - 融資条件と個人保証 - 家族への所得移転 - 将来の相続と法人株式の評価 また、個人所有の物件を後から法人へ移す場合は、単なる名義変更ではありません。個人側の譲渡所得、法人側の不動産取得税・登録免許税・登記費用、金融機関との借換え協議などが生じる可能性があります。法人化を検討するなら、原則として購入前に比較しましょう。 3.不動産を保有・賃貸しているときの税務 3-1.賃貸収入は原則として不動産所得になる 土地や建物の貸付けによる所得は、原則として不動産所得になります。 不動産所得は、次の算式で計算します。 不動産所得=総収入金額-必要経費 総収入金額には、毎月の家賃だけでなく、更新料、名義書換料、返還を要しない敷金・保証金、入居者から受け取る水道代や清掃代なども含まれます。 敷金や保証金は、受け取った時点では通常、預り金です。ただし、契約や退去精算によって返還しないことが確定した部分は、その時点で収入に計上します。 また、家賃の支払日が賃貸借契約で定められている場合、原則として、その支払日に収入を計上します。 12月分の家賃が滞納等により未入金であっても、契約上の支払日が12月であれば、12月の収入として認識します。 入金額だけで帳簿を作ると、未収家賃の計上が漏れることがあるため注意が必要です。 3-2.不動産所得の必要経費になるもの・ならないもの 必要経費にできるのは、不動産収入を得るために直接必要となった費用のうち、私生活上の費用と明確に区分できるものです。 主な支出を整理すると、次のようになります。 同じ管理料、修繕費、交通費であっても、賃貸経営との関係、支出の目的、業務の実態、保存している資料によって判断が変わります。 個別の支出について「どこまで経費にできるのか」を整理したい方は、「不動産投資の経費一覧」もあわせてご確認ください。 補足:同族会社への管理料は業務実態が重要 資産管理会社や親族が経営する会社へ管理料を支払う場合は、契約書と振込記録だけでは不十分です。 実際に行った管理業務、管理料の算定根拠、外部管理会社との業務の重複、業務日報や報告書などを残す必要があります。 過去の裁決では、同族会社が管理業務を行った客観的な証拠がなく、外部管理会社との業務も重複していたことから、管理料の全額が必要経費として認められなかった事例があります。 会社を設立し、請求書を発行すれば自動的に必要経費になるわけではありません。形式よりも、業務の実態が重視されます。 3-3.建物・設備の取得価額は減価償却で必要経費にする 減価償却とは、建物や設備の取得価額を、使用可能期間にわたって各年の必要経費へ配分する手続きです。 減価償却費は、その年に新たな現金支出を伴わずに必要経費となるため、課税所得を抑え、税引後のキャッシュフローを改善する可能性があります。 建物本体だけでなく、給排水設備、電気設備、空調設備、エレベーターなどを適切に区分することで、それぞれの耐用年数に応じて減価償却します。 減価償却の仕組み、中古物件の耐用年数、売却時への影響については、「不動産投資の減価償却とは?」で具体例を使って解説しています。 3-3-1.中古建物の耐用年数はどのように決まるか 中古建物では、「使用可能期間の見積り」や「簡便法」による耐用年数を使うことがあります。適用できる耐用年数は、建物の構造、法定耐用年数、築年数などによって変わります。 また、相続で取得した賃貸建物は、通常の中古建物購入と同じではありません。この場合、中古資産の簡便法を新たに適用できず、被相続人の耐用年数、経過年数、未償却残高などを引き継ぐ形で処理します。 特に鉄骨造は、骨格材の厚さによって耐用年数が異なる場合があります。確認資料については、「鉄骨造の法定耐用年数は?」をご覧ください。 3-3-2.減価償却による赤字を損益通算できる場合がある 減価償却によって不動産所得が赤字となり、その赤字を給与所得や事業所得と損益通算できれば、保有中の所得税・住民税を抑えられる場合があります。 例えば、損益通算前の課税所得が2,000万円の方について、500万円の不動産所得の赤字を全額損益通算できたとします。 この場合、課税所得は2,000万円から1,500万円に下がります。 住民税の所得割を10%と仮定すると、概算の税効果は次のようになります。 項目 課税所得2,000万 課税所得1,500万 差額 所得税+復興特別所得税 約531万円 約348万円 約183万円 住民税 約201万円 約151万円 約50万円 合計 約733万円 約500万円 約233万円 この例では、500万円の赤字を損益通算することで、保有中の所得税、復興特別所得税、住民税が合計で約233万円減少します。 ただし、不動産所得の赤字がすべて損益通算できるわけではありません。 不動産所得の赤字のうち、土地を取得するための借入金利息に対応する部分などは、給与所得等との損益通算が制限されます。 また、実際の税額は所得控除や税額控除によって変わり、住民税への影響は原則として翌年度に反映されます。 減価償却が将来の売却税額へ与える影響や、総合課税と長期譲渡所得の税率差については、 「4-3.減価償却後の取得費と売却時の税率差」で解説します。 関連記事: 3-4.修繕費と資本的支出の違いと判断基準 賃貸物件では、外壁塗装、屋上防水、設備交換、室内リフォームなど、さまざまな工事が発生します。 通常の維持管理や原状回復のための支出は、修繕費として支出した年の必要経費になります。 一方、建物の使用可能期間を延ばしたり、価値を高めたりする部分は資本的支出となり、減価償却によって複数年に分けて必要経費にします。工事名ではなく、工事の実質によって判断します。 例えば、壊れた設備を同程度の設備へ交換する工事は、修繕費になりやすいと考えられます。 これに対して、新たな設備を追加したり、用途変更のために大規模な改装を行ったりした場合は、資本的支出となる可能性があります。 過去の裁決では、屋根全面の断熱防水工事について、建物の劣化が著しく、原状維持のために必要な工事であったことなどから、修繕費として認められた事例があります。 工事内容を説明できるよう、次の資料を残しましょう。 工事前後の写真 見積書と工事明細 施工図面 修理が必要となった経緯 施工会社や管理会社とのメール 交換前後の設備の性能が分かる資料 請求書に「工事一式」とだけ記載されていると、後から内容を説明することが難しくなります。 大規模な修繕は、工事後ではなく、見積段階で税務上の処理を確認することが重要です。 具体的な判定方法については、「修繕費と資本的支出の違い」をご確認ください。 3-5.事業的規模によって青色申告の取扱いが異なる 不動産貸付けが事業的規模に該当するかどうかによって、青色申告特別控除、専従者給与、資産損失などの取扱いが変わります。 建物の貸付けでは、次のいずれかに該当すれば、原則として事業的規模として取り扱われます。 アパートやマンションは、おおむね10室以上 独立した家屋は、おおむね5棟以上 いわゆる「5棟10室基準」です。ただし、本来は社会通念上、事業といえる規模かを実質的に判断するものであり、この基準は建物貸付けに関する形式的な目安です。 青色申告特別控除について、2026年分までは、事業的規模で正規の簿記の原則(一般には複式簿記)による記帳などの要件を満たす場合は最高55万円、さらにe-Taxによる期限内申告または所定の優良な電子帳簿保存の要件を満たす場合は最高65万円です。事業的規模でない不動産貸付けは、原則として最高10万円です。 2027年分以後は、65万円控除の要件に加え、優良な電子帳簿の保存または一定のデジタルシームレス保存の要件を満たす場合、控除額が最高75万円となります。単にe-Taxで申告するだけで75万円控除になるわけではありません。 また、事業的規模の不動産貸付けを簡易な簿記の方法で記帳しており、前々年分の不動産所得に係る収入金額が1,000万円を超える場合は、原則として10万円控除を受けられなくなります。一方、事業的規模に至らない不動産貸付けは、この収入金額基準による10万円控除の除外対象とはされていません。 なお、新たに不動産貸付けを始めた年から青色申告を適用する場合は、原則として開始日から2か月以内に青色申告承認申請書を提出します。その年の1月15日以前に開始した場合は、原則として3月15日が期限です。 届出期限を過ぎると、その年から青色申告を適用できないため注意が必要です。 3-6.住宅・店舗・駐車場では消費税の取扱いが異なる 住宅の貸付けは、貸付期間が1か月未満の場合などを除き、原則として消費税が非課税です。 店舗や事務所などの建物賃料は、原則として消費税の課税対象になります。 土地の貸付けは原則として非課税ですが、駐車場などの施設利用を伴う場合は課税対象となります。 新たに賃貸経営を始めた個人は、基準期間における課税売上高がないため、原則として消費税の免税事業者となるケースが多くあります。 ただし、次のような場合には、基準期間の課税売上高が1,000万円以下であっても、消費税の納税義務が生じることがあります。 ・インボイス発行事業者の登録を受けた場合 ・消費税課税事業者選択届出書を提出した場合 ・特定期間の課税売上高などが1,000万円を超えた場合 ・相続などにより課税売上げのある事業を承継した場合 また、賃貸用不動産を売却する場合、土地部分は非課税ですが、事業として売却する建物部分は、消費税の課税対象となる取引です。 売却した年に免税事業者であれば、原則として、その建物売却について消費税を納付する必要はありません。 ただし、建物部分の売却代金は課税売上高に含まれるため、個人事業者の場合、原則として2年後の課税事業者判定に影響します。 よって、現時点では免税事業者であっても、住宅家賃、店舗家賃、駐車場収入、土地・建物の売却代金について、日頃から消費税区分を意識して記帳しておくことが重要です。 補足:居住用賃貸建物の取得では仕入税額控除が原則として制限される 2020年10月1日以後に取得した一定の居住用賃貸建物については、建物取得代金に含まれる消費税を、原則として仕入税額控除できない制度となっています。 そのため、アパートや賃貸マンションを取得し、建物代金に含まれる消費税の還付を受ける方法は、現在では基本的に利用できません。 ただし、住宅以外に使用することが明らかな建物や、店舗と住宅が混在する建物は、取扱いが異なる場合があります。 また、取得後の一定期間内に課税賃貸へ用途変更した場合や、建物を譲渡した場合には、仕入控除税額を調整する制度があります。 住宅用賃貸物件を購入する場合は、消費税還付を前提に資金計画を立てず、契約前に適用関係を確認しましょう。 関連記事: 4.不動産を売却したときの税務 4-1.売却益は分離課税の譲渡所得として計算する 個人が土地や建物を売却した場合、売却益は原則として譲渡所得となり、給与所得や不動産所得とは分けて税額を計算します。 基本的な計算式は次のとおりです。 課税譲渡所得=売却代金-取得費-譲渡費用-適用できる特別控除 取得費には、土地建物の購入代金、購入手数料、一定の設備費や改良費などが含まれます。 譲渡費用には、売却時の仲介手数料、測量費、売買契約書の印紙代、一定の立退料や取壊し費用などが含まれます。 投資用不動産では、マイホームの3,000万円特別控除などを当然に利用できるわけではありません。 売却価格だけを見るのではなく、税金、仲介手数料、借入金残高を差し引いた手取り額を確認することが重要です。 4-2.所有期間によって長期譲渡と短期譲渡で税率が異なる 土地や建物の譲渡所得は、売却した年の1月1日時点における所有期間によって、長期譲渡所得と短期譲渡所得に区分されます。 例えば、2020年7月1日に投資用不動産を取得したケースで考えてみましょう。 この物件を2025年12月31日に売却した場合、実際の保有期間は5年を超えています。 しかし、判定基準となる2025年1月1日時点では、取得から約4年6か月しか経過していません。そのため、この売却による所得は短期譲渡所得に該当します。 一方、売却時期を2026年1月以降にした場合、2026年1月1日時点で所有期間が5年を超えているため、原則として長期譲渡所得に該当します。 したがって、「取得日から5年間保有したから長期譲渡になる」と判断するのではなく、売却予定年の1月1日時点で所有期間が何年になるかを確認することが重要です。 ただし、売却時期は税率だけで決めるものではありません。市場価格、借入金残高、修繕予定、金利、買主との条件なども踏まえ、税引後の手取り額で判断しましょう。 4-3.減価償却が売却時の取得費と税負担に与える影響 保有中に生じた不動産所得の赤字を、給与所得などと損益通算できる場合の税効果については、「3-3-2.減価償却によって保有中の税負担を抑えられる場合がある」で説明しました。 ここで、 「減価償却によって保有中の税金が減っても、売却時の譲渡所得が増えるのであれば、結局は同じではないか」 と考える方がいらっしゃいます。 確かに、建物の減価償却が進むと、将来その建物を売却するときの取得費は小さくなります。建物の取得費は、購入代金などから、所有期間中の減価償却費の累計額を差し引いて計算するためです。取得費が小さくなれば、その分だけ売却時の譲渡所得が大きくなり、譲渡所得に対する税負担も増える可能性があります。 しかし、これだけを見て「減価償却をしても意味がない」と判断するのは適切ではありません。 4-3-1.減価償却費を計上しなくても売却時の取得費は減少する まず重要なのは、賃貸用建物について、本来計上すべき減価償却費を必要経費に計上しなかったとしても、売却時の取得費をその分だけ高く残せるわけではないという点です。 売却時の建物の取得費は、実際に必要経費として計上した金額ではなく、本来計上すべきであった減価償却費の累計額を差し引いて計算します。 したがって、減価償却費を計上しなければ、 ・保有中の不動産所得を減らす効果を受けられない ・それにもかかわらず、売却時の取得費は減少する という結果になり得ます。 「売却時の税金を抑えるために、保有中は減価償却費を計上しない」という選択が有利になるわけではありません。 4-3-2.保有中と売却時では、適用される税率が異なる 次に、保有中の不動産所得と売却時の譲渡所得では、適用される税率が異なります。 保有中の不動産所得は、給与所得などと合算して税額を計算する総合課税の対象です。 所得税には超過累進税率が採用されているため、給与所得などが高い人ほど、減価償却費によって所得を圧縮した場合の税効果が大きくなる傾向があります。 一方、土地や建物の売却による譲渡所得は、給与所得などとは分けて税額を計算する分離課税の対象です。 売却した年の1月1日時点における所有期間が5年を超える長期譲渡所得であれば、所得税、復興特別所得税および住民税を合わせた税率は、原則として20.315%です。 そのため、保有中に比較的高い税率で所得を圧縮し、将来の売却時に長期譲渡所得の税率で課税される場合には、保有期間と売却時を通算した名目上の税負担が小さくなることがあります。 例えば、減価償却費1,000万円を給与所得などと全額損益通算でき、保有中の限界税率を50%と仮定すると、保有中の税負担は約500万円減少します。 その1,000万円分だけ将来の譲渡所得が増加し、長期譲渡所得として20.315%で課税された場合、売却時に増加する税負担は約203万円です。 この単純化したケースでは、 ・保有中に減少する税負担:約500万円 ・売却時に増加する税負担:約203万円 ・税率差による名目上の効果:約297万円 となります。 つまり、減価償却による効果は、単に税金の支払いを将来へ繰り延べるだけではありません。保有中と売却時の税率差によって、保有期間全体の名目税額そのものが小さくなる場合があります。 4-3-3.課税を将来へ繰り延べることにも経済的価値がある 仮に保有中と売却時の税率が同じで、最終的な名目税額が変わらなかったとしても、税金の支払いを将来へ繰り延べることには一定の経済的価値があります。 保有中に手元へ残った資金を、借入金の返済、修繕、追加投資、事業資金などに活用できるためです。 現在手元にある資金は、将来受け取る同額の資金よりも活用可能性が高いという考え方を「貨幣の時間価値」といいます。 したがって、減価償却の効果を判断するときは、名目上の税額だけでなく、税金を支払う時期と、その間に手元資金をどのように活用できるかも考慮する必要があります。 4-3-4.減価償却が必ず有利になるわけではない もっとも、減価償却によって、すべてのケースで税負担が小さくなるわけではありません。 実際の効果は、次の条件によって変わります。 ・保有中の所得水準と適用税率 ・不動産所得の赤字のうち損益通算できる金額 ・売却時期と所有期間 ・売却価格・短期譲渡所得または長期譲渡所得のいずれに該当するか ・売却時に利益が生じるか、損失が生じるか ・保有中に確保した資金の活用状況 特に、短期譲渡所得となる場合には長期譲渡所得よりも高い税率が適用されるため、保有中との税率差による効果が小さくなる可能性があります。 また、不動産所得の赤字には、土地の取得に対応する借入金利子など、給与所得等との損益通算が制限される部分があります。 さらに、税率差による効果が得られたとしても、物件価格の下落、空室、賃料下落、大規模修繕、金利上昇などによる経済的損失が、それを上回る可能性があります。 売却時の税負担、売却後の借入金返済額、税引後の手取り額、保有中のキャッシュフロー、手元資金の活用効果まで含め、物件の保有期間全体で判断することが重要です。 4-4.取得費を証明する資料は売却まで保存する 古い物件では、購入時の売買契約書や領収書が見つからず、取得費の立証が問題になることがあります。 取得費が分からない場合などは、売却代金の5%を概算取得費として使用できます。ただし、実際の取得費より大幅に少なくなる可能性があります。 次の資料は、確定申告上の一般的な保存期間を過ぎても、売却するまで保存しておくことをおすすめします。 売買契約書 建築請負契約書 仲介手数料の領収書 土地建物の価格配分資料 増改築工事の資料 減価償却資産台帳 過去の確定申告書 5.不動産を贈与・相続するときの税務と承継対策 5-1.不動産の生前贈与で確認すべき税金と資金負担 賃貸不動産を子や孫へ生前贈与すれば、その後の家賃収入を次世代へ移転できる場合があります。 一方、不動産の贈与には贈与税だけでなく、登録免許税、不動産取得税、司法書士報酬などが発生する可能性があります。 また、受贈者は現金を受け取るわけではないため、贈与税などの納税資金を別に準備しなければならないことがあります。 「将来の相続財産を減らせる」という理由だけで判断せず、贈与時の負担、その後の家賃収入、将来の相続税、家族間の財産配分を総合的に検討しましょう。 補足:暦年課税と相続時精算課税の違い 生前贈与では、暦年課税と相続時精算課税のどちらを利用するかが重要な論点になります。 相続時精算課税は、一定の父母・祖父母から子・孫などへの贈与について選択できる制度です。一度選択すると、その贈与者からの贈与について、暦年課税へ戻すことはできません。 贈与者が死亡したときには、一定の贈与財産を相続税の計算へ加算して精算します。2024年1月1日以後の贈与では、相続時精算課税について年110万円の基礎控除が設けられています。 暦年課税による贈与についても、2024年1月1日以後の贈与から、相続税への加算対象期間が段階的に7年へ延長されています。実際の加算期間は相続開始日によって異なります。 制度名だけで有利・不利を決めず、贈与者の年齢、財産構成、相続人、将来の値上がりや家賃収入まで比較する必要があります。 5-2.贈与では取得費と取得時期を贈与者から引き継ぐ 贈与によって取得した土地建物を将来売却する場合、取得費は、原則として贈与者が購入したときの金額を基に計算します。 取得時期も、贈与者の取得時期を引き継ぎます。 したがって、贈与時の時価や贈与税評価額が、そのまま売却時の取得費になるわけではありません。 贈与時には、所有権だけでなく、売買契約書、建築資料、工事資料、減価償却資産台帳も受贈者へ引き継ぐことが重要です。 5-3.相続税評価額と市場価格は異なる 相続税を計算するための不動産の評価額と、実際に売却できる市場価格は同じではありません。 土地は、路線価が設定されている地域では、原則として路線価を基に、土地の形状、奥行き、接道状況などを調整して評価します。 賃貸建物の敷地は、一定の要件を満たす場合、貸家建付地として評価します。 貸家建付地の価額 = 自用地価額 - 自用地価額 × 借地権割合 × 借家権割合 × 賃貸割合 ただし、空室の状況、賃貸借契約の内容、利用実態、物件の種類などによって、評価額は変わります。 このような相続税独自の評価方法により、不動産の相続税評価額が市場価格を下回るケースは少なくありません。そのため、同じ金額を現金で保有する場合に比べて、相続税の計算上の課税価格を抑えられることがあります。 補足:2027年から適用される貸付用不動産の「5年ルール」 令和8年度税制改正により、被相続人や贈与者などが課税時期前5年以内に対価を伴う取引で取得または新築した一定の貸付用不動産は、原則として課税時期における通常の取引価額に相当する金額で評価することとされました。課税上の弊害がない限り、取得価額を基に地価変動などを考慮して計算した価額の80%相当額で評価できる取扱いも設けられています。 この改正は、2027年1月1日以後に相続、遺贈または贈与により取得する一定の財産から適用されます。そのため、相続直前に賃貸不動産を購入すれば、従来の路線価や固定資産税評価額を基礎とする評価方法による圧縮効果をそのまま得られるとは限らないので注意が必要です。 5-4.相続では取得費・取得時期・減価償却情報を引き継ぐ 相続した土地建物を売却する場合、原則として、被相続人の取得費と取得時期を引き継ぎます。 相続時の時価や相続税評価額が、そのまま所得税上の取得費になるわけではありません。 賃貸建物の減価償却についても、被相続人の取得価額、耐用年数、経過年数、未償却残高などを確認する必要があります。 所有者が元気なうちに、次の資料を整理しておくことが重要です。 購入時の売買契約書 建築請負契約書 増改築工事の資料 借入金の資料 過去の確定申告書 減価償却資産台帳 賃貸借契約書 なお、相続税が課税された方が、相続や遺贈により取得した不動産を一定期間内に売却した場合には、納付した相続税の一部を譲渡所得上の取得費へ加算できることがあります。相続後に売却を予定している場合は、売却期限と適用要件を事前に確認しましょう。 5-5.遺産分割・借入金・納税資金は一体で考える 賃貸不動産の相続では、「誰が不動産を取得するか」だけでなく、相続後の賃貸経営も考える必要があります。 特に確認したいのは、次の点です。 家賃収入を誰が受け取るか 修繕や管理を誰が担当するか 借入金を誰が引き継ぐか 金融機関の承諾が必要か 相続税をどの資金で納付するか 他の相続人へ渡す財産があるか 共有状態を将来解消できるか 相続税額だけを抑えても、納税資金が不足したり、不動産が共有となって修繕や売却を進められなくなったりすれば、十分な対策とはいえません。 税理士だけでなく、弁護士、司法書士、金融機関などとの連携が必要になる場合があります。 5-6.法人所有では株式による承継も検討する 法人で不動産を所有している場合、相続の対象は不動産そのものではなく、原則として法人の株式となります。 不動産を物件ごとに相続する場合と比べ、株式による承継は管理や議決権を集約しやすい面があります。 一方で、法人の株式評価、後継者以外の相続人への財産配分、役員構成、借入金の連帯保証などを検討しなければなりません。 法人化は、単年度の所得税対策だけでなく、将来の承継まで見据えて判断することが重要です。 6.不動産オーナーが税務調査で確認されやすいポイント 国税庁が公表した令和6事務年度の資料によると、所得税の実地調査と簡易な接触を合わせた件数は約73万6,000件で、申告漏れなどがあった件数は約36万9,000件、追徴税額は1,431億円でした。調査対象の選定にはAIも活用されています。 なお、これは所得税全体の数値であり、不動産オーナーだけの調査件数・追徴税額ではありません。 不動産オーナーについては、特に次の点を説明できるようにしておきましょう。 家賃、礼金、更新料の計上漏れ 敷金や保証金の収入計上時期 私的な飲食費や車両費の混在 土地建物の価格配分 減価償却資産の区分と耐用年数 修繕費と資本的支出の区分 親族、同族会社へ支払う管理料の実態 住宅、店舗、駐車場の消費税区分 売却時の取得費と譲渡費用の根拠 過去の裁判例では、同族会社へ毎月定額で支払っていた修繕費や修繕積立金について、実際に工事が行われ、支払債務が確定した部分以外は必要経費として認められなかった事例があります。 請求書や振込記録だけでなく、実際にどのような業務や工事が行われたかを説明できる資料が必要です。 7.不動産税務を専門家に相談すべきタイミング 次のような場合は、契約、工事、贈与、売却を実行する前に相談することをおすすめします。 土地建物の価格が一括表示されている 中古の一棟物件を購入する 個人と法人のどちらで購入するか迷っている 大規模修繕やリノベーションを予定している 住宅と店舗が混在する物件を購入する 高額な減価償却や損益通算を想定している 個人所有の物件を法人へ移転する 賃貸不動産を売却する 賃貸不動産を贈与、相続する 相続対策として不動産購入を検討している 土地建物の価格配分、消費税、法人への移転、生前贈与などは、実行後に修正することが難しい場合が多いです。 税金だけでなく、融資条件、手残りキャッシュフロー、将来の売却、家族への承継まで含めて判断することが重要です。 8.まとめ 不動産税務で大切なのは、今年の税額だけを見るのではなく、購入、保有、修繕、売却、贈与・相続までを一つの流れとして考えることです。土地建物の価格配分、減価償却、法人化、売却、贈与・相続には、実行後の修正が難しい論点も少なくありません。 ご自身の物件について確認する場合は、売買契約書、借入金返済予定表、固定資産税評価証明書、減価償却資産台帳、修繕資料などを整理し、現在の所有状況と将来の方針を明確にすることから始めましょう。 その上で、税務だけでなく、融資条件、保有中のキャッシュフロー、売却後の手取り額、家族への承継まで含めて判断することが重要です。 不動産オーナー向けの税務・財務サポートを見る 物件の購入・保有・売却について相談する 【FAQ】不動産投資・賃貸経営の税務に関するよくある質問 Q1. ローンの返済額はすべて経費になりますか? いいえ。原則として、必要経費になるのは利息部分です。 元本部分は借入金の返済であり、必要経費にはなりません。 Q2. リフォーム費用はすべて修繕費にできますか? 工事内容によります。 通常の維持管理や原状回復であれば修繕費になりやすい一方、価値を高める工事や使用可能期間を延長する工事は、資本的支出となる可能性があります。 Q3. 区分マンション1室でも青色申告できますか? 青色申告の申請は可能です。 ただし、事業的規模に該当しない場合、青色申告特別控除は原則として最高10万円となり、青色事業専従者給与など一部の取扱いも異なります。 Q4. 不動産所得の赤字は給与所得から差し引けますか? 原則として損益通算できる場合があります。 ただし、土地取得のための借入金利息に相当する赤字部分や、国外中古建物に関する一定の損失などは制限されます。 Q5.減価償却費を計上しなければ、売却時の取得費を多く残せますか? 原則として残せません。賃貸用などの業務用建物は、本来計上すべき減価償却費を過去の申告で必要経費にしていなくても、売却時の取得費から減価償却費相当額を差し引きます。 Q6. 不動産を所有するなら法人化した方がよいですか? 一概には言えません。所得、物件数、借入状況、売却予定、家族構成、社会保険、相続方針によって異なります。 所得税と法人税の税率だけで判断せず、設立・維持費用や融資、出口戦略まで比較する必要があります。 主な根拠・参考情報 【不動産所得・必要経費】 ・国税庁「No.1370 不動産収入を受け取ったとき(不動産所得)」 ・国税庁「No.1373 事業としての不動産貸付けとそれ以外の不動産貸付けとの区分」 ・国税庁「No.1376 不動産所得の収入計上時期」 ・国税庁「No.1379 修繕費とならないものの判定」 ・国税庁「No.1391 不動産所得が赤字のときの他の所得との通算」 ・国税庁「No.1399 新たに不動産の貸付けを始めたときの届出など」 ・国税庁「No.2070 青色申告制度」 ・国税庁「No.2072 青色申告特別控除」 ・国税庁「No.2100 減価償却のあらまし」 ・国税庁「No.2210 必要経費の知識」 ・国税庁「No.2215 固定資産税、登録免許税又は不動産取得税を支払った場合」 ・国税庁「No.2260 所得税の税率」 ・国税庁「No.5759 法人税の税率」 ・国税庁「10万円控除要件が変わります!」 ・国税庁「賃貸用の土地建物を購入した際に支払った仲介手数料の取扱いについて」 ・国税庁「賃貸用アパートを購入した際に支払った固定資産税及び都市計画税相当額の清算金の取扱いについて」 ・国税庁「建物の標準的な建築価額表」 【不動産の売却】 ・国税庁「No.3208 長期譲渡所得の税額の計算」 ・国税庁「No.3211 短期譲渡所得の税額の計算」 ・国税庁「No.3261 建物の取得費の計算」 ・国税庁「No.3270 相続や贈与によって取得した土地・建物の取得費と取得の時期」 【贈与・相続】 ・国税庁「No.4103 相続時精算課税の選択」 ・国税庁「No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)」 ・国税庁「No.4614 貸家建付地の評価」 ・国税庁「No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」 ・国税庁「相続により取得した減価償却資産の耐用年数」 ・財務省「令和8年度税制改正の大綱(相続税等の財産評価の適正化)」 【消費税】 ・国税庁「No.6201 非課税となる取引」 ・国税庁「No.6225 地代、家賃や権利金、敷金など」 ・国税庁「居住用賃貸建物の取得等に係る仕入税額控除の制限」 【税務調査】 ・国税庁「令和6事務年度における所得税及び消費税調査等の状況」 ・国税庁「令和6事務年度 所得税及び消費税調査等の状況(PDF)」 監修者 志田 宏樹 公認会計士・税理士・宅地建物取引士 監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。 専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継 [詳しいプロフィールを見る →]

  • 不動産投資の減価償却とは?耐用年数・中古物件の計算方法・節税効果と注意点を解説

    「中古不動産を購入すると、減価償却で節税できる」 不動産投資を検討している方であれば、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。 確かに、減価償却は不動産投資の税引後キャッシュフローを大きく左右する重要な仕組みです。特に中古物件では、新築より短い耐用年数を使用できる場合があり、購入後の一定期間に多くの減価償却費を計上できることがあります。 ただし、「減価償却費を大きく計上できる物件=良い投資」ではありません。 土地と建物の取得価額をどう分けるか、建物と附属設備をどう区分するか、中古資産の耐用年数を何年とするかによって毎年の減価償却費は変わります。また、保有中に多くの減価償却費を計上すれば、将来売却するときの税金にも影響します。 本記事では、主に個人で賃貸用不動産を保有する不動産オーナーを対象に、減価償却の基本から中古資産の耐用年数、具体的な計算方法、土地・建物・設備の区分、売却時の注意点まで、実務で重要なポイントを解説します。 目次 1.結論|減価償却は「節税額」だけで判断しない 不動産投資における減価償却を理解するうえで、最初に押さえておきたいのは次の考え方です。 減価償却とは、建物などの取得価額を一定期間にわたって費用化する仕組みであり、税金そのものを消してしまう制度ではありません。 減価償却費が大きくなると、保有中の不動産所得を圧縮できるため、一定の場合には所得税・住民税等の負担を軽減できます。一方で、減価償却が進むほど将来売却時の建物の取得費は小さくなるため、譲渡所得が大きくなる可能性があります。 したがって、不動産投資では、 「今年いくら節税できるか」ではなく、「保有中の税負担・キャッシュフロー・売却時の税金まで含め、最終的にいくら手元に残るか」 を見ることが重要です。 2.そもそも減価償却とは? 不動産を購入したからといって、購入代金の全額をその年の必要経費にできるわけではありません。 建物や建物附属設備などは長期間使用できる資産です。そのため税務上は、取得価額を一定の使用期間にわたって少しずつ費用化します。この手続きを減価償却といいます。 たとえば3,000万円の建物を購入した場合、購入した年に3,000万円を一括して経費にするのではなく、税法で定められた耐用年数などに基づき、毎年一定額を必要経費として計上していきます。 ここで重要なのが、減価償却費を計上する年に、同額の現金支出が発生するわけではないという点です。 購入時には当然、自己資金の支出や借入れが発生しています。しかし、その後は減価償却費という会計上・税務上の費用を計上しても、その年に減価償却費と同額のお金が出ていくわけではありません。 これが、不動産投資において「会計上の利益」と「実際のキャッシュフロー」が異なる大きな理由の一つです。 3.土地は減価償却できない|建物・設備が対象 一棟物件を購入した場合には、購入価格を土地と建物にどのように分けるかが重要です。契約書に内訳がない場合の考え方は、「売買契約書に土地・建物の内訳がない場合はどう按分する?」で解説しています。 土地は、税務上「時の経過によって価値が減少する資産」とされていないため、原則として減価償却の対象外です。一方、建物や建物附属設備、構築物などは減価償却資産となります。 たとえば1億円で一棟アパートを購入し、その内訳が、 区分 取得価額 減価償却 土地 6,000万円 対象外 建物 3,200万円 対象 建物附属設備 800万円 対象 であれば、減価償却の対象となるのは建物3,200万円と建物附属設備800万円です。 そのため、購入価格1億円のうち、土地・建物・設備にそれぞれいくら配分されるのかは、減価償却費を計算するうえで非常に重要になります。 4.不動産の減価償却は原則「定額法」 現在取得する賃貸用建物については、基本的に定額法によって減価償却費を計算します。 定額法とは、取得価額に耐用年数に応じた償却率を乗じ、原則として毎年ほぼ同額を減価償却していく方法です。 減価償却費 = 取得価額 × 定額法の償却率 平成10年4月1日以後に取得した建物については定額法のみ、平成28年4月1日以後に取得した建物附属設備・構築物についても定額法のみとなっています。 また、年の途中から賃貸の用に供した場合には、その年に事業に使用した月数に応じて月割計算します。 「購入日」ではなく「事業の用に供した日」が重要 減価償却を開始する基準は、単に売買契約を締結した日ではなく、原則としてその資産を事業の用に供した日です。 賃貸マンションの場合、必ずしも入居者が実際に入居した日とは限りません。建物が使用可能な状態となり、入居者の募集を開始している場合には、実際の入居がなくても事業の用に供したと判断されることがあります。 購入年の減価償却費を計算する際には、引渡日だけでなく、管理開始日や入居募集開始日なども確認しておくことが重要です。 5.建物の法定耐用年数は構造によって異なる 減価償却費を計算する際の基本となるのが法定耐用年数です。 法定耐用年数とは、税務上、資産の種類や構造・用途ごとに定められている使用期間です。 賃貸住宅でよく使われる代表的な耐用年数は次のとおりです。 建物の構造・用途 法定耐用年数 木造・住宅用 22年 鉄骨鉄筋コンクリート造・住宅用 鉄筋コンクリート造・住宅用 47年 金属造・住宅用(骨格材4mm超) 34年 金属造・住宅用(骨格材3mm超4mm以下) 27年 金属造・住宅用(骨格材3mm以下) 19年 鉄骨造は「軽量鉄骨」「重量鉄骨」という呼び方だけで判断しない 鉄骨造について実務上特に注意したいのが、耐用年数は一般的な「軽量鉄骨」「重量鉄骨」という呼び方だけで決まるわけではないことです。 税務上は、骨格材の肉厚が何mmかによって耐用年数が変わります。 そのため、不動産登記事項証明書に「鉄骨造」と記載されているだけでは、19年・27年・34年のどれに該当するか判断できない場合があります。 新築時の確認申請書、設計図書、構造図などを確認し、骨格材の厚さを確認する必要があります。築古物件では資料が残っていないこともあるため、購入前後の資料収集が重要です。 鉄骨造は骨格材の厚さによって耐用年数が異なるため、「鉄骨造」という記載だけでは判断できない場合があります。確認資料については、「鉄骨造の法定耐用年数は?」をご覧ください。 6.中古物件は耐用年数を短くできる場合がある 中古不動産が減価償却の観点から注目される大きな理由が、中古資産については法定耐用年数より短い耐用年数を使用できる場合があることです。 中古資産を取得した場合には、原則として取得後の使用可能期間を合理的に見積もることができます。 しかし、実務上、築年数の経過した建物について「あと何年使用可能か」を合理的かつ客観的に算定するのは容易ではありません。 そこで、使用可能期間の見積りが困難な場合には、一定の簡便法を使用できます。 中古資産の簡便法 状況 耐用年数の計算 法定耐用年数を全部経過 法定耐用年数 × 20% 法定耐用年数の一部を経過 (法定耐用年数-経過年数)+経過年数×20% 計算結果に1年未満の端数がある場合には切り捨て、2年未満となる場合には2年とします。 例:築6年8か月の木造アパート 木造住宅の法定耐用年数は22年です。 2019年5月に新築された木造アパートを2026年1月に取得したとすると、経過年数は6年8か月、つまり80か月です。 法定耐用年数22年を月数にすると264か月です。 (264か月-80か月)+80か月×20%=184か月+16か月=200か月 200か月÷12=16.66…年となり、1年未満を切り捨てるため、 簡便法による耐用年数は16年 となります。なお、定額法の償却率は0.063です。 7.中古資産の簡便法は「いつでも使える」わけではない 中古物件を取得した際に特に注意したいのが、簡便法による耐用年数の算定時期です。 国税庁は、中古資産の耐用年数の算定について、その中古資産を事業の用に供した事業年度に行うことができ、その年度で耐用年数の算定をしなかった場合には、その後の年度で算定することはできないとしています。 つまり、 「とりあえず今年は新築と同じ法定耐用年数で申告して、来年から中古資産の簡便法に変更しよう」 という処理はできません。 中古物件を取得した初年度は、耐用年数の検討を後回しにしないことが非常に重要です。 また、中古資産を事業の用に供するために多額の改修工事を行った場合にも注意が必要です。事業供用のために行った資本的支出の金額が中古資産の取得価額の50%を超える場合には、原則として簡便法をそのまま使用することはできません。 築古物件を購入して大規模なリノベーションを行うケースでは、物件の築年数だけを見て耐用年数を決めないようにしましょう。 8.建物附属設備を分けると減価償却の時期が変わる 建物には、電気設備、給排水設備、空調設備、エレベーターなど、さまざまな設備が含まれています。 これらのうち税務上「建物附属設備」に該当するものは、建物本体とは異なる耐用年数が設定されています。 たとえば、代表的なものでは、 建物附属設備 法定耐用年数 電気設備(一定のものを除く) 15年 給排水・衛生設備、ガス設備 15年 冷暖房設備等 13年または15年 エレベーター 17年 消火・排煙・災害報知設備 8年 となっています。 建物本体より耐用年数が短い設備に合理的に取得価額を配分できれば、建物全体を一つの資産として償却する場合よりも、購入後の早い時期に減価償却費を多く計上できる場合があります。 ただし、ここで重要なのは、「節税するために好きな金額を設備へ配分してよい」という意味ではないことです。 建築時の工事明細、設備の見積書・請求書、売主が保有する資料など、合理的な算定根拠が必要です。 9.具体例|建物と設備を分けると減価償却費はいくら変わる? 先ほどの中古木造アパートを例に考えてみましょう。 前提条件 物件価格は7,000万円で、土地4,000万円、建物等3,000万円とします。 2019年5月新築、2026年1月取得・事業供用開始とし、設備についても新築時から設置され、その後更新されていないものと仮定します。 ケース① 3,000万円すべてを建物として処理 中古木造建物の簡便法による耐用年数は16年、定額法の償却率は0.063です。 3,000万円 × 0.063 = 189万円 したがって、年間の減価償却費は189万円となります。 ケース② 建物2,400万円・建物附属設備600万円に合理的に区分 建物本体は耐用年数16年、償却率0.063です。 2,400万円 × 0.063 =151万2,000円 一方、法定耐用年数15年の設備について、同じく6年8か月経過しているものとして簡便法を適用すると、 (180か月-80か月)+80か月×20%=100か月+16か月=116か月 116か月÷12=9.66…年のため、耐用年数は9年となります。 9年の定額法償却率は0.112なので、 600万円 × 0.112 =67万2,000円 となります。 したがって、 151万2,000円+67万2,000円=218万4,000円 が年間の減価償却費です。 ケース① ケース② 建物本体 189万円 151.2万円 建物附属設備 ― 67.2万円 合計 189万円 218.4万円 差額 29.4万円 ケース②の方が、その年の減価償却費は29万4,000円多くなります。 仮にこの29万4,000円がそのまま課税所得を減少させ、所得税・住民税等を合わせた限界税率を30%と仮定すると、当年の税負担への影響は概算で、 29万4,000円 × 30% = 約8万8,000円 となります。 ただし、これは税金が永久に8万8,000円消えるという意味ではありません。 設備を区分することによって、減価償却費をより早い時期に計上している側面が大きく、将来の減価償却費や売却時の税金まで含めて評価する必要があります。 10.土地・建物・設備の取得価額は合理的に区分する 一棟物件を購入するときは、土地と建物がまとめて「1億円」などと売買されることがあります。 しかし、土地は減価償却できず、建物・設備は減価償却できます。そのため、購入価格をどのように土地・建物・設備へ区分するかによって毎年の減価償却費が変わります。 売買契約書に土地・建物の内訳が記載されている場合、その金額は重要な判断材料になります。ただし、契約書に書かれていれば、どのような区分でも必ず税務上認められるというものではありません。 契約書に区分がない場合や、区分金額の合理性に疑問がある場合には、固定資産税評価額の比率、鑑定評価、建築時の工事費など、客観的な資料から合理的に算定することを検討します。 平成12年12月28日の国税不服審判所裁決でも、土地・建物の区分が不明な中古マンションについて固定資産税評価額の比率を用い、さらに建物本体と建物附属設備について建築時の工事費割合を基礎として区分する方法が合理的と判断されています。 大切なのは、「建物割合を高くすると減価償却が増えるから」という結論ありきで割合を決めるのではなく、第三者に説明できる算定根拠を残すことです。 11.減価償却による赤字は必ず給与所得と通算できるとは限らない 個人で賃貸不動産を所有している場合、不動産所得が赤字になると、原則として給与所得など他の所得と損益通算できる場合があります。 そのため、高所得の会社員や経営者が中古不動産を購入し、減価償却費によって不動産所得を圧縮する方法が「不動産による節税」として紹介されることがあります。 しかし、赤字になればすべて損益通算できるわけではありません。 たとえば、不動産所得の赤字のうち、土地等を取得するための借入金利子に相当する一定部分は損益通算の対象になりません。また、国外中古建物については、簡便法による減価償却費に起因する一定の損失について損益通算が制限されています。 したがって、 「減価償却費500万円=給与所得を500万円減らせる」 とは限りません。 物件購入前のシミュレーションでは、減価償却費だけを見るのではなく、借入金利子の内訳や他の所得との関係まで確認する必要があります。 12.重要|減価償却は「税金が消える」わけではない 不動産投資における減価償却で、最も誤解されやすいポイントです。 個人が賃貸用建物を売却した場合、譲渡所得を計算する際の建物の取得費は、原則として購入時の取得価額そのままではありません。 建物の取得費=購入代金等-所有期間中の減価償却費相当額 となります。 つまり、保有中に減価償却が進むほど、売却時の取得費が小さくなり、同じ価格で売却しても譲渡所得は大きくなりやすくなります。 たとえば、建物の取得価額が3,000万円で、保有期間中に累計1,000万円の減価償却費を計上している場合、単純化すれば売却時の建物取得費は2,000万円まで減少しています。 このため、 保有中は減価償却によって所得税等が軽減された一方、売却時には譲渡所得が増える ということが起こります。 減価償却には、税金を完全になくすというより、税負担が発生する時期を後ろへずらす「課税の繰延べ」の性格を持つケースもあると考えると分かりやすいでしょう。 なお、個人の事業用建物については、実際の確定申告で減価償却費を必要経費として計上していなかったとしても、売却時の取得費計算では原則として毎年の減価償却費相当額を考慮します。 「減価償却を計上しなければ、売却時の取得費を高く残せる」という考え方はできない点にも注意が必要です。 13.減価償却を最大化すれば良い投資になるわけではない 不動産投資では、 「4年で償却できるから節税に有利」 「建物割合が高いから節税できる」 「設備を細かく分ければ減価償却が増える」 といった説明を受けることがあります。 税務上合理的な範囲で減価償却を適切に計上すること自体に問題はありません。 しかし、投資判断で本当に重要なのは、減価償却費の大きさではありません。 たとえば、減価償却費が大きくても、物件価格そのものが割高であったり、賃料下落や修繕費が大きかったり、融資条件が悪かったり、出口で売却損が発生したりすれば、投資全体として成功したとはいえません。 また、次の物件購入を考える場合には、税務上の所得だけでなく、金融機関が物件の収益性、借入残高、返済実績、自己資金などをどのように評価するかも重要になります。 したがって、私たちは不動産投資を検討する際、 減価償却費→税引後キャッシュフロー→借入返済→次の融資→売却時の税金→最終的な手残り まで一連で見ることが重要だと考えています。 税金が少ない投資と、手元にお金が残る投資は、必ずしも同じではありません。 14.中古不動産を購入したら確認したい6つの資料 減価償却は、確定申告の時期になってから初めて検討するのではなく、物件を購入した段階で整理することが重要です。 特に中古不動産を取得した場合には、次の資料を早めに確認しておきましょう。 売買契約書・精算書:土地・建物の価格区分や消費税額などを確認する 固定資産税課税明細書・評価証明書:土地・建物の評価額を確認する 登記事項証明書:建物の構造、新築年月日などを確認する 建築確認資料・設計図書:鉄骨造の骨格材の厚さなど、登記だけでは分からない情報を確認する 工事明細・設備資料:建物本体と建物附属設備を合理的に区分できるか確認する 引渡し・賃貸募集等の資料:いつから事業の用に供したかを確認する 特に中古資産の簡便法による耐用年数は、後から自由に変更できるものではありません。 「資料がそろっていないから、とりあえず前年と同じ処理をする」のではなく、購入初年度に取得価額・耐用年数・事業供用時期まで整理することが重要です。 15.まとめ 減価償却は、不動産投資における税務を理解するうえで欠かせない仕組みです。 特に中古物件では、簡便法によって新築より短い耐用年数を使用できる場合があり、建物本体と建物附属設備を合理的に区分することで、購入後の減価償却費が大きく変わることもあります。 一方で、 「耐用年数を短くする」 「建物割合を高くする」 「設備へ多く配分する」 こと自体が目的になってはいけません。 重要なのは、その処理に合理的な根拠があり、税務調査でも説明できること。そして、保有中の節税効果だけでなく、キャッシュフローや融資、将来売却したときの税負担まで含めて判断することです。 減価償却は、正しく使えば不動産投資の税引後キャッシュフローを改善する有効な仕組みです。 しかし、「減価償却を最大化すること」と「不動産投資の利益を最大化すること」は同じではありません。 購入時から出口までを一体でシミュレーションし、最終的な手残りを基準に投資判断をすることが重要です。 参考資料 国税庁「No.2100 減価償却のあらまし」国税庁 No.2100 国税庁「No.2106 定額法と定率法による減価償却」国税庁 No.2106 国税庁「No.5404 中古資産の耐用年数」国税庁 No.5404 国税庁「No.5400-2 事業の用に供した日」国税庁 No.5400-2 国税庁「No.1391 不動産所得が赤字のときの他の所得との通算」国税庁 No.1391 国税庁「No.3261 建物の取得費の計算」国税庁 No.3261 国税不服審判所「平成12年12月28日裁決・裁決事例集No.60 157頁」国税不服審判所 平成12年12月28日裁決 e-Gov法令検索「減価償却資産の耐用年数等に関する省令」e-Gov法令検索 耐用年数省令 監修者 志田 宏樹 公認会計士・税理士・宅地建物取引士 監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。 専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継 [詳しいプロフィールを見る →]

  • クリニックの経費|どこまで経費にできる?院長が迷いやすい支出を税理士が解説

    クリニックを経営していると、 「学会やセミナーの参加費は経費になるのか」 「車を買ったら全額経費にできるのか」 「家族に給与を払えば経費になるのか」 「院長が着るスーツや会食代はどうなのか」 といった疑問が出てきます。 クリニックの経費には、「医師だから特別にここまで認められる」という一律の線引きがあるわけではありません。 基本となるのは、その支出が診療やクリニック経営に必要なのか、私生活の支出が混ざっていないか、そして税務上その年の経費として処理できるのかという点です。 さらにクリニック特有の論点として、社会保険診療報酬に関する概算経費の特例や、保険診療における消費税の問題があります。 そのため、「領収書があるから経費」「クリニック名義で払ったから経費」という考え方だけでは十分ではありません。 目次 1.クリニックの経費を判断する3つの基準 1-1.診療・経営のために必要な支出か 個人でクリニックを経営する場合、必要経費にできるのは、収入を得るために直接必要な費用や、その年に生じた販売費・一般管理費その他の業務上の費用です。たとえば、医薬品や診療材料、看護師・受付スタッフの給与、テナント賃料、広告費などは、クリニック経営との関係が比較的明確です。 一方、院長個人の生活費や家族旅行、日常の食事などは、クリニックから支払ったとしても原則として経費にはなりません。 重要なのは「誰が払ったか」よりも「何のために支払ったか」です。 1-2.仕事と私生活の両方で使うなら、合理的に分けられるか 特に個人開業医では、自動車、携帯電話、自宅のインターネット、住居兼事務所など、仕事と私生活の双方で使う支出があります。 こうした「家事関連費」は、業務上必要な部分を明確に区分できれば、その部分について必要経費にできます。国税庁も、使用時間や床面積など合理的な基準による区分を示しています。 たとえば、自動車をクリニックへの通勤だけでなく、往診、銀行、医師会、学会参加などに使用している場合、実際の利用状況に応じて事業部分を整理します。 「何となく70%」ではなく、走行記録などから説明できる割合にしておく方が安全です。 1-3.経費になる支出でも「今年全額」を落とせるとは限らない ここはクリニック経営で特に誤解が生じやすい部分です。 CT、レントゲン、内視鏡、歯科ユニット、電子カルテ用サーバーなど、長期間使用する設備は、購入時に全額を経費にするのではなく、原則として法定耐用年数にわたって減価償却します。医療機器についても種類ごとに耐用年数が定められています。 つまり、「事業に必要な支出である」ことと「支払った年に全額経費になる」ことは別問題です。 この違いは、節税額だけでなくクリニックの資金繰りにも大きく影響します。 2.クリニックでよくある支出の経費判断一覧 支出 一般的な考え方 主な確認ポイント 医薬品・診療材料 経費になりやすい 診療用か、在庫計上が必要か 看護師・受付スタッフの給与 経費になりやすい 実際の勤務、給与額 テナント賃料 経費になりやすい 自宅兼用の場合は按分 水道光熱費・通信費 経費になりやすい 私用が混ざる場合は按分 広告・ホームページ費 経費になりやすい 内容によって資産計上等の検討 医師会・学会等の会費 業務との関連性があれば検討可能 個人的活動との区分 医学書・専門誌 経費になりやすい 診療・経営との関連性 学会・研修費 経費になり得る 内容、日程、参加記録 白衣・スクラブ 経費になりやすい 業務専用性 スーツ・私服 慎重な判断が必要 私生活でも使用できるか 自動車 事業使用分は経費になり得る 使用割合、減価償却 会食・接待 業務目的なら検討可能 相手、目的、金額 家族への給与 要件確認が必要 個人か法人か、実際の勤務内容 医療機器 経費になるが資産計上が多い 取得価額、耐用年数 内装・改装工事 修繕費又は資産計上 工事内容 借入金の利息 原則、事業分は経費 借入目的 借入元本の返済 経費にならない キャッシュフローとの違い 所得税・住民税 経費にならない 個人の税金 事業税 原則として必要経費 対象事業との関係 3.院長が特に迷いやすい経費 3-1.車はクリニックの経費にできる? 車は「医師だから経費にできる」「高級車だから経費にならない」と金額や車種だけで決まるものではありません。 往診、分院間の移動、学会、医師会、銀行、取引先との打合せなど、クリニック経営のために使っていれば、その業務使用部分は経費の対象になり得ます。 ただし個人開業の場合、休日の買い物や家族との外出にも使用しているなら、その私用部分まで経費にすることはできません。 実務上は、走行距離、訪問先、使用日数などを基準として業務割合を説明できるようにしておくと整理しやすくなります。 なお、車両本体は通常、購入した年に全額経費とするのではなく、減価償却の対象になります。 3-2.学会費・セミナー代・医学書は? 診療科に関する学会、医療技術の研修、クリニック経営やスタッフマネジメントに関するセミナーなど、現在の業務との関連性を説明できるものは必要経費になり得ます。 一方で、クリニック経営とは関係の薄い趣味的な講座まで「自己研鑽」として経費にするのは慎重に判断した方がよいでしょう。 海外学会などでは特に、学会の日程と観光の日程を分けることが重要です。 航空券、宿泊費、学会プログラム、参加証、旅程表などを残し、私的な旅行部分が含まれる場合は区分します。 3-3.白衣・スクラブは?スーツは? 白衣、スクラブ、診療用シューズなど、クリニックで使用することが明確なものは、業務との関係を説明しやすい支出です。 一方、一般的なスーツや靴は仕事でも使用できる反面、私生活でも通常使用できます。 「診療日に着ているから」という事情だけで全額を経費にするのではなく、業務専用性がどの程度あるかを考える必要があります。 3-4.院長の食事や会食代は? 院長自身の通常の昼食や夕食は、基本的には生活費です。 一方、医療機器業者との商談、採用関係者との面談、業務上必要な相手との会食などは、業務との関連性を説明できれば経費となる可能性があります。 領収書だけを保存するのではなく、 「誰と」 「何の目的で」 会食したかまで残しておくことが重要です。 医療法人の場合には、さらに法人税上の交際費等の規定も確認する必要があります。 3-5.スタッフとの食事会は福利厚生費? スタッフ全体を対象とした忘年会や歓送迎会など、一定のルールで実施され、金額も社会通念上妥当なものであれば、福利厚生費として扱えるケースがあります。 一方、院長と特定のスタッフだけで頻繁に高額な飲食をしているような場合は、同じ考え方にはなりません。 「スタッフとの食事なら全部福利厚生費」と科目名だけで判断しないことが大切です。 3-6.院長やスタッフの健康診断、人間ドックは? 医療法人などが、役員・従業員の健康管理を目的として一定の基準で健康診断を実施する場合には、福利厚生として扱えるケースがあります。 国税庁は、一定年齢以上の希望者全員を対象とし、一般的な人間ドック程度の検診費用を会社が負担する事例について、給与課税を要しないとしています。一方、役員など特定の人だけを対象とする場合は課税上の問題が生じるとしています。 院長だけ毎年高額な人間ドックを受けている場合と、就業規則等に基づきスタッフを含めて健康管理を行っている場合とでは、事情が異なります。 4.家族への給与は「払えば経費」ではない 家族給与や現金管理など、経費処理だけでなく仕組みとして不正・誤りを防ぐ考え方は、「クリニックの内部統制は厳しくすればよいのか?」で解説しています。 個人開業医の場合、生計を一にする配偶者や親族に支払った給与は、原則としてそのまま必要経費になるわけではありません。 青色申告であれば、一定の要件を満たす青色事業専従者に対し、事前に届け出た範囲内で、労務の対価として適正な給与を実際に支払う場合には必要経費にできます。ここで重要なのは、家族であることではなく実際にどの仕事をどの程度行っているかです。 受付、レセプト、採用、給与計算、経理など具体的な仕事があり、勤務実績や職務内容が説明できる状態にしておく必要があります。 医療法人の場合は考え方が変わります。 配偶者等が役員であれば、法人税上の役員給与のルールがあり、定期同額給与など一定の要件を満たさない給与や、不相当に高額な部分は損金にならない場合があります。個人開業から医療法人へ移行するときは、単に「給与を経費にできるようになる」と考えるのではなく、役員報酬の設計まで見直す必要があります。 5.医療機器や内装工事は「支払った年に全額経費」とは限らない 5-1.高額な医療機器は原則として減価償却 医療機器、電子カルテ、パソコン、什器備品などは、金額や内容に応じて固定資産として計上し、複数年にわたって経費化することがあります。 2026年4月1日以後については、一定の要件を満たす青色申告の中小企業者等が取得する少額減価償却資産について、対象となる取得価額が40万円未満に引き上げられています。 ただし、年間300万円までなどの要件がありますので「40万円未満なら何でも全額経費」という意味ではありません。適用するためには青色申告、中小企業者等への該当、取得時期、年間限度額その他の要件を確認する必要があります。 5-2.内装工事は修繕費か資本的支出か 故障した設備を元の状態に戻す修理と、クリニックを大規模に改装して機能や価値を高める工事では税務処理が変わります。 前者であれば修繕費として当期の経費になる可能性がありますが、後者は資本的支出として資産計上し、減価償却することがあります。 工事会社の請求書に単に「改修工事一式」と記載されていると判断しにくくなるため、工事項目別の見積書や請求明細を残しておくことが重要です。 6.クリニック特有の「社会保険診療報酬の概算経費」 クリニックの経費を考える際に、一般企業との大きな違いの一つが、社会保険診療報酬に関する所得計算の特例です。 6-1.個人開業医の場合 医業・歯科医業を営む個人については、一定の要件を満たす場合、社会保険診療報酬に対応する必要経費を実際の経費ではなく、法定の概算経費によって計算することを選択できます。 対象となるのは、原則として、 社会保険診療報酬が5,000万円以下、かつ医業・歯科医業に係る総収入金額が7,000万円以下 の場合です。 概算経費率は次のようになっています。 社会保険診療報酬 概算経費 2,500万円以下の部分 72% 2,500万円超3,000万円以下の部分 70% 3,000万円超4,000万円以下の部分 62% 4,000万円超5,000万円以下の部分 57% この区分を使って社会保険診療分と自由診療分の経費を計算します。 実額経費より概算経費の方が大きいクリニックでは、税負担が軽くなる場合があります。 一方、実際の経費が大きい年には、必ずしも概算経費が有利とは限りません。 6-2.「概算経費だから領収書は不要」ではない ここは注意が必要です。 自由診療収入がある場合には、実際に発生した経費を社会保険診療分と自由診療分へ配分する必要があります。 国税庁の計算書も、実際の原価・経費を基に自由診療分を算出した上で、社会保険診療分の実額経費と概算経費との差額を計算する仕組みになっています。そのため、概算経費を使う予定であっても、日々の記帳や領収書等の管理を省略してよいということではありません。 6-3.医療法人にも同様の特例がある 「概算経費は個人開業医だけ」と思われることがありますが、医療法人にも租税特別措置法67条による社会保険診療報酬の所得計算の特例があります。 国税庁の2026年4月1日以後終了事業年度用の法人税資料にも、社会保険診療報酬に係る損金算入の明細書が設けられています。 こちらも総収入金額や社会保険診療報酬の金額などの要件を確認した上で適用を判断します。 したがって、個人から医療法人へ移行するときも、 「概算経費がなくなるから法人化すると損」 と単純に判断するのは適切ではありません。 法人化では、役員報酬、社会保険、退職金、消費税、将来の承継なども含めて比較する必要があります。 関連記事:医師の概算経費特例とは?措置法26条の計算方法・適用要件を税理士が解説 7.クリニックは「消費税」まで考えないと設備投資額を見誤る 医療機器を買う際には、法人税・所得税だけでなく消費税も重要です。 健康保険法などに基づく社会保険医療は、消費税の非課税取引です。そして非課税売上のために行った課税仕入れについては、原則としてその消費税額を仕入税額控除することができません。 つまり、保険診療中心のクリニックが税込1,100万円の医療機器を購入したからといって、 「消費税100万円は後で全部戻ってくる」 とは限りません。 一方、美容医療など課税となる自由診療も行っている場合は、課税売上割合などによって消費税の取扱いが変わります。 大型の医療機器や内装工事では、見積金額の税抜価格だけではなく、最終的にクリニックからいくら現金が出ていくのかで投資判断することが重要です。 8.「経費を増やせば節税になる」だけで判断しない クリニック経営では、税金を減らすことと、手元資金を増やすことを分けて考える必要があります。 たとえば1,000万円を設備投資に使えば、一定の税負担が軽くなるとしても、1,000万円の現金支出そのものがなくなるわけではありません。 さらに銀行借入で設備を購入した場合、 借入金の利息は経費になっても、元本返済は経費にはなりません。 このため、 会計上は利益が出ている ↓ 税金も発生する ↓ さらに借入元本を返済する ↓ 思ったほど預金が増えない ということもあります。 クリニックは医療機器、内装、スタッフ採用など継続的に資金が必要になる業種です。 目先の税額だけを見て利益を圧縮しすぎると、次の設備投資や採用に使える自己資金が減ります。また、金融機関によって見方は異なるものの、利益水準、自己資本、返済余力なども融資審査では重要な要素になります。 アポロ税理士法人では、税務上の処理だけでなく、資金繰りや金融機関対応まで含めて経営数字を見ることを重視しています。 税務上経費にできるかと、実際にその支出をすべきかは別の判断です。 ここは、クリニックの節税を考えるうえで特に重要です。 9.経費は「領収書があるか」だけではなく説明できる状態にする 経費で迷ったときは、領収書の有無だけを見るのではなく、次の情報を残しておくと判断しやすくなります。 「金額」「支払先」「何のための支出か」「誰が利用したか」「診療・経営とどう関係するか」「私用部分があるならどのように区分したか」 たとえば会食なら参加者と目的、車なら走行記録、学会ならプログラムや参加証、設備なら見積書・契約書・納品書・稼働開始日を残します。 家族へ給与を支給するのであれば、給与明細だけでなく、勤務日、業務内容、勤務時間なども整理しておくとよいでしょう。 「税務調査が来たら思い出して説明する」のではなく、支出した時点で記録しておく方が確実です。 10.専門家と一緒に確認した方がよいケース クリニックの日常的な診療材料費やスタッフ給与まで、毎回税理士へ確認する必要はありません。 一方、次のような場合は、経費処理だけでなく将来の資金繰りや法人化まで含めて検討する価値があります。 状況 確認したい事項 社会保険診療報酬が5,000万円に近い 概算経費特例の適用可否 医業収入が7,000万円に近い 特例の収入要件 自由診療が増えている 経費配賦・消費税 数百万円~数千万円の医療機器を購入する 減価償却・税額・資金繰り・融資 大規模な内装工事をする 修繕費と資本的支出の区分 配偶者や親族に給与を支払う 専従者給与・役員報酬 院長個人とクリニックの支出が混在している 家事関連費・法人からの経済的利益 医療法人化を検討している 所得税・法人税・社会保険・役員報酬・退職金 借入返済後に現金が残らない 税引後キャッシュフロー 「経費になるかどうか」だけを切り取るのではなく、クリニック全体の数字を並べて考える方が判断しやすくなります。 まとめ クリニックの経費には、「この費目なら100%経費」という単純なルールはありません。 基本となるのは、診療・経営との関連性、私用部分との区分、支出内容を説明できる資料、そして支払った年に経費になるのか資産計上になるのかです。 さらに開業医・医療法人では、社会保険診療報酬の概算経費の特例が関係する場合があり、保険診療と自由診療が混在するクリニックでは消費税も含めた確認が必要です。 そして経営上は、経費を増やして税金を減らすことだけが目的ではありません。 医療機器の購入、借入返済、スタッフ採用などを考えれば、税引後にどれだけ現金が残るか、次の投資に必要な資金を確保できるかまで見ることが重要です。 まずは直近12か月について、 ①保険診療と自由診療の収入、②実際の経費、③今後予定している医療機器・内装投資、④借入残高と年間返済額、⑤院長個人とクリニックで共用している支出 を並べてみてください。 ここまで整理すると、「単に領収書を追加で経費にする話」なのか、「概算経費・法人化・設備投資・資金繰りまで見直した方がよい話」なのかが分かれてきます。 特に、社会保険診療報酬5,000万円・医業収入7,000万円のラインが近い場合や、高額な設備投資、医療法人化を検討している場合は、申告直前ではなく事前に数字を比較した方が判断しやすくなります。 アポロ税理士法人では、クリニックの税務だけを切り離さず、必要に応じて資金繰り、設備投資、借入、金融機関対応まで含めて整理することが可能です。 「どこまで経費にできるか」だけでなく、その経費の使い方がクリニック経営にとって適切かまで確認したい場合は、一度数字を整理してみることをおすすめします。 FAQ Q1.クリニックで高級車を買っても経費になりますか? 車の価格やブランドだけで決まるものではありません。 診療・経営上の使用実態があるか、個人開業の場合には私用部分を合理的に区分できるかなどを確認します。また車両本体は通常、購入時に全額経費とするのではなく減価償却します。 Q2.院長が診療時に着るスーツは経費になりますか? 白衣やスクラブのように業務専用性が高いものとは事情が異なります。 一般的なスーツは私生活でも使用可能なため、単に勤務日に着用しているという理由だけで全額を経費処理することには慎重な判断が必要です。 Q3.個人開業医が妻に給与を払えば全額経費になりますか? 自動的にはなりません。 生計を一にする親族への給与は原則として必要経費になりませんが、青色事業専従者給与など一定の要件を満たせば必要経費にできます。実際の勤務内容と給与額の妥当性も確認が必要です。 Q4.年末に医療機器を買えば節税できますか? 購入しただけで必ずその年の全額経費になるわけではありません。 資産として減価償却するものが多く、実際に事業の用に供した時期も重要です。少額減価償却資産の特例などを使える場合もありますが、要件確認が必要です。 Q5.概算経費の特例を使えば、実際の経費を管理しなくてもよいですか? おすすめできません。 自由診療収入があれば実額経費の配賦が必要になりますし、クリニックの利益率や資金繰りを管理するうえでも実際の経費は把握する必要があります。国税庁の申告付表も実額経費を使って計算する構造になっています。 Q6.個人のクレジットカードで払ったものは経費にできませんか? 支払方法だけで経費になるかどうかが決まるわけではありません。 クリニックの業務に必要な支出であり、内容や金額を説明できれば、個人カードで立て替えたものでも会計処理できる場合があります。ただし、日常的に個人支出と混在すると管理が難しくなるため、事業用カードや口座を分けておく方が実務上は分かりやすくなります。 監修者 志田 宏樹 公認会計士・税理士・宅地建物取引士 監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。 専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継 [詳しいプロフィールを見る →]

  • 貸付用不動産の相続税評価が2027年から見直しへ|「5年以内取得」と不動産小口化商品、法人保有の注意点

    2026年9月18日、国税庁は「貸付用不動産の評価について」の法令解釈通達案を公表し、パブリックコメントを開始しました。 令和8年度税制改正大綱で示されていた、貸付用不動産の相続税・贈与税評価の見直しを具体化するものです。現時点では確定した通達ではありませんが、案では2027年1月1日以後の相続・贈与等から新しい取扱いを適用するとされています。 令和8年度税制改正大綱でも、貸付用不動産の市場価格と相続税評価額との乖離を踏まえ、評価方法を見直す方針が示されていました。 不動産オーナーにとって重要なのは、「今後は不動産で相続税対策ができない」と単純化しないことです。 ただし、不動産オーナーの方にとっては、今の段階でも確認しておいた方がよいことがあります。 特に、「最近、相続税対策として一棟マンションやアパートを購入した」という方は、一度自分の物件を確認しておくことをおすすめします。 目次 1.まず確認したいのは「5年以内に買った賃貸不動産があるか」 今回の見直しを難しく考える必要はありません。 最初に確認したいのは、 相続や贈与が発生する時点から遡って5年以内に、賃貸不動産を購入・新築しているか です。 通達案では、被相続人や贈与者が課税時期前5年以内に対価を払って取得・新築した一定の貸付用不動産について、原則として、 「その時点の通常の取引価額」 つまり、実際に市場で売買される価格に近い考え方で評価することとされています。 令和8年度税制改正大綱の段階から、5年以内に取得・新築した貸付用不動産を通常の取引価額で評価する方針は示されていました。 これまでのように、 土地は路線価 建物は固定資産税評価額 という評価だけを前提に相続税を計算できないケースが出てくることになります。 2.なぜ賃貸不動産の評価が見直されるのか ここを理解すると、今回の改正が分かりやすくなります。 収益物件を売買するとき、不動産オーナーは通常、 「この物件から家賃がいくら入るか」 を重視します。 賃料が高く、空室が少なく、安定して収益が出ている物件ほど、市場価格は高くなりやすいからです。 ところが相続税の評価では、賃借人がいることによる利用制限を考慮するため、貸している割合が高いほど評価額が低くなる仕組みがあります。 つまり、 市場では、よく稼ぐ賃貸物件ほど価格が上がる。 一方で、 相続税では、よく貸せている物件ほど評価額が下がることがある。 この逆方向の動きによって、市場価格と相続税評価額の差が大きくなるケースがありました。 国税庁が政府税制調査会に提出した資料では、相続開始前の駆け込み取得事例では市場価格等との乖離が3倍を超える水準、不動産小口化商品の贈与事例では5倍を超えるものも散見されたと説明されています。 今回の見直しは、特に相続直前に現金や借入金を賃貸不動産へ組み替えることで生じる大きな評価差を縮小する方向の改正と考えると分かりやすいでしょう。 関連記事: 相続の基本と全体像|手続・相続税・遺産分割・生前対策をわかりやすく解説 不動産で相続税はなぜ下がる?賃貸不動産の評価減・借入金・小規模宅地を事例で解説 3.「5年以内なら購入価格の80%」ではない ここは今回、特に誤解されやすいところです。 新しいルールを、 「相続前5年以内の物件は購入価格の80%で評価する」 と理解するのは正確ではありません。 原則は、 課税時期における通常の取引価額 です。 そのうえで、購入した価格が取得時の通常の取引価額と認められるなど、一定の条件を満たす場合には、取得価額を基礎とした簡便的な評価方法を選べる案になっています。 考え方を簡単にすると次のようになります。 簡便的な評価の考え方 土地 購入時の土地価格に、その後の地価変動を反映した金額の80% 建物 購入時の建物価格から一定の減価償却を反映した金額の80% つまり、買った金額に単純に80%を掛ければ終わり、という制度ではありません。 物件を購入したときの土地と建物の価格内訳も重要になります。 関連記事:売買契約書に土地・建物の内訳がない場合はどう按分する? 4.「2026年中に買えば間に合う」という話ではない これも重要です。 今回の新しい評価方法は、通達案では2027年1月1日以後に相続・遺贈・贈与によって取得する財産から適用する予定です。 したがって、 「2026年中にマンションを買えば旧ルールが使える」 ということではありません。 例えば、 2026年に賃貸マンションを購入 ↓ 2028年に相続 となれば、相続時点では購入からまだ5年以内です。 新しい5年ルールの対象となる可能性があります。 これから相続税対策として不動産購入を考えている方は、 「年内に買うかどうか」ではなく、「購入後5年間に相続・贈与が発生した場合どうなるか」 を確認する必要があります。 5.すでに持っている不動産も確認が必要 今回の改正は、2027年以後に買う不動産だけの話ではありません。 2023年、2024年、2025年、2026年に取得した物件でも、2027年以後の相続時点で取得から5年以内であれば対象になる可能性があります。 特に、 最近、高齢の親が一棟マンションを購入したケースや、相続税対策を主な目的としてアパートを新築したケースでは、現在の相続税シミュレーションをそのまま使わず、新ルールを仮定して再計算した方がよいでしょう。 6.不動産小口化商品は「5年経てば大丈夫」ではない 今回、通常の賃貸不動産以上に影響が大きい可能性があるのが、不動産小口化商品です。 不動産特定共同事業や一定の信託受益権などを利用した商品については、今回の案では取得時期にかかわらず、原則として通常の取引価額で評価する方向になっています。 つまり、 「5年以上持てば従来評価に戻る」 という考え方ではありません。 なぜ小口化商品が特に対象になったのかは、国税庁が示した事例を見ると分かりやすいでしょう。 政府税調の資料では、3,000万円で購入した不動産小口化商品が贈与時には約480万円と評価され、その後、購入時とほぼ同額の3,000万円で売却された事例が紹介されています。 経済的な価値は3,000万円程度のままなのに、贈与税の計算では480万円になる。 こうした大きな乖離が、今回の見直しの背景にあります。 相続税対策として不動産小口化商品を保有している方は、新しい評価方法でどの程度になるのかを優先的に確認した方がよいでしょう。 7.「法人で買えば解決」でもない 資産管理会社を持っている不動産オーナーからすると、 「それなら個人ではなく法人で買えばよいのでは?」 という疑問が出てくると思います。 今回の通達案では、非上場会社の株式を純資産価額方式で評価するときの会社保有不動産について、今回新設される5年ルールを直接適用しない整理が示されています。 ただし、法人なら相続税評価の問題がなくなるわけではありません。 現行の財産評価基本通達185には、会社が課税時期前3年以内に取得・新築した土地や建物等については、原則として通常の取引価額で評価する、いわゆる「3年ルール」がすでにあります。 簡単に整理すると、 個人で直接保有 資産管理会社で保有 今回確認する期間 原則5年 現行制度では3年 相続時に評価するもの 不動産そのもの 最終的には会社の株式 注意点 新しい貸付用不動産評価 不動産評価に加えて自社株評価も必要 となります。 したがって、 「5年より3年の方が短いから法人が有利」 と、この数字だけで判断するのはおすすめできません。 法人で不動産を保有すれば、法人税、個人への資金移動、株式評価、金融機関からの借入条件、将来の売却など、別の論点が出てきます。 法人か個人かは、今回の5年ルールだけで決める問題ではありません。 8.小規模宅地等の特例がなくなるわけではない 貸付事業用宅地等の減額制度そのものについては、「小規模宅地等の特例とは?」で全体像を整理しています。 「今回の評価方法が変わると、小規模宅地等の特例も使えなくなるのか」 という疑問を持たれる方もいらっしゃるかと思います。 今回の通達案は、貸付用不動産そのものの評価方法を見直すものです。 小規模宅地等の特例は別の制度なので、要件を満たせば引き続き検討できます。 貸付事業用宅地等の場合、一定の要件を満たせば200㎡まで50%減額できる制度があります。 ただし、ここにも「3年」という別のルールがあります。 相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供した宅地等については、一定の場合を除き、貸付事業用宅地等の対象にならないためです。 つまり、一つの物件でも、 ・今回の5年ルール ・小規模宅地等の3年ルール ・法人なら純資産価額の3年ルール は、それぞれ別に確認する必要があります。 ご自身でこの3つを完全に覚える必要はありません。 「最近取得した物件だから、相続税評価と小規模宅地の両方を確認しよう」 と覚えておけば十分です。 関連記事:相続直前に建てたアパートは小規模宅地等の特例を使える?3年ルールと建替えの違いを解説 9.今回の改正で一番大切なのは「節税額だけで物件を買わないこと」 今回の政府税調資料には、不動産オーナーにとって非常に重要な指摘があります。 国税庁は、相続税対策として貸付用不動産を取得したケースの中には、物件取得後に稼働状況が悪化し、 借入金の返済に苦しむ後継者がいることや、固定資産税等の納税が難しくなるケースがある と説明しています。 政府税調の議事録でも、実務家の委員から、相続税を減らすことが優先され、賃貸事業として成立するかどうかが十分に検討されないまま不動産が購入されるケースがあるという趣旨の指摘がされています。 これは、決して制度上だけの話ではなく、当法人でも、同じようなケースを実際に見ることがあります。 相続税対策として賃貸不動産を購入し、相続税評価額を下げるという目的では一定の効果が出ている。 しかし、いざ収支を確認してみると、毎月の家賃収入から管理費、固定資産税、修繕費、借入金の利息と元本返済などを差し引いた実際のキャッシュフローが赤字になっている。 つまり、 「相続税評価は下がったかもしれない。しかし、毎月お金が出ていく不動産を購入してしまった」 という状態です。 こうなると、少なくとも収益を得るための資産運用という観点では、良い状態とは言いにくくなります。 例えば1億円の不動産を購入し、相続税評価額を3,000万円下げることができたとしても、それだけで良い相続対策だったとは判断できません。 購入後には家賃が入る一方で、 借入金の元本返済 借入金の利息 管理費 固定資産税 修繕費 空室による収入減少 などが発生します。 さらに、設備の更新や大規模修繕が重なれば、一時的に大きな資金が必要になることもあります。 ここで注意したいのは、会計上の利益と手元に残る現金も同じではないということです。 借入金の元本返済は、原則として不動産所得の必要経費にはなりません。そのため、税務上は利益が出ているにもかかわらず、元本返済まで含めると毎月の現金収支は赤字、ということも起こります。 不動産による相続対策を考えるなら、少なくとも、 相続税はいくら減るのか だけではなく、 毎年いくら現金が残るのか 相続した家族が借入金を返していけるのか 大規模修繕が発生しても資金を確保できるのか 最終的にいくらで売却できそうなのか まで確認する必要があります。 相続税対策として不動産を購入すること自体が問題なのではありません。 問題なのは、「相続税評価額が下がる」という一つの数字だけで、数千万円、数億円の不動産購入を判断してしまうことです。 相続税がいくら下がったかだけではなく、 「その不動産を家族が相続したあとも、無理なく持ち続けられるか」 まで考える。 今回の評価見直しを機に、不動産による相続対策は、税務上の評価圧縮だけではなく、賃貸経営としての収支まで含めて検討する必要性が、これまで以上に高まっていると考えています。 関連記事:0円でも売れない不動産とは?相続で「負動産」を子どもに残さないための対策 10.今回の見直しで影響を受けやすい不動産オーナー 次のような方は、一度確認しておいた方がよいでしょう。 直近5年間に一棟マンション、アパート、賃貸ビルなどを購入した 高齢の親が最近、相続税対策として賃貸不動産を取得した 2027年以後に賃貸不動産の贈与を予定している 不動産小口化商品を相続税・贈与税対策として持っている 昔から持っている土地に最近アパート等を新築した、または建築中である 個人と資産管理会社のどちらで物件を買うか検討している ただし、該当するからといって、 「今すぐ売る」「急いで贈与する」「法人へ移す」 という結論にはなりません。 まずは、現在の相続税評価と、新しい評価方法を仮定した相続税評価を比較するところから始めます。 12.不動産オーナーが今確認すべき5つのこと 専門的な通達を読む必要はありません。 次の5点を整理しておけば、影響の有無をかなり判定できます。 ① いつ買ったか 売買契約日だけではなく、実際の取得時期も確認します。売買契約書、決済資料、登記事項証明書などを用意しておきます。 ② いくらで買ったか 取得価額を確認します。 特に、土地と建物がいくらずつだったかが重要です。 ③ 誰が持っているか 本人の個人名義なのか、資産管理会社なのかを確認します。 法人の場合には、不動産だけではなく会社の株式評価まで見る必要があります。 ④ 借入金はいくら残っているか 借入金返済予定表を確認します。 相続税評価だけではなく、相続後に家族が返済を続けられるかを見るためです。 ⑤ 実際にいくら現金が残っているか 年間家賃収入から、管理費、修繕費、固定資産税、利息、借入元本返済などを差し引き、 本当に現金が残っているかを確認します。 税務上の評価額だけでなく、この数字まで確認して初めて、不動産による相続対策が家族にとって本当に有利だったのか判断できます。 まとめ 今回の通達案が確定すれば、2027年1月1日以後の相続・贈与では、相続等の前5年以内に取得・新築した一定の貸付用不動産について、従来とは異なる評価方法が使われることになります。 また、不動産小口化商品は、取得から5年を超えていても新しい評価方法の対象になる予定です。 不動産オーナーが最初にやるべきことは難しくありません。 「直近5年以内に取得・新築した賃貸不動産があるか」 を確認してください。 該当する場合には、現在の相続税評価新ルールでの評価借入残高返済後キャッシュフロー将来の売却可能性まで一度並べてみることが重要です。 相続税が減ることと、家族に資産が多く残ることは同じではありません。 今回の見直しをきっかけに、 「評価額をどれだけ下げられるか」から、「相続後も無理なく持てる不動産か」へ 相続対策の見方を少し変える必要があると考えています。 アポロ税理士法人・ファルコン株式会社では、相続税評価だけではなく、不動産の収益性、借入返済後のキャッシュフロー、法人・個人の保有形態、金融機関との借入条件、将来の売却・承継まで含めて整理することができます。 最終通達が確定する前の現在は、対策を急ぐというより、「自分の保有資産がどのルールに当たりそうか」を先に把握する時期と考えるのがよいでしょう。 FAQ Q1.2026年中に賃貸マンションを買えば、従来の評価方法を使えますか? 必ずしもそうではありません。 通達案は2027年1月1日以後の相続・贈与等から適用する予定であり、その時点から遡って5年以内に取得・新築した一定の貸付用不動産が対象になります。 したがって2026年中に購入しても、2027年以後5年以内に相続等が発生すれば対象になる可能性があります。 Q2.5年経過すれば必ず従来の評価方法に戻りますか? 今回の5年ルールの対象からは外れる方向ですが、それだけで最終的な評価が確定するとは限りません。 物件の種類や他の評価通達、個別事情によって確認が必要になる場合があります。 Q3.資産管理会社で購入すれば今回の改正は関係ありませんか? 今回新設予定の個人保有の貸付用不動産に関する5年ルールは、純資産価額方式による会社保有不動産には直接適用しない案です。 ただし現行の評価基本通達185には、会社が課税時期前3年以内に取得・新築した土地・建物等を通常の取引価額で評価するルールがあります。 そのため「法人なら直ちに評価圧縮できる」ということではありません。 Q4.不動産小口化商品を5年以上持っていれば影響しませんか? 今回の案では、不動産小口化商品については取得時期にかかわらず原則として通常の取引価額を基礎に評価する方向です。 通常の貸付用不動産のような「取得後5年」という単純な判定ではありません。 Q5.今すぐ相続税対策を変更した方がよいでしょうか? まず再計算することをおすすめします。 通達案はまだ確定していないため、現行制度、新しい通達案、最終通達確定後の3段階で影響を確認するのが安全です。 売却や法人移転など、後戻りしにくい取引を「評価方法が変わるから」という理由だけで急いで行うのは避けた方がよいでしょう。 監修者 志田 宏樹 公認会計士・税理士・宅地建物取引士 監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。 専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継 [詳しいプロフィールを見る →] 主な根拠・参考情報 国税庁/e-Govパブリック・コメント「『貸付用不動産の評価について』の法令解釈通達(案)に対する意見公募手続の実施について」公示日:2026年9月18日案件番号 国税庁「新着情報一覧」2026年9月18日付で「貸付用不動産の評価について」の法令解釈通達案の公表を掲載。 内閣府 税制調査会/国税庁説明資料「財産評価を巡る諸問題」第4回 経済社会のデジタル化への対応と納税環境整備に関する専門家会合2025年11月13日 内閣府 税制調査会「第4回 経済社会のデジタル化への対応と納税環境整備に関する専門家会合 議事録」2025年11月13日 自由民主党・日本維新の会「令和8年度与党税制改正大綱」2025年12月19日 国税庁「財産評価基本通達185(純資産価額)」 国税庁「No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)」 国税庁「No.4124 小規模宅地等の特例 Q&A」

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