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  • 不動産投資の経費一覧|どこまで経費にできる?減価償却・節税・税務調査を税理士が解説

    不動産投資では、家賃収入から必要経費を差し引いて不動産所得を計算します。 そのため、 「どこまで経費にできるのか」 は、不動産オーナーにとって非常に重要なテーマです。 一方で、経費は単に「領収書があれば計上できる」というものではありません。 基本となるのは、次の3つです。 ① 不動産賃貸業との関連性 ② 支出金額や内容の合理性 ③ 領収書・契約書・記録などの裏付け 逆に、この3つをきちんと説明できる支出であれば、必要以上に経費計上を怖がる必要もありません。 本記事では、個人で収益不動産を所有している不動産オーナーを主な対象として、経費にできるもの・できないもの、判断に迷いやすい費用、減価償却を使った節税、税務調査への備えまで実務的に解説します。 ※法人で不動産を所有している場合には、「必要経費」ではなく「損金」として法人税を計算し、一部取扱いが異なります。 まず結論|不動産投資の経費はどこまで認められる? 不動産投資の経費には、「家賃収入の○%まで」といった一律の上限はありません。 重要なのは、その支出が不動産賃貸業のために必要なものであるかどうかです。 代表的な費用を整理すると、次のようになります。 支出 基本的な取扱い ポイント 減価償却費 ○ 土地は対象外 管理費・管理委託料 ○ 賃貸管理に対応するもの 修繕費 ○ 資本的支出との区分に注意 修繕積立金 △ 一定の要件を満たせば支払年の経費にできる 固定資産税・都市計画税 ○ 賃貸部分に対応するもの 火災保険料・地震保険料 ○ 保険期間に対応して計上 ローン利息 ○ 元本返済は経費にならない 車両費 △ 業務使用分のみ 飲食代・ゴルフ代 △ 相手・目的・業務関連性が重要 自宅家賃・通信費 △ 合理的な家事按分が必要 税理士等の専門家報酬 ○ 不動産賃貸業に関連する部分 購入時の仲介手数料 即時経費× 原則として土地・建物の取得価額へ ローン元本返済 × 借入金の返済であり経費ではない 所得税・住民税 × 不動産所得の必要経費にはならない なお、「経費になるか」と「その支出をすることが投資として有利か」は別問題です。 不動産投資では、単に税金を減らすのではなく、購入・保有・売却まで含めた税引後キャッシュフローを最大化することが重要です。 目次 1.不動産投資の経費になるかは「3つのポイント」で考える 不動産所得の必要経費となるか迷ったときは、まず次の3つを確認してみてください。 ① 不動産賃貸業に関係する支出か 最も重要です。 その支出が、 入居者を募集するため 物件を維持・管理するため 修繕するため 融資を受けるため 賃貸経営について専門家へ相談するため など、家賃収入を得るための活動と結び付いているかを考えます。 ② 金額や内容に合理性があるか 業務に関係していれば金額はいくらでもよい、というわけではありません。 同じサービスについて相場の何倍もの金額を支払っていたり、支出内容から見て不自然に高額だったりすれば、その理由を説明できることが重要になります。 ③ 客観的な資料を残しているか 税務調査では、本人の説明だけでなく、 契約書 請求書 領収書 振込記録 メール 写真 打合せ記録 なども確認されます。 特に、車、飲食、ゴルフ、自宅関連費などプライベートとの境界が曖昧になりやすい支出は、簡単なメモを残しておくだけでも説明しやすくなります。 2.不動産投資の経費はいくらまで?上限はある? 不動産投資の必要経費について、税法上「家賃収入の○%まで」「年間○万円まで」といった一律の上限はありません。 家賃収入が600万円だから経費は100万円まで、といった決まりがあるわけではありません。 必要経費になるかどうかは、金額の割合だけでなく、その支出が不動産収入を得るために必要な費用であるかどうかによって判断します。 そのため、大規模修繕を行った年などは、家賃収入に対する経費の割合が一時的に高くなることもあります。 一方で、家賃収入に比べて多額の車両費、飲食費、ゴルフ代などが計上されている場合には、その支出が本当に賃貸経営に必要だったのかを説明できることが重要です。 インターネット上では「経費率○%程度が目安」と説明されることもありますが、物件の築年数、修繕状況、借入条件、管理方法などによって必要な費用は大きく異なります。 したがって、 「経費率が何%か」ではなく、「その支出について業務上の必要性を説明できるか」 という視点で考える方が適切です。 3.不動産投資で経費にできる代表的なもの 支出 基本的な扱い 主な注意点 減価償却費 ○ 土地は対象外 修繕費 ○ 資本的支出との区分 固定資産税 ○ 賃貸部分 借入金利息 ○ 元本は不可・土地負債利子 車両費 △ 業務使用割合 飲食・ゴルフ △ 相手・目的・業務関連性 自宅関連費 △ 合理的な按分 購入時仲介手数料 即時経費× 取得価額へ 減価償却費 建物価格の決め方や中古資産の耐用年数によって減価償却費は大きく変わります。計算方法や売却時への影響については、「不動産投資の減価償却とは?」で詳しく解説しています。 不動産投資で特に重要なのが減価償却費です。 土地は減価償却できませんが、 建物 建物附属設備 構築物 一定の設備・備品 などは、取得価額を耐用年数に応じて費用化します。 特に中古不動産では、一定の要件を満たせば中古資産の耐用年数を用いることができ、新築より短期間で減価償却できる場合があります。 また、建物本体だけでなく、 電気設備 給排水設備 衛生設備 空調設備 エレベーター設備 などを建物附属設備として合理的に区分できれば、建物本体より短い耐用年数で償却できるケースがあります。 不動産投資では、購入時の土地・建物・設備の取得価額をどう整理するかが、その後の税負担に大きく影響します。 ただし、税金を減らすことだけを目的に建物価格を大きくすればよいわけではありません。土地・建物の按分には合理的な根拠が必要です。 修繕費 修繕費と資本的支出は、工事金額ではなく内容によって判断します。具体的な判定フローについては、「修繕費と資本的支出の違い」をご確認ください。 入居者退去後の原状回復、雨漏り修理、故障した設備の交換など、建物を通常の状態に戻したり機能を維持したりするための費用は、原則として修繕費として必要経費になります。 一方、 建物の価値を明らかに高める工事 使用可能期間を延長する工事 増築 大幅なグレードアップ などは「資本的支出」として資産計上し、減価償却することがあります。 金額だけで決まるわけではありません。 工事前後の写真、見積書、工事内容、仕様書などを残しておくことが大切です。 判断が難しい修繕については、税法上一定の形式基準も設けられているため、大規模修繕を行う場合には工事前に確認しておくことをおすすめします。 管理委託料・清掃費・点検費 管理会社へ支払う管理委託料、共用部分の清掃費、消防設備等の点検費、保守費用などは、賃貸経営のための費用として必要経費になります。 管理会社との契約書や請求書を保存しておけば、通常は業務との関連性も説明しやすいでしょう。 修繕積立金 区分マンションを賃貸している場合、管理組合へ支払う修繕積立金についても確認が必要です。 修繕積立金は、原則として、実際に修繕等が行われ、その修繕等が完了した年の必要経費となります。 ただし、国税庁は、一般的なマンションの修繕積立金について、 ・区分所有者が管理組合に対して支払義務を負っている ・支払った修繕積立金が原則として返還されない ・将来の修繕等のためにのみ使用される ・長期修繕計画等に基づいて合理的に算定されている など一定の要件を満たす場合には、支払期日の属する年の必要経費に算入して差し支えないとしています。 区分マンション投資では毎月発生する費用なので、「管理費と同じように必ず支払時の経費になる」と考えるのではなく、管理規約や長期修繕計画なども確認しておきましょう。 固定資産税・都市計画税など 賃貸不動産に対応する、 固定資産税 都市計画税 不動産取得税 登録免許税 契約書等の印紙税 などは、一定のものを除き必要経費に算入できます。 ただし、自宅兼賃貸物件などの場合には、賃貸部分と自宅部分を合理的に分ける必要があります。 火災保険料・地震保険料 賃貸物件にかかる火災保険料や地震保険料も必要経費になります。 複数年分の保険料を一括して支払った場合などは、原則として保険期間に対応して費用計上します。 借入金利息 不動産を購入するための借入金や、修繕・設備投資のための借入金にかかる利息は必要経費になります。 一方、毎月のローン返済額のうち元本部分は必要経費になりません。 元本と利息の内訳は、金融機関から交付される返済予定表で確認できます。 不動産所得が赤字の場合には「土地負債利子」に注意 個人の不動産所得が赤字となった場合、土地の取得に対応する借入金利息相当額については、給与所得など他の所得と損益通算できません。 例えば、 不動産所得の赤字 100万円 土地取得に対応する借入金利息 24万円 であれば、他の所得と損益通算できる赤字は原則として76万円となります。 土地負債利子については計算方法が少し特殊なため、別記事で詳しく解説しています。 関連記事:不動産所得が赤字でも節税できない?土地負債利子と損益通算の注意点 旅費交通費 物件の現地確認、内見、入居者対応、不動産会社との打合せ、金融機関との融資交渉などのために使用した、 電車 新幹線 タクシー 高速道路料金 駐車場代 などは必要経費になります。 遠方の物件を所有している場合など、旅行との区別が問題になりそうなときは、日時・訪問先・目的程度を記録しておけば十分説明しやすくなります。 広告宣伝費 入居募集のための、 ポータルサイト掲載料 写真撮影費 ホームステージング費用 募集看板 不動産会社へ支払う広告料 なども必要経費になります。 税理士・司法書士・弁護士などの専門家報酬 不動産賃貸業に関連して支払った、 税理士 司法書士 弁護士 土地家屋調査士 測量士 不動産コンサルタント などへの報酬も必要経費となる場合があります。 ただし、不動産の取得価額に含めるべき費用など、その支出内容によって処理が異なるケースがあります。 水道光熱費・通信費 共用部分の電気代・水道代、不動産管理に使用するインターネット回線や携帯電話代なども必要経費になります。 私用と兼用している場合には、使用状況などに応じて合理的に按分します。 消耗品・備品 不動産管理に使用するパソコン、プリンター、机、工具なども必要経費または減価償却の対象になります。 通常、取得価額10万円未満の減価償却資産は、原則としてその年の必要経費に算入できます。 また、一定の青色申告を行う中小事業者については、2026年4月1日以後に取得等する資産について、取得価額40万円未満の少額減価償却資産を年間300万円まで即時に必要経費へ算入できる特例があります。 10万円以上20万円未満の資産については「一括償却資産」として3年間で均等に費用化する方法もあります。 どの制度を利用するかによって、所得税だけでなく償却資産税の取扱いにも違いが出るため、購入時に選択するとよいでしょう。 IT・クラウドサービス 不動産管理に使用する、 会計ソフト 電子契約サービス クラウドストレージ 賃貸管理システム 証憑管理サービス などの利用料も必要経費になります。 セミナー・書籍・情報収集費用 賃貸経営に必要な専門書、業界誌、有料データベース、セミナー、コンサルティングなども、賃貸経営との関連性があれば必要経費になります。 「不動産に関するものなら何でも経費」というわけではありませんが、実際の物件取得、管理、融資、税務などに関連するものであれば、経費計上を過度に避ける必要はありません。 自動車関連費用 物件確認や不動産会社訪問などに車を使用している場合には、 ガソリン代 駐車場代 自動車保険 車検費用 修理費 自動車税 減価償却費 などについて、業務使用分を必要経費にできます。 重要なのは、車種ではなく使用実態です。 フェラーリのような高級車であっても、車種だけを理由に必要経費にならないわけではありません。重要なのは業務での使用実態です。 ただし、プライベートでも使用しているのであれば、走行距離や使用日数など合理的な基準で業務使用割合を決めておきましょう。 飲食代・交際費・ゴルフ代 不動産会社、管理会社、工務店、金融機関などとの飲食やゴルフであっても、具体的な業務上の目的があれば必要経費となる可能性があります。 「ゴルフだから経費にならない」というルールではありません。 重要なのは、 誰と行ったのか 何のために行ったのか 賃貸経営とどのような関係があるのか です。 逆に、友人とのゴルフや家族との食事を、単に「情報交換」「不動産相談」として経費計上するのは難しいでしょう。 飲食・ゴルフなど私的利用と区別しにくいものについては、領収書に相手先と目的を簡単にメモしておくことをおすすめします。 関連記事:ゴルフ代は経費にできる?会社社長と個人事業主・不動産オーナーで異なる税務上の判断基準 4.不動産投資で経費にできない・注意が必要なもの 購入時の仲介手数料・固定資産税精算金 不動産を購入するときに支払う費用は、すべてその年の経費になるわけではありません。例えば購入時の仲介手数料は土地・建物の取得価額に算入します。また、売主へ支払う固定資産税・都市計画税の精算金も、税金そのものではなく購入代価の一部として取得価額に算入します。 個人的な飲食・旅行・ゴルフ 家族との食事、友人との旅行、趣味のゴルフなど、不動産賃貸業とは関係のない支出は必要経費になりません。 ポイントは「領収書があるか」ではなく、賃貸経営のための支出かどうかです。 スーツ・バッグ・腕時計など 通常のスーツ、バッグ、腕時計などは、仕事でも使用できる一方で日常生活でも使用できるため、原則として必要経費への算入は難しいと考えられます。 一方、作業服、会社名入りの制服、安全装備など、用途が業務用に限定されるものは必要経費になり得ます。 罰金・交通反則金 罰金、科料、過料、交通反則金などは原則として必要経費になりません。 所得税・住民税 個人の所得税・住民税は、不動産所得を計算する上で必要経費にはなりません。 一方、賃貸物件の固定資産税や一定の事業税など、必要経費となる税金もあります。 自宅関連費の全額計上 自宅の家賃、電気代、インターネット代などを不動産管理にも使用している場合、業務に対応する部分については必要経費となる可能性があります。 ただし、私生活部分まで全額を経費にすることはできません。 面積、使用時間、使用状況など、その費用に適した基準で按分します。 家族への給与 生計を一にする家族への給与は、原則としてそのまま必要経費にはできません。 ただし、不動産貸付けが事業的規模であることなど一定の要件を満たし、「青色事業専従者給与」として適正な金額を支給している場合には、必要経費に算入できます。 スポーツジムの会費 本人の健康維持を目的とするスポーツジム代は、原則として必要経費にはなりません。 不動産賃貸業との直接的な関係を説明することが通常難しいためです。 資格取得費用 宅地建物取引士など、本人に帰属する資格の取得費用については、資格取得後に不動産業務へ活用するとしても、必要経費として認められないケースがあります。 一方、取得後の業務に直接関係する研修費や情報収集費などは別途判断します。 5.「経費を増やせば節税になる」は間違い 不動産投資で非常に重要なのが、 税金を減らすためだけにお金を使わない という考え方です。 例えば30万円の経費を使って税金が10万円減ったとしても、手元のキャッシュは20万円減っています。 節税の目的は「税額を最小にすること」ではありません。 税引後の手元キャッシュを最大化することです。 そのため、支出を伴う経費については、 家賃が上がる 空室期間が短くなる 修繕リスクが減る 管理負担が減る 税務・法務リスクを減らせる など、その支出によって得られる効果まで考えることが重要です。 極端に安い管理会社、施工会社、専門家へ依頼した結果、空室期間が延びたり、申告ミスや機会損失が生じたりすれば、結果として高くつくこともあります。 必要なものには適切にお金を使い、不要なものには使わない。 これが不動産投資における経費の基本です。 6.不動産投資で減価償却が重要な理由 その中でも減価償却費は特殊です。 不動産購入時には資金を支出していますが、その後、毎年減価償却費を計上する時点では追加のキャッシュアウトがありません。 そのため、不動産投資では減価償却の設計がキャッシュフローに大きく影響します。 特に、 建物割合 建物と附属設備の区分 中古資産の耐用年数 などは、購入後の税額に大きく影響します。 ただし、減価償却は税金が永久に消える仕組みではありません。 個人が不動産を売却するときには、減価償却した分だけ建物の取得費が減少するため、その分、将来の譲渡所得が大きくなります。 したがって、 「今いくら税金が減るか」だけではなく、「将来売却したときにいくら税金がかかるか」まで考える ことが重要です。 7.減価償却は「今の税率」と「売却時の税率」で考える 個人が土地・建物を売却した場合、所有期間によって譲渡所得の税率が大きく異なります。 短期譲渡所得 売却した年の1月1日時点で所有期間が5年以下の場合 約39.63% 長期譲渡所得 売却した年の1月1日時点で所有期間が5年を超える場合 約20.315% そのため、例えば現在の所得税・住民税の限界税率が高く、将来は長期譲渡所得として売却できるのであれば、減価償却を前倒しするメリットが大きくなる場合があります。 一方、購入後短期間で売却する予定であれば、当期の節税額だけで判断すると想定以上に売却時の税負担が大きくなる可能性があります。 不動産投資では、 保有期間中の節税効果 保有期間中のキャッシュフロー 売却時の譲渡税 投資期間 個人所有か法人所有か をセットで考えましょう。 不動産投資では「今年の税金」ではなく、購入時の自己資金、融資、保有中のキャッシュフロー、売却代金、売却時の税金まで含めた税引後キャッシュフローで判断することが重要です。 8.税務調査で確認されやすいポイント 不動産オーナーの税務調査では、すべての項目が同じように確認されるわけではありません。 特に説明を求められやすいのは、次のような項目です。 ① 土地と建物の取得価額 売買契約書に土地・建物の内訳がない場合の按分方法については、「売買契約書に土地・建物の内訳がない場合はどう按分する?」で具体的に解説しています。 減価償却費に直接影響するため、土地・建物の按分根拠が重要です。 ② 修繕費と資本的支出 高額な工事については、単なる修繕なのか、建物価値を高める資本的支出なのかが確認されることがあります。 ③ 車両費 業務利用と私的利用が混在しやすいため、業務使用割合がポイントになります。 ④ 飲食・ゴルフ等 相手先、目的、業務との関連性が確認されやすい費用です。 ⑤ 自宅関連費 家賃、通信費、水道光熱費などを按分している場合、その按分基準が確認されます。 ⑥ 家族への給与や外注費 実際に仕事をしているのか、金額は適正か、契約や支払実態があるかなどがポイントになります。 ⑦ 領収書と会計帳簿の整合性 請求書、領収書、振込記録、帳簿などが一連の取引としてつながっていることが重要です。 9.経費を守るために残しておきたい資料 経費について特別な資料を大量に作る必要はありません。 基本的には、 契約書 見積書 請求書 領収書 振込記録 メール 写真 など、通常の取引で発生する資料を保存しておけば十分です。 ただし、飲食、ゴルフ、車両、出張など私的利用との区別が問題になりやすいものについては、 「○○不動産 △△さん/○○物件の売却相談」 程度の簡単なメモを残しておくと、数年後に確認されたときにも説明しやすくなります。 帳簿や証憑の法定保存期間は書類の種類などによって異なり、5年または7年などの保存が必要になります。 また、電子メールで受け取った請求書やPDFなどの電子取引データについては、電子帳簿保存法に沿った保存も必要です。 10.まとめ 不動産投資の経費で重要なのは、 ① 不動産賃貸業との関連性 ② 金額・内容の合理性 ③ 客観的な資料 の3つです。 業務との関連性をきちんと説明できるのであれば、必要以上に経費計上を怖がる必要はありません。 一方、「税金を減らしたいから年末に何か買う」という発想はおすすめしません。 不動産投資の目的は、経費を増やすことでも、税金をゼロにすることでもなく、最終的な手元キャッシュを増やすことだからです。 特に不動産投資では、 減価償却 土地・建物の按分 修繕費と資本的支出 個人・法人の選択 売却時の税金 が互いに関係します。 購入時に節税できたように見えても、売却まで含めると最適な方法が変わることは珍しくありません。 そのため、不動産投資の税務は「今年の確定申告」だけではなく、購入・保有・売却までを一つの投資として考えることが重要です。 不動産投資では、経費だけでなく、購入時・保有中・売却時まで含めた税務全体を確認することが重要です。全体像は、「不動産投資・賃貸経営に関する税務の基本」で整理しています。 不動産オーナー向けの税務・財務サポートを見る 不動産所得の経費や確定申告について相談する 申告を依頼する前の準備は、不動産所得の確定申告で必要な資料一覧をご確認ください。 参考資料 国税庁 No.1370 不動産収入を受け取ったとき(不動産所得) 国税庁 No.2210 必要経費の知識 国税庁 No.2100 減価償却のあらまし 国税庁 No.1379 修繕費とならないものの判定 国税庁 No.2215 固定資産税、登録免許税又は不動産取得税を支払った場合 国税庁 No.1391 不動産所得が赤字のときの他の所得との通算 国税庁 No.2075 青色事業専従者給与と事業専従者控除 国税庁 No.3208 長期譲渡所得の税額の計算 国税庁 No.3211 短期譲渡所得の税額の計算 国税庁 No.3252 取得費となるもの 国税庁 賃貸用の土地建物を購入した際に支払った仲介手数料の取扱いについて 国税庁 固定資産税及び都市計画税相当額の清算金の取扱いについて 財務省 令和8年度税制改正の大綱 国税庁 記帳や帳簿等保存・青色申告 国税庁 電子帳簿保存法 電子取引データの保存方法 監修者 志田 宏樹 公認会計士・税理士・宅地建物取引士 監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。 専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継 [詳しいプロフィールを見る →]

  • 医師・歯科医師の概算経費と実額経費はどちらが有利?計算例と判断ポイントを税理士が解説

    「概算経費の特例を使えるなら、実額経費より得なのでは?」と考える開業医の先生は少なくありません。 結論からいうと、概算経費と実額経費は毎年比較して選ぶ必要があります。概算経費が有利な年もあれば、人件費や減価償却費が大きい年など、実額経費の方が有利になることもあります。 この記事では、個人開業の医師・歯科医師を主な対象として、概算経費と実額経費の比較方法を具体例で整理します。 制度そのものの仕組みや適用要件から確認したい方は、「医師の概算経費特例とは?措置法26条の計算方法・適用要件を税理士が解説」もあわせてご確認ください。 目次 1.結論|「概算経費が使える=概算経費が有利」ではない 概算経費の特例は、社会保険診療報酬に対応する必要経費を、実際に支出した金額ではなく法定の経費率で計算できる制度です。 一方、実額経費は、その年に実際に発生した給与、医薬品費、賃料、減価償却費などを基に所得を計算します。 したがって有利判定は、単純に「概算経費率が高いか」ではなく、その年の社会保険診療分に対応する実額経費と概算経費を比較することが基本となります。 特に、高額な医療機器を導入した年、スタッフを増員した年、大規模な内装工事を行った年などは、前年まで概算経費が有利だったクリニックでも結論が変わる可能性があります。 2.概算経費の特例(措置法26条)を使える条件 社会保険診療報酬が5,000万円を超える場合、または医業・歯科医業から生ずる収入金額が7,000万円を超える場合は、措置法26条による概算経費を選択できないとされています。 最新の申告様式・記載要領は、国税庁「確定申告書等の様式・手引き等」で確認できます。 この2つの基準に近いクリニックは、申告直前ではなく期中から収入見込みを確認しておくことが重要です。基準を超えれば、概算経費と実額経費の比較以前に特例自体を利用できなくなるためです。 3.概算経費はいくらになる? 社会保険診療報酬に対する概算経費率は、金額に応じて段階的に計算します。 2,500万円以下の部分:72% 2,500万円超3,000万円以下の部分:70% 3,000万円超4,000万円以下の部分:62% 4,000万円超5,000万円以下の部分:57% 例えば、社会保険診療報酬が3,500万円の場合は、 2,500万円×72%=1,800万円 500万円×70%=350万円 500万円×62%=310万円 となり、概算経費は合計2,460万円です。 この法定経費額と、社会保険診療分に対応する実際の必要経費を比較します。 4.計算例①|概算経費が有利なケース 前提を単純化するため、社会保険診療のみを行うクリニックで考えます。 社会保険診療報酬:3,500万円 実額経費:2,000万円 概算経費:2,460万円 このケースでは、概算経費の方が460万円大きいため、他の条件が同じであれば概算経費を選択した方が所得を460万円圧縮できます。 ただし、460万円そのものが税金として戻るわけではありません。実際の税負担差は、他の所得、所得控除、所得税率、住民税等によって変わります。 5.計算例②|実額経費が有利なケース 同じ社会保険診療報酬3,500万円でも、実額経費が2,700万円なら結論は逆になります。 社会保険診療報酬:3,500万円 実額経費:2,700万円 概算経費:2,460万円 実額経費の方が240万円大きいため、このケースでは実額経費で計算する方が有利です。 クリニックの売上が同じでも、スタッフ数、医療機器、賃料、減価償却費などによって結論は変わります。 6.自由診療がある場合は、単純比較では終わらない 実務では、保険診療だけでなく自由診療も行っているクリニックが少なくありません。 この場合、すべての実額経費をそのまま概算経費と比較するわけではありません。自由診療と社会保険診療のどちらに対応するか明確でない共通経費について、自由診療割合を用いて合理的に区分する仕組みになっています。 そのため、「概算経費を使うから実際の経費を集計しなくてよい」という考え方はおすすめできません。自由診療がある場合の計算だけでなく、経営管理のためにも実額経費は把握しておく必要があります。 クリニックでどの支出が必要経費になるかは、「クリニックの経費|どこまで経費にできる?」で詳しく整理しています。 7.実額経費が有利になりやすい年はどんな年? 概算経費と実額経費のどちらが有利かは、その年に実際に発生する経費の金額によって変わります。 例えば、前年までは概算経費の方が有利だったクリニックでも、次のような年は実額経費との差が縮まったり、実額経費の方が有利になったりする可能性があります。 ・医療機器を新規導入し、減価償却費が増えた ・スタッフを増員し、人件費が大きく増えた ・賃料の高い物件へ移転した ・大規模な内装工事や設備更新を行った ・外注費や材料費が大きく増えた ただし、医療機器を購入した金額がその年に全額経費になるとは限りません。減価償却や少額減価償却資産の特例など、別の税務判断も必要です。 8.当法人の考え方 概算経費を選択できるクリニックであっても、実際に発生した経費は継続して把握しておくことをおすすめします。 実額経費を集計していなければ、 「今年は概算経費と実額経費のどちらが有利なのか」 を正しく比較できないためです。 また、実額経費を日頃から把握することは、税務申告だけでなく、クリニックの利益率や人件費率、設備投資後の収支を確認するうえでも役立ちます。 9.申告後に「やっぱり実額経費にしたい」と変更できる? 概算経費と実額経費のどちらを使うかは、確定申告を提出する前に比較して決めることが重要です。 例えば、概算経費を選んで正しく確定申告した後に、 「実額経費を計算してみたら、そちらの方が経費が多かった」 と分かったとしても、それだけを理由に後から実額経費へ変更することは、原則としてできません。 そのため、概算経費を利用する場合でも、申告前に実際にかかった経費を集計し、 概算経費はいくらか 実額経費はいくらか どちらを使うと所得が小さくなるか を比較しておくことが大切です。 ただし、当初申告の計算自体に誤りがある場合は別に検討が必要 過去の最高裁判決では、当初申告における自由診療と社会保険診療に対応する経費の振り分け計算に誤りがあり、その誤った計算を前提に概算経費を選択した事案について、単なる有利・不利の選択変更とは別に検討されています。 したがって、「正しく計算したうえで概算経費を選択したが、後から実額経費の方が有利だと分かった場合」と、「当初申告の計算自体に誤りがあった場合」は同じではありません。 過年度の申告を変更できるかどうかは、単にどちらが有利だったかではなく、当初申告に更正の請求の対象となる計算誤り等があるかを確認する必要があります。 10.税務上の比較に必要な数字と、経営判断で別に確認したい数字 概算経費と実額経費の有利・不利を判定するには、まず税務上の比較に必要な数字をそろえます。 税務上の比較に必要な数字 社会保険診療報酬の年間見込額 医業・歯科医業から生ずる総収入金額の見込額 自由診療収入 給与・法定福利費 医薬品費・材料費・外注費 賃料その他の固定費 医療機器・内装等の減価償却費 これらを基に、その年の概算経費と、社会保険診療分に対応する実額経費を比較します。 経営判断として別に確認したい数字 今後予定している設備投資額 借入金の年間返済額 手元資金の残高 これらは、概算経費と実額経費の税務上の比較額にそのまま算入するものではありません。設備投資や資金繰りを判断するための経営管理上の数字として、税務上の有利判定とは分けて確認します。 11.判断フロー|自院ではどちらを選ぶ? STEP1 社会保険診療報酬5,000万円以下、医業・歯科医業収入7,000万円以下か確認する STEP2 その年の概算経費を計算する STEP3 実額経費を集計し、必要に応じて保険診療分と自由診療分に区分する STEP4 概算経費と実額経費を比較する STEP5 設備投資などにより、年内の減価償却費やその他の経費見込みが変わらないか確認する STEP6 確定申告前に概算経費と実額経費を最終比較し、適用方法を確定する 借入返済額や手元資金は、この税務上の比較とは別に、クリニックの資金繰り・経営判断として確認します。 12.まとめ 概算経費の特例は有力な制度ですが、「使えるなら使った方が得」とは限りません。 社会保険診療報酬が同じでも、スタッフ人件費、医療機器、賃料、減価償却費などによって実額経費は変わり、毎年有利不利が入れ替わる可能性があります。 まずは、社会保険診療報酬、総収入、実額経費、設備投資予定を並べて比較してください。特に5,000万円・7,000万円の基準に近い場合や、大きな設備投資を予定している場合は、申告直前ではなく期中で試算する方が判断しやすくなります。 アポロ税理士法人では、税額だけでなく設備投資、資金繰り、借入返済まで含めてクリニックの数字を整理しています。 概算経費と実額経費のどちらが有利か確認したい方は、医療法人・クリニックの税務・経営支援をご覧ください。 監修者 志田 宏樹 公認会計士・税理士・宅地建物取引士 監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。 専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継 [詳しいプロフィールを見る →] 主な根拠・参考情報 国税庁|令和7年分 確定申告書等の様式・手引き等 国税庁|所得税青色申告決算書(一般用)付表《医師及び歯科医師用》記載要領 国税庁 税務大学校論叢|社会保険診療報酬の所得計算の特例(措法26条)

  • SO・RS・RSU・PSUの違いとは?株式報酬の仕組み・使われる背景・使い分けを税理士が解説

    外資系企業やスタートアップに勤務していると、給与や賞与とは別に「SO」「RS」「RSU」「PSU」といった株式報酬を受け取ることがあります。 「RSUとストックオプションは何が違うのか?」 「RSとRSUは同じようなものなのか?」 「PSUまで出てきたけれど、なぜ株式報酬にはこんなに種類があるのか?」 初めて株式報酬に接する方にとって、これらの制度はかなり分かりにくいと思います。 しかし、「何をもらう制度なのか」だけではなく、「企業が何を目的としてその制度を使っているのか」から考えると、違いはかなり整理できます。 本記事では、4つの制度を次のように整理します。 SO = Growth(成長) RS = Ownership(株主意識) RSU = Retention(人材定着) PSU = Performance(成果) SO・RS・RSU・PSUに絶対的な優劣があるわけではありません。 企業価値を大きくしたいのか、経営者に株主目線を持ってほしいのか、優秀な社員に長く働いてほしいのか、業績目標と報酬を連動させたいのかによって、適した制度が変わります。 本記事では、SO・RS・RSU・PSUの基本的な仕組みから、それぞれが使われる背景、使い分け、さらに外資系企業勤務者が注意したい日本の税務まで、公認会計士・税理士の視点から分かりやすく解説します。 目次 1. SO・RS・RSU・PSUの違い 最初に4つの制度を大まかに整理してみましょう。 【SO(Stock Option/ストックオプション)】 もらうもの:一定の価格で株式を取得できる「権利」(※無償の場合) 主な目的:企業価値の向上 特徴:株価が行使価格を大きく上回るほどメリットが大きくなる 一言でいうと:「成長」 【RS(Restricted Stock/譲渡制限付株式)】 もらうもの:一定の制限が付された株式そのもの 主な目的:株主との価値共有 特徴:株式そのものを保有するため、株価がある限り経済価値が残りやすい 一言でいうと:「株主意識」 【RSU(Restricted Stock Unit/譲渡制限付株式ユニット)】 もらうもの:一定の条件を満たした将来に株式等を受け取るためのユニット 主な目的:優秀な人材の定着 特徴:一定期間の勤務などを条件として、将来株式等を受け取る 一言でいうと:「定着」 【PSU】 もらうもの:業績条件などが付されたユニット 主な目的:業績と報酬の連動 特徴:売上、利益、ROE、TSRなどの目標達成度に応じて受取株数等が変動する 一言でいうと:「成果」 まずは、 「SO=成長、RS=株主意識、RSU=定着、PSU=成果」 という全体像を押さえておくと、以下の説明が理解しやすくなります。 2. そもそも、なぜ企業は「株」で報酬を払うのか? 株式報酬を理解するには、まず「なぜ給与や賞与だけではなく、株式を報酬として使うのか」を考える必要があります。 2-1. 株主と経営者・従業員の利益を近づけたい 例えば、ある会社の企業価値が100億円から1,000億円になったとします。 株主にとっては大きな利益です。 ところが、固定給のみの社員であれば、 「会社の価値が10倍になっても、自分の給与はそれほど変わらない」 ということがあり得ます。 極端に単純化すると、 株主:「企業価値を大きくしてほしい」 従業員:「給与が同じなら、企業価値が2倍になっても自分には直接関係がない」 という利害のズレが生じます。 このような問題は、経済学やコーポレートガバナンスの分野で「プリンシパル・エージェント問題」などと説明されます。 簡単にいえば、「会社の所有者である株主」と「実際に会社を動かす経営者・従業員」の利益が完全には一致しない問題です。 そこで、「会社の価値が上がったら、経営者や社員にも経済的なメリットが生じるようにしよう」という発想が生まれます。 これが株式報酬の基本的な考え方です。 2-2. 現金を温存しながら優秀な人材を採用したい 特にスタートアップでは、別の事情もあります。 成長企業が優秀なエンジニアや経営幹部を採用しようとしても、大企業と同じ水準の現金給与を支払えるとは限りません。 そこで、「現在、多額の現金を払うことは難しい。その代わり、一緒に会社を成長させてくれれば、その成果を分けたい」という報酬設計が有効になります。 実際、経済産業省も、ストックオプションをはじめとするインセンティブ報酬を、スタートアップの人材獲得やリテンションの観点から重要な制度として位置付けています。 この考え方と特に相性が良いのが、SOです。 3. SO(ストックオプション)|「会社を大きくしたら報いる」 3-1. SOとは? SO(Stock Option/ストックオプション)とは、 「将来、あらかじめ定められた価格で会社の株式を取得できる権利」 です。 例えば、 現在の株価:100円 SOの行使価格:100円 だったとします。 数年後、会社が成長して株価が1,000円になった場合、 1,000円 − 100円 = 900円 の差額が生じます。 一方、株価が100円のままであれば、SOを行使することによる経済的なメリットはほとんどありません。 つまりSOは、 「会社を今より大きくしてくれれば、その値上がりの果実を分けます」 という性格の強い報酬です。 ※有償SOの場合には、SOそのものを取得するために支払った対価も本人の経済的な負担となります。 3-2. なぜSOはスタートアップと相性が良いのか? SOの大きな特徴は、会社の将来の成長を報酬にできることです。 現在は十分な現金を支払えなくても、 「将来、企業価値が大きくなった場合には大きなリターンを得られる可能性がある」 という報酬を提示できます。 また、企業価値が上昇するほどSOの価値も大きくなるため、会社と社員の目標を合わせやすくなります。 上場やM&Aなどによって企業価値が大幅に上昇すれば、従業員側にも大きな経済的メリットが生じる可能性があります。 そのため、 SO = Growth(成長) と考えると理解しやすいでしょう。 3-3. SOの弱点|株価が下がると価値を失うことがある 一方、SOには明確な弱点があります。 例えば、 行使価格:100円 現在の株価:70円 だったとします。 市場で70円で買える株式を、SOを使って100円で買う意味はありません。 このように株価が行使価格を下回った状態は、一般に「水中化(underwater)」などと呼ばれます。 つまりSOは、企業価値が大幅に上昇した場合のメリットは大きい反面、株価が行使価格を上回らなければ報酬として機能しにくくなるという特徴を持っています。 4. RS(譲渡制限付株式)|「株主と同じ船に乗ってもらう」 4-1. RSとは? RS(Restricted Stock)は、一般的には、 「一定の譲渡制限や没収条件などが付された株式そのものを付与する仕組み」 です。 例えば、 「一定期間は売却できない」 「一定期間勤務しなかった場合は株式を失う」 といった条件を付けることがあります。 4-2. SOとの大きな違い 現在100円の株式について考えてみましょう。 SOの場合、 行使価格100円 株価70円 になれば、SOを行使する経済的なメリットは基本的になくなります。 一方、RSとして株式そのものを保有している場合、株価が70円に下落しても、株式自体には経済価値が残ります。 つまり、 SO:主として値上がり部分に価値がある RS:株式そのものに価値がある という違いがあります。 ただし、RSには譲渡制限が付されていることがあるため、株価が70円だからといって、その時点で自由に70円で換金できるという意味ではありません。 4-3. なぜRSを使うのか? RSには、 「経営者や社員を株主と同じ立場に近づける」 という狙いがあります。 株価が上がれば自分の保有株式の価値も上がり、株価が下がれば自分の保有する株式の価値も下がります。 そのため、 RS = Ownership(株主意識) という考え方と相性があります。 特に経営者について、 「給与を受け取る経営者」であるだけでなく、「株主と企業価値を共有する経営者」になってもらう という目的で利用されることがあります。 4-4. RSとRSUの違い RSでは実際の株式を先に交付するため、 ・議決権 ・配当 ・譲渡制限 ・退職時の取扱い ・没収条件 など、実際の株主としての権利や制限を整理する必要があります。 これに対して、 「最初は実際の株式を交付せず、一定の条件を満たした後に株式等を渡す」 という仕組みがRSUです。 5. RSU(譲渡制限付株式ユニット)|「長く会社で活躍してもらう」 RSUについては、仕組みだけでなく日本での確定申告時に間違いやすいポイントがあります。詳しくは、「RSUの確定申告でよくあるミス6選」をご覧ください。 5-1. RSUとは? RSU(Restricted Stock Unit)は、一般的には、 「一定の条件を満たした将来に、株式やその相当額などを受け取るためのユニット」 です。 RSとの大きな違いは、実際の株式を交付するタイミングです。 RS:株式を先に交付し、その株式に制限を付ける RSU:最初はユニットを付与し、条件達成後に株式等を交付する という違いがあります。 イメージとしては、 「RSUは将来株式を受け取るための予約券」 と考えると理解しやすいでしょう。 5-2. RSUを理解するうえで重要な「Grant」と「Vest」 外資系企業の株式報酬では、次のような英単語をよく目にします。 【Grant】RSU等を「付与すること」です。 【Vest】一定の勤務条件などを満たし、報酬を受け取る権利が確定していくことです。 【Vesting Schedule】いつ、どれだけVestするかを定めたスケジュールです。 例えば400 RSUがGrantされ、 1年後:100 2年後:100 3年後:100 4年後:100 というVesting Scheduleが設定されるケースを考えてみます。 4年間にわたり条件を満たせば、合計400 RSUが順次Vestしていく仕組みです。 5-3. なぜRSUは人材定着に向いているのか? 例えば、半年後に100株相当のRSUがVestする社員が転職を検討しているとします。 本人からすると、 「あと半年勤務すれば100株相当の報酬を受け取れる」 という状態になります。 つまりRSUには、 会社に一定期間在籍すること自体に経済的なメリットを持たせる という効果があります。 このような優秀な人材を会社に引き留める考え方を、Retention(リテンション/人材定着)といいます。 したがって、 RSU = Retention(人材定着) と考えると分かりやすいでしょう。 5-4. SOより報酬価値が残りやすい 例えば、 SOの行使価格:100円 現在の株価:70円 であれば、そのSOを行使する経済的メリットは基本的にありません。 一方、100株分のRSUが条件を満たして株式に転換されるのであれば、株価70円である限り、 70円 × 100株 = 7,000円 相当の株式価値があります。 もちろん株価が下がればRSUの経済価値も下がりますし、勤務条件等を満たさなければ受け取れないこともあります。 それでも、「一定の行使価格を上回らなければ価値が生じにくいSO」に比べ、「株式そのものの価値を利用するRSU」は報酬価値が残りやすいという違いがあります。 【税務の視点】 外資系企業勤務者の株式報酬を考える際には、「RSUを何株もらったか」だけを見るのでは十分ではありません。 Grant、Vest、株式交付、売却はそれぞれ別の出来事です。 制度上どの時点で権利が確定し、日本の税務上どの時点で所得を認識するのかについては、実際のプラン内容を確認して考える必要があります。 6. PSU|「成果を出した分だけ報いる」 6-1. PSUとは? RSUが主として一定期間の勤務などを条件にするのに対し、PSUは、 「一定期間の業績目標の達成度に応じて、最終的に受け取る株式数等が変動する仕組み」 として利用されます。 例えば、基準となる株数を1,000株とします。 業績目標が一定水準未満:0株 目標の80%程度:500株 目標を100%達成:1,000株 目標を大きく上回る:1,500株や2,000株 といった設計が考えられます。 実際の受取株数、上限、評価期間、評価指標などは企業ごとに異なります。 6-2. PSUではどのような指標が使われるのか? 業績指標としては、例えば次のようなものがあります。 ・売上高 ・営業利益 ・EPS:1株当たり利益(Earnings Per Share) ・ROE:自己資本利益率。株主資本を使ってどの程度利益を上げたかを見る指標 ・ROIC:投下資本利益率。事業に投じた資本をどの程度効率的に利益へ結び付けたかを見る指標 ・TSR:Total Shareholder Return(株主総利回り)。株価上昇と配当を合わせた株主リターン PSUでは、こうした指標を一定期間測定し、達成度によって最終的な報酬を変動させることがあります。 したがって、 PSU = Performance(成果) と考えると理解しやすいでしょう。 6-3. PSUの名称には注意 国内では「Performance Share Unit」をPSUと呼ぶ例が多くみられます。 一方、米国企業のAward Agreement等では「Performance Stock Unit」という名称も使用されています。 さらに、実際の決済方法も株式だけとは限りません。 そのため、「PSU」という略称だけから制度内容や日本の税務上の取扱いを決めるのではなく、実際の契約内容を確認することが重要です。 7. 結局、SO・RS・RSU・PSUのどれが一番優れている? 結論として、「絶対的に一番優れた制度はない」と考えるのが適切でしょう。 会社が何を実現したいかによって適した制度は異なります。 ・スタートアップなどで企業価値の大幅な上昇を目指したい → SO ・経営者に株主と同じ目線を持ってほしい → RS ・優秀な人材に長く会社で働いてほしい → RSU ・経営者・幹部の報酬を業績と強く連動させたい → PSU そして実務では、一つの制度だけに限定する必要もありません。 例えば経営幹部に対して、 RSU:一定期間会社に在籍し、中長期的な企業価値向上に取り組んでもらう PSU:在籍するだけではなく、設定された業績目標も達成してもらう というように複数の制度を組み合わせることもあります。 つまり、「どの制度が最強か」ではなく、「どのような行動を促したいのか」が制度設計を考えうるうえで重要なのです。 8. 外資系企業勤務者は、日本の税務にも注意 ここまでは株式報酬制度そのものについて説明してきました。 実際に外資系企業に勤務し、海外親会社からRSUやSOなどを付与されている方にとっては、もう一つ重要な問題があります。 それが「日本の税金」です。 海外親会社から付与された株式報酬であっても、「海外の会社からもらったものだから、日本では関係ない」とは限りません。 日本の税法上、所得として課税対象となるケースがあります。 実際、「外国親会社等が国内の役員等に供与等をした経済的利益に関する調書」という法定調書が設けられています。 なお、この調書は一定の場合に勤務先である内国法人等が税務署へ提出するもので、株式報酬を受け取った従業員本人が提出する書類ではありません。 8-1. 株式報酬は「名称」だけで税務処理を決めない 税務上、特に注意したいのが、 「RSUだから必ずVest日に給与所得になる」 「PSUだからRSUと同じ処理でよい」 といったように、制度の名称だけから税務処理を決めてしまうことです。 日本では、税制適格ストックオプションや一定の譲渡制限付株式などについて個別の税務ルールがあります。 一方、それ以外のインセンティブ報酬については、付与された権利の内容や権利確定の条件などを踏まえて検討する必要があります。 そのため実務では、 ・Award Agreement(付与契約) ・Grant情報 ・Vesting Schedule ・Vest Date ・Settlement Date ・株式交付日 ・株価 ・売却履歴 ・海外証券会社のStatement などを確認することが重要です。 8-2. 株式を売却した場合は取得価額にも注意 株式報酬では、 「株式等を受け取ったとき」 だけでなく、 「その株式を売却したとき」 についても課税関係を考える必要があります。 例えばRSUによって取得した外国株式を後日売却する場合、 「その株式の取得価額はいくらなのか」 を整理する必要があります。 取得価額を誤ると、株式譲渡益を実際より大きく、または小さく計算してしまう可能性があります。 したがって、 「株式報酬として所得が発生する段階」と「その後に株式を売却する段階」 を分けて考えることが重要です。 【税務の視点】 外資系企業勤務者の確定申告では、海外証券会社の画面やStatementに表示されている数字をそのまま日本の確定申告書へ転記すればよいとは限りません。 「何が給与等として課税済みなのか」 「いつの株価を使用するのか」 「外貨をどのように円換算するのか」 「売却時の取得価額はいくらなのか」 を整理する必要があります。 制度の理解と、日本の税務上の判断は分けて考えることが重要です。 9. SO・RS・RSU・PSUについてよくある質問 9-1. RSUをもらったら必ず確定申告が必要ですか? RSUがGrantされたという事実だけで、すべてのケースについて確定申告が必要とは限りません。 日本の税務上どの時点で所得が生じるのか、勤務先でどのような源泉徴収等が行われているのか、その他の所得の状況などによって判断が変わります。 特に海外親会社から付与されたRSUでは、Award Agreement、Vest履歴、源泉徴収票、海外証券会社の資料等を確認したうえで判断することが重要です。 9-2. RSUを売却した場合にも税金がかかりますか? RSUによって取得した株式をその後売却し、譲渡益が発生した場合には、株式譲渡に関する課税関係も検討する必要があります。 「株式報酬として所得が生じる段階」と「取得した株式を売却する段階」は、分けて考える必要があります。 9-3. RSUで追徴課税につながりやすい申告ミスは? RSUの確定申告では、海外証券会社の資料や源泉徴収票の見方を誤ると、申告漏れや株式譲渡益の計算誤りにつながることがあります。 特に注意したいのは、次のようなケースです。 ・RSUに係る所得を申告していない 「株式をまだ売却していないから税金は発生しない」と考えてしまうケースです。株式報酬に係る所得と、その後の株式売却は分けて考える必要があります。 ・RSUが源泉徴収票に含まれていると思い込んでいる 海外親会社から付与されたRSUが、日本法人の源泉徴収票に含まれているとは限りません。 一方、すでに源泉徴収票に反映されている金額を確定申告でもう一度加算すると二重計上になります。 ・Net Sharesだけで所得を計算している RSUでは、Vestした株式の一部を税金等の支払いのために処分する「Sell to Cover」などが行われる場合があります。 証券口座に最終的に残った株数だけで判断せず、Vestした株数全体とその後の処理を確認する必要があります。 ・外貨の円換算を誤っている 外国株式のRSUでは、ドルなどの外貨建て金額を日本円へ換算する必要があります。 どの日の価額を基準とするかを確認したうえで、適切な為替レートを使用する必要があります。 ・株式売却時の申告や取得価額を誤っている RSUによって取得した株式を売却した場合、その譲渡損益についても確認が必要です。 「無料でもらった株だから取得価額は0円」と考えたり、海外証券会社のCost Basisをそのまま日本の税務上の取得価額として使用したりすると、計算を誤る可能性があります。 RSUについて特に重要なのは、「株式報酬として所得が生じる段階」と「取得した株式を売却する段階」を分けて整理することです。 具体的な課税時期や所得区分は、Award Agreement、Vesting Schedule、Settlement方法、勤務状況などによって異なる場合があります。 → 関連記事 「RSUの確定申告とは?よくある間違い・Vest時の課税・売却時の注意点を税理士が解説」 ※公開後に内部リンクを設定 10. まとめ SO・RS・RSU・PSUは、それぞれ目的が異なります。 SO = Growth(成長) RS = Ownership(株主意識) RSU = Retention(人材定着) PSU = Performance(成果) と整理すると、違いを理解しやすくなります。 一方、実際に株式報酬を受け取る側では、制度の仕組みを理解するだけでなく、日本での税務上の取扱いを確認することも重要です。 特に海外親会社から株式報酬を受け取っている場合は、名称だけで判断せず、Award Agreement、Vesting Schedule、海外証券会社の明細などを確認したうえで整理する必要があります。 11. 外資系企業勤務者のRSU・SO等の確定申告に対応しています アポロ税理士法人では、外資系企業勤務者のRSU・SO等の株式報酬について、海外証券会社の資料や付与内容を確認したうえで、日本での所得税申告に必要な情報を整理し、確定申告をサポートしています。 例えば、 「RSUが日本の源泉徴収票に含まれているのか分からない」 「E*TRADEのどの資料を用意すればよいか分からない」 「VestしたRSUを日本でどのように申告すればよいか分からない」 「RSUを売却したが、取得価額が分からない」 「SO・RSUなど複数の株式報酬を受け取っている」 といった場合には、個別の資料を確認したうえで税務上の取扱いを整理する必要があります。 アポロ税理士法人では、公認会計士・税理士が、株式報酬の制度だけでなく、海外証券会社の資料、日本の所得税、取得後の株式売却まで一連の取引を確認して対応します。 株式報酬を含む確定申告でお困りの場合は、アポロ税理士法人までご相談ください。 監修者 志田 宏樹 公認会計士・税理士・宅地建物取引士 監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。 専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継 [詳しいプロフィールを見る →] 参考資料・出典 ・経済産業省「ストックオプション税制」 ・経済産業省「スタートアップの成長に向けたインセンティブ報酬ガイダンス」 ・国税庁 No.1543「税制非適格ストック・オプションに係る課税関係について」 ・国税庁「外国親会社等が国内の役員等に供与等をした経済的利益に関する調書」 ・国税庁・税務大学校「株式を利用したインセンティブ報酬の収入計上時期に関する一考察」 ・野村證券「株式報酬」 ・三菱電機「コーポレート・ガバナンス」(業績連動型株式報酬〈PSU〉・譲渡制限付株式報酬〈RSU〉) ・Morgan Stanley「Equity Incentive Compensation Plan / Performance Stock Unit Award」 本記事は2026年9月の法令・公表資料等に基づき、株式報酬制度の一般的な仕組みを解説したものです。 実際の税務上の取扱いは、報酬プランの契約内容、居住者・非居住者の区分、勤務期間、権利確定条件、決済方法その他の事実関係によって異なる場合があります。個別案件については、実際の資料を確認したうえで判断する必要があります。

  • 鉄骨造の法定耐用年数とその確認方法

    収益不動産を購入して減価償却費を計算する際、建物の構造は重要な確認事項です。鉄筋コンクリート造、木造、鉄骨造によって、税務上の法定耐用年数が異なります。では、登記事項証明書や売買契約書に「鉄骨造」と記載されている場合、その建物の法定耐用年数は34年と考えて良いのでしょうか?実は、そうとは限りません。 鉄骨造の法定耐用年数は一律ではない 住宅用の鉄骨造(金属造)の建物は、骨格材の肉厚によって法定耐用年数が19年・27年・34年の3つに分かれています。 不動産オーナーが購入時に受け取る売買契約書や重要事項説明書、登記事項証明書には、「鉄骨造」と記載されていても、通常は「鉄骨の厚さ○mm」とまでは書かれていません。 そこで問題になるのが、「自分の所有する建物の鉄骨の厚さは、何を見れば分かるのか?」という点です。本記事では、鉄骨造の法定耐用年数の基本から、建築時にどのような資料が作られるのか、そして実際にどの資料を見れば鉄骨の厚さを確認できるのかまで、不動産オーナー・地主の方にも分かるように解説します。 問題は「鉄骨の厚さをどう確認するのか」 税法上の区分だけを確認すると、「では4mmを超えているか確認すればいいのですね」と思うかもしれません。しかし、ここからが実務上の難しいところです。不動産を購入した際に一般的に目にする書類を確認しても、鉄骨の厚さが直接記載されていないことが多いからです。 例えば、登記事項証明書には「鉄骨造陸屋根3階建」と記載されます。売買契約書や重要事項説明書でも「構造:鉄骨造」といった記載が一般的です。これらの資料から、木造ではなく鉄骨造であることまでは確認できます。しかし、その鉄骨が3mmなのか、4mmなのか、9mmなのかまでは通常分かりません。 実際、当法人で確認した鉄骨造共同住宅の事例でも、売買契約書には「鉄骨造陸屋根3階建」と記載されていましたが、それだけでは骨格材の肉厚を判断することはできませんでした。売買契約書から確認できるのは構造が鉄骨造であることまでです。そこで必要になるのが、建築時に作成された設計図書や構造関係資料です。 建物を建てると、どのような資料が作られるのか 不動産オーナーの方からすると、「建築図面」といわれても、平面図や間取り図くらいしかイメージできないかもしれません。しかし、実際の建築では目的の異なるさまざまな資料が作成されます。大きく分けると、次のように整理すると分かりやすいでしょう。 | 分類 | 主な資料 | 主に確認できる内容 | |------|----------|-------------------| | 行政・確認関係資料 | 建築確認申請書、確認済証、検査済証、建築計画概要書 | 用途、構造、階数、面積、建築確認の状況など | | 意匠図 | 配置図、各階平面図、立面図、断面図、仕上表 | 建物の形、間取り、高さ、外観、仕上げなど | | 構造図 | 基礎伏図、梁伏図、軸組図、構造詳細図、柱・梁リスト | 柱、梁、基礎などの構造部材 | | 構造計算資料 | 構造計算書 | 設計した構造で安全性を確保できるかの計算 | | 施工・竣工関係資料 | 鉄骨製作図、施工図、竣工図など | 実際に施工する、または施工した内容 | このうち、鉄骨の厚さを調べるうえで重要なのは「構造図」と「構造計算資料」、場合によっては施工関係資料です。 国土交通省も、建築士事務所が保存すべき設計図書として、配置図や平面図だけでなく、基礎伏図、各階床伏図、構造詳細図、構造計算書等を挙げています。現在、対象となる設計図書について建築士事務所には15年間の保存義務があります。 ただし、ここで注意したいのは、「建築時に作成される資料」と「現在の建物所有者が持っている資料」は同じではないということです。建築から長期間経過していれば、所有者の変更、相続、売買などの過程で図面が失われていることもあります。また、建築士事務所に保存義務があることと、建物所有者がすべての設計図書を必ず受け取って保管していることも別の問題です。そのため、築年数の古い収益不動産では、必要な構造資料を探す作業そのものが重要になることがあります。 鉄骨の厚さが分かる資料・分からない資料 では、具体的にどの資料を確認すればよいのでしょうか。ここでは「建築資料であれば何でもよい」というわけではないことがポイントです。例えば、建築計画概要書は建物の概要を確認するためには非常に有用です。所在地、用途、構造、階数、建築面積、延べ面積などを確認できます。しかし、通常、柱の肉厚までは記載されていません。 確認済証や建築確認通知書についても同様です。建築確認を受けたことや建物の基本情報を確認する資料であり、一般に鉄骨部材の詳細寸法を調べるための資料ではありません。平面図や通常の断面図も、建物の間取り、柱の位置、階高、建物の高さなどを確認するには有用ですが、鉄骨の肉厚が記載されているとは限りません。 当法人が実際に確認した案件でも、建築確認通知書、建築計画概要書、各階平面図、断面図などを確認しましたが、これらだけでは肉厚を確定できませんでした。建物調査報告書も、建物がS造であることは登記事項証明書と現地調査によって確認していましたが、肉厚を測定・確認した報告書ではありませんでした。 一方、鉄骨の厚さを確認するうえで特に有力なのが、柱リスト・梁リスト・部材リストなどを含む構造図です。ほかにも、構造計算書、鉄骨製作図、竣工時の構造図などから部材寸法を確認できる場合があります。要するに、探すべきなのは「鉄骨造と書いてある資料」ではありません。実際にどの規格・寸法の柱や梁を使用しているかが書かれた資料を探す必要があります。 実例:構造図から鉄骨の厚さを確認してみる ここからは、当法人で実際に確認した事例をもとに説明します。物件名などは伏せていますが、築年数が相当経過した3階建ての鉄骨造共同住宅について、減価償却の前提となる法定耐用年数を確認する必要がありました。売買契約書や重要事項説明書を確認すると、構造は「鉄骨造」とされています。しかし、それだけでは肉厚は分からず建築時の資料を確認していきました。 建築確認通知書、建築計画概要書、平面図、断面図、設計詳細図も残っていましたが、これらの資料を見ただけでは「骨格材が4mmを超えている」という直接的な根拠にはなりませんでした。そして構造関係資料(今回は「基礎リスト」という名称でした…)を確認したところ、「柱リスト」「大梁リスト」が含まれており、次のような記載がありました。 C1 □-250×250×9.0 初めて見る方には暗号のように見えるかもしれません。しかし、構造図ではこのような表記で使用する鉄骨部材を示します。「□」は角形鋼管(かくけいこうかん)を表し、250mm × 250mmの角形鋼管で、肉厚が9.0mmということを示しています。今回の資料では、柱について肉厚9.0mmであることが図面上確認できたわけです。 さらに、大梁リストには、H-350×175×7×11といった記載もありました。H形鋼(えいちがたこう)では、一般的に、「350」が高さ、「175」が幅、「7」がウェブの厚さ、「11」がフランジの厚さを示します。つまり、この部材についてはウェブ厚7mm、フランジ厚11mmです。柱も主要な梁も4mmを超える寸法が、当時の構造資料から具体的に確認できました。このような資料が残っていれば、「鉄骨造だから何となく34年」ではなく、「当時の構造図に記載された柱・梁の部材寸法を確認したうえで、骨格材の肉厚4mm超の区分を検討した」という説明ができます。 税務上の判断では、この「なぜその耐用年数を採用したのか」という根拠を残しておくことが重要です。 構造計算書と構造図は何が違う? 鉄骨の厚さを調べていると、「構造計算書」という言葉もよく出てきます。構造図と構造計算書は、似た資料のように感じますが役割が違います。分かりやすくいえば、構造図は「何を使って建てるか」を示す資料、構造計算書は「その構造で安全か」を計算によって確認する資料です。 例えば構造図には、「この位置の柱はC1」「C1は□-250×250×9.0」といった形で、建物のどこにどの部材を使うかが示されます。一方、構造計算では建物にかかる荷重や地震時の力などを計算し、その柱や梁で必要な安全性を満たせるかを確認します。鉄骨造についても、建物の規模や高さなどに応じて構造計算の方法が定められています。 ただし、「新築建物なら、所有者が必ず構造計算書一式を持っている」と考えるのは適切ではありません。そもそも必要となる構造計算の内容は建物の構造・規模等によって異なります。また、設計時に構造計算資料が作成されていても、その建物が売買を繰り返す中で現在の所有者まで資料が引き継がれていないことがあります。そのため、鉄骨の厚さだけを確認したいのであれば、最初から何百ページにもなることがある構造計算書を探すより、柱リスト・梁リスト・部材表などの構造図を先に確認する方が効率的です。 構造計算書が残っていれば有力な確認資料ですが、「構造計算書がなければ肉厚を確認できない」というわけではありません。今回の実例でも、肉厚を判断する決め手になったのは柱・梁リストでした。 柱リストや構造図が見つからない場合はどうする? 築年数が経過した収益不動産では、今回の事例のように建築時の構造資料が一式残っているとは限りません。その場合には、現在手元にある資料だけで結論を出す前に、建築時の資料がほかに残っていないか確認する価値があります。 まず考えられるのは、売主や旧所有者への確認です。不動産売買の際に渡されたファイルの中に、確認申請書の副本、竣工図、構造図などが一式保管されているケースがあります。購入時には重要性が分からず、単なる古い図面として扱われていることもあります。 次に、当時の設計事務所や施工会社が分かるのであれば、資料が残っていないか問い合わせる方法があります。現在の制度では、建築士事務所には一定の設計図書について15年間の保存義務があります。したがって比較的新しい建物であれば、設計事務所側に資料が残っている可能性があります。 一方、築30年、40年と経過した建物では、設計事務所がすでに存在しない、保存期間を大幅に経過しているといったことも珍しくありません。行政が保有している建築計画概要書などを確認する方法もありますが、前述したとおり、建築計画概要書だけで肉厚まで分かるとは限りません。 それでも客観資料が見つからず、税額への影響が大きい場合には、建築士や構造の専門家に相談し、現況の部材を確認できないか検討する方法も考えられます。確認できる範囲で客観的な根拠を探し、それでも判断できない場合には、その状況を踏まえて税務上どのように取り扱うかを検討する必要があります。 税務上は「鉄骨造」という記載だけで判断しない 不動産の確定申告では、売買契約書、登記事項証明書、固定資産税評価証明書などの資料をもとに減価償却計算を行うことが一般的です。しかし、鉄骨造についてはもう一段確認する余地があります。なぜなら、税法上の耐用年数表そのものが「鉄骨造」という一種類ではなく、骨格材の肉厚によって区分しているからです。 したがって、「登記簿に鉄骨造と書いてあるから34年」という判断だけでは、耐用年数表の区分をどのように確認したのかという説明が不足する可能性があります。特に収益不動産は取得価額が大きくなりやすく、法定耐用年数の判断がその後の減価償却計算に影響します。 一方で、税理士が建築士と同じレベルで構造設計を判断する必要があるわけではありません。税務実務として重要なのは、法定耐用年数の判断に必要な事実を、どの資料から確認したのかを明確にすることです。今回の事例であれば、申告資料と一緒に、「構造図の柱リストにC1=□-250×250×9.0との記載あり」といったメモと該当図面を残しておけば、数年後に見直した場合でも、なぜその判断をしたのか確認できます。 税務調査があった場合にも、「鉄骨造だからそうしました」ではなく、判断の基礎となった資料を示すことができます。 不動産税務では、税率や計算式を知っているだけでなく、その計算の前提となる不動産の実態や資料を確認することが重要です。 購入時にもらった建築資料はできるだけ保存しておく 今回の事例から、不動産オーナーの方にぜひお伝えしたいことがあります。不動産購入時に受け取った古い建築資料は、内容が分からなくてもすぐに処分しない方がよいということです。建築確認関係の書類、平面図、断面図、構造図、構造計算資料、工事請負契約書、修繕工事の資料などは、取得時点では使い道が分からないかもしれません。 しかし、将来、減価償却の確認、大規模修繕、耐震性の確認、増改築、売却時の買主への説明などで必要になる可能性があります。特に築年数の古い物件では、後から同じ資料を再取得できるとは限りません。今回の事例でも、昭和時代の建築当初の構造関係資料が残っていたからこそ、数十年後になってから鉄骨の具体的な肉厚を確認することができました。 建築資料は、単なる「昔の図面」ではなく、その建物がどのように作られたのかを証明する履歴書のようなものと考えておくとよいでしょう。 まとめ 鉄骨造の法定耐用年数は、一律ではありません。住宅用の金属造では、骨格材の肉厚により19年・27年・34年に区分されています。しかし、登記事項証明書や売買契約書に「鉄骨造」と書かれていても、通常、それだけでは肉厚までは分かりません。その場合には、建築時の資料の中から、柱リスト、梁リスト、部材表、構造図、構造計算書、鉄骨製作図などを確認することが重要です。 今回当法人で確認した事例でも、建築確認通知書や平面図では肉厚が分からず、最終的には構造関係資料に含まれていた柱リストから、柱の肉厚を確認することができました。ポイントは、特定の名称の書類を探すことではありません。「実際に使われている柱や梁の部材寸法が記載された資料はどれか」という視点で建築資料を確認することです。 不動産の減価償却では、計算方法だけではなく、その計算の前提となる建物の構造や取得内容を正しく把握することが欠かせません。アポロ税理士法人では、不動産の売買契約書や精算書だけでなく、必要に応じて建築資料や融資資料なども確認しながら、不動産取得後の税務処理を検討しています。 「所有している鉄骨造物件の法定耐用年数が適切か分からない」「購入した不動産の減価償却について確認したい」といった場合には、建物に関する資料一式をご用意のうえ、税理士へ相談することをおすすめします。不動産取得時の税務全体を確認したい方は、「不動産投資・賃貸経営に関する税務の基本」もあわせてご確認ください。 参考資料 国税庁|耐用年数(建物/建物附属設備) 国土交通省|建築士事務所の図書保存制度 国土交通省|鉄骨造等の構造規制

  • 「うるさい土地」は相続税評価を下げられる?騒音による10%評価減を実務目線で解説

    相続した土地が、線路沿いや大きな道路沿いにあって、窓をあけて生活することが難しい… 「駅に近いから便利」と見られることもありますが、実際に住むとなると話は別です。 こうした土地は、見た目の面積や路線価だけでは、本当の使いにくさが反映されていないことがあります。 静かな住宅地の土地と、電車音が響く土地。 同じ面積、同じ路線価でも、買う側の感じ方は違いますよね。 この「使いにくさ」を、相続税評価に反映できる場合があるのです。 不動産を含む相続税評価の全体像については、「相続の基本と全体像」をご確認ください。 目次 騒音による10%評価減とは 相続税の土地評価は、原則として財産評価基本通達に基づいて行います。 市街地にある宅地は、路線価方式で評価するのが基本です。路線価方式とは、その土地が面している道路に付された路線価を基に、奥行や形状などを調整して評価する方法です。 ただし、土地の価値は、面積や道路付けだけで決まるわけではありません。 たとえば、次のような土地です。 ・電車や車の音が大きい ・日当たりが悪い ・近くに臭いの原因となる施設がある ・心理的に買い手が敬遠しやすい事情がある こうした理由で、買い手が「普通の土地より安くないと買いにくい」と感じる土地があります。 簡単にいうと、 「その土地を使ううえで不便・不快な事情があり、買う人が価格を低く見積もりやすい土地」 が評価減の対象になる可能性があります。 10%評価減は「土地全体の10%」とは限らない ここで誤解しやすいのが、10%評価減の計算方法です。 この取扱いは、土地全体を必ず10%下げるという意味ではありません。 正確には、利用価値が低下していると認められる部分の価額について、その10%を控除するという考え方です。 計算式で表すと、次のようになります。 減額できる金額= 利用価値が低下している部分の評価額 × 10% 評価後の土地の価額= 通常どおり評価した土地の価額 − 減額できる金額 たとえば、土地全体の評価額が5,000万円で、土地全体が騒音の影響を受けている場合は、次のように計算します。 5,000万円 × 10% = 500万円 この場合、評価後の土地の価額は、 5,000万円 − 500万円 = 4,500万円 となります。 一方で、土地全体のうち半分だけが騒音の影響を受けている場合は、その半分に対応する価額だけが10%減額の対象です。 土地全体の評価額が5,000万円で、影響を受ける部分が2分の1であれば、 5,000万円 × 1/2 = 2,500万円 2,500万円 × 10% = 250万円 となり、評価後の土地の価額は、 5,000万円 − 250万円 = 4,750万円 となります。 つまり、土地全体が騒音の影響を受けていれば、結果的に土地全体の10%減になります。しかし、一部だけが影響を受けている場合は、その部分に限って10%を計算します。 実務では、「どこまでが騒音の影響を受けている部分なのか」を図面や測定地点、線路・道路からの距離などで説明することが重要です。 騒音減額には「3つの壁」がある 騒音による10%評価減を検討するときは、次の3つの壁があります。 1つ目の壁:本当に相当程度の騒音があるか まず確認すべきなのは、実際にどの程度の騒音が発生しているかです。 「なんとなくうるさい」 「住んでいて不快に感じる」 という感覚だけでは、評価減の説明としては十分ではありません。 実務上は、騒音計による測定結果、測定日時、測定地点、天候、電車や車の通過本数などを整理します。 騒音の大きさを説明するときには、環境省の「騒音に係る環境基準」が参考にされることがあります。 たとえば、主として住居の用に供される地域では、昼間55デシベル以下、夜間45デシベル以下とされています。また、相当数の住居と併せて商業・工業等に供される地域では、昼間60デシベル以下、夜間50デシベル以下とされています。 ただし、この環境基準は、鉄道騒音にそのまま適用されるものではありません。環境省の基準でも、航空機騒音、鉄道騒音、建設作業騒音には適用しないとされています。 つまり、鉄道沿線の土地について、「環境基準を超えているから、直ちに10%評価減できる」 と判断することはできません。 もっとも、騒音測定の結果に意味がないわけではありません。 単に「うるさい土地です」と説明するよりも、 「列車通過時に〇〇デシベル程度の騒音が測定されました」 「一定の時間帯に、繰り返し大きな騒音が発生しています」 と整理した方が、土地の使いにくさは伝わりやすくなります。 環境基準は、鉄道騒音の直接の判定基準ではありませんが、騒音の大きさを客観的に説明するための参考材料にはなります。 2つ目の壁:その騒音が取引価格に影響するか 次に、その騒音が土地の取引価格に影響するといえるかを検討します。 住宅地であれば、静かに暮らせるかどうかは大きな価値です。 一方で、商業地では、駅に近いことや人通りの多さが重視されることもあります。 同じ線路沿いでも、住宅地と商業地では判断が変わります。 ここは非常に大事です。「うるさい土地」だからすぐ評価減、ではありません。 その騒音によって、 買い手が価格を下げて考えるか。 土地の使い方に制約が出るか。 防音対策費用や建物配置への影響があるか。 こうした点を説明する必要があります。 3つ目の壁:路線価にすでに織り込まれていないか 騒音減額で最も見落とされやすいのが、この点です。 国税庁の取扱いでは、路線価や固定資産税評価額などが、すでに利用価値の低下を考慮して付されている場合には、さらにしんしゃくしないとされています。 つまり、騒音の影響がすでに路線価に反映されていれば、追加で10%評価減することはできません。 ただ、この判断はかなり難しいです。 路線価図を見ただけで、騒音や振動が どこまで織り込まれているかを明確に判断できるわけではないからです。 実務上は、 「路線価に反映されているかを断定する」 というより、 「反映されている可能性が高いか、低いか」 を複数の資料から推定します。 路線価に騒音が反映されているかは、どう判断するのか? 実務上は、次のような資料を見ながら、反映されている可能性が高いかどうかを総合的に判断します。 ・線路沿いと線路から離れた土地の路線価に差があるか ・評価に使う正面路線が、線路沿いの事情を反映している路線か ・近隣の標準地や路線価の根拠で騒音が考慮されているか ・固定資産税評価で鉄道騒音補正などが入っているか ・周辺の売買事例で、線路沿いの土地が低く取引されているか ・不動産業者の意見として、騒音による価格低下が確認できるか たとえば、線路沿いの土地も、線路から離れた土地も同じ路線価で評価されている場合があります。 このような場合、 「線路沿いの騒音や振動が、この路線価に本当に反映されているのか」 という疑問が出てきます。 また、対象地そのものは線路沿いにあるのに、評価に使う正面路線が線路から離れた道路に付された路線価である場合もあります。 この場合も、その路線価が線路沿いの騒音を十分に反映しているのか、慎重に確認する必要があります。 一方で、線路沿いの路線価だけが周辺より明らかに低い場合は、騒音や振動などの住環境の悪さが、すでに価格に反映されている可能性があります。 ただし、ここで注意したいのは、路線価図だけで結論を出せるわけではないという点です。 路線価の差は、騒音だけで決まるものではありません。駅からの距離、道路幅員、容積率、商業性、地形、周辺環境など、さまざまな要因が影響します。 そのため、路線価図から分かるのは、あくまで 「騒音が反映されていないかもしれない」 「すでに反映されているかもしれない」 という検討の入口です。 最終的には、現地の状況、固定資産税評価、売買事例、騒音測定結果、必要に応じた税務当局への確認などを組み合わせて、合理的に説明できるかを検討する必要があります。 この判断は専門的で、納税者の方がご自身だけで結論を出すのは難しい部分です。 裁決・判決から見る「騒音減額」の判断ポイント 次に騒音による減額が争点となった事例をみていきましょう。 事例 結論 路線価への反映 騒音の客観資料 取引価格への影響 土地の用途・地域性 ポイント 平成15年11月4日裁決 認められた 路線価に騒音・振動が反映されていないと判断 鉄道沿線20m以内で一定の指針を超える騒音 分譲価額に10%超の開差がある取引事例あり 主に住宅地としての利用が想定される土地 騒音・路線価・取引事例を組み合わせて説明できた 令和2年6月2日公表裁決 認められた 路線価に騒音要因が反映されていないと判断 合理的な方法による騒音測定結果あり 固定資産税評価で鉄道騒音補正あり 第二種住居地域。貸コンテナ利用の土地 騒音測定に加え、自治体の固定資産税評価も材料になった 令和3年5月26日裁決 認められなかった 路線価に鉄道騒音の影響が考慮されていると判断 一定の騒音は認められるが、決定打にならず 付近の宅地と比べて著しく取引価格に影響する事情までは認められず 鉄道近隣の複数土地 騒音が地域共通の事情で、路線価に織り込み済みと見られた 令和5年4月21日東京地裁判決 認められなかった 主な争点は商業地での利用価値低下 最大77.2デシベルの測定値あり 商業地の利用価値を著しく低下させるとは認められず 商業地域にある商業地 住宅地と商業地では、騒音が価格に与える意味が違う この表から分かるとおり、騒音減額で大切なのは、デシベルの数値だけではありません。 裁決・判決から見ると、特に次の3点に注意が必要です。 注意点1:路線価との関係が最も重要 裁決・判決を見ると、騒音減額では「路線価にすでに反映されているか」が大きな判断材料になっています。 騒音や振動が地域全体に共通する事情として路線価に織り込まれている場合、追加で10%評価減することは難しくなります。 一方で、評価に使う路線価に騒音の影響が十分反映されていないと説明できる場合は、評価減を検討する余地があります。 注意点2:住宅地と商業地では、騒音の意味が違う 同じ騒音でも、住宅地と商業地では評価が変わります。 住宅地では、静かに暮らせるかどうかが土地の価値に大きく影響します。そのため、線路沿いや幹線道路沿いの騒音は、取引価格を下げる要因になりやすいです。 一方で、商業地では、駅に近いこと、人通りが多いこと、交通量があることが、事業用地としてプラスに評価される場合もあります。 つまり、騒音による評価減は、土地の用途や地域性を無視して判断できません。 「うるさい土地だから減額できる」ではなく、「その騒音が、その土地の使い方に照らして価格を下げる要因になるか」を考える必要があります。 注意点3:複数の資料を組み合わせて判断する 裁決・判決を見ても、騒音測定だけで結論が決まるわけではありません。 騒音の程度、路線価への反映、固定資産税評価、売買事例、土地の用途などを組み合わせて、相続開始日時点の土地価格にどのような影響があったかを整理することが重要です。 騒音減額を検討するときの資料チェックリスト 騒音による相続税評価減を検討する場合、次の資料を準備します。 ・騒音測定結果 ・測定日時、天候、測定地点の記録 ・使用した騒音計の情報 ・電車や車の通過本数、時刻表 ・線路や道路からの距離が分かる図面 ・現地写真、動画 ・建物配置や利用制限が分かる資料 ・相続開始日時点の土地の利用状況 ・周辺路線価との比較表 ・固定資産税評価で騒音補正があるかの確認 ・近隣売買事例 ・不動産業者へのヒアリング結果 特に重要なのは、相続開始日時点の状況です。 相続後に防音壁が設置された。 列車本数が変わった。 道路交通量が変わった。 周辺の土地利用が変わった。 こうした変化がある場合、現在の状況だけを見ても正しい判断ができません。 相続税評価は、あくまで相続開始時点の現況で判断するからです。 相続税還付につながる可能性もある すでに相続税申告を終えている場合でも、土地評価を見直すことで相続税還付につながる可能性があります。 たとえば、次のようなケースです。 ・線路沿いの土地を路線価どおりに評価していた ・騒音減額を検討していなかった ・固定資産税評価で騒音補正があるのに確認していなかった ・幹線道路沿いの騒音や振動を考慮していなかった ・複数の土地を一括で機械的に評価していた ただし、還付を前提にしすぎるのは危険です。 騒音減額は、資料と説明力が必要な論点です。 「騒音があります」という説明だけでは、評価減の根拠としては不十分です。 実務上は、現地調査と資料整理をしたうえで、減額の可能性があるかを慎重に判断します。 まとめ 線路沿いや幹線道路沿いの土地は、騒音により相続税評価を10%減額できる可能性があります。 ただし、騒音があれば自動的に認められるわけではありません。 大切なのは、次の3つです。 ・相当程度の騒音があること ・その騒音が取引価格に影響していること ・その影響が路線価にすでに織り込まれていないこと そして、この3つ目の判断が特に難しいところです。 路線価に騒音が反映されているかどうかは、路線価図だけで簡単に分かるものではありません。現地の状況、路線価の比較、固定資産税評価、売買事例、騒音測定結果などを組み合わせて、総合的に判断する必要があります。 土地評価は、机の上だけでは分かりません。 現地に立つと、数字では見えなかった不便さが見えてきます。 電車の音。 道路の振動。 窓を開けにくい暮らし。 買い手が感じる抵抗感。 それらを、合理的に説明できる形で整理できるか。 ここが、相続税の土地評価で差が出るポイントです。 地主の方が複数の土地を承継する場合の考え方は、「地主の相続はなぜもめやすい?」でも整理しています。 線路沿い・幹線道路沿いの土地を相続した方で、 「この土地評価は本当に適正なのか」 「騒音による評価減を検討できないか」 と感じている場合は、早めに専門家へご相談ください。 騒音による評価減は、現地調査、騒音測定、路線価の検討、固定資産税評価の確認、裁決・判決との照合が必要です。 相続税申告前の方はもちろん、すでに申告済みで相続税還付の可能性を確認したい方も、個別事情に応じた土地評価の見直しをおすすめします。 監修者 志田 宏樹 公認会計士・税理士・宅地建物取引士 監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。 専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継 [詳しいプロフィールを見る →]

  • 不動産投資を始める前に知っておきたい基礎知識と判断基準

    目次 1.不動産投資を始める前に自分の準備状況を確認する 2.不動産投資の仕組みを理解し、自分の投資方針を決める 3.購入候補の収益性・融資・物件リスクを検証する 4.税引後の手残りと購入前の失敗リスクを確認する 5.購入または見送りを判断する 6.不動産投資についてよくある質問 7.まとめ|不動産投資は数字を検証してから買う 「高利回りの物件を紹介された」 「節税になると勧められた」 「金融機関から融資を受けられると言われた」 このようなきっかけで、不動産投資を検討し始める方は少なくありません。 しかし、本当に重要なのは、その物件を「買えるか」ではありません。 購入後も無理なく保有でき、最終的な売却まで含めて利益が残る「買ってよい物件か」を判断することです。 表面利回りが高くても、空室、修繕費、借入返済を考慮すると、手元にほとんどお金が残らない物件があります。 金融機関から融資を受けられても、家賃の下落や金利の上昇によって、返済が苦しくなる可能性もあります。 不動産投資は、物件を購入して終わるものではありません。 入居者募集、建物管理、修繕、借入返済、納税、そして最終的な売却まで続く、長期の賃貸経営です。 この記事では、不動産投資を始める前に知っておきたい基礎知識と、物件を購入してよいか判断するための基準を、税務・財務・融資の実務目線から解説します。 1.不動産投資を始める前に自分の準備状況を確認する 不動産投資は、すべての方に適した資産運用ではありません。 年収や金融資産が多くても、投資目的や資金計画が曖昧であれば、購入を急がない方がよい場合があります。 また、本業を持ちながら不動産投資を行う場合は、すべてを自分で管理するのではなく、管理会社や専門家へ任せる範囲を決めることも重要です。 まずは物件を探す前に、自分が不動産投資を始められる状態かを確認しましょう。 1-1.始める準備ができている人 次の項目に当てはまる方は、具体的な物件検討へ進みやすい状態です。 ・投資目的と予定する保有期間が明確である ・生活資金とは別に自己資金を確保している ・購入前に売却方法まで検討している ・営業担当者の資料を自分でも検証できる ・税金だけでなく、実際の現金収支を確認している ・判断基準と予算を決め、一定の範囲を管理会社へ任せられる ・条件が合わなければ購入を見送れる 特に重要なのは、「物件を買うこと」を目的にしないことです。 紹介された物件が自分の投資目的に合わなければ、購入しないことも適切な投資判断です。 1-2.いったん見送った方がよい人 次のような状態であれば、物件探しを始める前に、資金計画や管理体制を整理した方がよいでしょう。 ・短期間で容易に大きな利益を得られると考えている ・預貯金の大部分を購入資金として使ってしまう ・「融資が出るから」という理由だけで購入しようとしている ・恒常的な赤字を給与収入で補う前提になっている ・数年以内に住宅購入や教育費などの資金需要がある ・空室、修繕、入居者対応などの変動を過度に気にしてしまう ・管理会社や専門家へ一定の判断を任せることが難しい 不動産投資では、十分な自己資金を用意することが重要です。 しかし、資金があれば誰にでも向いているわけではありません。 賃貸経営では、空室、設備故障、原状回復工事、入居者からの要望などが継続的に発生します。 すべての判断へ細かく関与すると、管理会社との意思決定が進まず、原状回復工事や入居者募集の開始が遅れることがあります。その結果、かえって空室期間が長くなる可能性もあります。 自主管理を事業として行う場合は、自ら細部まで関与する方法もあります。 一方、本業を持ちながら資産形成を目的として不動産投資を行う場合は、判断基準と予算をあらかじめ決め、一定の範囲を管理会社や専門家へ任せることが重要です。 物件の状況が常に気になり、本業や日常生活に支障が出る場合は、不動産投資の目的や管理方法を改めて整理した方がよいでしょう。 また、不動産は、必要になったときにすぐ売却できるとは限りません。 購入時には、頭金や購入諸費用だけでなく、購入後に残る手元資金と、誰にどこまで管理を任せるかも確認しておきましょう。 2.不動産投資の仕組みを理解し、自分の投資方針を決める 物件情報を集める前に、不動産投資でお金が増減する仕組みと、自分が何を目的に投資するのかを整理します。 投資目的が曖昧なまま物件を見始めると、紹介された物件に合わせて判断基準を変えてしまいやすくなります。 2-1.不動産投資の手残りを決める3つの仕組み ①家賃収入から得られる手残り 家賃や共益費から、管理費、固定資産税、保険料、修繕費、借入返済、税金などを差し引いた金額が、保有中の手残りです。 年間家賃収入が多くても、支出や返済額が大きければ、手元に残るお金は少なくなります。 確認すべきなのは、満室時の家賃ではなく、借入返済と税金を差し引いた後の税引後キャッシュフローです。 税引後の手残りを考えるうえで、所得税・減価償却・売却時課税の理解は重要です。「不動産投資・賃貸経営に関する税務の基本」で全体像を整理しています。 ②損益通算による税負担の軽減 個人が不動産を所有する場合、不動産所得の赤字を、一定の範囲で給与所得や事業所得などから差し引けることがあります。 これを損益通算といいます。 減価償却費は必要経費になりますが、その年に同額の現金が出ていくわけではありません。 そのため、減価償却費によって不動産所得が赤字になり、損益通算によって所得税や住民税が減れば、税引後の手残りが増える場合があります。 ただし、不動産所得の赤字がすべて損益通算できるわけではありません。土地等を取得するための借入金利息に相当する部分などには制限があります。 また、税金が減ったことと、物件自体が利益を生んでいることは別です。 中古物件では減価償却が損益通算や税引後キャッシュフローに影響します。詳しくは、「不動産投資の減価償却とは?」で解説しています。 ③売却によって確定する利益または損失 不動産投資の最終的な結果は、物件を売却したときに確定します。 売却後の手残りは、おおむね次のように計算します。 売却価格-売却時の借入残高-売却費用-売却に伴う税金 保有中に家賃収入を得ていても、売却価格が大きく下がれば、投資全体では損失になることがあります。 また、借入残高と税務上の取得費は異なります。 建物の取得費は、所有期間中の減価償却費相当額を差し引いて計算するため、購入価格より安く売却しても、譲渡所得が生じる場合があります。 2-2.投資全体の結果は税引後の手残りで判断する 不動産投資では、税務上の所得と実際の現金収支が一致しません。 減価償却費は必要経費ですが、当年の現金支出ではありません。 一方、借入元金の返済は現金支出ですが、原則として必要経費にはなりません。 投資全体の結果は、次の式で考えます。 保有中の税引後キャッシュフロー+売却後の手残り-購入時に投入した自己資金 家賃収入や節税額だけを見るのではなく、購入から売却までを通じて、最終的にいくら手元に残るかを確認しましょう。 2-3.物件を探す前に決めておく4つのこと ①投資目的 不動産投資の目的には、例えば次のようなものがあります。 ・毎月の副収入を得たい ・老後の収入源をつくりたい ・相続や事業承継に備えたい ・損益通算を活用したい 目的が違えば、選ぶべき物件、融資条件、保有方法も変わります。 ②投資期間 短期間で売却するのか、長期保有するのかを決めます。 短期売却では市場動向や売却時の諸費用、税金が重要な要素であり、長期保有では修繕、賃貸需要、家賃下落が重要な要素になります。 ③使用できる自己資金 自己資金は、購入に使う資金と、購入後に残す予備資金に分けます。 頭金を多く入れすぎて、空室や修繕へ対応できなくならないように注意しましょう。 ④許容できる損失 家賃が10%下がった場合、金利が1%上昇した場合、大規模修繕が発生した場合でも、保有を続けられるかを考えます。 許容できる損失を先に決めておけば、営業担当者の提案に流されにくくなります。 2-4.不動産投資の種類と特徴 不動産投資は物件種別ごとに収益構造とリスクの性質が大きく異なります。代表的な投資対象を整理すると、次のようになります。 物件種別 主な特徴 注意点 区分マンション 投資金額を抑えやすく、都市部の物件では、比較的売却先を見つけやすい場合がある 管理費・修繕積立金の上昇や、空室時の収益ゼロリスクがある 一棟マンション・アパート 複数戸により空室リスクを分散でき、収益規模を拡大しやすい 外壁・屋根・共用部など建物全体の修繕負担が大きい 戸建賃貸 長期入居になりやすく、実需層への売却も検討できる 退去時は収入がゼロになり、次の入居付けに時間がかかる場合がある 駐車場・土地活用 建物を持たないため修繕リスクが小さい 稼働率の変動や固定資産税負担、用途転換の制約を受けやすい 不動産投資は「区分だから安全」「一棟だから有利」といった単純な構造ではありません。 それぞれの物件は、収益の安定性・レバレッジ効果・修繕負担・出口戦略の取りやすさが異なります。 そのため、物件種別で優劣を決めるのではなく、物件価格、家賃水準、管理コスト、修繕計画、融資条件、そして将来の売却可能性を総合的に比較することが重要です。 区分マンションと一棟物件の違いを具体的に比較したい方は、「区分マンションと一棟物件どちらがよい?」をご覧ください。 3.購入候補の収益性・融資・物件リスクを検証する 購入候補が見つかったら、通常時の収支だけでなく、融資条件、建物や契約のリスク、売却可能性を確認します。 最後に条件を悪化させたストレステストを行い、物件を「買ってよいか」を判断します。 3-1.収益性と返済能力を確認する7つの数字 以下の架空物件を例に確認します。 項目 金額・条件 物件価格 6,000万円 購入諸費用 450万円 満室時年間家賃 600万円 空室・滞納による減収 36万円 年間運営費 150万円 借入金額 4,800万円 金利 年2% 融資期間 25年 年間返済額 約244万円 購入判断では、最低限、次の7つの数字を確認します。 指標 計算・意味 モデルケース 購入総額 物件価格+購入諸費用 6,450万円 表面利回り 満室時家賃÷物件価格 10% NOI 家賃収入-空室損失-運営費 414万円 実質利回り NOI÷購入総額 約6.4% 税引前キャッシュフロー NOI-年間返済額 約170万円 DSCR NOI÷年間返済額 約1.70倍 損益分岐入居率 運営費と返済を賄うために必要な入居率 (年間運営費+年間借入返済額)÷満室時年間家賃×100 約65.7% (注)この損益分岐入居率は、運営費の固定費と変動費を簡略化した計算です。実際の判断では、物件ごとの費用構造を反映して計算します。 表面利回りは、物件を比較する入口にすぎません。 空室、運営費、購入諸費用、借入返済を反映すると、実際の収益性は大きく下がることがあります。 また、DSCRなどの計算方法や判断基準は、金融機関や投資家によって異なります。 一つの数字だけで判断せず、複数の指標を組み合わせましょう。 3-2.金融機関の審査視点と融資条件の確認ポイント 金融機関は、投資家本人の返済能力と、物件の収益性・担保価値の両方を確認します。 投資家について確認される主な項目 ・年収や事業所得 ・勤務先、役職、勤続年数 ・経営する会社の業績 ・金融資産と既存借入 ・過去の返済実績 ・不動産投資の経験 ・購入後に残る自己資金 物件について確認される主な項目 ・現在の家賃収入と空室率 ・周辺の賃料相場 ・運営費と修繕費 ・土地・建物の担保評価 ・構造、築年数、法定耐用年数 ・接道、用途地域、法令上の問題 ・売却時の流動性 同じ物件でも、金融機関によって融資金額、金利、期間、必要な自己資金が異なります。 ただし、融資が承認されたからといって、その物件の安全性が保証されたわけではありません。 「借りられる金額」と「無理なく返せる金額」は別です。 融資条件は、金利だけでなく、融資期間、自己資金、返済方法、手数料、繰上返済条件、共同担保の有無を含めて比較しましょう。 3-3.数字だけでは分からない物件選びの7つの確認項目 確認項目 主な確認内容 ①賃貸需要 通勤・通学、雇用、世帯構成、競合物件、将来人口 ②価格・賃料相場 実際の取引価格、成約賃料、周辺物件との違い ③建物状態 外壁、防水、給排水、設備、修繕履歴、今後の工事 ④入居者・契約 入居期間、現行賃料、滞納、特殊条件、相場との差 ⑤管理会社の運営体制 募集方法、空室対策、滞納対応、修繕費、報告体制 ⑥法令・災害 接道、再建築、用途地域、越境、未登記、災害リスク ⑦売却可能性 将来の買い手、融資のつきやすさ、実需・土地の価値 売出価格や募集賃料だけでなく、実際の取引価格や成約状況を確認することが重要です。 国土交通省の不動産情報ライブラリでは、取引価格、地価、防災情報、都市計画情報などを確認できます。ただし、個々の物件条件によって価格は変わるため、データだけで購入価格を決めることはできません。 また、管理手数料の安さだけで管理会社を選ぶべきではありません。 空室期間が長い、修繕費が割高、報告が遅いといった問題があれば、最終的な手残りは少なくなります。 3-4.出口戦略は購入前に決める 出口戦略とは、将来、誰に、どのような状態で物件を売却するかという計画です。 主な売却方法は次の3つです。 ・入居者がいる状態で収益物件として売却する ・空室にして自宅用の物件として売却する ・建物を解体して更地として売却する どの方法が適切かは、家賃収入、土地・建物の価値、入居状況、解体費用によって変わります。 長期保有を予定していても、将来の買い手と想定売却価格は購入前に確認しておきましょう。 3-5.購入前に行いたいストレステスト ストレス条件 確認する内容 入居率が10ポイント低下 家賃収入が減っても返済できるか 家賃が10%下落 入替え後の賃料下落に耐えられるか 借入金利が1%上昇 返済額の増加に対応できるか 大規模修繕が発生 手元資金だけで支払えるか 売却価格が下落 借入金を完済して売却できるか 一つずつ試すだけでなく、家賃下落、空室増加、金利上昇が同時に起きた場合も確認します。 次の状態になる場合は、融資条件や購入価格を見直す必要があります。 ・年間キャッシュフローが大幅な赤字になる ・DSCRが1倍を下回る ・納税資金や修繕資金を確保できない ・生活資金から継続的に補填する必要がある ・売却しても借入金が残る 「通常時にいくら利益が出るか」よりも、「悪条件でどこまで耐えられるか」が重要です。 4.税引後の手残りと購入前の失敗リスクを確認する 4-1.不動産投資で知っておきたい税務・会計の5つの基礎 ①不動産所得とキャッシュフローは異なる 減価償却費は、現金支出を伴わない必要経費です。一方、借入元金の返済は現金支出を伴いますが、必要経費にはなりません。 そのため、税務上の所得と実際のキャッシュフローは一致しません。 不動産所得の黒字にとらわれすぎず、借入返済と税金を差し引いた後、手元に現金が残るかを確認しましょう。 ②土地と建物の価格区分が税額に影響する 土地は減価償却できませんが、建物は減価償却の対象です。 そのため、土地と建物の取得価額の区分は、保有中の減価償却費や、売却時の譲渡所得に影響します。 売買契約書に記載された区分をそのまま使用できるか、算定方法に合理的な根拠があるかを購入前に確認しましょう。 ③損益通算には制限がある 不動産所得の赤字は、一定の範囲で給与所得などと損益通算できます。 ただし、赤字の全額を差し引けるとは限りません。 例えば、土地等を取得するための借入金利息に相当する部分などは、損益通算の対象外です。 不動産会社が示す節税額をそのまま使わず、実際に損益通算できる金額を確認しましょう。 ④修繕費と資本的支出を区別する 通常の維持管理や原状回復に当たる支出は、修繕費として必要経費になる場合があります。 一方、建物の使用可能期間を延長したり、資産価値を高めたりする支出は、資本的支出として減価償却するのが原則です。 判断は工事名だけでなく、工事の目的、内容、効果などの実質に基づいて行います。 ただし、金額や修繕周期に基づく判定基準を適用できる場合もあるため、工事ごとに確認が必要です。 工事前後の写真、見積書、請求書、工事内容の明細を保存しておきましょう。 ⑤売却時の税金も確認する 個人が土地や建物を売却した場合、売却年の1月1日時点における所有期間によって、長期譲渡所得と短期譲渡所得に区分されます。 所有期間が5年を超える長期譲渡所得には、原則として所得税15%・住民税5%が適用されます。 所有期間が5年以下の短期譲渡所得には、原則として所得税30%・住民税9%が適用されます。所得税には、売却年の制度に応じて復興特別所得税等が加算されます。 購入時の節税額だけでなく、売却時の税金まで含めた税引後の手残りを比較することが重要です。 4-2.初心者に多い7つの失敗パターン ①売主側の収支前提をそのまま信用する 満室想定の表面利回りや、売主側の家賃査定だけで判断しないことが重要です。 空室、運営費、周辺の成約賃料を反映した収支を計算しましょう。 ②修繕費を収支に入れていない 設備交換や大規模修繕によって、数年分の手残りがなくなることがあります。 過去の修繕履歴と、今後5年から10年の修繕予定を確認します。 ③現在の金利が続く前提で計算する 変動金利では、金利上昇によって支払利息や返済負担が増える可能性があります。 金利が1%上昇した場合の収支も確認しましょう。 ④損益通算による節税効果を過大に見積もる 不動産所得の赤字が、必ず全額損益通算できるわけではありません。 実際に通算できる赤字と減少する税額を確認する必要があります。 ⑤サブリースを確実な家賃保証と考える 一括借上げでも、賃料改定、免責期間、修繕負担、解約条件などを確認する必要があります。 契約時の賃料が、将来も続くとは限りません。 ⑥売却価格を楽観的に設定する 将来も現在と同じ価格や利回りで売れるとは限りません。 複数の売却価格を設定し、借入残高、費用、税金を差し引いた手残りを計算しましょう。 ⑦購入条件と見送り条件を決めていない 判断基準がないと、焦って購入したり、検討を続けるだけで決断できなくなったりします。 購入価格の上限、必要な手残り、許容できる修繕費、金利上昇後の収支を事前に決めておきましょう。 5.購入または見送りを判断する 5-1.不動産投資を始めるまでの手順 1.投資目的と保有期間を決める 2.使用できる自己資金と予備資金を決める 3.地域相場と物件種別を調べる 4.物件資料とレントロールを取得する 5.収益性と返済後キャッシュフローを計算する 6.建物、契約、法令上のリスクを調査する 7.融資条件を比較する 8.出口戦略と売却後の手残りを検討する 9.ストレステストを行う 10.第三者の意見を踏まえて購入または見送りを判断する 紹介された物件に投資方針を合わせるのではなく、自分の投資方針に合う物件だけを検討することが重要です。 5-2.購入前の最終判断チェックリスト □ 投資目的と保有期間を説明できる □ 購入諸費用と購入総額を把握している □ 税引後キャッシュフローを計算している □ 周辺の成約賃料と売買価格を確認した □ 家賃下落、空室増加、金利上昇後の収支を計算した □ 今後5年以内の修繕予定を把握している □ 修繕費と返済に備える予備資金がある □ 賃貸借契約とサブリース契約を確認した □ 接道、再建築、用途地域、災害リスクを確認した □ 将来の買い手と売却方法を想定できる □ 売却費用と税金を差し引いた手残りを計算した □ 節税効果がなくても購入したい物件である 重要な項目を確認できない場合は、購入を急ぐべきではありません。 追加資料を取得するか、利害関係のない第三者へ相談しましょう。 6.不動産投資についてよくある質問 Q1.自己資金はいくら必要ですか 当法人では、初期検討における一つの目安として、頭金と購入諸費用を合わせて物件価格の15~30%程度を想定しています。 ただし、必要額は物件の担保評価、投資家の金融資産、既存借入、金融機関の融資方針によって変わります。 重要なのは、自己資金をすべて購入に使わないことです。 購入後の返済に備える資金として、月次返済額の6か月分程度を一つの目安とし、これとは別に、数年以内に見込まれる修繕費や原状回復費も残しておきましょう。 Q2.表面利回りは何%あればよいですか 一律に「何%以上ならよい」と判断することはできません。 同じ表面利回りでも、所在地、築年数、空室率、修繕費、借入条件によって、実際の手残りは大きく異なります。 表面利回りは入口として、次の項目を確認しましょう。 1.空室や運営費を反映した実質利回り 2.実質利回りと借入金利との差 3.借入返済後のキャッシュフロー 4.家賃下落や金利上昇への耐久力 当法人では、一次判定の目安として、実質イールドギャップ3%程度以上、DSCR1.3倍程度を確認しています。 ただし、これらは絶対的な合格基準ではありません。 所在地、築年数、融資期間、修繕リスク、売却可能性などによって、必要な水準は変わります。 Q3.新築と中古はどちらがよいですか 不動産投資の目的によって判断が変わります。 購入当初の修繕負担を抑えたい場合や、所有する土地を活用したい場合は、新築が候補になります。 購入価格を抑え、過去の賃料や空室率などの実績を基に収益性を検討したい場合や、減価償却による税効果を重視する場合は、中古が候補になります。 新築では、新築時の賃料だけでなく、退去後の想定賃料や将来の売却価格を確認しましょう。 中古では、修繕履歴、今後の工事費、融資期間に加え、将来の買い手が融資を受けられる物件かを確認することが重要です。 新築か中古かだけで決めず、購入から売却までの税引後キャッシュフローを比較して判断しましょう。 Q4.個人と法人のどちらで購入すべきですか 一律にどちらが有利とはいえません。 個人保有では、不動産所得の赤字を一定の範囲で給与所得などと損益通算できます。 また、長期譲渡に該当する不動産の売却益には、原則として約20%の分離課税が適用されます。長期譲渡とは、売却した年の1月1日時点で所有期間が5年を超える場合です。 ただし、土地取得のための借入金利子に相当する部分など、損益通算できない金額もあります。 法人保有は、利益を法人内に残して次の物件へ再投資する場合や、不動産所得が継続的に黒字になる場合、比較的短期間で物件を入れ替える場合に検討する価値があります。 ただし、短期間で売却する場合でも、法人が必ず有利になるわけではありません。 法人の設立・維持費や、法人内の資金を個人へ移す際の負担まで含めて比較する必要があります。 一般的には、次のように整理できます。 ・損益通算や長期売却時の税率を重視する場合:個人を検討 ・利益を法人内に残して再投資する場合:法人を検討 ・不動産所得が継続的に黒字になる場合:法人を検討 ・比較的短期間で売却する場合:個人と法人を比較 購入時の税負担だけでなく、保有中から売却までの税引後キャッシュフローを比較して判断しましょう。 7.まとめ|不動産投資は数字を検証してから買う 不動産投資では、魅力的な物件を探すことよりも、自分で数字とリスクを検証できることが重要です。 購入前には、次の3点を必ず確認してください。 1.表面利回りではなく、税引後の手残りを見る 2.空室、修繕、金利上昇後も返済できるか確認する 3.購入時点で、売却価格、売却費用、税金まで計算する 不動産投資は、単に物件を買う行為ではありません。 融資を受け、入居者へ貸し、建物を維持し、税金を納め、最終的に売却するまで続く賃貸経営です。 「買える物件」と「買ってよい物件」は異なります。 利回りや節税効果だけで判断せず、税務、財務、融資、修繕、出口戦略を一つずつ整理しましょう。 不動産投資の購入判断にお悩みの方へ 同じ物件でも、購入する方の所得、金融資産、既存借入、保有法人の有無によって、税引後の手残りは変わります。 当法人では、次の項目を総合的に確認します。 ・税引後キャッシュフロー ・融資条件と返済能力 ・空室、修繕、金利上昇への耐久力 ・個人保有と法人保有の比較 ・減価償却と売却時の税金 ・出口戦略と売却後の手残り 税務だけでなく、融資とキャッシュフローを含めた購入判断を支援しています。 購入することを前提にする必要はありません。 「この物件を買ってよいのか」 「融資条件に無理がないか」 「節税効果を除いても利益が残るのか」 まずは、物件資料と現在の資産状況を整理するところからご相談ください。 監修者 志田 宏樹 公認会計士・税理士・宅地建物取引士 監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。 専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継 [詳しいプロフィールを見る →]

  • 「うちは大丈夫」が一番危ない!!相続争いを防ぐ5つの対策

    相続対策というと、まず「相続税を減らすこと」を思い浮かべる方が多いです。 もちろん、税金の負担を抑えることは大切です。でも実務上、本当に大変なのは、別のところにあります。 「誰がどの不動産を引き継ぐのか」 「現金が少なく、平等に分けられない」 「親の介護をした子と、していない子で感情がぶつかる」 こうした話は、決して珍しくありません。 特に地主・家主・不動産オーナーの相続では、財産の多くが土地や建物です。現金のように1円単位で分けることができません。 さらに、2024年4月1日から相続登記が義務化されています。不動産を相続で取得したことを知った日から3年以内に相続登記をする必要があり、正当な理由なく怠ると10万円以下の過料が科される可能性があります。2024年4月1日より前に相続した未登記不動産も対象です。 つまり、相続の問題は「あとで考える」から「いま考える」時代に変わったのです。 この記事では、不動産オーナーが家族の争いを避けるために、何を準備すべきかを実務目線で解説します。 目次 結論:相続対策は「節税」より先に「分け方」を決める 結論から言うと、不動産オーナーの相続対策で最初に考えるべきことは、節税ではなく、財産の分け方です。 相続税を下げるために不動産を増やしても、相続人同士で分けられなければ、かえって争いの火種になります。 たとえば、相続人は子ども3人、財産の大半がアパートやマンションとその土地だけ、現金は少ない。 このようなケースでは、法定相続分どおりに分けようとしても、現実にはかなり難しくなります。 そこで重要になるのが、次の5つです。 遺言書を作る 不動産の共有をできるだけ避ける 遺留分に配慮する 納税資金・代償金の現金を準備する 生前に家族と情報共有しておく 相続対策は、税金の計算だけでは終わりません。 家族の感情、生活、事業承継、賃貸経営まで含めて設計する必要があります。 相続税・遺産分割・納税資金を含む全体像については、「相続の基本と全体像」をご覧ください。 1. 遺言書がない相続は、争いになりやすい 不動産を持つ方にとって、遺言書は非常に重要です。 遺言書がない場合、相続人全員で遺産分割協議を行う必要があります。ここで全員が納得すればよいのですが、実際にはそう簡単ではありません。 「長男が家業を継いでいる」 「次男は親の介護をしてきた」 「長女は現金がほしい」 「配偶者の生活費をどうするのか」 このように、それぞれの立場で言い分があります。相続では、法律の問題と感情の問題が同時に出てきます。 だからこそ、生前に意思を示しておくことが大切です。 特に不動産オーナーの場合は、 「どの不動産を誰に相続させるのか」 「賃貸経営を誰が引き継ぐのか」 「配偶者の生活費をどう確保するのか」 まで決めておく必要があります。 2. 不動産の共有は、できるだけ避ける 相続でよくあるのが、不動産を相続人全員の共有にする方法です。 一見すると平等に見えます。でも、実務上はかなり注意が必要です。 共有不動産は、売却・建替え・大規模修繕・借入などの場面で、共有者間の合意が必要になります。 最初は兄弟3人の共有でも、その後それぞれに相続が起きると、甥・姪・配偶者などに権利が広がります。気がつけば、所有者が何人もいる状態になります。 こうなると、誰か一人が反対するだけで売却が進まない。修繕したくても費用負担で揉める。賃料収入の分配でも不満が出る。 まるで、ハンドルが3つも4つもある車を運転するようなものです。進む方向が決まりません。 そのため、相続対策では、不動産ごとに取得者を決めることが基本です。 たとえば、次のような整理です。 ・Aアパートは長男 ・B土地は次男 ・現預金と自宅は配偶者 ・差額は生命保険や代償金で調整 もちろん、完全に平等にすることは難しいです。 そのため、遺言書の付言事項(ふげんじこう)も検討してみてもよいでしょう。付言事項とは、遺言書に添える想いの部分、家族への感謝や希望など、メッセージを伝えるための手紙のようなものです。法的な効力そのものは限定的ですが、なぜその分け方にしたのかを伝える役割があります。 「長男には賃貸経営を継いでもらうため」 「次男には生前に援助しているため」 「配偶者の生活を守るため」 このような理由があるだけで、相続人の納得感は変わります。 土地を多く所有する家族の相続で起こりやすい問題については、「地主の相続はなぜもめやすい?」で具体的に解説しています。 3. 遺留分を無視した遺言書は、争いを残す 遺言書を作れば、必ず争いが防げるわけではありません。 特に注意したいのが遺留分です。 遺留分とは、一定の相続人に法律上保障されている最低限の取り分です。 たとえば「長男に全財産を相続させる」という遺言を作った場合でも、他の相続人から遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。 2019年の相続法改正により、遺留分侵害額請求は原則として金銭請求の形になっています。民法でも、遺留分権利者は受遺者等に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求できるとされています。 これは、不動産の権利関係を複雑にしにくいという意味ではメリットがあります。 ただし、金銭で支払う必要がある以上、支払う側に現金がなければ困ります。 不動産はあるが現金がない。遺留分を請求された、納税資金も必要だ…。 この状態になると、結局は物件を急いで売却することになりかねません。 遺言書を作るときは、誰に多く残すかだけでなく、他の相続人の遺留分にどう配慮するかも考える必要があります。 「公平」と「平等」は違います。 法定相続分どおりにきっちり分けることが平等だとすれば、介護、同居、家業への貢献、生活状況を踏まえて分けることが公平です。 ただし、公平な分け方をする場合ほど、理由の説明が大切になります。 ここでも、遺言書の付言事項や生前の話し合いが効いてくるのです。 4. 納税資金・代償金の現金を準備する 地主・家主の相続で見落とされやすいのが、現金の準備です。 不動産を多く持っていても、現金が少ないケースはよくあります。 相続税は、原則として現金で納付するため、一定の現金を準備しておくことが重要です。 また、特定の相続人が不動産を引き継ぐ場合、他の相続人に代償金を支払うことがあります。代償金とは、不動産を多く取得する人が、他の相続人に支払う調整金のようなものです。 たとえば、「長男がアパートを相続する。その代わり、次男や長女に現金を支払う。」 このような形です。 問題は、その現金をどう用意するかです。 現金がなければ、せっかく残した不動産を売らざるを得ないことがあります。 しかも、相続後に慌てて売ると、条件の悪い売却になりやすいです。 そのため、次のような準備が考えられます。 ・預貯金を一定額残しておく ・生命保険を活用する ・収益性の低い不動産を生前に売却する ・物件を分けやすい形に組み替える ・相続税対策として借入を活用して不動産を購入する ただし、「相続税評価が下がるから」という理由だけで不動産を買うのは危険です。 借入をして物件を購入すれば、相続税評価が下がる場合があります。 しかし、空室リスク、金利上昇、修繕費、売却時の価格下落、相続人の管理能力まで考えなければなりません。 節税のために買った不動産が、相続後に家族を苦しめる。 そんなケースもあります。 相続対策では、節税効果だけでなく、納税資金と代償金をどう準備するかをセットで考える必要があります。 不動産オーナーの相続では、税額だけでなく納税資金と承継後の収益性も重要です。「不動産で相続税はなぜ下がる?」もあわせてご覧ください。 5. 家族で財産情報を共有しておく 争いを避けるためには、生前のコミュニケーションも欠かせません。 相続人が財産の全体像を知らないまま相続が始まると、不信感が生まれます。 「ほかにも財産があるのでは」 「兄だけが親から聞いていたのでは」 「介護をしていた分は考慮されないのか」 このような感情が出ると、話し合いは一気に難しくなります。 だからこそ、元気なうちに財産の棚卸しをしておくことが大切です。 最低限、次の情報は整理しておきたいところです。 ・不動産の一覧 ・借入金の残高 ・賃料収入と修繕費 ・預貯金、証券、保険 ・固定資産税や管理費 ・誰に何を引き継がせたいか ・介護や事業承継への考え方 すべてを細かく公開する必要はありません。ただ、相続人がまったく知らない状態は避けたいところです。 特に地主・家主の場合、土地や建物の数が多く、相続人だけでは全体像を把握できないことがあります。 「通帳が見つからない」 「借入金が分からない」 「賃貸借契約書が整理されていない」 こうなると、相続人も専門家もかなり苦労します。 相続対策は、遺言書だけでなく、資料整理まで含めて考える必要があります。 そして、家族会議を開く場合は、いきなり分け方を決めようとしないことも大切です。 最初は、財産の全体像を共有する。 次に、親の考えを伝える。 そのうえで、必要に応じて専門家を交えて整理する。 この順番の方が、感情的な対立を避けやすくなります。 認知症前から資産管理の方法を整える選択肢として、「家族信託とは?」も参考になります。 6.まとめ 実務で相続のご相談を受けていると、強く感じることがあります。 それは、相続トラブルは「何十億円もの資産家」だけに起きるものではない、ということです。 あるご家族では、70代だったお父様が急に亡くなりました。そのため、生前に遺言書は作成されておらず、不動産や預貯金の整理も十分にされていませんでした。お母様はすでに亡くなっていたため、相続人はお子様2人です。ただ、お子様といっても、すでに40代から50代。それぞれに配偶者がいて、子どもがいて、住宅ローンや老後資金への不安もあります。健康状態も違います。家計の余裕も違います。親との関わり方も違います。 つまり、同じ兄弟であっても、相続が起きた時点では、それぞれが別々の人生を背負った「大人」になっているのです。そのため、たとえ数百万円であっても、その人の生活に大きな影響を与える金額であれば、簡単には譲れません。 「自分にも事情がある」 「こちらの生活も楽ではない」 そんな思いが重なると、相続の話し合いは一気に感情的になります。 そのご家族では、相続をきっかけに兄弟関係がこじれ、その後、絶縁状態になってしまったのです。 「うちは大した財産がないから大丈夫」 そう思っていても、実際にはそうとは限りません。 相続は、財産の承継であると同時に、家族関係の承継でもあります。 大切な不動産を残すこと。家族の関係を守ること。この2つを両立させるためには、早めの準備が何より重要です。 監修者 志田 宏樹 公認会計士・税理士・宅地建物取引士 監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。 専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継 [詳しいプロフィールを見る →]

  • 不動産投資は区分マンションと一棟物件どちらがよい?メリット・デメリットを比較

    不動産投資について情報を集め始めると出てくるテーマ。それが「区分投資」か「一棟投資」か、、、 区分投資・・・マンションの一室などを買うこと 一棟投資・・・マンションやアパートを一棟買うこと 一棟買うなんてできるの?と思われている方も多いかもしれません。 きちんと計画することで一棟買いによる不動産投資も可能になります。一棟所有による投資には大きなメリットがありますので不動産投資を検討する際には一棟所有も視野に入れて検討することをお勧めします。 このコラムでどちらが自分に合っているか、メリット・デメリットはどういうことがあるのかを把握して不動産投資戦略の糧にしてもらえたらと思います。 「区分投資」・・・少額で始める不動産投資  不動産投資をこれから検討される方の中には区分所有による投資をまず思い浮かべる方が多いかもしれません。職場などに営業電話がかかってきたという経験をお持ちの方もいるのではないでしょうか。では区分所有による投資の特徴はどのようなもなのか、メリットとデメリットを確認してみましょう。 区分投資のメリット・デメリット 区分投資のメリット 1.少額から始めることができる    区分所有による投資の最大のメリットいえるかかもしれません。中古マンションの一室であれば23区内で1,500万円程度から、郊外であれば500万円程度からでも購入できる物件がでることもあります。条件が合えば融資を活用して数百万円の自己資金で投資をはじめることができます。 2.管理が楽で手間がかからない 区分所有の場合は所有している基本的に専有部分の管理のみなります。廊下、エレベーターなどの共有部分の管理は必要ありません。外壁塗装や屋上防水などの大規模修繕の計画を立てる必要がありません。賃借人などの管理については管理会社との契約などによって変わります。 3.流動性が高く売却しやすい 流動性とは売りやすさを意味します。1で挙げた少額から始められることと関連します。次の買い手の方も買いやすいため売りやすいことになります。成約事例も多いことから価格の比較や値付けもしやすいという特徴があります。 区分投資のデメリット 1.収益性が低い 区分所有による投資は2つの観点で収益性が低くなりやすいと言えます。1つ目は1室での運用なので絶対金額として収益が低くなりがちです。2つ目は空室になると家賃収入は0円になることです。退去後に比較的すぐ次の住人が決まっても1~2か月は賃料収入がないといったことも考えられます。区分所有の部屋を複数所有していれば回避することもできるデメリット言えます。 2.建物そのものに手を加えられない メリットで管理が楽というものを挙げましたが、その裏返しになります。部屋はきれいに修繕をしても建物の外壁が汚い、設備に不具合があるといった場合に区分所有者は自身の考えで改善することができません。自分でコントロールできない要因が増えてしまうという点でデメリットと言えます。 3.青色申告特別控除の65万円控除が使えない 青色申告控除の65万円控除は事業的規模でなれければ利用できません。事業的規模かについては「所得税基本通達26-9」というものに示されています。部屋であればおおむね10室以上、戸建てであれば5棟以上とされています。いわゆる「5棟10室」といわれるものです。区分所有で10室以上持っていれば利用することができますが、数部屋の保有では利用が難しいことが多いです。 (参考URL)https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/04/02.htm 「一棟投資」・・・経営要素の強い不動産投資 アパートやマンションを一棟購入して投資をすることです。立地、新築、中古、部屋数規模など様々な物件があります。一棟という響きから敷居が高く感じられることも多いですが、一棟投資で資産形成を果たしている方も多くいますのでメリット・デメリットを踏まえて是非検討の選択肢に加えてみてください。 一棟投資のメリット・デメリット 一棟投資のメリット 1.収益性が高い 一棟投資の場合、複数の部屋があるため区分投資に比べて満室時の賃料収入の金額が大きいです。また、空室の部屋があったとしても収入が0になるわけではないので全体として高い収益性を持つことが多いです。 2.建物全体をコントロールできる 一棟投資は文字通り一棟丸ごと所有者のものです。このため外壁や廊下、エレベータなど共用スペースも含めてどれくらいのコストでどの程度修繕するのか、どのような頻度で行うのかを決定することができます。投資では不確実性が多いことは大きなデメリットです。自分でコストやタイミングを決められることはこの不確実性を低くすることができるため大きなメリットと言えます。 3.事業規模の拡大が早い 一棟投資は一般的に投資額が大きいため融資の金額も多くなることが多いです。つまりレバレッジを効かせやすいということになります。区分所有で10室保有するとなると初めから多額の資金がない限りそれなりに期間がかかると思います。一棟投資であれば1回の投資で10室保有となることも少なくありません。また、融資実績がつくことで金融機関からの評価が上がり次の投資に向けて動きやすくなることもあります。 4.青色申告特別控除の65万円控除が使いやすい 投資する物件によりますが、一棟で10室以上の物件ということも少なくありません。この場合には青色申告特別控除の65万円控除を利用することができます。不動産所得の場合、経費は一般的に多くないため65万円が所得から控除されることは大きなメリットになります。 一棟投資のデメリット 1.初期投資額が大きい 区分投資に比べてやはり投資額が大きくなることが一般的です。多くの場合は金融機関からの融資を受けて投資をすることになりますが、どれだけ融資を受けられるのかは投資予定の物件や投資家の収入、その他の資産の保有状況などによって変わってきます。フルローンを受けられることもありますが自己資金が必要になることも多く区分所有に比べると自己資金も多く用意する必要があります。 2.管理の手間がかかる 建物全体について責任を負うため管理にも手間やコストがかかります。区分投資であれば基本的に専有している部屋について管理・メンテナンスをすればよいのですが一棟所有となると廊下や階段、エレベーターの不具合などもすべて対応する必要があります。管理会社の活用でオーナーの手間は回避することができますが管理手数料が当然必要になります。 3.流動性が低く売却しにくい 区分投資とは異なり物件の価格が高いことが多いため買い手のハードルが高くなります。また区分所有では次の購入検討者は投資目的だけではなく自己利用目的のこともあるため買い手の候補も多くなることがあります。これに比べて一棟投資は自己利用目的の買い手は少ないため買い手候補が限られてしまいます。 収益性と出口(売却)から見る区分と一棟 不動産投資をする上で大事なことはしっかりと収益が上がることです。 収益性と同じくらい重要なことが出口をどうするかです。出口というのは売却であり終わりをどうするかということです。 出口戦略そのものでもコラムが成立するくらい重要な問題です。出口戦略の詳細は別の機会に書きたいと思いますが、ここでは簡単に収益と出口の関係について触れたいと思います。 売却時の価格はどうなるのか?投資をするのであれば当然気になりますよね。購入時と同じか高い金額で売れれば悩みはしないでしょう。しかし、実際はいくらで売れるのか分かりません。 収益が低いと出口での影響が投資全体に与える影響が大きくなりやすいと言えます。投資期間に得た収益を上回る出口での損失があると資産形成どころか資産流出ということになります。 収益を売却損が上回るイメージ 売却金額というのはつまるところ買い手がいくらなら買うのかということです。 需要と供給のバランスの影響、収益性の影響を受けることになります。 収益性が悪い、自己利用目的での購入希望者も少ない、近隣に類似物件の売りがたくさんでているとなると一般的には安くなります。 逆に収益性が良い、人気エリアで購入希望者も多くなかなか売りに出ないとなると高くなるということになります。 ここで区分投資と一棟投資を簡単に比較します。 出口戦略に影響する区分と一棟の要素 区分マンション投資は、一棟物件に比べて価格帯が小さく、買い手も見つかりやすいため、比較的売却しやすいという特徴があります。 一方で、収益性が低くなりやすいことや、土地の持分が小さいことには注意が必要です。土地の持分が小さいということは、資産価値の多くが建物部分に左右されやすいということを意味します。また、土地を単独で活用したり、更地にして別用途に転用したりすることも基本的にはできません。 さらに、収益性が低い物件では、売却時に価格が下落した場合、その損失を保有期間中の家賃収入で十分に補いにくいという面があります。逆に、物件価格そのものが上昇すれば、流動性の高さを活かして短期で売却益を得られる可能性もあります。 これに対して、一棟投資は区分投資に比べて収益性が高く、保有期間中の家賃収入によって、将来の売却損を一定程度吸収できるケースがあります。また、土地を一体として所有しているため、売却時にはそのまま収益物件として売却するのか、更地にして売却するのか、建替えを検討するのかなど、複数の選択肢を持ちやすい点も特徴です。 ただし、一棟物件は価格規模が大きく、買い手も限定されやすいため、区分マンションに比べると売却までに時間がかかりやすいと言えます。 まとめ 区分投資も一棟投資もどちらも投資方法として様々な方が実践しています。どちらが正解とか不正解とかありません。投資である以上収益をあげ資産形成に役立つ必要があります。そのためにはしっかりと投資の特徴を理解しご自身の目的に合った方法を採用するべきです。 このコラムで述べていることは私たちが投資案件に触れる中で感じた一般論のようなものです。個別案件ごとに当然異なることはあると思います。 このコラムの視点が少しでも読者の方の投資に役立てば幸いです。 区分投資と一棟投資の比較 不動産投資を始める前に、物件選び・融資・リスクなどの基本から確認したい方は、「不動産投資を始める前に知っておきたい基礎知識と判断基準」もあわせてご覧ください。 区分・一棟のどちらを選ぶ場合でも、税引後キャッシュフローを考えるうえで税務は重要です。「不動産投資・賃貸経営に関する税務の基本」で購入から売却までの論点を整理しています。 建物割合や耐用年数によって税引後収支も変わります。減価償却については、「不動産投資の減価償却とは?」をご確認ください。  アポログループでは税理士法人によって税務のサポート、ファルコン株式会社では投資意思決定のコンサルティングを提供しています。  セカンドオピニオンでのご利用もあります。顧問税理士の方がいても全く問題ありません。不動産にかかる疑問などございましたらまずはお気軽にお問い合わせください。 監修者 月方 智彦 公認会計士・税理士 大学院卒業後、金融機関勤務を経て公認会計士試験に合格。監査法人にて、上場企業等の監査業務に従事する。 現在はアポロ税理士法人の代表社員を務めるほか、クラフトビールの製造、酒販、飲食店を展開する会社の経営にも参画。税務・会計の専門家としてだけでなく、事業経営者としての実務経験を活かし、創業支援や資金調達、飲食・酒類事業の経営支援にも携わっている。 専門分野:飲食店税務/創業支援/融資・資金調達/相続 [詳しいプロフィールを見る →]

  • 居住用賃貸でも消費税は無関係ではない|建物売却で課税事業者になる仕組みと注意点

    不動産賃貸業では、所得税や法人税、固定資産税に比べて、消費税は見落とされやすい税金です。 特にアパートやマンションなどの居住用物件を中心に賃貸していると、 「住宅の家賃には消費税がかからないから、自分にはあまり関係ない」 と考えがちです。 確かに、居住用の家賃は原則として消費税の非課税取引です。 しかし、賃貸物件の建物を売却したことをきっかけに、将来の課税期間で消費税の課税事業者になることがあります。 さらに、その課税事業者となっている期間に別の物件を売却したり、高額な建物を購入したりすると、その後の消費税負担まで変わる可能性があります。 不動産の消費税は、「今年いくら払うか」だけではなく、売却・購入の順番を数年単位で見ることが重要です。 目次 1.居住用の家賃は非課税でも、不動産取引すべてが非課税ではない 住宅として貸しているアパートやマンションの家賃は、原則として消費税が非課税です。一方、不動産オーナーが受け取る収入の中には、消費税が課税されるものもあります。 主な取引 消費税の取扱い 居住用住宅の家賃 原則として非課税 事務所・店舗の家賃 課税 月極駐車場収入 原則として課税 住宅と一体で一定条件を満たす駐車場 非課税となる場合あり 太陽光発電の売電収入 原則として課税 入居者に代わって行う原状回復工事の負担金 課税 土地の売却 非課税 賃貸用建物の売却 課税 駐車場については、すべて課税になるわけではありません。 1戸につき1台以上の駐車スペースが確保され、自動車を所有しているかどうかにかかわらず住宅に付随して割り当てられ、家賃とは別に駐車場使用料を徴収していないような場合には、住宅の貸付けに含まれて非課税となることがあります。 また、退去時に入居者が負担すべき原状回復工事を大家が代わって実施し、その費用を敷金等から差し引く場合、その金額は役務提供の対価として消費税の課税対象になります。 「家賃が非課税だから消費税とは無関係」とは限らない理由がここにあります。 不動産投資では、消費税だけでなく所得税・減価償却・売却時の税務も一体で確認する必要があります。全体像は、「不動産投資・賃貸経営に関する税務の基本」で整理しています。 2.賃貸用建物を売却すると、将来の課税事業者判定に影響する 特に注意したいのが、賃貸物件を売却するときです。 土地の売却は消費税が非課税ですが、事業に使用していた建物の売却は消費税の課税対象です。土地と建物を一括して売却した場合は、売却代金を土地部分と建物部分に合理的に区分する必要があります。 そして消費税の納税義務は、原則として「基準期間」における課税売上高で判定します。 個人事業者の場合、基準期間はその年の前々年です。法人の場合は、原則として前々事業年度となります。 基準期間の課税売上高が1,000万円を超えると、原則として課税事業者になります。 2-1.2023年に建物を売却した場合のイメージ 例えば個人の不動産オーナーが、2023年10月に賃貸物件を売却したとします。 そのうち建物部分に係る課税売上高が2,000万円だったとします。 2023年が免税事業者であれば、その売却自体について2023年分の消費税を納付する必要はありません。 しかし、2023年は2025年の「基準期間」です。 そのため、他の要件を考慮しなければ、2025年は課税事業者となり、消費税の申告が必要になります。免税事業者であっても、その課税期間の取引が将来の納税義務判定に影響する点には注意が必要です。 つまり、 売却した年に消費税を払わなかったから問題ない、というわけではありません。 2年後に影響が出る可能性があります。 なお、実際の判定では基準期間だけでなく、「特定期間」における課税売上高または給与等支払額、インボイス発行事業者への登録、課税事業者選択届出書の提出状況なども確認する必要があります。 3.課税事業者になっても、居住用家賃そのものに消費税がかかるわけではない 先ほどの例で2025年に課税事業者になったとしても、居住用住宅の家賃が課税取引に変わるわけではありません。 住宅家賃は引き続き非課税です。 そのため、2025年に居住用家賃しかなく、他に課税売上げがなければ、売上げに対して納付する消費税は基本的に生じません。 問題になるのは、課税事業者となっている期間に、 駐車場収入、店舗家賃、売電収入、原状回復工事負担金などの課税売上げが発生した場合や、別の賃貸用建物を売却した場合です。 特に建物売却は金額が大きくなりやすいため、売却時期が1年ずれるだけで消費税負担が大きく変わることがあります。 4.翌年に免税事業者へ戻れるとは限らない 例えば2025年が課税事業者でも、2026年については2024年が基準期間になります。 2024年の課税売上高が1,000万円以下であり、インボイス登録や後述する高額特定資産の特例など、免税事業者になれない事情がなければ、2026年から再び免税事業者になるケースもあります。 ただし、これはあくまで条件を満たした場合です。 「売却の2年後だけ課税事業者になり、その翌年から必ず免税に戻る」というルールではありません。 不動産オーナーの場合、過去2~3年の売却・購入・届出状況を時系列で並べて確認することがとても重要です。 5.課税事業者の期間中に高額な建物を購入すると、課税期間が延びることがある もう一つ重要なのが「高額特定資産」です。 課税事業者が、簡易課税制度などを適用していない一般課税の課税期間中に高額特定資産を取得すると、その後一定期間、基準期間の課税売上高が1,000万円以下になっても免税事業者になれない場合があります。 高額特定資産とは、原則として一つの取引単位について税抜1,000万円以上の棚卸資産または調整対象固定資産をいいます。 この特例は消費税法第12条の4に定められています。 例えば、2025年に一般課税の課税事業者となっている個人が、その年に税抜1,000万円以上の高額特定資産に該当する建物を購入したとします。 この場合、原則として2026年、2027年についても免税事業者になることができません。 つまり、 建物売却によって課税事業者になる→ その期間中に別の高額な建物を購入する→ 課税事業者である期間がさらに続く という流れになることがあります。 なお、土地建物を3,000万円で購入したから自動的に高額特定資産になるわけではありません。 土地は消費税の非課税取引ですので、建物等の課税仕入れ部分を確認する必要があります。 6.居住用賃貸建物は、購入時の消費税を原則控除できない場合がある 令和2年度税制改正により、一定の「居住用賃貸建物」に係る課税仕入れ等の税額については、仕入税額控除が制限されています。 対象となる居住用賃貸建物は、原則として高額特定資産などに該当する一定の建物です。 このため、居住用賃貸物件を購入すると、 「建物代金には多額の消費税相当額が含まれているのに、その全額を通常どおり仕入税額控除できない」 ということがあります。 居住用賃貸を中心とする不動産投資で消費税負担が重くなりやすい理由の一つです。 ただし、ここにも重要な例外があります。 仕入税額控除が制限された居住用賃貸建物を一定の調整期間内に課税賃貸用へ転用した場合や、他の者へ譲渡した場合には、一定の仕入税額を後から控除額へ加算する調整制度があります。したがって、 「居住用賃貸建物の購入時に控除できなかった消費税は、その後も絶対に控除できない」 という理解も正確ではありません。 取得時期、売却時期、賃貸用途などを確認する必要があります。 建物価格は消費税だけでなく減価償却にも影響します。取得価額の考え方については、「不動産投資の減価償却とは?」も参考になります。 7.簡易課税は有力な選択肢だが注意も必要 課税事業者になることが分かった場合、事前に検討しておきたいのが簡易課税制度です。 簡易課税とは、実際に支払った消費税額を一つずつ集計するのではなく、課税売上げに係る消費税額に業種ごとの「みなし仕入率」を掛けて、仕入税額控除を計算する制度です。 原則として、基準期間の課税売上高が5,000万円以下であり、所定の期限までに届出を行っている場合に利用できます。 不動産業は第6種事業で、みなし仕入率は40%です。 しかし、ここで非常に重要なのが、賃貸に使用していた建物を売却した場合の事業区分です。 簡易課税では、店舗や事務所の賃料収入などは、原則として第6種事業・みなし仕入率40%です。 一方、オーナーが賃貸経営のために保有・使用していた建物を、固定資産として売却する場合は、原則として第4種事業・みなし仕入率60%になります。 ここでいう「使用」とは、オーナー自身が住んでいたという意味ではありません。第三者に貸して家賃収入を得るために使っていた建物も含まれます。 ただし、不動産会社が転売用の商品として保有する販売用不動産については、固定資産の売却とは別に事業区分を判定する必要があります。 8.税込2,200万円で賃貸用建物を売却した場合の簡易計算 架空のモデルケースで考えてみます。 課税事業者が、これまで賃貸に使用していた建物を税込2,200万円で売却したとします。 他に課税売上げはなく、簡易課税制度を適用しているものとします。 売却に含まれる消費税等は200万円です。 この建物売却は固定資産の譲渡として第4種事業となるため、みなし仕入率は60%です。 したがって単純化すると、 売上げに係る消費税等(200万円)-みなし仕入税額(200万円×60%=120万円) =納付税額 約80万円 となります。 一般課税で、仮に控除できる仕入税額がまったくなければ、納付額は約200万円となるため、簡易課税の方が有利になる可能性があります。 ただし、これはあくまで単純化したモデルケースです。 実際には売却時の仲介手数料など課税売上げに対応する仕入税額を控除できることがあります。また、前述した居住用賃貸建物の仕入控除税額の調整が適用される場合には、一般課税の納付額も変わります。 そのため、「一般課税なら200万円、簡易課税なら80万円」と物件価格だけを見て決めることはできません。 土地と建物の価格を分ける際は、売買契約書に内訳がない場合の按分方法もご確認ください。 9.簡易課税を使うと、高額特定資産による課税期間延長を避けられる場合がある 高額特定資産の特例は、簡易課税制度等の適用を受けていない課税期間に高額特定資産を取得した場合に適用されます。 したがって、高額特定資産を取得した課税期間に簡易課税制度を適用している場合、その取得について消費税法第12条の4による課税事業者期間の延長は適用されません。 これは、不動産オーナーが簡易課税を検討するうえで重要なポイントです。 ただし、基準期間の課税売上高が1,000万円を超えている場合や、インボイス発行事業者として登録している場合など、高額特定資産とは別の理由で課税事業者が継続することはあります。 不動産オーナーにとって簡易課税を検討する理由は、単年度の納税額だけではないということです。 ただし、物件を購入してから、 「やはり簡易課税にしたい」 と考えても間に合わないことがあります。 簡易課税制度は原則として適用を受けようとする課税期間の開始前に届出が必要だからです。 また、一度簡易課税制度の適用を開始すると、原則として一定期間は取りやめることができません。 さらに、課税事業者選択届出書を提出して自ら課税事業者になっている場合などには、高額特定資産とは別の「調整対象固定資産」に関する継続課税のルールもあります。 簡易課税を選択するかどうかは、その年だけでなく数年後まで含めて判断する必要があります。 10.一般課税と簡易課税は、どちらが有利かではなく「今後何をするか」で決まる 不動産オーナーの消費税では、 「簡易課税の方が有利ですか?」 という質問がよく問題になります。 しかし、本当に確認すべきなのは、現在の税額だけではありません。 今後、 「別の物件を売却する予定があるか」 「高額な建物を購入する予定があるか」 「店舗や駐車場などの課税売上げがあるか」 「過去に取得した居住用賃貸建物の仕入税額調整が発生しないか」 「インボイス登録をしているか」 まで確認する必要があります。 一般課税では、住宅家賃のような非課税売上げが多い場合、課税売上割合が低くなり、共通して発生する経費の消費税を全額控除できないこともあります。 税務上有利に見える方法が、不動産投資全体で見ても有利とは限りません。 11.売却前に「3年程度の消費税スケジュール」を作っておく 不動産オーナーが物件売却を検討するときは、譲渡所得税だけでなく、消費税についても時系列で整理しておくことをおすすめします。 特に確認したいのは、売却する物件の土地・建物の内訳、過去の課税売上高、特定期間の売上高や給与等支払額、インボイス登録の有無、簡易課税の届出状況、高額特定資産の取得状況、今後の購入・売却予定です。 例えば、同じ物件を同じ価格で売却する場合でも、 今年売るか、翌年売るか によって課税事業者か免税事業者かが変わり、手元に残る金額が変わる可能性があります。 また、「節税になるから今年買う」と判断した結果、高額特定資産の取得によって課税事業者期間が延び、その期間中の次の売却で多額の消費税が生じることもあります。 不動産は購入時の税金だけで判断するのではなく、購入・保有・売却を一つのスケジュールとして見ることが重要です。 まとめ 居住用住宅の家賃は原則として消費税が非課税です。 しかし、賃貸用建物の売却は課税取引であり、その売却が将来の課税事業者判定に影響することがあります。 さらに、課税事業者となっている期間に別の物件を売却したり、高額特定資産を購入したりすると、消費税負担が数年先まで続く可能性があります。 特に重要なのは、 「いつ売るか」「いつ買うか」「その年が一般課税か簡易課税か」 を別々に考えないことです。 消費税だけで売却時期や購入時期を決める必要はありませんが、税引後の手残りや今後の投資資金に影響する以上、事前に把握しておく価値はあります。 賃貸物件の売却や買替えを予定している場合は、まず過去数年の課税売上高と、今後2~3年の売却・購入予定を一つの表に並べてみてください。 そのうえで、 「どの年が課税事業者になるのか」 「簡易課税を選択できるのか」 「高額特定資産の取得によって課税期間が延びないか」 「売却時の消費税を含めても手元資金が確保できるか」 まで確認すると、税金だけでなく次の物件取得や借入返済も含めた判断がしやすくなります。 アポロ税理士法人では、不動産の税務だけでなく、売却後のキャッシュフローや次の物件取得まで含めた整理を行っています。 売却・購入の時期を決める前の段階で消費税のスケジュールを確認したい方は、お問い合わせください。 不動産オーナー向けの税務・財務サポートを見る 不動産の売却・買替えと消費税について相談する 制度の確認に役立つ国税庁の資料 簡易課税制度の事業区分(No.6509) 固定資産等の売却収入の事業区分(Q2) 高額特定資産を取得した場合等の納税義務の免除等の特例(No.6502) 監修者 月方 智彦 公認会計士・税理士 大学院卒業後、金融機関勤務を経て公認会計士試験に合格。監査法人にて、上場企業等の監査業務に従事する。 現在はアポロ税理士法人の代表社員を務めるほか、クラフトビールの製造、酒販、飲食店を展開する会社の経営にも参画。税務・会計の専門家としてだけでなく、事業経営者としての実務経験を活かし、創業支援や資金調達、飲食・酒類事業の経営支援にも携わっている。 専門分野:飲食店税務/創業支援/融資・資金調達/相続 [詳しいプロフィールを見る →]

  • 地主の相続はなぜもめやすい?土地を守る家族ほど準備すべき対策

    地主の相続は、一般的な相続よりも話し合いが難しくなりがちです。 それはなぜでしょうか? 理由はシンプル… 土地や建物などの不動産は、預金のようにきれいに分けられないからです。 例えば、親としては、「先祖代々の土地は長男に守ってほしい」と思っている。 一方で、ほかの子どもからすると、「土地をもらう人だけ得をしていないか」と感じることがあります。 ここに、介護の負担、同居の有無、相続人の配偶者の意見、納税資金の問題が重なります。 すると、長年仲が悪かったわけではない家族でも、相続をきっかけに一気に関係がこじれてしまうことがあります。 この記事では、地主の相続がもめやすい理由と、生前にできる対策を、税務・不動産・実務の視点から解説します。 目次 結論:「土地を守る」と「公平に分ける」を分けて考える 相続手続・相続税・遺産分割の基本から確認したい方は、「相続の基本と全体像」もあわせてご覧ください。 地主の相続で大切なのは、「誰に土地を継がせるか」だけではありません。 それと同じくらい、「ほかの相続人にどう納得してもらうか」が重要です。 土地を守ること。 家族の公平感を守ること。 相続税を払える状態にしておくこと。 この3つを同時に考えないと、相続後にもめる可能性が高くなります。 特に、次のような家庭は注意が必要です。 ・長男が土地を継ぐ前提になっている ・親と同居している子と、遠方の子がいる ・介護をしている子としていない子がいる ・貸地、アパート、駐車場など分けにくい不動産が多い ・相続税を払う現金が少ない ・遺言書がない ・親が相続の話を避けている 実務上は、相続税の節税よりも先に、「分け方」と「納税資金」と「家族の納得感」を整理することが大切です。 地主の相続がもめやすい一番の理由は、土地が分けにくいこと 地主の財産は、現金よりも不動産に偏りがちです。 たとえば、財産の大半が次のようなものだったとします。 ・自宅敷地 ・貸地 ・アパート ・月極駐車場 ・農地 ・先祖代々の土地 これらは、預金のように単純に按分することができません。 そして、土地を無理に分筆すると、形が悪くなったり、道路への接続が悪くなったりすることがあります。その結果、土地の価値が下がる可能性が高まります。 また、アパートや貸地は、収入を生む一方で管理も必要です。 「収益があるなら得ではないか」と思われがちですが、実際には修繕費、固定資産税、入居者対応、借入返済などもあります。 もらった人だけが楽をするわけではありません。ただ、もらわなかった人から見ると、そうは見えない。 ここに地主相続の難しさがあります。 「長男が継ぐ」は、今の相続では当然ではない 昔は、家や土地は長男が継ぐもの、という感覚が強くありました。 しかし、相続人には法定相続分があります。法定相続分とは、簡単にいうと、法律上の相続割合です。 親が、「土地は長男に全部渡すつもりだった」と思っていても、遺言書がなければ、相続人全員で遺産分割協議をする必要があります。 このとき、ほかの兄弟姉妹が納得しなければ、話し合いは進みません。 特に問題になりやすいのは、次のようなケースです。 ・長男が土地を相続する ・次男、長女には現金が少ししかない ・親の介護は長男夫婦がしていた ・次男や長女の配偶者が話し合いに入ってくる ・土地の評価額と実際の使い勝手に差がある 親の世代では、「うちの子たちは大丈夫」と思っていることがよくあります。 でも、子ども世代はそう感じていないかもしれません。 ここが怖いところです。 介護の負担は、相続でもめる大きな火種になる 地主の相続では、土地の分け方だけでなく、介護の負担も問題になります。 たとえば、長男夫婦が近くに住んで親の介護をしていた。次男は遠方にいて、ほとんど関われなかった。 このような場合、長男側はこう感じます。 「長年、親の面倒を見てきたのだから、その分は考慮してほしい」 一方で、次男側はこう感じるかもしれません。 「介護をしてくれたことは感謝している。でも相続は別ではないか」 どちらの気持ちも、完全に間違いとは言えません。 だからこそ、生前の話し合いが必要です。 親が元気なうちに、「誰が何をしてくれているのか」「将来、どの土地を誰に任せたいのか」「ほかの子にはどう配慮するのか」を言葉にしておくことが大切です。 相続が始まってからでは、感情が先に立ちます。冷静な話し合いが難しくなるのです。 遺言書は「縁起が悪いもの」ではなく、家族への説明書 遺言書と聞くと、重く感じる方が多くいらっしゃいます。 「まだ元気なのに、そんな話はしたくない」「遺言書を書くなんて縁起が悪い」と思う方も少なくありません。 でも、地主の相続では、遺言書は家族を守るための大切なツールです。 特に、不動産を特定の相続人に承継させたい場合、遺言書がないと相続人全員の話し合いが必要になります。 遺言書があれば、親の意思を明確に示すことができます。 ただし、注意点もあります。 遺言書で長男に不動産を多く渡す場合でも、ほかの相続人の遺留分に配慮する必要があります。遺留分とは、相続人に保障された最低限の取り分のようなものです。 ここを無視すると、遺言書があっても争いになる可能性があります。 実務上は、遺言書を作るだけでなく、「なぜその分け方にしたのか」「ほかの相続人にはどう配慮するのか」まで考える必要があります。 認知症になってからでは、できる対策が限られる 地主の相続対策で意外と多いのが、「親が認知症になってから困る」というケースです。 たとえば、親名義の土地を売却して納税資金を準備したい。老朽化したアパートを建て替えたい。借入を整理したい。遺言書を作りたい。 こうした判断は、本人の意思能力が必要です。 認知症が進んでしまうと、契約や財産処分が難しくなります。 その場合、成年後見制度の利用を検討することがあります。 成年後見制度は、本人の財産を守るための制度であって、相続税対策や柔軟な資産組み替えを自由に進めるための制度ではありません。 家庭裁判所の関与や後見人の判断が必要になるため、家族が思っていたように財産を動かせないこともあります。 だからこそ、元気なうちに準備することが大切なのです。 認知症による資産凍結に備える方法の一つとして家族信託があります。収益不動産での活用例は、「家族信託とは?収益用不動産オーナーが知っておきたい活用事例と注意点」で解説しています。 相続税の納税資金をどう作るかも重要 地主の相続では、相続税の納税資金も大きな問題になります。 土地はたくさんある。でも現金が少ない。 この状態だと、相続税を払うために土地を売らざるを得ないことがあります。 相続税の申告と納税は、原則として相続開始を知った日の翌日から10か月以内です。 10か月と聞くと長く感じるかもしれません。しかし、実際に体験してみると本当にあっという間です。 その間に、葬儀の準備や実施、相続人を確認、財産を調べ、土地を評価し、遺産分割を決め、申告書を作り、納税まで行う必要があります。 地主の場合、土地の数が多く、評価も複雑です。 貸地、借地権、私道、農地、アパート敷地、駐車場などがあると、評価には専門的な判断が必要になります。 さらに、小規模宅地等の特例を使えるかどうかで、相続税額が大きく変わることもあります。そして、この特例は要件が細かく、誰がどの土地を取得するかによって結果が変わってきます。 「土地があるから大丈夫」では決してありません。「納税できる形になっているか」まで確認しておく必要があるのです。 不動産を活用した相続税評価の仕組みについては、「不動産で相続税はなぜ下がる?」で具体例を使って解説しています。 不動産を共有にすると、次の相続でもっと難しくなる 相続でもめたときに、よくある解決策のひとつが「共有」です。 たとえば、アパートを兄弟3人で3分の1ずつ共有する。一見すると公平に見えます。 でも、実務上は注意が必要です。 共有にすると、売却、建替え、大規模修繕、担保提供などの判断が難しくなります。 兄弟の関係が良いうちは問題が出ないかもしれません。 しかし、その次の相続が起きると、共有者が甥や姪に広がります。 こうなると、意思決定はさらに難しくなります。 地主の相続では、目先の公平感だけで共有にするのではなく、10年後、20年後にその不動産をどう管理するのかまで考える必要があります。 また、金融機関の目線でも、共有不動産は担保評価や意思決定の面で慎重に見られることがあるので、共有持分の選択は慎重に判断する必要があります。 相続する不動産の中に、管理負担が大きい、売却が難しい物件がある場合は、「0円でも売れない不動産とは?」も参考になります。 まとめ 地主の相続は、土地を多く持っているからこそ難しくなります。 土地は分けにくい。思い入れもある。管理の負担もある。相続税の納税資金も必要になる。 さらに、親世代と子世代では、土地に対する考え方が違います。 親は、「土地を守ってほしい」と思う。 子どもは、「公平に分けてほしい」「土地はいらないから現金が欲しい」と思う。 このズレを放置したまま相続を迎えると、家族の話し合いは難しくなります。 でも、本来、親が望んでいるのは、土地を残すことだけではないはずです。 自分がいなくなった後も、子どもたちができれば仲良く、穏やかに暮らしてほしい。 兄弟姉妹が相続をきっかけに口をきかなくなるような未来は、きっと望んでいないはずです。 だからこそ、大切なのは生前のうちに方針を決めることです。 誰に土地を継がせるのか。ほかの相続人にはどう配慮するのか。相続税はどう払うのか。管理できない土地は売却も含めて考えるのか。 これらを一つずつ整理しておくことで、相続後の争いを減らすことができます。 地主の相続対策は、早すぎるということはありません。 「まだ元気だから大丈夫」ではなく、「元気なうちだからこそ決められる」と考えることが大切です。 相続対策は、税金を減らすためだけのものではありません。 大切な土地と、大切な家族の関係を、次の世代にどう渡すかを考える時間でもあるのです。 監修者 志田 宏樹 公認会計士・税理士・宅地建物取引士 監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。 専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継 [詳しいプロフィールを見る →]

  • 家族信託とは?収益用不動産オーナーが知っておきたい活用事例と注意点

    「親が高齢になってきて、アパートの管理が心配」 「認知症になる前に、売却や大規模修繕ができる体制を整えておきたい」 「相続でもめないように、今のうちに不動産の承継先を決めておきたい」 このようなご相談は、不動産オーナーの方から多くあります。 収益用不動産は、預金と違って管理の手間があります。入居者対応、修繕、借入金の返済、賃貸借契約、売却判断など、所有者の判断能力が低下すると止まってしまう手続が少なくありません。 そこで選択肢の一つになるのが、家族信託です。 ただし、家族信託は安易に設定すべきものではありません。 財産管理と承継設計のための仕組みであり、税務・登記・金融機関対応・相続人間の公平性をあわせて検討する必要があります。 目次 家族信託とは何か 家族信託とは、簡単にいうと、財産を持っている人が、信頼できる家族に財産の管理を任せる仕組みのことです。 「誰が、誰のために、どの財産を、どのように管理するか」を契約で決めます。 たとえば、父が収益用不動産を所有している場合、家族信託を活用することで、不動産の管理・運営・処分(売却)に関する権限を、長男や長女など信頼できる家族に託す設計が考えられます。 イメージとしては、不動産管理の「ハンドル」を家族に渡しておく制度です。 ただし、これは不動産を家族にあげるという意味ではありません。 家族信託では、「誰が管理するか」と「誰が利益を受けるか」を分けて考えます。たとえば、長男が不動産を管理していても、家賃収入を受ける権利が父に残っている場合、利益を受ける人は父となります。 なお、家族信託は、法律上の正式名称というより、家族間で利用される民事信託をわかりやすく表現した呼び方です。 信託法では、財産を持つ人が一定の目的に従い、財産の管理や処分を受託者に委ねる仕組みが定められています。家族信託も、この信託の仕組みを家族間の財産管理に活用するものです。 相続税、遺産分割、納税資金なども含めた相続全体の流れは、「相続の基本と全体像」で整理しています。 委託者・受託者・受益者の意味 家族信託では、主に3つの登場人物を理解しておく必要があります。 立場 意味 不動産信託での例 委託者 財産を託す人 アパートを所有している父 受託者 財産を管理する人 管理を任される長男・長女 受益者 利益を受ける人 家賃収入を実質的に受ける父 たとえば、父がアパートを信託し、長男が受託者になったとします。 この場合、長男は家賃入金口座の管理、修繕業者とのやり取り、賃貸管理会社との連絡、必要に応じた売却手続などを担うことがあります。 一方で、家賃収入を受ける権利が父に残っているなら、受益者は父です。 このように、家族信託では「管理する人」と「利益を受ける人」を分けて設計できる点が大きな特徴です。 家族信託と遺言・成年後見制度の違い 家族信託を検討するときは、遺言や成年後見制度との違いも整理しておく必要があります。 どの制度が優れているという話ではありません。 目的によって、使い分ける制度が変わります。 ・遺言との違い 遺言は、亡くなった後の財産承継を決める制度です。 たとえば、「自宅は長男に」「預金は長女に」「賃貸マンションは配偶者に」といった形で、死亡後の財産の分け方を決めます。 一方、家族信託は、生前の財産管理から死亡後の承継まで設計できる点に特徴があります。 たとえば、父が元気なうちに長男へ不動産管理を託し、父の死亡後は母を受益者にし、母の死亡後は長男に承継させる、といった設計が検討されることがあります。 ただし、遺言で十分なケースもあります。 財産が預金中心で、生前の管理よりも死亡後の分け方を決めることが目的であれば、遺言のほうがシンプルな場合もあります。 ・成年後見制度との違い 成年後見制度は、判断能力が低下した人を法律的に保護するための制度です。 本人の判断能力が低下した後に、家庭裁判所を通じて後見人が選任され、本人の財産管理や契約手続を行います。 成年後見制度は本人保護を重視する制度です。 そのため、収益用不動産の売却、建替え、借換え、資産組替えなど、積極的な資産活用は慎重に判断される傾向があります。 家族信託は、本人の判断能力があるうちに、将来の管理方針を自分で決めておける点が違います。 不動産オーナーにとっては、認知症になった後に管理が止まるリスクへ事前に備えられる点が大きな意味を持ちます。 ただし、家族信託だけで医療同意や介護施設との契約など、身上監護に関する問題まで解決できるわけではありません。 成年後見制度、任意後見契約、遺言などと組み合わせて検討すべき場合もあります。 不動産オーナーが家族信託を検討する主な場面 不動産オーナーにとって、家族信託が検討されやすい場面を4つご紹介します。 1.収益用不動産の認知症対策 最も多い活用場面は、収益用不動産オーナーの認知症対策です。 アパートやマンションを所有している親が認知症になると、契約手続が難しくなることがあります。 たとえば、次のような場面です。 ・老朽化した物件を大規模修繕したい ・空室が増えたため、管理会社を変更したい ・借入金の条件を見直したい ・不動産を売却して納税資金を確保したい ・建替えや資産組替えを検討したい これらは、単なる日常管理ではなく、所有者の判断が必要になる重要な行為です。 所有者の判断能力が低下した後では、スムーズに進められない可能性があります。 家族信託を事前に設計しておけば、受託者である家族が信託契約に従って管理や処分を行える可能性があります。 特に、築年数が古い物件や、今後売却・建替え・大規模修繕の可能性がある物件では、早めの検討が重要です。 2.自宅売却・施設入居費用への備え 親が施設に入居する場合、自宅を売却して入居費用や生活費に充てたいケースがあります。 しかし、認知症が進んだ後では、本人が売買契約を結ぶことが難しくなる可能性があります。 この場合、事前に家族信託を組んでおくことで、受託者が信託契約に従って自宅を売却し、親の生活費や施設費用に充てる設計が考えられます。 ただし、自宅売却には税務上の注意点があります。 譲渡所得税、居住用財産の特例、相続後の空き家特例など、売却時期や居住状況によって検討すべき論点が変わります。 家族信託を組む段階で、将来の売却可能性まで想定しておくことが大切です。 3.共有不動産の管理対策 兄弟姉妹で共有している不動産は、意思決定が難しくなりがちです。 修繕したい人、売却したい人、持ち続けたい人で意見が分かれることがあります。 さらに、共有者の一人が認知症になると、売却や大規模修繕がより難しくなる可能性があります。 このような場合、家族信託によって管理権限を整理し、実務上の意思決定をしやすくする設計が考えられます。 ただし、共有不動産の信託では、共有者全員の理解と合意が重要です。 一部の共有者だけで進めようとすると、後から家族間トラブルになる可能性があります。 共有不動産は、税務だけでなく、民法上の権利関係や感情面の調整も含めて慎重に検討する必要があります。 4.二次相続まで見据えた承継設計 家族信託では、一次相続だけでなく、その次の承継先まで設計できる場合があります。 たとえば、父の死亡後は母、母の死亡後は長男、というように、信託契約で受益者や帰属先を定める設計が検討されることがあります。 通常の遺言は、自分の死亡後の承継先を指定することが中心です。 一方、家族信託では、一定の範囲でその先の承継まで考えられる点に特徴があります。 ただし、長期の設計ほど注意が必要です。 家族構成、相続人の関係、財産内容、税制、金融機関の対応は、時間の経過とともに変わります。 二次相続まで考える場合は、税務上の効果だけでなく、将来の家族関係や受託者の負担も含めて設計することが重要です。 土地を複数所有する地主の承継では、誰にどの不動産を残すかという設計も重要です。詳しくは、「地主の相続はなぜもめやすい?」をご覧ください。 家族信託が向いているケース・向いていないケース 家族信託は便利な制度ですが、すべての家庭に必要なわけではありません。 向いているケースと、他の制度も検討すべきケースを整理すると、次のようになります。 上記の中で、特に重要なのは「受託者」選びです。 受託者は、単に「長男だから」「同居しているから」という理由だけで決めるべきではありません。 収益用不動産の場合、受託者には次のような対応が求められます。 ・家賃入金の管理 ・修繕判断 ・管理会社とのやり取り ・金融機関対応 ・税理士への資料提供 ・帳簿や証憑の整理 ・相続人への説明 不動産の管理は、長期間続きます。 そのため、「信頼できる」はもちろんのこと、実務を継続できる人かどうかを見極める必要があります。 信託する場合の税務上の注意点 収益用不動産を信託した場合、まず整理すべきなのは、信託後の不動産所得を誰が申告するのかです。 ここで、「登記名義が長男になったから、長男が申告する」と単純に考えると誤ってしまいます。 税務上は、誰が家賃収入の経済的利益を受けるのか、すなわち「受益者」が重要です。 たとえば、父が委託者兼受益者となり、長男が受託者としてアパートを管理する場合、家賃収入を実質的に受ける人は父です。 この場合、登記名義が受託者である長男に変わっても、父が受益者であれば、父の不動産所得として申告する形になります。 一方で、途中で受益者を父から長男に変更した場合は注意が必要です。 信託財産から利益を受ける人が変わるため、贈与税、譲渡所得税、相続税などの課税関係を確認する必要があります。 たとえば、無償で受益権を長男に移す場合は贈与税、有償で移す場合は譲渡所得税が問題になります。 また、相続発生時に受益権が移る場合は、相続税の課税関係を確認する必要があります。 このように、家族信託では「登記名義が誰か」だけでなく、「誰が受益者か」「いつ受益者が変わるのか」「対価の有無はどうなっているのか」が重要になります。 さらに、信託後の実務管理も整理しておく必要があります。 青色申告、減価償却費、固定資産税、借入金利息、修繕費、管理委託料などを、誰の申告でどのように処理するのかを確認しておくべきです。 特に、複数物件を所有しており、一部の物件だけを信託する場合は、信託した物件と信託していない物件を分けて管理する必要があります。 このあたりは、契約書の文言だけで単純に判断できません。 財産の内容、受益者、受益権の評価、対価の有無、相続人関係、信託終了時の帰属先を総合的に確認することが大切です。 借入金付き不動産は金融機関への事前相談が重要 収益用不動産には、金融機関からの借入金が残っていることが多くあります。 この場合、信託契約だけを先に作って進めるのは危険です。 金融機関の承諾が必要になることがあります。 不動産に抵当権が設定されている場合、名義変更、信託登記、返済口座、賃料入金口座、担保評価、保証人の扱いなどを確認しなければなりません。 金融機関の目線では、次の点が重要です。 ・誰が物件を管理するのか ・家賃収入はどの口座に入るのか ・借入金の返済原資は確保されるのか ・受託者に管理能力があるのか ・担保権の扱いに問題がないのか ・将来売却する場合の手続はどうなるのか 「家族信託をしたので名義を変えます」と急に言われても、金融機関はすぐに対応できないことがあります。 実務上は、信託契約を作成する前に、金融機関へ相談することをおすすめします。 特に、借入金が大きい物件、複数の金融機関が関係する物件、法人と個人が関係する物件では、早い段階で確認することが重要です。 家族信託と遺産分割協議・遺留分の注意点 相続が発生すると、通常は、亡くなった方の財産について遺産分割協議を行います。 遺産分割協議とは、相続人全員で、どの財産を誰が取得するかを話し合って決める手続です。 たとえば、信託していない預金、不動産、有価証券などがあれば、それらは原則として遺産分割協議の対象になります。 一方で、家族信託を設定した財産は、通常の相続財産とは扱いが異なります。 家族信託では、信託契約の中で、受益者の承継先や信託終了時の財産の帰属先を定めることができます。 そのため、信託した財産については、原則として、相続発生後に相続人全員で遺産分割協議をして分け方を決めるのではなく、信託契約の内容に従って承継が進むことになります。 ここは、家族信託の大きな特徴です。 たとえば、父が収益用不動産を信託し、信託契約の中で「父の死亡後は母を受益者とする」「母の死亡後は長男に帰属させる」と定めていたとします。 この場合、信託した不動産そのものについては、通常の遺産分割協議で「誰が取得するか」を決める財産とは別に扱われます。 ただし、ここで誤解してはいけない点があります。 信託財産が遺産分割協議の対象外になるとしても、相続税や遺留分の問題まで当然になくなるわけではありません。 つまり、信託設定した不動産そのものが遺産分割協議の対象外であっても、その不動産から利益を受ける権利については、相続税の計算上、価値を確認する必要があるということです。 また、家族信託を使えば遺留分を当然に回避できるわけでもありません。 遺留分とは、一定の相続人に最低限認められる相続上の取り分です。 たとえば、特定の相続人だけに収益用不動産の家賃収入や承継メリットを集中させる設計にした場合、他の相続人から遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。 そのため、家族信託では、相続税、遺留分、家族間の公平性、納税資金、将来の管理負担まで考える必要があります。 税務は税理士、契約や遺留分は弁護士、登記は司法書士、借入金は金融機関など、複数の専門家や関係機関と連携して進めることが大切です。 家族信託を検討するときのチェックリスト 収益用不動産について家族信託を検討する場合は、次の点を確認しておくと整理しやすくなります。 ・信託する不動産はどれか ・信託しない財産は何か ・委託者、受託者、受益者を誰にするか ・家賃収入を誰の生活費や納税資金に使うか ・受託者にどこまで権限を与えるか ・売却、建替え、大規模修繕を認めるか ・借入金や担保について金融機関の確認を取ったか ・信託後の不動産所得の申告者は誰か ・固定資産税や修繕費はどの口座から支払うか ・消費税やインボイス対応が必要か ・受益者が死亡した後の承継先は誰か ・信託終了時に財産を誰へ帰属させるか ・遺留分や相続人間の公平性に問題はないか ・遺言や任意後見制度との併用が必要か このチェックリストを見てもわかるように、家族信託は契約書だけの問題ではありません。 不動産管理、税務申告、相続対策、金融機関対応を一体で考える必要があります。 まとめ 家族信託は、収益用不動産オーナーにとって有効な選択肢の一つです。 特に、認知症対策、不動産管理、相続後の承継設計では大きな意味があります。 しかし、課税関係を理解しないまま進めると、不動産所得、贈与税、譲渡所得税、相続税などで思わぬ問題が出ることがあります。 また、借入金付き不動産では、金融機関の承諾や担保の扱いを事前に確認し、調整しておく必要があります。 さらに、家族信託を使っても遺留分の問題がなくなるわけではありません。 信託財産の承継先を決める場合でも、相続人間の公平性や将来のトラブルリスクを考える必要があります。 家族信託は、税務・法務・登記・金融機関対応をセットで検討してこそ、実務上も機能する仕組みになります。 「財産を守るための制度」が、後で家族間トラブルの火種にならないように、早い段階で現在の財産状況、家族関係、借入金、不動産収支を整理しておくことが大切です。 収益性が低い、売却が難しいなど、次世代へ残す不動産自体に問題がある場合は、「0円でも売れない不動産とは?」もあわせてご確認ください。 監修者 志田 宏樹 公認会計士・税理士・宅地建物取引士 監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。 専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継 [詳しいプロフィールを見る →]

  • 売買契約書に土地・建物の内訳がない場合はどう按分する?

    中古マンションや一棟アパートなどを購入した際、売買契約書に「売買代金総額」しか記載されておらず、土地と建物の金額が分かれていないことがあります。 しかし、不動産を購入した後の税務処理では、売買代金を土地と建物に分けなければなりません。 土地は減価償却できない一方、建物は減価償却の対象となるためです。また、土地と建物では、消費税の取扱いも異なります。 それでは、売買契約書に土地・建物の内訳がない場合、どのように按分すればよいのでしょうか。 実務上、よく用いられるのは、土地と建物の固定資産税評価額の比率によって按分する方法です。 ただし、税法上、固定資産税評価額による按分だけが正しいと定められているわけではありません。物件の状態や取引内容によっては、不動産鑑定評価など、別の方法の方が合理的と判断されることもあります。 目次 1.土地と建物を按分するのはなぜ? 1-1.土地は減価償却できない 建物は、時間の経過や使用によって価値が減少する資産として、耐用年数にわたり減価償却します。 減価償却とは、建物の取得価額を一度に経費にするのではなく、一定の期間に分けて経費にしていく手続です。 一方、土地は、税務上、時間の経過によって価値が減少する資産とは扱われないため、減価償却できません。 したがって、同じ1億円の不動産を購入した場合でも、土地と建物の内訳によって、毎年計上できる減価償却費が変わります。 土地と建物の按分は、その後の減価償却費に直接影響します。減価償却全体の考え方は、「不動産投資の減価償却とは?」で詳しく解説しています。 1-2.土地と建物では消費税の取扱いが異なる 土地の譲渡は、消費税等の非課税取引です。 一方、売主が課税事業者であり、事業として建物を譲渡する場合には、建物部分に原則として消費税等が課税されます。 そのため、土地と建物を一括して売買した場合には、消費税等の計算上、売買代金総額のうち建物部分を合理的に区分する必要があります。国税庁も、建物代金が区分されていない場合には、土地と建物を時価や固定資産税評価額などに基づいて合理的に区分する必要があると説明しています。 なお、売主が免税事業者である場合や、個人が自己居住用住宅を私的に売却する場合などは、取扱いが異なります。 建物部分の価格は消費税にも関係します。居住用賃貸物件の売却と課税事業者判定については、「居住用賃貸でも消費税は無関係ではない」もあわせてご確認ください。 1-3.将来の売却損益と適用税率にも影響する 土地と建物の内訳は、保有中の減価償却費だけでなく、将来売却するときの譲渡所得にも影響します。 合理的な按分の結果として建物の取得価額が高く算定されると、一般的には保有期間中の減価償却費が増えます。一方、建物を売却するときの取得費は、当初の建物取得価額から所有期間中の減価償却費相当額を差し引いて計算するため、減価償却費が増えた分だけ、将来の譲渡所得も増える可能性があります。 ただし、個人が収益用不動産を保有する場合、保有中の不動産所得と売却時の譲渡所得では、課税方法が異なります。 保有中の不動産所得は、給与所得などと合算する総合課税の対象となり、所得水準に応じて5%から45%の所得税率が適用されます。一方、土地・建物の売却益は申告分離課税となり、長期譲渡所得に該当する場合の税率は、所得税・復興特別所得税・住民税を合わせて20.315%です。 そのため、高所得者が長期保有を前提として収益用不動産を購入する場合には、高い限界税率で減価償却費を必要経費に算入し、売却時には比較的低い分離課税の税率で課税されることで、税率差による節税効果が生じる可能性があります。 つまり、建物割合を高くする効果は、単なる課税の先送りにとどまるとは限りません。 もっとも、実際の効果は、保有者の所得水準、保有期間、売却価格、不動産所得の黒字・赤字、損益通算の可否などによって異なります。また、税務上認められる建物割合は、当事者が自由に設定できるものではなく、物件の客観的価値に照らして合理的である必要があります。 2.売買契約書に内訳がない場合の基本的な考え方 2-1.税法上、唯一の按分方法が決められているわけではない 所得税法や法人税法では、購入した建物の取得価額は、その建物の「購入の代価」などを基礎として計算します。 しかし、土地と建物を一括購入した場合に、必ず固定資産税評価額で按分しなければならないという具体的な規定はありません。 国税庁は、土地と建物を一括譲渡した場合の合理的な区分方法として、次のような方法を例示しています。 土地と建物のそれぞれの時価の比率による按分 相続税評価額や固定資産税評価額を基にした按分 土地・建物の取得費や造成費、販売費などの原価を基にした按分 つまり、固定資産税評価額による方法は有力な選択肢ではありますが、唯一の法定方法ではありません。 2-2.重要なのは「合理的に区分されているか」 税務上重要なのは、どの方法を使ったかという形式だけではありません。 その物件について、その方法を採用することに合理性があるかが重要です。 例えば、次の点を確認します。 土地と建物を同じ時点の価値で比較しているか 土地だけ古い評価額、建物だけ現在の価格を使っていないか 建物の築年数や状態が反映されているか 大規模な改修工事が反映されているか 土地価格の急激な上昇が反映されているか 建物に不自然に高い金額を配分していないか 算定方法を裏付ける客観的な資料があるか 按分方法は、計算結果だけではなく、その計算に至った理由まで説明できることが重要です。 2-3.契約書に内訳があっても不合理なら否定されることがある 売買契約書に土地と建物の金額が記載されている場合には、通常はその金額が取得価額の基礎になります。 ただし、契約書に書いてあれば、どのような内訳でも必ず認められるわけではありません。 例えば、築年数が相当に経過し、設備も破損している建物に売買代金の大部分を配分している場合、その区分が客観的な価値と比較して著しく不合理と判断される可能性があります。 後述する令和4年9月9日裁決でも、契約書上の内訳が存在していたものの、建物へ過剰に価格が配分されているとして、固定資産税評価額比による按分が採用されています。 3.按分する前に確認すべき資料 3-1.契約書・請求書・領収書を確認する 土地と建物を按分する前に、まず次の資料を確認します。 売買契約書 重要事項説明書 売買代金の請求書 売買代金の領収書 決済明細書 固定資産税・都市計画税の精算書 売主や仲介会社から交付された価格明細書 売買契約書に土地・建物の内訳がなくても、領収書や請求書に建物代金や消費税額が記載されていることがあります。 また、契約書の本文ではなく、特約事項や別紙の物件明細や価格表に内訳が記載されている場合もあります。 3-2.建物の消費税額から逆算できないか確認する 土地・建物の金額が分かれていなくても、建物に係る消費税額が記載されていれば、建物の税抜価格を逆算することが可能です。 例えば、売買時の消費税率が10%で、契約書に建物に係る消費税額として500万円と記載されている場合、建物の税抜価格は次のように計算できます。 建物の税抜価格=建物に係る消費税額500万円÷10%=5,000万円 ただし、次の点には注意が必要です。 記載された税額が本当に建物部分だけの消費税であるか 売買時点の正しい税率を使用しているか 税額から逆算した建物価格が著しく不自然ではないか 消費税額が記載されていても、その計算根拠自体が不合理であれば、税務上そのまま認められるとは限りません。 3-3.売主・仲介会社に価格内訳を確認する 書類から内訳が確認できない場合には、売主や仲介会社へ、土地・建物別の価格資料がないか確認します。 例えば、次のように問い合わせます。 本件の売買代金について、土地・建物別の価格内訳または建物に係る消費税額を確認できる資料はありますでしょうか。 ただし、一般的な中古不動産の売買では、契約書とは別に土地・建物の内訳資料が作成されていないことも少なくありません。 そのため、売主や仲介会社へ確認しても内訳が分からない場合には、固定資産税評価額比など、買主が取得できる客観的な資料を基に按分方法を検討することになります。 3-4.売主の内部資料は通常入手が難しい 裁判例では、売主の帳簿や販売価額が確認できる場合には、それを参考にするという考え方が示されることがあります。 しかし、通常の第三者間売買において、買主が次のような資料を入手することは容易ではありません。 売主の帳簿価額 売主の土地仕入価格 売主の建物取得原価 売主の原価計算書 売主の利益計算資料 これらは売主の内部情報に当たるため、一般的には開示されないと考えた方が現実的です。 また、売主の帳簿価額や過去の仕入価格が判明したとしても、それが現在の売買時点における土地・建物の価値を示すとは限りません。 したがって、実務上は売主の内部資料を深追いしすぎず、契約書、消費税額、販売価格明細、査定書など、取引時に作成された資料を確認することが現実的です。 4.実務上は固定資産税評価額比による按分が第一候補 4-1.固定資産税評価額按分の計算方法 固定資産税評価額による按分は、土地と建物の固定資産税評価額の比率を計算し、その比率で売買代金を配分する方法です。 例えば、固定資産税評価額が次の金額だったとします。 土地の固定資産税評価額:6,000万円 建物の固定資産税評価額:2,000万円 評価額合計:8,000万円 この場合の比率は次のとおりです。 土地割合=6,000万円÷8,000万円=75% 建物割合=2,000万円÷8,000万円=25% 消費税が発生しない取引や、税抜売買代金が明確な取引であれば、原則としてこの比率を基礎として土地・建物へ按分します。 ただし、売買代金総額が消費税込みである場合には、土地には消費税がかからず、建物にだけ消費税が加算されます。 そのため、税込総額に単純に25%を乗じるだけでは、正しい税抜建物価格にならないことがあります。具体的な計算方法は後ほど(9章にて)説明します。 4-2.同一年度の固定資産税評価制度による数値を比較できる 固定資産税評価額は、市場価格そのものではありません。 それでも実務上利用される理由の一つは、土地と建物について、同一年度の公的な評価額を入手できることです。 土地は現在の路線価、建物は建築当時の工事費というように、評価時点や算定方法が大きく異なる数字を組み合わせるより、比較可能性が高いと考えられます。 裁決例でも、固定資産税評価額は、土地・建物の価額比を推認する手掛かりとして一般的な合理性を有すると整理されています。 4-3.資料取得と計算が簡単で費用対効果が高い 固定資産税評価額按分が実務で広く使われる大きな理由は、計算の精緻さだけではありません。 次のような実務上のメリットがあります。 固定資産評価証明書や課税明細書から確認できる 土地と建物の両方の評価額が記載されている 計算方法が比較的簡単 不動産鑑定評価のような追加費用がかからない 申告期限までに処理しやすい 税務調査で計算根拠を示しやすい すべての不動産取引で不動産鑑定評価を取得すれば、税務処理に多くの費用と時間がかかります。 仮に鑑定評価によって建物割合が変わったとしても、税額への影響が小さければ、鑑定費用の方が高くなることもあります。 そのため、一般的な中古不動産で特別な事情がなければ、固定資産税評価額比は、計算の簡便性、追加コスト、税務上の説明可能性のバランスが取れた方法です。 4-4.固定資産税評価額と課税標準額を混同しない 固定資産税の課税明細書には、次のような異なる金額が記載されています。 価格・評価額 課税標準額 税相当額 土地・建物の按分で使用するのは、原則として「価格」または「評価額」です。 課税標準額ではありません。 土地の課税標準額には、住宅用地の特例や負担調整措置などが反映され、固定資産税評価額より大幅に低くなっていることがあります。 その課税標準額を使って按分すると、土地割合が不自然に低くなり、その分だけ建物割合が高くなる可能性があるので注意が必要です。 平成30年11月15日の東京高裁判決でも、固定資産税の課税標準額を用いた按分方法の合理性が否定されています。 5.固定資産税評価額比をそのまま採用する前に検証したいケース 固定資産税評価額比は実務上の第一候補ですが、どのような物件でも機械的に使用してよいわけではありません。 少なくとも、次のような事情がある場合には、固定資産税評価額が販売時点の実態を反映しているか確認した方がよいでしょう。 5-1.固定資産税評価額に反映されていない価値増加を伴う改修が行われている 建物の機能、収益力、耐久性などを向上させ、建物の時価を増加させる改修工事が行われている場合、その価値増加が固定資産税評価額に反映されていない可能性があります。 ただし、工事費が多額であることや、大規模修繕という名称が付いていることだけで、建物価値が同額増加したと判断できるわけではありません。工事の内容と、販売時点の建物価値に与えた影響を確認する必要があります。 5-2.建物が著しく老朽化している 固定資産税評価額上は一定の建物価値が残っていても、実際には次のような状態となっていることがあります。 雨漏りが発生している 給排水設備が使用できない 構造部分に重大な劣化がある 長期間空室となっている 使用するために多額の修繕費が必要 このような場合、固定資産税評価額比による建物割合が、実際の交換価値より高くなる可能性があります。 5-3.取得後すぐに解体する予定がある 購入時点ですでに建物の取壊しが予定されており、売主・買主の双方が実質的に土地の取得を目的としている場合には、通常の収益物件とは状況が異なります。 建物にどの程度の客観的価値があるのか、購入目的や解体時期を含めて検討する必要があります。 なお、購入当初から建物を取り壊して土地を利用する目的であり、取得後おおむね1年以内に取壊しを行う場合には、土地・建物の按分とは別に、建物の購入代金や取壊費用を土地の取得価額へ算入する税務上の取扱いがあります。 そのため、解体予定物件については、単に建物割合をいくらにするかだけでなく、建物取得価額の最終的な税務処理まで併せて検討する必要があります。 5-4.土地価格が急上昇している 都心部や再開発地域などでは、固定資産税評価額の基準時点から売買時点までの間に、土地価格が大きく上昇していることがあります。 令和4年6月7日東京地裁判決でも、地域の地価上昇が固定資産税評価額へ適切に反映されていないことが、固定資産税評価額比の合理性を否定する事情の一つとして検討されています。 5-5.特殊用途・特殊構造、借地権などの事情がある 次のような物件は、一般的な土地・建物の按分方法だけでは実態を表しにくい場合があります。 ホテル、病院、工場などの特殊用途建物 特殊な設備を備えた建物 借地権付き建物 定期借地権が設定された物件 競売により取得した物件 権利関係が複雑な物件 このような物件では、不動産鑑定評価や原価資料などの追加検討が必要になることがあります。 5-6.評価基準日後に物件価値が大きく変化している 固定資産税評価額を確認する際には、その評価額が、いつの状態を反映したものかも確認します。 評価額の基準日後に、次のような変化が生じていれば、現在の価値との間に乖離が生じる可能性があります。 大規模な増改築 用途変更 災害による損傷 建物の一部解体 周辺地域の再開発 賃貸物件としての稼働状況の大幅な改善 これらの事情があるからといって、直ちに固定資産税評価額比を使用できないわけではありません。 重要なのは、計算結果に明らかな違和感がないかを確認することです。 6.リノベーション・入居付け後の販売では建物比率が高くなることがある 6-1.改修による価値増加は建物側に反映されやすい 中古の収益用不動産では、不動産会社が物件を取得した後、リノベーションや設備更新を行い、物件価値を高めてから個人投資家へ販売することがあります。 例えば、次のような工事です。 外壁・屋根の大規模修繕 共用部の改修 各住戸の全面的な内装工事 給排水管の更新 空調・電気設備の更新 エレベーターの更新 オートロックや防犯設備の設置 耐震補強工事 用途変更に伴う改修工事 これらは、土地ではなく建物の機能や状態を改善する工事です。 そのため、改修前の状態を基礎とする固定資産税評価額より、販売時点の建物価値が高くなっている合理的な理由になり得ます。 令和5年6月21日裁決でも、建物の価値を増加させる改修工事が固定資産税評価額に反映されていなかった物件について、改修後の状態を踏まえた不動産鑑定評価の積算価格比による按分が認められています。 6-2.入居付けによる収益性の向上は、建物割合を高める事情になり得る 収益用不動産の価値は、建物の築年数や設備の状態だけでなく、入居率、賃料水準、賃貸借契約の内容など、その物件が生み出す収益にも影響されます。 不動産鑑定評価基準でも、不動産の価格と賃料には、元本と果実のような相関関係があると説明されています。したがって、空室の解消や賃料収入の安定化は、販売時点における収益用不動産の価値を検討するうえで、無視できない要素です。 例えば、同じ土地・建物であっても、次の2つの物件では、投資家から見た収益性が異なります。 稼働率50%、年間賃料収入600万円の物件 稼働率95%、年間賃料収入1,000万円の物件 入居付けは、賃貸可能な建物が存在するからこそ行うことができます。更地の状態では、入居者を募集し、建物の賃貸借契約を締結して、居住用または事業用の賃料収入を得ることはできません。 特に、不動産会社が空室の多い中古収益物件を取得し、建物の改修や設備更新と併せて入居付けを行い、安定した賃料収入を生み出す状態にしてから販売する場合、仕入時の固定資産税評価額が、販売時点の物件価値を十分に反映していない可能性があります。 そのため、当法人では、入居付けによる稼働率や収益性の改善も、固定資産税評価額比より建物割合が高くなる合理的な事情の一つになり得ると考えています。 とりわけ、次のような事情がそろっている場合には、その説明がしやすくなります。 取得時には空室が多かった 建物の改修や設備更新を実施している 改修後に入居付けを行っている 稼働率や賃料収入が明確に改善している 取得時から販売時までの土地価格に大きな変動がない 固定資産税評価額に改修後の状態が反映されていない 土地・建物別の価格算定について客観的な資料がある 一方、入居率や賃料水準は、建物の状態だけで決まるものではありません。 周辺環境、人口動態、地域の賃貸需要など、土地の立地条件にも影響されます。したがって、入居付けによって増加した価値の全額を、当然に建物へ配分できるわけではありません。 また、仲介会社へ支払った広告料、入居者募集費用、フリーレントなどを、そのまま建物価格へ加算するという意味でもありません。 検討すべきなのは、入居付けに要した費用そのものではなく、 入居付けや改修によって販売時点の物件価値がどのように変化し、その価値を土地と建物にどのように合理的に配分するか という点です。 令和5年6月21日裁決では、建物の価値を増加させる改修工事が固定資産税評価額に反映されていなかった物件について、改修後の状態を反映した不動産鑑定評価の積算価格比による按分が認められました。もっとも、この裁決が直接判断したのは改修工事による価値増加であり、入居付けによる価値の配分ではありません。 少なくとも、今回確認した公表裁判例・裁決例には、入居付けによって増加した価値の全部または一定割合を、直接建物へ配分できると判断したものは見当たりませんでした。 そのため、入居付けだけを根拠として建物割合を機械的に引き上げるのではなく、次の資料を基に販売時点の土地・建物価額を検討する必要があります。 取得時と販売時のレントロール 稼働率と賃料収入の推移 改修工事や設備更新の内容 改修前後の写真 固定資産税評価額比との比較 取得時から販売時までの土地価格の動向 土地・建物別の価格算定メモ 必要に応じた不動産鑑定評価 これらの資料から、土地価格には大きな変化がなく、販売価格の上昇が主として建物の改修や賃貸稼働の安定化によって生じたと合理的に説明できる場合には、契約上の建物割合が固定資産税評価額比より高くなることにも、一定の合理性が認められると考えられます。 7.裁判例・裁決例からわかる判断基準 7-1.合理的な契約書上の区分が認められた事例 平成20年5月8日裁決では、売買契約書に土地・建物の内訳が明記されていました。 買主は、契約書に記載された建物価格ではなく、固定資産税評価額比によって建物取得価額を計算すべきだと主張しました。 しかし、国税不服審判所は、次の事情を踏まえて契約書記載額を認めました。 当事者間に特殊な利害関係がなかった 租税回避や脱税目的が認められなかった 売主が仲介業者へ価格査定を依頼していた 査定報告書を参考に土地・建物価格を決めていた 契約書上の建物価格に特段不合理な点がなかった つまり、契約書上の区分が真正な合意に基づき、客観的にも不合理でなければ、その金額が尊重され得ることを示しています。 7-2.契約書上の内訳が不合理として否定された事例 令和4年9月9日裁決では、3つの賃貸用物件について、契約書または譲渡対価証明書に土地・建物の内訳が記載されていました。 しかし、各建物価格は固定資産税評価額を大きく上回る一方、土地価格は固定資産税評価額と同程度か、それを下回っていました。 また、そのように建物へ多くの価格を配分すべき特別な事情も確認されませんでした。 そのため、契約書上の建物価格は客観的価値と比較して著しく不合理と判断され、固定資産税評価額比による按分が採用されました。 この裁決から分かるのは、 契約書に土地・建物の内訳が書かれていることだけでは足りない ということです。 建物比率を高くするのであれば、その理由を裏付ける資料が必要です。 7-3.固定資産税評価額比より鑑定評価額比が合理的とされた事例 令和4年6月7日東京地裁判決では、土地・建物を一括譲渡した場合の消費税の計算において、固定資産税評価額比と裁判所が採用した鑑定評価額比のどちらを使用すべきかが争われました。 両者の割合は、次のように大きく異なっていました。 固定資産税評価額比 土地:55.51% 建物:44.49% 鑑定評価額比 土地:77.30% 建物:22.70% 裁判所は、物件の個別事情を反映した適正な鑑定が行われ、固定資産税評価額比との間に実質的な差異が生じている場合には、鑑定評価額比による按分の方が合理的になると判断しました。 この判決は、固定資産税評価額比が、どのような場合でも必ず認められる基準ではないことを示しています。 7-4.改修工事を反映した鑑定評価が認められた事例 令和5年6月21日裁決では、土地・建物を一括取得した複数の物件について、固定資産税評価額比と不動産鑑定評価の積算価格比のどちらを使用すべきかが争われました。 国税不服審判所は、固定資産税評価額比について、一般的には合理的な算定方法であると認めています。 一方、一部の建物では、建物価値を増加させる改修工事が行われていたにもかかわらず、その価値増加が固定資産税評価額に反映されていませんでした。 そのため、改修工事が行われた物件については、改修後の状態を反映した鑑定評価の積算価格比を採用し、特別な事情がないほかの物件については固定資産税評価額比を採用しました。 つまり、複数の物件について土地・建物の按分を行う場合でも、すべての物件に一律の方法を適用するのではなく、物件ごとの改修状況や評価額への反映状況を踏まえて、合理的な方法を検討する必要があります。 4つの事例から分かること これらの裁判例・裁決例は、次のように整理できます。 合理的な根拠がある契約書上の区分は尊重される 契約書に記載されていても、著しく不合理なら否定される 固定資産税評価額比は一般的には合理的な方法である 物件の個別事情を反映した適正な鑑定があれば、鑑定評価が優先されることがある 改修工事などが評価額に反映されていない場合は、別の方法を検討する余地がある 8.実務上の判断手順 8-1.契約書・消費税額を確認する まず、売買契約書、重要事項説明書、請求書、領収書を確認します。 土地・建物の金額が直接記載されていなくても、建物に係る消費税額が記載されていれば、建物価格を逆算できる可能性があります。 8-2.売主・仲介会社へ内訳を確認する 書類に土地・建物の内訳が記載されていなければ、売主または仲介会社へ、土地・建物別の価格区分や建物に係る消費税等を確認できる資料がないか照会します。 もっとも、一般的な中古不動産売買では、契約書とは別の内訳資料が作成されていないことも少なくありません。また、売主の帳簿や原価資料まで開示されることは通常期待できません。 そのため、確認できる資料がなければ、取得年度に近い固定資産税評価額など、買主が入手できる客観的な資料を基に按分方法を検討します。 8-3.資料がなければ固定資産税評価額比を計算する 価格内訳を確認できる資料がなければ、取得年度に近い固定資産税評価額を確認し、土地・建物の比率を計算します。 このとき使用するのは、課税標準額ではなく、価格または評価額です。 8-4.評価額と実態に乖離がないか確認する 固定資産税評価額比を計算したら、そのまま申告に使用する前に、次の点を確認します。 大規模改修が行われていないか 建物が著しく老朽化していないか 取得後すぐに解体する予定がないか 土地価格が急上昇していないか 特殊用途・特殊構造の建物ではないか 借地権などの特殊な権利関係がないか 計算結果が周辺相場と比べて明らかに不自然ではないか 特別な事情がなく、計算結果にも大きな違和感がなければ、固定資産税評価額比を採用することが実務上合理的です。 8-5.税額影響が大きければ別の方法を比較する 固定資産税評価額比と実態に乖離がありそうな場合でも、直ちに不動産鑑定評価を取得する必要があるとは限りません。 まず、按分方法を変えた場合に、税額がどの程度変わるかを試算します。 例えば、次の金額を比較します。 年間減価償却費の差額 法人税・所得税への影響 消費税への影響 将来売却時の譲渡損益への影響 不動産鑑定評価にかかる費用 税額への影響が小さい場合には、固定資産税評価額比を使用する方が、費用対効果に優れることがあります。 一方、高額物件で按分割合が税額に大きく影響する場合には、不動産鑑定評価や価格査定を検討する価値があるでしょう。 8-6.採用した方法と理由を文書化する 採用した按分方法は、計算表だけでなく、判断理由も残しておくことをおすすめします。 例えば、「土地・建物按分検討書」として、次の内容を1枚程度に整理します。 物件の所在地、構造、築年数 売買代金 契約書に内訳がないこと 確認した資料 固定資産税評価額 土地・建物の評価額比 特殊事情の有無 ほかの按分方法との比較 採用した方法 その方法を採用した理由 税務調査では、申告時から何年も経過した後に説明を求められることがあります。そのため、購入時点で判断過程を残しておくことが安全です。 判断フロー 実務上は、次の順番で判断すると分かりやすくなります。 9.具体例で按分計算を確認する 9-1.固定資産税評価額比による基本計算 次の中古一棟マンションを購入したケースを考えます。 税込売買代金:1億円 売主:課税事業者 建物に係る消費税等の税率:10% 土地の固定資産税評価額:5,000万円 建物の固定資産税評価額:3,000万円 契約書に土地・建物の内訳なし 特殊な改修や権利関係なし この場合、固定資産税評価額の比率は次のとおりです。 土地割合=5,000万円÷8,000万円=62.5% 建物割合=3,000万円÷8,000万円=37.5% ただし、売買代金1億円は消費税込みです。 土地には消費税がかからず、建物にだけ10%の消費税が加算されるため、単純に1億円の37.5%を建物価格とする計算ではありません。 9-2.税込売買代金を按分する場合の計算例 土地・建物の売買代金総額が消費税込みで、土地・建物別の金額や建物に係る消費税額が明らかでない場合には、消費税を考慮して土地・建物の金額を計算する必要があります。 令和4年6月7日東京地裁判決では、税込代金総額を、土地の鑑定評価額と、建物の鑑定評価額に消費税相当額を加算した金額との比率で按分する方法が採用されました。 この判決の計算構造を固定資産税評価額に当てはめると、次のように計算できます。 按分係数=税込売買代金÷{土地評価額+建物評価額×1.10} 今回のケースでは、 按分係数=1億円÷{5,000万円+3,000万円×1.10}=1億円÷8,300万円 税抜土地価格=5,000万円×1億円÷8,300万円=60,240,964円 税抜建物価格=3,000万円×1億円÷8,300万円=36,144,578円 建物に係る消費税等=36,144,578円×10%=3,614,458円 計算結果は次のとおりです。 土地価格:60,240,964円 建物税抜価格:36,144,578円 建物消費税:3,614,458円 合計:100,000,000円 ただし、令和4年6月7日東京地裁判決が実際に採用したのは、固定資産税評価額比ではなく、裁判所鑑定による評価額比です。 また、その他の裁決例には、税込売買代金を固定資産税評価額比で直接按分した後、建物部分から消費税を控除する方法もみられます。そのため、固定資産税評価額を使用する場合の税込総額の計算方法が、裁判例・裁決例上、完全に統一されているわけではありません。 10.まとめ 売買契約書に土地・建物の内訳がない場合には、まず契約書、請求書、領収書などを確認し、建物に係る消費税等や価格内訳が分からないかを確認します。売主や仲介会社へ照会しても内訳を確認できない場合には、固定資産税評価額比が実務上の有力な選択肢となります。 ただし、固定資産税評価額比は、法律上の唯一の按分方法ではありません。改修工事、著しい老朽化、解体予定、土地価格の上昇などにより、固定資産税評価額と売買時点の実態が乖離している場合には、不動産鑑定評価など別の方法も検討する必要があります。 特に、中古収益物件についてリノベーションや入居付けを行った後に販売する場合には、改修内容や収益性の変化が固定資産税評価額に反映されていない可能性があります。客観的な資料に基づいて算定した結果、契約上の建物割合が固定資産税評価額比より高くなることにも、一定の合理性が認められる場合があります。 実務上、重要なのは次の3点です。 まず、取引時の資料から土地・建物の内訳を確認する 固定資産税評価額比を第一候補としつつ、物件固有の事情を確認する 採用した按分方法と判断理由を資料として残す 土地・建物の按分割合は、保有中の減価償却費や消費税だけでなく、将来の売却時の税負担にも影響します。特に高額な収益用不動産では、按分割合の違いによる税額への影響が大きくなることがあります。 売買契約書に内訳がない場合や、契約書に記載された土地・建物価格の妥当性を判断できない場合には、申告前に按分方法を検討しておくことが重要です。 不動産の購入から保有・売却までの税務全体については、「不動産投資・賃貸経営に関する税務の基本」で整理しています。 監修者 志田 宏樹 公認会計士・税理士・宅地建物取引士 監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。 専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継 [詳しいプロフィールを見る →] 【主な出典】 国税庁「No.2100 減価償却のあらまし」 国税庁「No.6301 課税標準」 国税不服審判所・平成20年5月8日裁決 国税不服審判所・令和4年9月9日裁決 東京地方裁判所・令和4年6月7日判決 国税不服審判所・令和5年6月21日裁決 税務大学校論叢「一括譲渡された土地・建物の各譲渡価額の区分について」

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