「売買契約書だけで法人へ不動産を移せる」は本当?不動産オーナーが知っておきたい税務リスク
更新日:9月7日

不動産会社や不動産オーナーから、次のような相談を受けることがある。
「個人で所有している収益不動産を資産管理会社へ移したい」
「建物を法人所有にして、再度、法人で減価償却費を計上したい」
このような場合、専門家から「所有権移転登記までしなくても、個人と法人の間で売買契約書を作れば法人へ不動産を移せる」と説明されることがある。しかし、これは注意が必要だ。
1.結論|「売買契約書だけ」はおすすめしない
結論から言うと、個人所有の収益不動産について、売買契約書だけを作成し、法人の資産として減価償却費を計上する方法は、当法人では原則としておすすめしていません。
もちろん、所有権移転登記をしなければ絶対に法人へ所有権を移せないという意味ではない。民法上、不動産の所有権は当事者の合意によって移転することが可能だからだ。しかし、税務調査などで、
「この建物の本当の所有者は誰なのか」
と確認されたときに、売買契約書以外の事実がすべて個人所有のままであれば、法人が真の所有者であることを説明することが難しくなる。
法人税法第31条も、法人が各事業年度終了時に「有する減価償却資産」を前提に減価償却費の損金算入を定めている。また、国税庁は、減価償却資産について事業の用に供しているかどうかを、資産の使用状況などを総合的に勘案して判断するとしている。したがって、法人で減価償却費を計上するのであれば、帳簿上建物を計上するだけではなく、法人が実際にその建物を取得し、法人の賃貸事業に使用していることを説明できる状態にしておくことが重要だ。
2.なぜ「契約書だけで所有権を移せる」と言われるのか
では、なぜ「売買契約書だけでも法人へ不動産を移せる」という話が出てくるのか。その根拠は民法第176条にある。民法第176条では、物権、つまり所有権などの権利の設定や移転について、当事者の意思表示だけで効力が生じるとされている。一方、民法第177条では、不動産の所有権などの変動について、登記をしなければ第三者に対抗できないとされている。
簡単に言えば、「個人Aさんが、自分の会社であるB社へ建物を売却する」という合意をして、その契約上、契約締結日に所有権を移転すると定めれば、AさんとB社の当事者間では、所有権移転登記前でも所有権が移転することはあり得る。 したがって、「登記をしなければ所有権は絶対に移らない」という説明も正確ではない。
ここまでは民法上の話だ。問題は、ここからそのまま、「だから売買契約書だけ作れば、税務上も法人所有として問題なく減価償却できる」と結論付けてしまうことだ。
3.民法上の所有権移転と税務上の法人取得は別問題
税務では、契約書という一つの資料だけではなく、実際に誰がその不動産の所有者として行動しているのかが確認される。特に収益不動産の場合、その実態が外部にも表れやすいという特徴がある。例えば、
所有権移転登記は誰の名義か
賃貸借契約上の賃貸人は誰か
家賃は誰の口座に入金されているか
管理会社は誰から管理を受託しているか
敷金や保証金を誰が管理しているか
借入金や担保関係はどうなっているか
修繕費などを実際に誰が負担しているか
といった事実だ。所得税基本通達12-1でも、資産から生じる収益を誰が享受するかについては、その収益の原因となる資産の「真実の権利者」が誰であるかで判断し、それが明らかでない場合には資産の名義人を真実の権利者と推定するという考え方が示されている。つまり、契約書上だけ法人所有にしても、
「登記は個人」
「大家も個人」
「家賃も個人口座」
「銀行も管理会社も法人への移転を知らない」
という状態であれば、第三者から見た不動産の実態はほとんど変わっていない。税務上重要なのは、形式を一つ整えることではなく、契約内容と実際の取引関係が一致していることなのだ。
4.契約書と代金決済があっても否認された事例
この点について非常に参考になるのが、国税不服審判所の平成13年5月29日裁決だ。この事例では、同じ代表者が100%所有する同族会社間で、土地8,755万円、建物2,634万4,500円、合計1億1,389万4,500円の不動産売買契約書が作成された。さらに注目すべきなのは、売買契約書を作っただけではなく、売買代金1億1,389万4,500円が実際に売主会社の銀行口座へ振り込まれていたことだ。それにもかかわらず、国税不服審判所は、不動産の譲渡があったとは認めなかった。
その理由は、売買契約書には所有権移転登記や抵当権等の抹消を行うことが定められていたが、実際には行われていなかったからだ。また、売却したとされる後も、従来の賃貸借契約は売主名義のままで、家賃も売主の銀行口座へ入金されていた。さらに、その後新たな賃借人と契約した際にも、買主ではなく元の売主が賃貸人となっていた。さらに、売主自身が物件の一部を使用し続けていたにもかかわらず、買主会社へ家賃を支払っていなかった。
審判所はこれらの事実を総合し、売買契約書は存在するものの、売却したとされる日以降も不動産は元の会社に帰属しており、譲渡の事実はなかったと判断した。その結果、売主会社が計上していた5,415万2,069円の譲渡損失についても、損金算入が認められなかった。この裁決から分かる重要なポイントは、「契約書+資金移動」があれば、それだけで不動産の譲渡が税務上確定するわけではないということだ。

※この裁決で直接争われたのは不動産の譲渡の有無や譲渡損失等であり、買主側の減価償却費そのものを争った事例ではない。ただし、法人への不動産移転の実態をどのように判断するかという点で、今回のテーマに非常に参考になる事例だ。
5.個人から自分の会社への移転でも否認された事例
さらに今回のケースに近いのが、平成24年12月4日の国税不服審判所裁決だ。この事例では、個人が所有していた賃貸建物について、自らが代表取締役を務める同族会社K社へ譲渡したと主張していた。K社は建物を法人の資産として帳簿に計上し、賃貸料収入についても法人の収入として法人税申告を行っていた。しかし、実際には建物の所有権登記は個人名義のままで、賃貸借契約の賃貸人も個人のままで、家賃が入金される銀行口座も個人に帰属する口座だった。
借入金についても、法人が個人の借入金を引き受けたと主張していたが、金融機関には連絡しておらず、金融機関側も法人への貸付けや借換えについて相談を受けていなかった。管理会社や賃借人側も、法人へ不動産が移転したこと自体を認識していない状態だった。上記を鑑みて国税不服審判所は、登記名義人である個人が所有者であるとの推定を覆す合理的な根拠がないと判断した。
そして、法人への建物譲渡等について「取引としての実態は存在しない」とし、法人による建物取得の会計処理についても、代表者が個人と法人で同一だからこそ可能となった帳簿上の処理にすぎないと評価した。さらに重要なのは、請求人が、「法人設立後17年間にわたり、法人の賃貸料収入として申告してきた」と主張したにもかかわらず、それも賃料収入の帰属の判断には影響しないとされた点だ。長期間法人で申告を続けていれば、それだけで取引の実態が認められるわけではない。
なお、この裁決で直接争われたのは、賃料収入が個人と法人のどちらに帰属するかであり、減価償却費そのものを直接否認した裁決ではない。しかし、審判所が「建物の真実の所有者は個人である」と判断していることから、個人所有の建物を帳簿上だけ法人へ移し、法人所有を前提とした税務処理を行うことのリスクを考えるうえで、非常に重要な事例だ。
6.資産管理会社へ移すなら、どこまで実態を移すべきか
では、個人所有の収益不動産を資産管理会社へ本当に売却するのであれば、どのようにすればよいのか。当法人では、「第三者から見ても、取得後は法人が大家になったと分かる状態」を作ることが重要だと考えている。具体的には、正式な売買契約を締結し、適正な売買価格を設定したうえで、売買代金の決済を行う。そのうえで、原則として所有権移転登記を法人名義に変更し、賃貸借契約上の賃貸人、家賃の入金口座、管理会社との契約、敷金・保証金の管理などについても法人へ引き継ぐ。
修繕費や管理費など、所有者・賃貸人として負担すべき費用についても、取得後は法人が負担するのが自然だ。もちろん、所有権移転登記がなければ税務上絶対に認められないというわけではない。民法第176条がある以上、登記前に所有権が移転すること自体はあり得る。しかし、平成24年裁決でも、登記名義人が所有者であるとの推定から判断が始まっている。したがって、あえて登記を個人名義のままとする場合には、
「なぜ登記していないのか」
「それでも法人が真の所有者であるといえる根拠は何か」
を、その他の客観的事実によって十分に説明できなければならない。登録免許税や不動産取得税を節約するために登記を行わず、その一方で法人では減価償却費を計上するという設計については、得られる節税効果だけでなく、税務上の説明可能性まで含めて慎重に検討する必要がある。

7.まとめ
不動産税務では、「法律上できるか」と「その方法で税務上問題が生じないか」を分けて考える必要がある。「民法上、売買契約だけで所有権を移転できるため、登記をしなくても大丈夫です」という説明自体は、民法上の所有権移転の説明として直ちに誤りとはいえない。しかし、そこから、
「売買契約書だけ作って法人で減価償却費を計上しても問題ない」
と結論付けるのであれば、もう一段踏み込んだ検討が必要だ。専門家からこのような提案を受けた場合には、
「過去の国税不服審判所の裁決を踏まえても問題ないと考える理由は何か」
「税務調査で法人が真の所有者だと聞かれたとき、どの事実をもって説明するのか」
「登記、家賃、管理会社、賃貸借契約、借入金などを個人名義のままにする場合、その理由をどう説明するのか」
まで確認することをおすすめする。今回ご紹介した裁決からも分かるとおり、税務では「契約書があるか」だけではなく、その契約どおりに実際の取引関係が変わっているかが重要だ。 個人所有の収益不動産を資産管理会社へ移すこと自体は、所得分散や今後の資産承継などを考えるうえで有効な選択肢となる場合がある。一方で、法人で減価償却費を計上したいという目的だけから、登記や賃貸借関係を変更せず、売買契約書と会計処理だけを先行させることはおすすめできない。
大切なのは、単に「節税できるか」ではなく、「その取引を税務調査で第三者に説明できる状態になっているか」という視点だ。資産管理会社への不動産移転を検討する際には、減価償却による税効果だけでなく、個人側の譲渡所得税、法人側の不動産取得税・登録免許税、消費税、金融機関との関係なども含め、実行前に全体を設計することが重要である。
参考資料


