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不動産投資・賃貸経営に関する税務の基本

  • 7月28日
  • 読了時間: 28分
明るいオフィスのデスクシーン

不動産投資や賃貸経営では、物件価格、利回り、融資条件、キャッシュフローだけでなく、税務を購入前から確認しておくことが重要です。

不動産には、購入時の印紙税・登録免許税・不動産取得税、保有中の所得税・住民税・固定資産税、売却時の税負担など、さまざまな税金が関係します。生前贈与や相続によって不動産を承継する場合は、贈与税や相続税も検討しなければなりません。

さらに、購入時の土地・建物の価格配分、個人と法人のどちらで所有するか、保有中の減価償却や修繕費の処理は、毎年の税額だけでなく、将来の売却税額にも影響します。

税務を確認しないまま取引を進めると、「購入前なら選べた方法があった」「届出期限を過ぎて制度を利用できなかった」「売却時に想定外の税負担が生じた」ということにもなりかねません。

この記事では、不動産投資・賃貸経営に関する税務を、購入、保有・賃貸、売却、贈与・相続という流れに沿って解説します。

個別の制度だけを見るのではなく、それぞれの処理が将来の税負担や手残り資金にどのようにつながるかを確認していきましょう。



1.不動産税務は「購入・保有・売却・承継」の流れで考える

不動産税務は、毎年の確定申告だけを見ていても全体像をつかめません。

購入時に土地と建物の価格をどのように区分したかによって、保有中の減価償却費が変わります。保有中に計上した減価償却費は、将来の売却時における建物の取得費にも影響します。

また、贈与や相続によって所有者が変わっても、所得税上の取得費や取得時期は、原則として前の所有者から引き継がれます。

まずは、不動産の段階ごとに主な論点を整理しましょう。

不動産税務の全体像を示す図。購入・保有賃貸・売却・贈与相続の4段階と税務ポイントを、建物や計算機のアイコン付きで説明している。

大切なのは、その年の税額だけを小さくすることではなく、購入から売却・承継までの税負担と、実際のキャッシュフローを合わせて判断することです。



2.不動産を購入したときの税務

2-1.購入時に発生する税金・諸費用

収益物件を購入すると、物件価格のほかに、印紙税、登録免許税、不動産取得税、仲介手数料、司法書士報酬、融資事務手数料などが発生します。建物の売買には、売主や取引内容によって消費税が含まれる場合もあります。

これらをすべて購入年の必要経費にできるわけではありません

次のように分けて整理する必要があります。

  • 購入年の必要経費にするもの

  • 土地の取得価額に含めるもの

  • 建物の取得価額に含めて減価償却するもの

  • 借入期間などに応じて複数年へ配分するもの

売買契約書、決済明細、請求書、融資関係書類は、費用の内容ごとに分けて保存しましょう。


2-2.土地と建物の価格配分が減価償却費に影響する

土地と建物を一括で購入しても、税務上は土地と建物を分けて処理します。

土地は、時間の経過によって価値が減少する資産として扱われないため、減価償却できません。建物や建物附属設備は、その取得価額を耐用年数に応じて必要経費へ配分します。

例えば、購入価格が1億円の物件でも、次の区分では保有中の減価償却費が大きく異なります。仮に、建物を耐用年数20年の定額法で減価償却し、年初から1年間を通じて賃貸事業に使用したものとして単純比較すると、次のようになります。

区分例

土地

建物

年間の減価償却費

ケースA

8,000万円

2,000万円

約100万円

ケースB

5,000万円

5,000万円

約250万円

この例では、建物価格の違いによって、年間の減価償却費に約150万円の差が生じます。

一般に、建物価格が高いほど、保有中の減価償却費は大きくなります。

ただし、契約書に建物価格を高く記載すれば、その金額が必ず税務上認められるわけではありません。土地建物の価格配分には、合理的な根拠が必要です。

実務上は、次の資料を参照して決定します。

  • 売買契約書に記載された土地・建物の価格

  • 建物部分に係る消費税額

  • 取得時における土地・建物の時価

  • 不動産鑑定評価や合理的な原価資料

  • 固定資産税評価額の比率

  • 建物の構造、築年数、床面積、再調達原価

国税庁の「建物の標準的な建築価額表」は、土地と建物を一括取得し、契約書や建物の消費税額などから価格を区分できない場合に検討する一つの方法です。ただし、利用できる場面を確認せず、機械的に当てはめるべきものではありません。

土地建物の価格配分は、購入後ではなく、売買契約を締結する前に確認することが重要です。


2-3.個人所有と法人所有では税務上の取扱いが異なる

不動産を個人で購入するか、資産管理会社などの法人で購入するかによって、保有中、売却時、承継時の課税関係が変わります。

個人の所得税は、所得が増えるほど高い税率が適用される「超過累進税率」です。一方、個人が土地・建物を売却した利益は、給与所得などと分けて計算する「分離課税」となります。

個人と法人の主な違いは、次のとおりです。

比較項目

個人所有

法人所有

保有中の賃貸利益

給与所得などと合算する総合課税

法人の他の所得と合算

所得に対する税率

所得税5%~45%の超過累進税率

一定の中小法人は、15%、又は23.2%

赤字の取り扱い

一定の制限のもと給与所得などと損益通算

法人内の他の所得と相殺

売却利益

原則として分離課税

法人の他の所得と合算

長期・短期の税率区分

長期・短期で税率が異なる

長期・短期区分はない

高所得者の場合、保有中の賃貸利益だけを見れば、法人所有の税負担が小さくなることがあります。一方、個人が長期保有した土地・建物を売却する場合の税率は原則20.315%であり、出口まで含めると個人所有が有利になる場合もあります。

法人では、法人税率だけでなく、地方法人税、法人住民税、法人事業税、法人の維持費が発生します。法人から個人へ資金を移すときの役員報酬・配当の課税や、社会保険料も無視できません。

したがって、次の項目を同じ前提で比較する必要があります。

- 保有予定期間と売却方針

- 賃貸利益と将来の売却益

- 役員報酬、社会保険料、法人維持費

- 融資条件と個人保証

- 家族への所得移転

- 将来の相続と法人株式の評価


また、個人所有の物件を後から法人へ移す場合は、単なる名義変更ではありません。個人側の譲渡所得、法人側の不動産取得税・登録免許税・登記費用、金融機関との借換え協議などが生じる可能性があります。法人化を検討するなら、原則として購入前に比較しましょう。



3.不動産を保有・賃貸しているときの税務

3-1.賃貸収入は原則として不動産所得になる

土地や建物の貸付けによる所得は、原則として不動産所得になります。

不動産所得は、次の算式で計算します。

不動産所得=総収入金額-必要経費

総収入金額には、毎月の家賃だけでなく、更新料、名義書換料、返還を要しない敷金・保証金、入居者から受け取る水道代や清掃代なども含まれます。

敷金や保証金は、受け取った時点では通常、預り金です。ただし、契約や退去精算によって返還しないことが確定した部分は、その時点で収入に計上します。

また、家賃の支払日が賃貸借契約で定められている場合、原則として、その支払日に収入を計上します。

12月分の家賃が滞納等により未入金であっても、契約上の支払日が12月であれば、12月の収入として認識します。

入金額だけで帳簿を作ると、未収家賃の計上が漏れることがあるため注意が必要です。


3-2.不動産所得の必要経費になるもの・ならないもの

必要経費にできるのは、不動産収入を得るために直接必要となった費用のうち、私生活上の費用と明確に区分できるものです。

主な支出を整理すると、次のようになります。

不動産所得の必要経費とならないものを解説する日本語インフォグラフィック。左に経費になりやすい支出、右に不可の支出、中央にローン返済の図解。

同じ管理料、修繕費、交通費であっても、賃貸経営との関係、支出の目的、業務の実態、保存している資料によって判断が変わります。


補足:同族会社への管理料は業務実態が重要

資産管理会社や親族が経営する会社へ管理料を支払う場合は、契約書と振込記録だけでは不十分です。

実際に行った管理業務、管理料の算定根拠、外部管理会社との業務の重複、業務日報や報告書などを残す必要があります。

過去の裁決では、同族会社が管理業務を行った客観的な証拠がなく、外部管理会社との業務も重複していたことから、管理料の全額が必要経費として認められなかった事例があります。

会社を設立し、請求書を発行すれば自動的に必要経費になるわけではありません。形式よりも、業務の実態が重視されます。


3-3.建物・設備の取得価額は減価償却で必要経費にする

減価償却とは、建物や設備の取得価額を、使用可能期間にわたって各年の必要経費へ配分する手続きです。

減価償却費は、その年に新たな現金支出を伴わずに必要経費となるため、課税所得を抑え、税引後のキャッシュフローを改善する可能性があります。

建物本体だけでなく、給排水設備、電気設備、空調設備、エレベーターなどを適切に区分することで、それぞれの耐用年数に応じて減価償却します。


3-3-1.中古建物の耐用年数はどのように決まるか

中古建物では、「使用可能期間の見積り」や「簡便法」による耐用年数を使うことがあります。適用できる耐用年数は、建物の構造、法定耐用年数、築年数などによって変わります。

また、相続で取得した賃貸建物は、通常の中古建物購入と同じではありません。この場合、中古資産の簡便法を新たに適用できず、被相続人の耐用年数、経過年数、未償却残高などを引き継ぐ形で処理します。


3-3-2.減価償却による赤字を損益通算できる場合がある

減価償却によって不動産所得が赤字となり、その赤字を給与所得や事業所得と損益通算できれば、保有中の所得税・住民税を抑えられる場合があります。

例えば、損益通算前の課税所得が2,000万円の方について、500万円の不動産所得の赤字を全額損益通算できたとします。

この場合、課税所得は2,000万円から1,500万円に下がります。

住民税の所得割を10%と仮定すると、概算の税効果は次のようになります。

項目

課税所得2,000万

課税所得1,500万

差額

所得税+復興特別所得税

約531万円

約348万円

約183万円

住民税

約201万円

約151万円

約50万円

合計

約733万円

約500万円

約233万円

この例では、500万円の赤字を損益通算することで、保有中の所得税、復興特別所得税、住民税が合計で約233万円減少します。

ただし、不動産所得の赤字がすべて損益通算できるわけではありません。

不動産所得の赤字のうち、土地を取得するための借入金利息に対応する部分などは、給与所得等との損益通算が制限されます。

また、実際の税額は所得控除や税額控除によって変わり、住民税への影響は原則として翌年度に反映されます。

減価償却が将来の売却税額へ与える影響や、総合課税と長期譲渡所得の税率差については、「4-3.減価償却後の取得費と売却時の税率差」で解説します。


3-4.修繕費と資本的支出の違いと判断基準

賃貸物件では、外壁塗装、屋上防水、設備交換、室内リフォームなど、さまざまな工事が発生します。

通常の維持管理や原状回復のための支出は、修繕費として支出した年の必要経費になります。

一方、建物の使用可能期間を延ばしたり、価値を高めたりする部分は資本的支出となり、減価償却によって複数年に分けて必要経費にします。工事名ではなく、工事の実質によって判断します。

例えば、壊れた設備を同程度の設備へ交換する工事は、修繕費になりやすいと考えられます。

これに対して、新たな設備を追加したり、用途変更のために大規模な改装を行ったりした場合は、資本的支出となる可能性があります。

過去の裁決では、屋根全面の断熱防水工事について、建物の劣化が著しく、原状維持のために必要な工事であったことなどから、修繕費として認められた事例があります。

工事内容を説明できるよう、次の資料を残しましょう。

  • 工事前後の写真

  • 見積書と工事明細

  • 施工図面

  • 修理が必要となった経緯

  • 施工会社や管理会社とのメール

  • 交換前後の設備の性能が分かる資料

請求書に「工事一式」とだけ記載されていると、後から内容を説明することが難しくなります。

大規模な修繕は、工事後ではなく、見積段階で税務上の処理を確認することが重要です。


3-5.事業的規模によって青色申告の取扱いが異なる

不動産貸付けが事業的規模に該当するかどうかによって、青色申告特別控除、専従者給与、資産損失などの取扱いが変わります。

建物の貸付けでは、次のいずれかに該当すれば、原則として事業的規模として取り扱われます。

  • アパートやマンションは、おおむね10室以上

  • 独立した家屋は、おおむね5棟以上

いわゆる「5棟10室基準」です。ただし、本来は社会通念上、事業といえる規模かを実質的に判断するものであり、この基準は建物貸付けに関する形式的な目安です。


青色申告特別控除について、2026年分までは、事業的規模で正規の簿記の原則(一般には複式簿記)による記帳などの要件を満たす場合は最高55万円、さらにe-Taxによる期限内申告または所定の優良な電子帳簿保存の要件を満たす場合は最高65万円です。事業的規模でない不動産貸付けは、原則として最高10万円です。

2027年分以後は、65万円控除の要件に加え、優良な電子帳簿の保存または一定のデジタルシームレス保存の要件を満たす場合、控除額が最高75万円となります。単にe-Taxで申告するだけで75万円控除になるわけではありません。

また、事業的規模の不動産貸付けを簡易な簿記の方法で記帳しており、前々年分の不動産所得に係る収入金額が1,000万円を超える場合は、原則として10万円控除を受けられなくなります。一方、事業的規模に至らない不動産貸付けは、この収入金額基準による10万円控除の除外対象とはされていません。


なお、新たに不動産貸付けを始めた年から青色申告を適用する場合は、原則として開始日から2か月以内に青色申告承認申請書を提出します。その年の1月15日以前に開始した場合は、原則として3月15日が期限です。

届出期限を過ぎると、その年から青色申告を適用できないため注意が必要です。


3-6.住宅・店舗・駐車場では消費税の取扱いが異なる

住宅の貸付けは、貸付期間が1か月未満の場合などを除き、原則として消費税が非課税です。

店舗や事務所などの建物賃料は、原則として消費税の課税対象になります。

土地の貸付けは原則として非課税ですが、駐車場などの施設利用を伴う場合は課税対象となります。

住宅・店舗・駐車場の消費税区分を解説する図。住宅・土地は原則非課税、店舗・事務所・管理付き駐車場は課税、売却時も土地は非課税・建物は課税と示す】【。

新たに賃貸経営を始めた個人は、基準期間における課税売上高がないため、原則として消費税の免税事業者となるケースが多くあります。

ただし、次のような場合には、基準期間の課税売上高が1,000万円以下であっても、消費税の納税義務が生じることがあります。

・インボイス発行事業者の登録を受けた場合

・消費税課税事業者選択届出書を提出した場合

・特定期間の課税売上高などが1,000万円を超えた場合

・相続などにより課税売上げのある事業を承継した場合

また、賃貸用不動産を売却する場合、土地部分は非課税ですが、事業として売却する建物部分は、消費税の課税対象となる取引です。

売却した年に免税事業者であれば、原則として、その建物売却について消費税を納付する必要はありません。

ただし、建物部分の売却代金は課税売上高に含まれるため、個人事業者の場合、原則として2年後の課税事業者判定に影響します。

よって、現時点では免税事業者であっても、住宅家賃、店舗家賃、駐車場収入、土地・建物の売却代金について、日頃から消費税区分を意識して記帳しておくことが重要です。


補足:居住用賃貸建物の取得では仕入税額控除が原則として制限される

2020年10月1日以後に取得した一定の居住用賃貸建物については、建物取得代金に含まれる消費税を、原則として仕入税額控除できない制度となっています。

そのため、アパートや賃貸マンションを取得し、建物代金に含まれる消費税の還付を受ける方法は、現在では基本的に利用できません。

ただし、住宅以外に使用することが明らかな建物や、店舗と住宅が混在する建物は、取扱いが異なる場合があります。

また、取得後の一定期間内に課税賃貸へ用途変更した場合や、建物を譲渡した場合には、仕入控除税額を調整する制度があります。

住宅用賃貸物件を購入する場合は、消費税還付を前提に資金計画を立てず、契約前に適用関係を確認しましょう。



4.不動産を売却したときの税務

4-1.売却益は分離課税の譲渡所得として計算する

個人が土地や建物を売却した場合、売却益は原則として譲渡所得となり、給与所得や不動産所得とは分けて税額を計算します。

基本的な計算式は次のとおりです。

課税譲渡所得=売却代金-取得費-譲渡費用-適用できる特別控除

取得費には、土地建物の購入代金、購入手数料、一定の設備費や改良費などが含まれます。

譲渡費用には、売却時の仲介手数料、測量費、売買契約書の印紙代、一定の立退料や取壊し費用などが含まれます。

投資用不動産では、マイホームの3,000万円特別控除などを当然に利用できるわけではありません。

売却価格だけを見るのではなく、税金、仲介手数料、借入金残高を差し引いた手取り額を確認することが重要です。


4-2.所有期間によって長期譲渡と短期譲渡で税率が異なる

土地や建物の譲渡所得は、売却した年の1月1日時点における所有期間によって、長期譲渡所得と短期譲渡所得に区分されます。

例えば、2020年7月1日に投資用不動産を取得したケースで考えてみましょう。

この物件を2025年12月31日に売却した場合、実際の保有期間は5年を超えています。

しかし、判定基準となる2025年1月1日時点では、取得から約4年6か月しか経過していません。そのため、この売却による所得は短期譲渡所得に該当します。

一方、売却時期を2026年1月以降にした場合、2026年1月1日時点で所有期間が5年を超えているため、原則として長期譲渡所得に該当します。

長期・短期譲渡の判定タイムライン図。2020年7月1日取得から売却日で税率が分岐し、約39.63%と約20.315%を比較している。

したがって、「取得日から5年間保有したから長期譲渡になる」と判断するのではなく、売却予定年の1月1日時点で所有期間が何年になるかを確認することが重要です。

ただし、売却時期は税率だけで決めるものではありません。市場価格、借入金残高、修繕予定、金利、買主との条件なども踏まえ、税引後の手取り額で判断しましょう。


4-3.減価償却が売却時の取得費と税負担に与える影響

保有中に生じた不動産所得の赤字を、給与所得などと損益通算できる場合の税効果については、「3-3-2.減価償却によって保有中の税負担を抑えられる場合がある」で説明しました。

ここで、

「減価償却によって保有中の税金が減っても、売却時の譲渡所得が増えるのであれば、結局は同じではないか」

と考える方がいらっしゃいます。

確かに、建物の減価償却が進むと、将来その建物を売却するときの取得費は小さくなります。建物の取得費は、購入代金などから、所有期間中の減価償却費の累計額を差し引いて計算するためです。取得費が小さくなれば、その分だけ売却時の譲渡所得が大きくなり、譲渡所得に対する税負担も増える可能性があります。

しかし、これだけを見て「減価償却をしても意味がない」と判断するのは適切ではありません。


4-3-1.減価償却費を計上しなくても売却時の取得費は減少する

まず重要なのは、賃貸用建物について、本来計上すべき減価償却費を必要経費に計上しなかったとしても、売却時の取得費をその分だけ高く残せるわけではないという点です。

売却時の建物の取得費は、実際に必要経費として計上した金額ではなく、本来計上すべきであった減価償却費の累計額を差し引いて計算します。

したがって、減価償却費を計上しなければ、

・保有中の不動産所得を減らす効果を受けられない

・それにもかかわらず、売却時の取得費は減少する

という結果になり得ます。

「売却時の税金を抑えるために、保有中は減価償却費を計上しない」という選択が有利になるわけではありません。


4-3-2.保有中と売却時では、適用される税率が異なる

次に、保有中の不動産所得と売却時の譲渡所得では、適用される税率が異なります。

保有中の不動産所得は、給与所得などと合算して税額を計算する総合課税の対象です。

所得税には超過累進税率が採用されているため、給与所得などが高い人ほど、減価償却費によって所得を圧縮した場合の税効果が大きくなる傾向があります。

一方、土地や建物の売却による譲渡所得は、給与所得などとは分けて税額を計算する分離課税の対象です。

売却した年の1月1日時点における所有期間が5年を超える長期譲渡所得であれば、所得税、復興特別所得税および住民税を合わせた税率は、原則として20.315%です。

そのため、保有中に比較的高い税率で所得を圧縮し、将来の売却時に長期譲渡所得の税率で課税される場合には、保有期間と売却時を通算した名目上の税負担が小さくなることがあります。

例えば、減価償却費1,000万円を給与所得などと全額損益通算でき、保有中の限界税率を50%と仮定すると、保有中の税負担は約500万円減少します。

その1,000万円分だけ将来の譲渡所得が増加し、長期譲渡所得として20.315%で課税された場合、売却時に増加する税負担は約203万円です。

この単純化したケースでは、

・保有中に減少する税負担:約500万円

・売却時に増加する税負担:約203万円

・税率差による名目上の効果:約297万円

となります。

つまり、減価償却による効果は、単に税金の支払いを将来へ繰り延べるだけではありません。保有中と売却時の税率差によって、保有期間全体の名目税額そのものが小さくなる場合があります。


4-3-3.課税を将来へ繰り延べることにも経済的価値がある

仮に保有中と売却時の税率が同じで、最終的な名目税額が変わらなかったとしても、税金の支払いを将来へ繰り延べることには一定の経済的価値があります。

保有中に手元へ残った資金を、借入金の返済、修繕、追加投資、事業資金などに活用できるためです。

現在手元にある資金は、将来受け取る同額の資金よりも活用可能性が高いという考え方を「貨幣の時間価値」といいます。

したがって、減価償却の効果を判断するときは、名目上の税額だけでなく、税金を支払う時期と、その間に手元資金をどのように活用できるかも考慮する必要があります。


4-3-4.減価償却が必ず有利になるわけではない

もっとも、減価償却によって、すべてのケースで税負担が小さくなるわけではありません。

実際の効果は、次の条件によって変わります。

・保有中の所得水準と適用税率

・不動産所得の赤字のうち損益通算できる金額

・売却時期と所有期間

・売却価格・短期譲渡所得または長期譲渡所得のいずれに該当するか

・売却時に利益が生じるか、損失が生じるか

・保有中に確保した資金の活用状況

特に、短期譲渡所得となる場合には長期譲渡所得よりも高い税率が適用されるため、保有中との税率差による効果が小さくなる可能性があります。

また、不動産所得の赤字には、土地の取得に対応する借入金利子など、給与所得等との損益通算が制限される部分があります。

さらに、税率差による効果が得られたとしても、物件価格の下落、空室、賃料下落、大規模修繕、金利上昇などによる経済的損失が、それを上回る可能性があります。

売却時の税負担、売却後の借入金返済額、税引後の手取り額、保有中のキャッシュフロー、手元資金の活用効果まで含め、物件の保有期間全体で判断することが重要です。


4-4.取得費を証明する資料は売却まで保存する

古い物件では、購入時の売買契約書や領収書が見つからず、取得費の立証が問題になることがあります。

取得費が分からない場合などは、売却代金の5%を概算取得費として使用できます。ただし、実際の取得費より大幅に少なくなる可能性があります。

次の資料は、確定申告上の一般的な保存期間を過ぎても、売却するまで保存しておくことをおすすめします。

  • 売買契約書

  • 建築請負契約書

  • 仲介手数料の領収書

  • 土地建物の価格配分資料

  • 増改築工事の資料

  • 減価償却資産台帳

  • 過去の確定申告書



5.不動産を贈与・相続するときの税務と承継対策

5-1.不動産の生前贈与で確認すべき税金と資金負担

賃貸不動産を子や孫へ生前贈与すれば、その後の家賃収入を次世代へ移転できる場合があります。

一方、不動産の贈与には贈与税だけでなく、登録免許税、不動産取得税、司法書士報酬などが発生する可能性があります。

また、受贈者は現金を受け取るわけではないため、贈与税などの納税資金を別に準備しなければならないことがあります。

「将来の相続財産を減らせる」という理由だけで判断せず、贈与時の負担、その後の家賃収入、将来の相続税、家族間の財産配分を総合的に検討しましょう。


補足:暦年課税と相続時精算課税の違い

生前贈与では、暦年課税と相続時精算課税のどちらを利用するかが重要な論点になります。

相続時精算課税は、一定の父母・祖父母から子・孫などへの贈与について選択できる制度です。一度選択すると、その贈与者からの贈与について、暦年課税へ戻すことはできません。

贈与者が死亡したときには、一定の贈与財産を相続税の計算へ加算して精算します。2024年1月1日以後の贈与では、相続時精算課税について年110万円の基礎控除が設けられています。

暦年課税による贈与についても、2024年1月1日以後の贈与から、相続税への加算対象期間が段階的に7年へ延長されています。実際の加算期間は相続開始日によって異なります。

制度名だけで有利・不利を決めず、贈与者の年齢、財産構成、相続人、将来の値上がりや家賃収入まで比較する必要があります。


5-2.贈与では取得費と取得時期を贈与者から引き継ぐ

贈与によって取得した土地建物を将来売却する場合、取得費は、原則として贈与者が購入したときの金額を基に計算します。

取得時期も、贈与者の取得時期を引き継ぎます。

したがって、贈与時の時価や贈与税評価額が、そのまま売却時の取得費になるわけではありません。

贈与時には、所有権だけでなく、売買契約書、建築資料、工事資料、減価償却資産台帳も受贈者へ引き継ぐことが重要です。


5-3.相続税評価額と市場価格は異なる

相続税を計算するための不動産の評価額と、実際に売却できる市場価格は同じではありません。

土地は、路線価が設定されている地域では、原則として路線価を基に、土地の形状、奥行き、接道状況などを調整して評価します。

賃貸建物の敷地は、一定の要件を満たす場合、貸家建付地として評価します。

貸家建付地の価額 = 自用地価額 - 自用地価額 × 借地権割合 × 借家権割合 × 賃貸割合

ただし、空室の状況、賃貸借契約の内容、利用実態、物件の種類などによって、評価額は変わります。

このような相続税独自の評価方法により、不動産の相続税評価額が市場価格を下回るケースは少なくありません。そのため、同じ金額を現金で保有する場合に比べて、相続税の計算上の課税価格を抑えられることがあります。


補足:2027年から適用される貸付用不動産の「5年ルール」

令和8年度税制改正により、被相続人や贈与者などが課税時期前5年以内に対価を伴う取引で取得または新築した一定の貸付用不動産は、原則として課税時期における通常の取引価額に相当する金額で評価することとされました。課税上の弊害がない限り、取得価額を基に地価変動などを考慮して計算した価額の80%相当額で評価できる取扱いも設けられています。

この改正は、2027年1月1日以後に相続、遺贈または贈与により取得する一定の財産から適用されます。そのため、相続直前に賃貸不動産を購入すれば、従来の路線価や固定資産税評価額を基礎とする評価方法による圧縮効果をそのまま得られるとは限らないので注意が必要です。


5-4.相続では取得費・取得時期・減価償却情報を引き継ぐ

相続した土地建物を売却する場合、原則として、被相続人の取得費と取得時期を引き継ぎます。

相続時の時価や相続税評価額が、そのまま所得税上の取得費になるわけではありません。

賃貸建物の減価償却についても、被相続人の取得価額、耐用年数、経過年数、未償却残高などを確認する必要があります。

所有者が元気なうちに、次の資料を整理しておくことが重要です。

  • 購入時の売買契約書

  • 建築請負契約書

  • 増改築工事の資料

  • 借入金の資料

  • 過去の確定申告書

  • 減価償却資産台帳

  • 賃貸借契約書

なお、相続税が課税された方が、相続や遺贈により取得した不動産を一定期間内に売却した場合には、納付した相続税の一部を譲渡所得上の取得費へ加算できることがあります。相続後に売却を予定している場合は、売却期限と適用要件を事前に確認しましょう。


5-5.遺産分割・借入金・納税資金は一体で考える

賃貸不動産の相続では、「誰が不動産を取得するか」だけでなく、相続後の賃貸経営も考える必要があります。

特に確認したいのは、次の点です。

  • 家賃収入を誰が受け取るか

  • 修繕や管理を誰が担当するか

  • 借入金を誰が引き継ぐか

  • 金融機関の承諾が必要か

  • 相続税をどの資金で納付するか

  • 他の相続人へ渡す財産があるか

  • 共有状態を将来解消できるか

相続税額だけを抑えても、納税資金が不足したり、不動産が共有となって修繕や売却を進められなくなったりすれば、十分な対策とはいえません。

税理士だけでなく、弁護士、司法書士、金融機関などとの連携が必要になる場合があります。


5-6.法人所有では株式による承継も検討する

法人で不動産を所有している場合、相続の対象は不動産そのものではなく、原則として法人の株式となります。

不動産を物件ごとに相続する場合と比べ、株式による承継は管理や議決権を集約しやすい面があります。

一方で、法人の株式評価、後継者以外の相続人への財産配分、役員構成、借入金の連帯保証などを検討しなければなりません。

法人化は、単年度の所得税対策だけでなく、将来の承継まで見据えて判断することが重要です。


6.不動産オーナーが税務調査で確認されやすいポイント

国税庁が公表した令和6事務年度の資料によると、所得税の実地調査と簡易な接触を合わせた件数は約73万6,000件で、申告漏れなどがあった件数は約36万9,000件、追徴税額は1,431億円でした。調査対象の選定にはAIも活用されています。

なお、これは所得税全体の数値であり、不動産オーナーだけの調査件数・追徴税額ではありません。


不動産オーナーについては、特に次の点を説明できるようにしておきましょう。

  • 家賃、礼金、更新料の計上漏れ

  • 敷金や保証金の収入計上時期

  • 私的な飲食費や車両費の混在

  • 土地建物の価格配分

  • 減価償却資産の区分と耐用年数

  • 修繕費と資本的支出の区分

  • 親族、同族会社へ支払う管理料の実態

  • 住宅、店舗、駐車場の消費税区分

  • 売却時の取得費と譲渡費用の根拠

過去の裁判例では、同族会社へ毎月定額で支払っていた修繕費や修繕積立金について、実際に工事が行われ、支払債務が確定した部分以外は必要経費として認められなかった事例があります。

請求書や振込記録だけでなく、実際にどのような業務や工事が行われたかを説明できる資料が必要です。



7.不動産税務を専門家に相談すべきタイミング

次のような場合は、契約、工事、贈与、売却を実行する前に相談することをおすすめします。

  • 土地建物の価格が一括表示されている

  • 中古の一棟物件を購入する

  • 個人と法人のどちらで購入するか迷っている

  • 大規模修繕やリノベーションを予定している

  • 住宅と店舗が混在する物件を購入する

  • 高額な減価償却や損益通算を想定している

  • 個人所有の物件を法人へ移転する

  • 賃貸不動産を売却する

  • 賃貸不動産を贈与、相続する

  • 相続対策として不動産購入を検討している

土地建物の価格配分、消費税、法人への移転、生前贈与などは、実行後に修正することが難しい場合が多いです。

税金だけでなく、融資条件、手残りキャッシュフロー、将来の売却、家族への承継まで含めて判断することが重要です。


まとめ

不動産税務で大切なのは、今年の税額だけを見るのではなく、購入、保有、修繕、売却、贈与・相続までを一つの流れとして考えることです。土地建物の価格配分、減価償却、法人化、売却、贈与・相続には、実行後の修正が難しい論点も少なくありません。

ご自身の物件について確認する場合は、売買契約書、借入金返済予定表、固定資産税評価証明書、減価償却資産台帳、修繕資料などを整理し、現在の所有状況と将来の方針を明確にすることから始めましょう。

その上で、税務だけでなく、融資条件、保有中のキャッシュフロー、売却後の手取り額、家族への承継まで含めて判断することが重要です。

【FAQ】不動産投資・賃貸経営の税務に関するよくある質問

Q1. ローンの返済額はすべて経費になりますか?

いいえ。原則として、必要経費になるのは利息部分です。

元本部分は借入金の返済であり、必要経費にはなりません。


Q2. リフォーム費用はすべて修繕費にできますか?

工事内容によります。

通常の維持管理や原状回復であれば修繕費になりやすい一方、価値を高める工事や使用可能期間を延長する工事は、資本的支出となる可能性があります。


Q3. 区分マンション1室でも青色申告できますか?

青色申告の申請は可能です。

ただし、事業的規模に該当しない場合、青色申告特別控除は原則として最高10万円となり、青色事業専従者給与など一部の取扱いも異なります。


Q4. 不動産所得の赤字は給与所得から差し引けますか?

原則として損益通算できる場合があります。

ただし、土地取得のための借入金利息に相当する赤字部分や、国外中古建物に関する一定の損失などは制限されます。


Q5.減価償却費を計上しなければ、売却時の取得費を多く残せますか?

原則として残せません。賃貸用などの業務用建物は、本来計上すべき減価償却費を過去の申告で必要経費にしていなくても、売却時の取得費から減価償却費相当額を差し引きます。


Q6. 不動産を所有するなら法人化した方がよいですか?

一概には言えません。所得、物件数、借入状況、売却予定、家族構成、社会保険、相続方針によって異なります。

所得税と法人税の税率だけで判断せず、設立・維持費用や融資、出口戦略まで比較する必要があります。

本記事の作成にあたっては、国税庁の公表情報、法令などを参考にしています。

不動産所得・必要経費

・国税庁「No.1370 不動産収入を受け取ったとき(不動産所得)

・国税庁「No.1373 事業としての不動産貸付けとそれ以外の不動産貸付けとの区分

・国税庁「No.1376 不動産所得の収入計上時期

・国税庁「No.1379 修繕費とならないものの判定

・国税庁「No.1391 不動産所得が赤字のときの他の所得との通算

・国税庁「No.1399 新たに不動産の貸付けを始めたときの届出など

・国税庁「No.2070 青色申告制度

・国税庁「No.2072 青色申告特別控除

・国税庁「No.2100 減価償却のあらまし

・国税庁「No.2210 必要経費の知識

・国税庁「No.2215 固定資産税、登録免許税又は不動産取得税を支払った場合

・国税庁「No.2260 所得税の税率

・国税庁「No.5759 法人税の税率

・国税庁「10万円控除要件が変わります!

・国税庁「賃貸用の土地建物を購入した際に支払った仲介手数料の取扱いについて

・国税庁「賃貸用アパートを購入した際に支払った固定資産税及び都市計画税相当額の清算金の取扱いについて

・国税庁「建物の標準的な建築価額表

不動産の売却

・国税庁「No.3208 長期譲渡所得の税額の計算

・国税庁「No.3211 短期譲渡所得の税額の計算

・国税庁「No.3261 建物の取得費の計算

・国税庁「No.3270 相続や贈与によって取得した土地・建物の取得費と取得の時期

贈与・相続

・国税庁「No.4103 相続時精算課税の選択

・国税庁「No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)

・国税庁「No.4614 貸家建付地の評価

・国税庁「No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例

・国税庁「相続により取得した減価償却資産の耐用年数

・財務省「令和8年度税制改正の大綱(相続税等の財産評価の適正化)

消費税

・国税庁「No.6201 非課税となる取引

・国税庁「No.6225 地代、家賃や権利金、敷金など

・国税庁「居住用賃貸建物の取得等に係る仕入税額控除の制限

税務調査

・国税庁「令和6事務年度における所得税及び消費税調査等の状況

・国税庁「令和6事務年度 所得税及び消費税調査等の状況(PDF)

確認日:2026年7月13日


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