【事業承継シリーズ 第13回】後継者がいない会社のM&A|売却方法・手順・税金・注意点
更新日:3 日前
「会社を継ぐ子どもがいない」「長く勤めた幹部も、経営を引き受けることには慎重」。このような場合、廃業しか選択肢がないと思われることがあります。
しかし、社外の企業や個人に会社・事業を引き継ぐM&Aも、事業承継の選択肢です。従業員の雇用や取引先との関係を守りながら、培ってきた事業を次の経営者につなげられる可能性があります。
一方、M&Aは「希望する価格で会社が売れれば終わり」ではありません。 譲渡方法、税金、金融機関への対応、経営者の個人保証、契約条件、譲渡後の従業員への影響など、事前に確認すべきことがあります。
この記事では、後継者のいない中小企業の経営者向けに、M&Aの仕組み、主な方法、手順、売り手が注意したいポイントを解説します。
▍ この記事の要点|1分でわかる事業承継M&A

後継者がいなくても事業を続ける方法がある。 第三者に株式や事業を譲渡することで、事業の存続を図れます。ただし相手先が必ず見つかるわけではありません。
株式譲渡と事業譲渡は仕組みが違う。 移転するもの、契約・従業員・借入の取扱い、税金などが異なります。
売却価格だけで判断しない。 手取り額、経営者保証の解除、譲受側の信用力、従業員への説明、最終契約の条件まで確認しましょう。
▍ 目次
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1. 結論|M&Aは事業を残すための承継方法の一つ
ⓘ M&A後の経営者保証を見落とさない 株式や事業を譲渡しても旧経営者の個人保証は当然に解除されません。売買契約の前に金融機関と保証・担保・借入条件を協議し、最終契約と引継ぎ計画へ反映します。中小M&Aガイドライン第3版と2026年の金融庁による経営者保証の支援情報も参照してください。 |
中小企業の事業承継では、親族や役員・従業員に継いでもらうことを考える方が多いでしょう。しかし、適任者がいない場合や、本人に承継の意思がない場合もあります。
その場合、会社や事業を第三者に引き継ぐM&Aは有力な選択肢の一つです。売り手の経営者が引退した後も、従業員の雇用や取引先との関係を維持できる可能性があります。
ただし、M&Aで事業を引き継ぐかどうかは、買い手の経営方針や会社の財務状況、事業の将来性などによって変わります。事業承継・引継ぎ支援センターのような公的相談窓口も活用しながら、複数の選択肢を比較することが大切です。
M&Aの成約そのものを目的にせず、会社の事業、従業員、経営者本人の希望を実現できるかという視点で検討しましょう。
中小企業庁が公表している「中小M&Aガイドライン(第3版)」では、仲介手数料や利益相反、買い手の適格性、経営者保証の取扱いなどについても注意を促しています。
2. 株式譲渡と事業譲渡|何が違う?
中小企業のM&Aにはいくつかの方法がありますが、まず押さえておきたいのは株式譲渡と事業譲渡の違いです。

比較項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
売り手 | 原則として株主 | 会社 |
主に移るもの | 株式を通じて会社の支配権 | 契約で定めた事業・資産等 |
会社そのもの | 原則として存続する | 譲渡する事業を移転する |
契約・雇用 | 会社自体は変わらないが条件確認が必要 | 契約・雇用の移転等に個別対応が必要な場合がある |
税務 | 株主の株式譲渡益等を検討 | 会社側の譲渡損益、消費税等を検討 |
2-1. 株式譲渡の場合
株式譲渡では、売り手株主が保有する株式を買い手に譲渡します。会社の法人格は原則としてそのままです。したがって、一般的には事業の運営を継続しながら支配株主を変更する仕組みになります。
ただし、会社に借入金や偶発債務がある場合、株式譲渡だけでそれらが消えるわけではありません。買い手は会社に残るリスクを精査することになり、契約条件や価格に影響することがあります。
また、主要取引先や金融機関との契約には、株主変更時の通知・承諾等の条項が設けられている場合があります。契約書の確認は欠かせません。
2-2. 事業譲渡の場合
事業譲渡は、会社の事業の全部または一部について、資産や取引関係などを契約により他者へ移転する方法です。
会社の株式自体を売るわけではないため、売却代金は原則として事業を譲渡した会社に入ります。先代経営者個人が直接受け取る株式譲渡とは、お金の流れが異なります。
また、どの資産や負債、契約を移すのかを個別に定める必要があります。従業員の雇用関係、許認可、取引先契約などにも、個別の承諾や手続が必要になることがあります。
2-3. どちらが有利かは一律に決まらない
株式譲渡と事業譲渡は、税務・法務・資金の流れが異なります。売り手が希望する方法と買い手が希望する方法が異なることもあります。
「株式譲渡なら税金が少ない」「事業譲渡ならリスクがない」といった単純な判断はできません。会社に残る資産・負債、売却後の整理、消費税、契約の移転可能性などを総合的に検討します。
3. M&Aの売却価格はどう考える?
会社の価格を考えるとき、決算書の純資産額だけを見ればよいわけではありません。将来の収益力、資産や負債の実態、事業の強み、取引先や従業員の状況など、さまざまな要素が関係します。
例えば、会計上の純資産が大きくても、主要取引先に売上が集中し、その取引が先代社長の人脈に依存している場合には、買い手が慎重に評価するかもしれません。
反対に、帳簿上は大きな資産がなくても、長年の取引関係や独自の技術、安定した顧客基盤などが評価につながる場合もあります。
相続税・贈与税で用いる非上場株式の評価額と、M&Aで交渉する株式売買価格は同じとは限りません。 評価の目的が違うためです。
企業価値の検討では、貸借対照表上の純資産を時価で調整する方法、収益力を参考にする方法、将来キャッシュフローを基にする方法などが使われます。ただし、採用する方法や前提は、会社の状況や取引条件により異なります。
また、売却価格が高くても、仲介手数料、税金、未払債務への対応などによって、経営者の手元に残る金額は変わります。
価格を比較するときは「取引金額」「費用・税金」「手取り」「残るリスク」を分けて考えることが大切です。
4. M&Aの基本的な進め方|5つのSTEP

STEP 01 │ 譲渡する目的と条件を整理する
まずは、なぜ事業を譲渡したいのか、何を守りたいのかを明確にします。
例えば「従業員の雇用を守りたい」「取引先との関係を維持したい」「社長個人の借入保証を整理したい」「引退後の生活資金を確保したい」といった希望です。
希望する条件の優先順位を決めておくことで、単純な売却価格の比較に流されにくくなります。
STEP 02 │ 会社・事業の情報を整理する
過去数期の決算書・税務申告書、借入・保証の状況、主要契約、許認可、従業員・役員の状況、保有不動産や関連当事者との取引などを整理します。
買い手から見て不透明な点が多い場合には、条件交渉が難しくなることがあります。簿外債務の可能性や、社長個人と会社のお金の混在などがあれば、事前に把握しておくことが重要です。
不動産を会社と社長個人のどちらが所有しているのか、会社がどの契約で使っているのかも確認します。
STEP 03 │ 支援先を選び、買い手候補を探す
事業承継・引継ぎ支援センターは、公的な相談窓口です。民間のM&A仲介会社やFA(フィナンシャル・アドバイザー)を利用する方法もあります。
仲介会社は一般に売り手と買い手の双方に関与する場合があり、FAは一方の当事者に助言する役割を担います。契約によって業務範囲が異なるため、実際の契約内容を確認する必要があります。
相談先を選ぶ際は、担当者の経験、手数料、最低報酬、着手金・中間金、成功報酬の算定基準、専任・専属条項、テール条項、情報管理の方法などを確認します。
「買い手候補がいる」と聞いても、直ちに確実な成約が見込めるわけではありません。相手の資金調達能力や意向も確認する必要があります。
STEP 04 │ 基本合意、調査、最終契約を進める
候補先と条件が合ってきたら、基本合意を締結し、買い手が財務・税務・法務等のデューデリジェンス(DD)を行うことがあります。
DDでは、決算書の数値だけでなく、借入・保証、税務上のリスク、重要契約、許認可、労務、関連当事者との取引なども確認されます。
調査結果によって、価格や最終契約の条件が変更されることがあります。重要な条項については弁護士の確認を受け、支払条件、表明保証、補償、引継ぎ協力義務などを理解してから契約することが重要です。
STEP 05 │ クロージングと引継ぎ後の対応
最終契約に沿って株式・事業を移転し、代金の支払いなどを実行します。ただし、契約締結と同時にすべてが終わるわけではありません。
旧経営者の保証解除、取引先や金融機関への説明、従業員とのコミュニケーション、システムや業務の引継ぎなどが残る場合があります。
買い手側にとっても、譲受後に業務や人員を円滑に統合する取組(PMI)が重要です。引継ぎ後の役割分担や協力期間まで検討しましょう。
5. 特に注意したい3つのリスク
5-1. 個人保証が解除されないリスク
株式を売却したからといって、経営者の連帯保証が当然に解除されるものではありません。M&Aの代金を受け取った後も個人保証が残れば、先代経営者が予期しない負担を負うリスクがあります。
中小M&Aガイドライン第3版でも、経営者保証の取扱いと不適切な買い手によるトラブルについて注意が示されています。
解除の具体的な手順や時期、金融機関との協議、必要な確認資料、万一解除できなかった場合の対応などを、最終契約の前に弁護士や金融機関と相談することが重要です。
5-2. 手数料と利益相反のリスク
M&A仲介会社の報酬には、成功報酬だけでなく、着手金、中間金、最低報酬などがある場合があります。対象とする算定基準が株式価値なのか、企業価値なのかなどによっても金額が変わります。
また、仲介者が売り手と買い手の双方から報酬を受け取る場合には、利益相反が生じる可能性があります。どちらの利益をどの範囲で調整するのか、利益相反に関する説明を受ける必要があります。
契約前に報酬の計算例を確認し、必要に応じて複数の支援機関から説明を受けることも有効です。
5-3. 秘密情報の漏えいと不適切な相手先のリスク
従業員や取引先に譲渡検討の事実が広まると、事業運営に影響が生じる可能性があります。
候補先にどの情報を、いつ、どの範囲で開示するかを整理し、秘密保持契約や情報管理の体制を確認します。
相手先についても、資金力や事業運営方針、過去の取引実績などを可能な範囲で確認します。条件の良さだけで判断しないことが重要です。
6. 税務と資金の面では何を確認する?
6-1. 株式譲渡と事業譲渡では税金の主体が違う
株式譲渡では、株主が自分の株式を売るため、株主側の譲渡所得等の課税関係を検討します。株主が個人か法人か、取得費・譲渡費用などによって計算が異なります。
事業譲渡では、事業を譲渡する会社に売却代金が入り、会社側で譲渡損益等を検討します。譲渡する資産の内容によっては消費税の扱いも問題になります。
さらに、会社から先代経営者へ資金を移す場合には、その方法によって別途税務上の論点が発生することがあります。
したがって、「譲渡価格1億円なら社長の手元に1億円残る」という計算にはなりません。 経営者個人と会社、それぞれのお金の流れを明確にする必要があります。
6-2. 現預金・借入金・役員貸付金の整理
売却価格の交渉では、会社の現預金や借入金の状況、資産の実態が重要になります。
例えば、社長個人への貸付金や立替金がある場合、買い手は回収可能性や処理方法を確認することになります。金融機関の借入金と個人保証の関係も整理しておきましょう。
会社に不動産がある場合には、土地・建物の所有と評価、担保、賃貸借契約、将来の修繕負担なども確認します。
6-3. 売却代金の使い道と引退後の生活
M&Aの条件を検討するときは、売却代金だけでなく、先代経営者が引退後に必要とする生活資金、相続財産、税負担なども確認します。
役員退職金を予定する場合には、会社の財務への影響や支給時期、税務上の取扱いを別に検討する必要があります。
売却額を最大化することだけがゴールではありません。経営者本人と家族が譲渡後にどのような生活を送るかという点も、事業承継の重要なテーマです。
7. 架空事例|後継者のいない設備工事会社B社
B社は創業35年、従業員12人の設備工事会社です。社長は70歳で、子どもは会社に勤務していません。社内の幹部は優秀ですが、株式の購入や会社の個人保証を引き受けることには慎重です。
会社には安定した取引先があり、技術を持つ従業員も在籍しています。一方で、社長個人名義の事務所を会社が使用し、会社の銀行借入には社長の保証が付いています。
社長は「従業員の雇用をできるだけ守り、創業以来の取引を続けてほしい」と考え、第三者への承継を検討することにしました。
最初に取り組むことは、買い手を急いで探すことだけではありません。決算書・借入・保証・主要契約・人員・不動産の使用関係を整理し、希望条件を明確にします。
次に、株式譲渡と事業譲渡で何が違うのか、税引後の手取額や会社・社長個人に残る債務、必要な契約変更を比較します。
そのうえで、公的相談窓口や適切な民間支援機関に相談し、候補先の信用力や事業継続の方針を見極めることになります。
この架空事例で重要なのは、M&Aの成立だけではなく、引退後の社長の保証や事業用不動産まで整理することです。
8. 専門家への相談はいつ?
M&Aの実行前には、複数の専門家が関わることがあります。役割を整理しておくと、手続の進行や重要事項の確認がしやすくなります。
相談先 | 主な相談内容 | 相談時期 |
|---|---|---|
税理士 | 株式譲渡と事業譲渡の税務、税引後の手取、売却後の申告 | 譲渡方法を決める前から |
公認会計士・財務の専門家 | 財務分析、企業価値・収益力、借入・資金繰り、財務DD | 初期の現状整理から |
弁護士 | 仲介・FA契約、秘密保持、基本合意、最終契約、保証解除等 | 契約締結前から |
金融機関 | 借入金・個人保証、担保、承継後の資金調達 | 条件交渉前の早い段階から |
M&A仲介・FA | 相手先探し、条件調整、全体進行 | 第三者承継の検討開始時 |
事業承継・引継ぎ支援センター | 公的相談、承継の選択肢、支援機関の案内 | 初期から相談可能 |
税務や財務の問題は、最終契約を結ぶ段階になってからでは選べる方法が限られる場合があります。売却方法と税金・資金負担を早期に比較することが重要です。
また、仲介会社にすべてを任せるのではなく、必要に応じて弁護士や税理士、公認会計士などから独立した立場で助言を受けることも考えられます。
9. まとめ|「高く売る」より何を残すか
後継者がいなくても、M&Aによって会社や事業を次の経営者へ引き継げる可能性があります。
しかし、株式譲渡と事業譲渡では仕組みも税務も異なり、価格だけで判断すると、経営者保証や契約、従業員などの問題を残す場合があります。
最初に確認したいのは次の5点です。
☐ 会社を引き継いでもらいたい理由と、譲れない条件を整理した
☐ 株式譲渡・事業譲渡で何が移り、何が残るかを確認した
☐ 借入金・経営者保証・不動産の使用関係を整理した
☐ 仲介・FAの業務と報酬、買い手側の信用力を確認した
☐ 売却価格ではなく、税引後の手取と引退後の生活資金を検討した
M&Aは契約が成立して終わりではなく、会社と関係者にとって納得できる引継ぎを実現するための手段です。
▍ アポロ税理士法人の考え方
アポロ税理士法人では、M&Aに伴う税務上の検討だけでなく、会社の財務状況、税引後の手取、銀行借入・経営者保証、経営者個人の資産や引退後の生活資金などを、分けて整理することを重視しています。
必要に応じてファルコン株式会社、弁護士、M&A支援機関、金融機関等と連携し、事業の継続や経営者の希望に合った選択肢を考えます。

監修者
月方 智彦
公認会計士・税理士
公認会計士・税理士として税務・会計の実務に携わり、事業経営や不動産保有の当事者としての経験も持つ。企業経営者や不動産オーナーの税務・財務・相続を横断して考え、必要に応じて各分野の専門家と連携した支援を重視している。
専門分野:法人・不動産税務/相続・贈与/財務・資金繰り/事業承継
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シリーズの入口:第1回|事業承継とは?何から始める?
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確認日:2026年10月25日。制度・適用条件および実務は改正・変更される場合があります。個別の取引は専門家と最新情報を確認してください。

