家族信託とは?収益用不動産オーナーが知っておきたい活用事例と注意点
- 7月21日
- 読了時間: 13分

「親が高齢になってきて、アパートの管理が心配」
「認知症になる前に、売却や大規模修繕ができる体制を整えておきたい」
「相続でもめないように、今のうちに不動産の承継先を決めておきたい」
このようなご相談は、不動産オーナーの方から多くあります。
収益用不動産は、預金と違って管理の手間があります。入居者対応、修繕、借入金の返済、賃貸借契約、売却判断など、所有者の判断能力が低下すると止まってしまう手続が少なくありません。
そこで選択肢の一つになるのが、家族信託です。
ただし、家族信託は安易に設定すべきものではありません。
財産管理と承継設計のための仕組みであり、税務・登記・金融機関対応・相続人間の公平性をあわせて検討する必要があります。
家族信託とは何か
家族信託とは、簡単にいうと、財産を持っている人が、信頼できる家族に財産の管理を任せる仕組みのことです。
「誰が、誰のために、どの財産を、どのように管理するか」を契約で決めます。
たとえば、父が収益用不動産を所有している場合、家族信託を活用することで、不動産の管理・運営・処分(売却)に関する権限を、長男や長女など信頼できる家族に託す設計が考えられます。
イメージとしては、不動産管理の「ハンドル」を家族に渡しておく制度です。
ただし、これは不動産を家族にあげるという意味ではありません。
家族信託では、「誰が管理するか」と「誰が利益を受けるか」を分けて考えます。たとえば、長男が不動産を管理していても、家賃収入を受ける権利が父に残っている場合、利益を受ける人は父となります。
なお、家族信託は、法律上の正式名称というより、家族間で利用される民事信託をわかりやすく表現した呼び方です。
信託法では、財産を持つ人が一定の目的に従い、財産の管理や処分を受託者に委ねる仕組みが定められています。家族信託も、この信託の仕組みを家族間の財産管理に活用するものです。
委託者・受託者・受益者の意味
家族信託では、主に3つの登場人物を理解しておく必要があります。
立場 | 意味 | 不動産信託での例 |
委託者 | 財産を託す人 | アパートを所有している父 |
受託者 | 財産を管理する人 | 管理を任される長男・長女 |
受益者 | 利益を受ける人 | 家賃収入を実質的に受ける父 |
たとえば、父がアパートを信託し、長男が受託者になったとします。
この場合、長男は家賃入金口座の管理、修繕業者とのやり取り、賃貸管理会社との連絡、必要に応じた売却手続などを担うことがあります。
一方で、家賃収入を受ける権利が父に残っているなら、受益者は父です。
このように、家族信託では「管理する人」と「利益を受ける人」を分けて設計できる点が大きな特徴です。
家族信託と遺言・成年後見制度の違い
家族信託を検討するときは、遺言や成年後見制度との違いも整理しておく必要があります。
どの制度が優れているという話ではありません。
目的によって、使い分ける制度が変わります。
・遺言との違い
遺言は、亡くなった後の財産承継を決める制度です。
たとえば、「自宅は長男に」「預金は長女に」「賃貸マンションは配偶者に」といった形で、死亡後の財産の分け方を決めます。
一方、家族信託は、生前の財産管理から死亡後の承継まで設計できる点に特徴があります。
たとえば、父が元気なうちに長男へ不動産管理を託し、父の死亡後は母を受益者にし、母の死亡後は長男に承継させる、といった設計が検討されることがあります。
ただし、遺言で十分なケースもあります。
財産が預金中心で、生前の管理よりも死亡後の分け方を決めることが目的であれば、遺言のほうがシンプルな場合もあります。
・成年後見制度との違い
成年後見制度は、判断能力が低下した人を法律的に保護するための制度です。
本人の判断能力が低下した後に、家庭裁判所を通じて後見人が選任され、本人の財産管理や契約手続を行います。
成年後見制度は本人保護を重視する制度です。
そのため、収益用不動産の売却、建替え、借換え、資産組替えなど、積極的な資産活用は慎重に判断される傾向があります。
家族信託は、本人の判断能力があるうちに、将来の管理方針を自分で決めておける点が違います。
不動産オーナーにとっては、認知症になった後に管理が止まるリスクへ事前に備えられる点が大きな意味を持ちます。
ただし、家族信託だけで医療同意や介護施設との契約など、身上監護に関する問題まで解決できるわけではありません。
成年後見制度、任意後見契約、遺言などと組み合わせて検討すべき場合もあります。

不動産オーナーが家族信託を検討する主な場面
不動産オーナーにとって、家族信託が検討されやすい場面を4つご紹介します。
1.収益用不動産の認知症対策
最も多い活用場面は、収益用不動産オーナーの認知症対策です。
アパートやマンションを所有している親が認知症になると、契約手続が難しくなることがあります。
たとえば、次のような場面です。
・老朽化した物件を大規模修繕したい
・空室が増えたため、管理会社を変更したい
・借入金の条件を見直したい
・不動産を売却して納税資金を確保したい
・建替えや資産組替えを検討したい
これらは、単なる日常管理ではなく、所有者の判断が必要になる重要な行為です。
所有者の判断能力が低下した後では、スムーズに進められない可能性があります。
家族信託を事前に設計しておけば、受託者である家族が信託契約に従って管理や処分を行える可能性があります。
特に、築年数が古い物件や、今後売却・建替え・大規模修繕の可能性がある物件では、早めの検討が重要です。
2.自宅売却・施設入居費用への備え
親が施設に入居する場合、自宅を売却して入居費用や生活費に充てたいケースがあります。
しかし、認知症が進んだ後では、本人が売買契約を結ぶことが難しくなる可能性があります。
この場合、事前に家族信託を組んでおくことで、受託者が信託契約に従って自宅を売却し、親の生活費や施設費用に充てる設計が考えられます。
ただし、自宅売却には税務上の注意点があります。
譲渡所得税、居住用財産の特例、相続後の空き家特例など、売却時期や居住状況によって検討すべき論点が変わります。
家族信託を組む段階で、将来の売却可能性まで想定しておくことが大切です。
3.共有不動産の管理対策
兄弟姉妹で共有している不動産は、意思決定が難しくなりがちです。
修繕したい人、売却したい人、持ち続けたい人で意見が分かれることがあります。
さらに、共有者の一人が認知症になると、売却や大規模修繕がより難しくなる可能性があります。
このような場合、家族信託によって管理権限を整理し、実務上の意思決定をしやすくする設計が考えられます。
ただし、共有不動産の信託では、共有者全員の理解と合意が重要です。
一部の共有者だけで進めようとすると、後から家族間トラブルになる可能性があります。
共有不動産は、税務だけでなく、民法上の権利関係や感情面の調整も含めて慎重に検討する必要があります。
4.二次相続まで見据えた承継設計
家族信託では、一次相続だけでなく、その次の承継先まで設計できる場合があります。
たとえば、父の死亡後は母、母の死亡後は長男、というように、信託契約で受益者や帰属先を定める設計が検討されることがあります。
通常の遺言は、自分の死亡後の承継先を指定することが中心です。
一方、家族信託では、一定の範囲でその先の承継まで考えられる点に特徴があります。
ただし、長期の設計ほど注意が必要です。
家族構成、相続人の関係、財産内容、税制、金融機関の対応は、時間の経過とともに変わります。
二次相続まで考える場合は、税務上の効果だけでなく、将来の家族関係や受託者の負担も含めて設計することが重要です。
家族信託が向いているケース・向いていないケース
家族信託は便利な制度ですが、すべての家庭に必要なわけではありません。
向いているケースと、他の制度も検討すべきケースを整理すると、次のようになります。

上記の中で、特に重要なのは「受託者」選びです。
受託者は、単に「長男だから」「同居しているから」という理由だけで決めるべきではありません。
収益用不動産の場合、受託者には次のような対応が求められます。
・家賃入金の管理
・修繕判断
・管理会社とのやり取り
・金融機関対応
・税理士への資料提供
・帳簿や証憑の整理
・相続人への説明
不動産の管理は、長期間続きます。
そのため、「信頼できる」はもちろんのこと、実務を継続できる人かどうかを見極める必要があります。
信託する場合の税務上の注意点
収益用不動産を信託した場合、まず整理すべきなのは、信託後の不動産所得を誰が申告するのかです。
ここで、「登記名義が長男になったから、長男が申告する」と単純に考えると誤ってしまいます。
税務上は、誰が家賃収入の経済的利益を受けるのか、すなわち「受益者」が重要です。
たとえば、父が委託者兼受益者となり、長男が受託者としてアパートを管理する場合、家賃収入を実質的に受ける人は父です。
この場合、登記名義が受託者である長男に変わっても、父が受益者であれば、父の不動産所得として申告する形になります。
一方で、途中で受益者を父から長男に変更した場合は注意が必要です。
信託財産から利益を受ける人が変わるため、贈与税、譲渡所得税、相続税などの課税関係を確認する必要があります。
たとえば、無償で受益権を長男に移す場合は贈与税、有償で移す場合は譲渡所得税が問題になります。
また、相続発生時に受益権が移る場合は、相続税の課税関係を確認する必要があります。
このように、家族信託では「登記名義が誰か」だけでなく、「誰が受益者か」「いつ受益者が変わるのか」「対価の有無はどうなっているのか」が重要になります。
さらに、信託後の実務管理も整理しておく必要があります。
青色申告、減価償却費、固定資産税、借入金利息、修繕費、管理委託料などを、誰の申告でどのように処理するのかを確認しておくべきです。
特に、複数物件を所有しており、一部の物件だけを信託する場合は、信託した物件と信託していない物件を分けて管理する必要があります。
このあたりは、契約書の文言だけで単純に判断できません。
財産の内容、受益者、受益権の評価、対価の有無、相続人関係、信託終了時の帰属先を総合的に確認することが大切です。
借入金付き不動産は金融機関への事前相談が重要
収益用不動産には、金融機関からの借入金が残っていることが多くあります。
この場合、信託契約だけを先に作って進めるのは危険です。
金融機関の承諾が必要になることがあります。
不動産に抵当権が設定されている場合、名義変更、信託登記、返済口座、賃料入金口座、担保評価、保証人の扱いなどを確認しなければなりません。
金融機関の目線では、次の点が重要です。
・誰が物件を管理するのか
・家賃収入はどの口座に入るのか
・借入金の返済原資は確保されるのか
・受託者に管理能力があるのか
・担保権の扱いに問題がないのか
・将来売却する場合の手続はどうなるのか
「家族信託をしたので名義を変えます」と急に言われても、金融機関はすぐに対応できないことがあります。
実務上は、信託契約を作成する前に、金融機関へ相談することをおすすめします。
特に、借入金が大きい物件、複数の金融機関が関係する物件、法人と個人が関係する物件では、早い段階で確認することが重要です。
家族信託と遺産分割協議・遺留分の注意点
相続が発生すると、通常は、亡くなった方の財産について遺産分割協議を行います。
遺産分割協議とは、相続人全員で、どの財産を誰が取得するかを話し合って決める手続です。
たとえば、信託していない預金、不動産、有価証券などがあれば、それらは原則として遺産分割協議の対象になります。
一方で、家族信託を設定した財産は、通常の相続財産とは扱いが異なります。
家族信託では、信託契約の中で、受益者の承継先や信託終了時の財産の帰属先を定めることができます。
そのため、信託した財産については、原則として、相続発生後に相続人全員で遺産分割協議をして分け方を決めるのではなく、信託契約の内容に従って承継が進むことになります。
ここは、家族信託の大きな特徴です。
たとえば、父が収益用不動産を信託し、信託契約の中で「父の死亡後は母を受益者とする」「母の死亡後は長男に帰属させる」と定めていたとします。
この場合、信託した不動産そのものについては、通常の遺産分割協議で「誰が取得するか」を決める財産とは別に扱われます。
ただし、ここで誤解してはいけない点があります。
信託財産が遺産分割協議の対象外になるとしても、相続税や遺留分の問題まで当然になくなるわけではありません。
つまり、信託設定した不動産そのものが遺産分割協議の対象外であっても、その不動産から利益を受ける権利については、相続税の計算上、価値を確認する必要があるということです。
また、家族信託を使えば遺留分を当然に回避できるわけでもありません。
遺留分とは、一定の相続人に最低限認められる相続上の取り分です。
たとえば、特定の相続人だけに収益用不動産の家賃収入や承継メリットを集中させる設計にした場合、他の相続人から遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。
そのため、家族信託では、相続税、遺留分、家族間の公平性、納税資金、将来の管理負担まで考える必要があります。
税務は税理士、契約や遺留分は弁護士、登記は司法書士、借入金は金融機関など、複数の専門家や関係機関と連携して進めることが大切です。
家族信託を検討するときのチェックリスト
収益用不動産について家族信託を検討する場合は、次の点を確認しておくと整理しやすくなります。
・信託する不動産はどれか
・信託しない財産は何か
・委託者、受託者、受益者を誰にするか
・家賃収入を誰の生活費や納税資金に使うか
・受託者にどこまで権限を与えるか
・売却、建替え、大規模修繕を認めるか
・借入金や担保について金融機関の確認を取ったか
・信託後の不動産所得の申告者は誰か
・固定資産税や修繕費はどの口座から支払うか
・消費税やインボイス対応が必要か
・受益者が死亡した後の承継先は誰か
・信託終了時に財産を誰へ帰属させるか
・遺留分や相続人間の公平性に問題はないか
・遺言や任意後見制度との併用が必要か
このチェックリストを見てもわかるように、家族信託は契約書だけの問題ではありません。
不動産管理、税務申告、相続対策、金融機関対応を一体で考える必要があります。

まとめ
家族信託は、収益用不動産オーナーにとって有効な選択肢の一つです。
特に、認知症対策、不動産管理、相続後の承継設計では大きな意味があります。
しかし、課税関係を理解しないまま進めると、不動産所得、贈与税、譲渡所得税、相続税などで思わぬ問題が出ることがあります。
また、借入金付き不動産では、金融機関の承諾や担保の扱いを事前に確認し、調整しておく必要があります。
さらに、家族信託を使っても遺留分の問題がなくなるわけではありません。
信託財産の承継先を決める場合でも、相続人間の公平性や将来のトラブルリスクを考える必要があります。
家族信託は、税務・法務・登記・金融機関対応をセットで検討してこそ、実務上も機能する仕組みになります。
「財産を守るための制度」が、後で家族間トラブルの火種にならないように、早い段階で現在の財産状況、家族関係、借入金、不動産収支を整理しておくことが大切です。



