クリニックの内部統制は厳しくすればよいのか?公認会計士が考える「ルールを増やしすぎない」不正防止
更新日:2 日前

クリニック経営では、スタッフによる横領や不適切な支払い、経理処理の誤りといったリスクを無視することはできません。
窓口で現金を扱い、同じ担当者がインターネットバンキングを操作し、給与計算や取引先への支払いまで担当している。少人数で運営するクリニックでは、このような体制になることもあるでしょう。
では、不正を防ぐために細かなルールを増やし、院長がすべてを確認すればよいのでしょうか。
私は、必ずしもそうは考えていません。
確認や承認を増やし過ぎれば、院長もスタッフも管理業務に時間を取られ、本来の診療や患者対応、採用、教育、経営判断に使える時間が減ってしまいます。
一方で、「長く勤めているスタッフだから大丈夫」「信頼している事務長だから全部任せている」という状態にもリスクがあります。
重要なのは、人を信頼することと、不正や重大なミスが起こりやすい仕組みを放置することを分けて考えることです。
人は信頼する。仕組みは疑う。
私は、小規模な組織の内部管理では、このくらいの考え方がちょうどよいのではないかと思っています。
私は公認会計士として監査法人で企業の内部統制を評価する仕事を経験した後、一般事業会社で財務責任者として組織を運営する側にも立ちました。現在は税理士として中小企業等の会計・財務にも関わっています。
その経験を踏まえ、この記事では、クリニックの内部統制を「どれだけ厳しくするか」ではなく、限られた人数と時間の中で、どこを管理すれば重大な問題を防ぎやすくなるのかという視点から考えます。
目次
1.内部統制は「人を疑うための仕組み」ではない
クリニック経営では、不正防止だけでなく日々の経理処理を正しく整理することも重要です。支出の判断については、「クリニックの経費|どこまで経費にできる?」もあわせてご確認ください。
内部統制という言葉を聞くと、「社員を監視する仕組み」「不正をさせないための細かなルール」という印象を持つかもしれません。
しかし、本来はもっと広い概念です。
少し難い話をすると、金融庁の「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」では、内部統制について、次の4つの目的が達成されているとの合理的な保証を得るためのプロセスと整理しています。
業務の有効性・効率性
報告の信頼性
事業活動に関わる法令等の遵守
資産の保全
そして、統制環境、リスクの評価と対応、統制活動、情報と伝達、モニタリング、ITへの対応という6つの基本的要素から構成されるとしています。
※なお、この内部統制報告制度そのものは上場会社等を対象とする制度であり、一般のクリニックに同じ仕組みをそのまま導入しなければならないという意味ではありません。
ここで参考にしたいのは、その考え方です。
特に重要なのが「合理的な保証」という言葉です。どれだけ管理体制を整えても、不正やミスを100%防ぐことはできません。
だからこそ内部統制は、業務を止めるほど管理を厳しくするのではなく、事業を動かしながら重大なリスクを許容できる水準まで下げる、という発想で考える必要があります。
2.ルールを増やせば内部統制が強くなるとは限らない
監査法人にいた頃、私は企業の業務フローを確認し、
「どこにリスクがあるのか」
「どのような内部統制が設けられているのか」
「その統制は実際に機能しているのか」
を評価する側にいました。
その後、一般事業会社で財務責任者となり、今度は実際に組織を動かす側になりました。
そこで強く感じたのが、内部統制を評価することと、実際に運用することは同じではない、ということです。
理論上は、承認者を増やした方が安全です。チェックする人を増やし、証拠書類を残し、担当者同士を分離すれば、不正や誤りの可能性は下げられます。
しかし、管理を増やせば必ずコストも増えます。承認待ちで仕事が止まる。同じ内容を何人も確認する。社長や部長のところに判断事項が集中する。形式だけのチェックが増え、本当に見るべき異常が埋もれる。
こうなれば、内部統制の目的の一つである「業務の有効性・効率性」を、内部統制自身が損なってしまいます。
統制を強くすること自体を目的にしてはいけません。
3.小規模クリニックでは「全部を分ける」ことはできない
典型的な内部統制の考え方の一つに「職務分掌」があります。簡単にいえば、「一つの取引を一人だけで最初から最後まで完結させない」という考え方です。
例えば支払いであれば、請求書を確認する人、振込データを作る人、承認する人、帳簿へ入力する人、銀行残高を照合する人を分ける方法があります。
大きな会社なら可能かもしれません。しかし、スタッフが10人前後のクリニックで、すべての業務について担当者を分けるのは現実的ではありません。
そこで必要になるのが、「全部を分ける」のではなく、「損失が大きくなるところだけ分ける」という考え方です。
新しい振込先を登録するとき
振込口座を変更するとき
一定額を超える支払いをするとき
給与振込口座を変更するとき
こうした場面だけ院長等の別の人が確認するようにすれば、確認件数を大幅に減らしながら重要なリスクを抑えることができます。
4.一人で完結せざるを得ないなら「後から発見できる仕組み」を置く
少人数のクリニックでは、どうしても同じ担当者が複数の仕事を兼務することがあります。その場合、「職務分掌ができないから内部統制もできない」と考える必要はありません。
代わりに、事後的な確認、つまり発見する統制を置く方法があります。
新規振込先
振込先口座の変更
一定額以上の支払い
前月まで存在しなかった取引先
前年同月から大きく増えた支払い
内部統制には、問題を起こしにくくする「予防」と、問題が起きても早く気付く「発見」の両方があります。少人数の組織では、この2つを組み合わせることが重要です。
5.信頼できるスタッフでも「一人で完結できる状態」は避ける
例えば、長年勤務し、院長から絶大な信頼を得ている事務長がいたとします。その人が、取引先を登録し、請求書を受け取り、振込データを作成し、自ら承認し、会計ソフトへ入力し、月末には預金残高と帳簿を照合する。
この状態にはリスクがあります。その事務長を疑っているからではありません。同じ人が取引の開始から記録、確認までを完結できれば、不正だけでなく単純なミスも発見されにくくなるからです。
逆に、権限を適度に分けておけば、スタッフ本人を守ることにもつながります。後から問題が発生したとき、「この人しか触っていなかった」という状態を避けられるからです。
内部統制は、経営者を守るだけの仕組みではありません。適切に仕事をしているスタッフを、不必要な疑いから守る仕組みでもあります。
6.「帳簿と通帳が合っている」だけでは発見できない不正もある
注意したいのは、すべての不正が帳簿や預金残高の照合で見つかるわけではないことです。
架空のモデルケースで考えてみます。本来1,000万円程度で調達できる設備やサービスを、担当者が特定の取引先から1,100万円で購入し、その見返りとして個人的な利益を受けていたとします。
クリニックから実際に1,100万円が支払われ、会計帳簿にも1,100万円と正しく記録されていれば、帳簿と銀行口座を照合しても一致します。それでもクリニックは、本来必要でなかった100万円を負担しています。
なぜこの業者を選んだのか
金額は相場から大きく外れていないか
特定業者への発注が急増していないか
相見積もりが必要な金額はいくらにするか
新規業者の選定を一人に任せていないか
このタイプの問題を見つけるには、会計処理だけでなく、取引そのものを見る必要があります。そのため、「税理士が帳簿を見ているから不正対策は十分」とも限りません。通常の月次会計や税務チェックと、不正リスクを意識した内部管理は目的が異なります。
7.不正をゼロにするより「長期化させない」ことも重要
内部統制を考えるとき、不正を一件も発生させないことだけを目標にすると、管理コストが際限なく増えていきます。そこで重要になるのが、問題が起きたとしても、大きくなる前に発見することです。
ACFE(Association of Certified Fraud Examiners、公認不正検査士協会)の「Occupational Fraud 2026: A Report to the Nations」は、世界143の国・地域の2,402件の職業上の不正事例を分析しています。
同調査では、6か月以内に発見された不正の損失中央値は4万ドルだったのに対し、5年を超えて続いた不正では110万ドルを超えていました。また、不正発見のきっかけとして最も多かったのは「通報」で43%。そのうち半数を超える通報が従業員から寄せられていました。
もちろん、これは世界各国・さまざまな業種を対象とした調査であり、日本のクリニックだけを示す統計ではありません。それでも、不正を長期間放置しないこと、異常に気付いた人が情報を上げられることの重要性を考える参考になります。
8.「悪い情報ほど早く上がる組織」を作る
私は、内部統制ではルールだけでなく組織文化も重要だと考えています。
現金が合わない
患者への請求を間違えた
振込先を間違えた
患者からクレームがあった
取引先から不自然な提案を受けた
こうしたとき、「院長に怒られるかもしれない」「自分で何とかしてから報告しよう」と考え、情報が数日、数週間と止まる方が危険です。
逆に、悪い情報ほど早く報告すること自体を評価するという文化があれば、重大な問題へ発展する前に対応できる可能性が高くなります。
「統制環境」には誠実性・倫理観、経営者の姿勢、組織の慣行、権限と職責、人事に関する方針などが含まれます。また、問題を指摘しにくい組織慣行は、情報伝達やモニタリングの有効性に悪影響を与えるとされています。
つまり、院長がどのような情報を歓迎し、どのような行動を評価するかも内部統制の一部なのです。
9.クリニックでは「全部管理する」のではなく重要なポイントを押さえる
では、実際にはどこを管理すればよいのでしょうか。
最初に考えたいのは、「ここで問題が起きたら、金額的・経営的な影響が大きいところはどこか」です。
業務 | リスクの高い状態 | 現実的な対応例 |
インターネットバンキング | 一人で振込作成から承認まで可能 | 担当者が作成し、一定額以上は院長等が承認 |
振込先登録 | 担当者が自由に口座を追加・変更できる | 新規登録・口座変更だけ別の人が確認 |
窓口現金 | 集計・入金・会計入力を一人で完結 | 日計表と入金額の不一致を別の人が確認 |
返金・取消 | 担当者だけで処理できる | 返金・取消一覧を月次で確認 |
給与 | マスター変更から振込まで同一人物 | 昇給・手当・振込口座変更を別途確認 |
高額購入 | 一人で業者選定・発注ができる | 一定額以上だけ事前承認・相見積もり等 |
月次会計 | 入力者だけで完結 | 前年比較・予算差異・異常な取引先等を見る |
システム権限 | 退職者や不要な人のIDが残る | 定期的に利用者・権限を棚卸しする |
ポイントは、すべてを確認することではありません。「発生頻度」ではなく「起きたときの影響」で優先順位を決めることです。例えば毎月何百件ある少額支払いより、年に数回しかない銀行口座変更の方が重点管理すべき場合があります。
10.院長は「全件チェック」より「例外を見る」
内部統制を整備すると、「結局、院長の仕事が増えるのではないか」という問題が出てきます。そこでおすすめしたいのが、全件を見るのではなく例外だけを見る方法です。
新規取引先
振込口座変更
一定額以上の支払い
返金・取消
給与マスターの変更
前年同月から大きく増減した費用
長期間残っている未収金や仮払金
これなら、取引100件をチェックするのではなく、「いつもと違う5件」を見る運用にできます。内部統制を実務で機能させるには、チェック項目を増やすことより、見るべき例外を決めることの方が重要な場合があります。
11.行動規範はルール以上に重要になることがある
細かな規程を何十ページ作っても、院長自身が守っていなければ内部統制は機能しません。
例えば院長自身が、
「領収書は後でいい」
「自分の支払いだけは例外」
「面倒だから承認なしで振り込んでおいて」
という行動を取っていれば、スタッフにだけ厳格なルールを求めても形骸化していきます。
患者に誠実である
クリニックのお金と個人のお金を分ける
ミスを隠さない
悪い情報ほど早く報告する
自分の権限を私的な利益のために使わない
ルールは少なく、原則は厳しく。
ただし、「原則を共有しているからチェックは不要」という意味ではありません。価値観で補う部分と、仕組みで必ず押さえる部分を分けることが重要です。
12.良い内部統制は、そのクリニックごとに違う
細かなルールと承認体系で管理する組織もあれば、大きな裁量をスタッフへ与える組織もあります。どちらかが常に正しいわけではありません。
クリニックの規模
現金を扱う量
スタッフ数
経理担当者の人数
院長が管理に使える時間
インターネットバンキング等のシステム
取引金額
組織文化
医療法人か個人開業か
他院の内部統制をそのままコピーするのではなく、何を失うと自院への影響が大きいのか、どこまでスタッフへ任せたいのか、どのリスクだけは一人に任せないのか、どこまでなら管理コストを負担できるのかを先に考えるべきです。そのうえで、必要な統制だけを置きます。
まとめ|内部統制の目的は「管理を増やすこと」ではない
医療経営に関する税務の基本論点として、「医師の概算経費特例とは?」も参考になります。
内部統制は、厳しければ厳しいほど良いものではありません。一方で、人を信頼していることを理由に、一人の担当者へ権限を集中させることにもリスクがあります。
重要なのは、自院の経営を邪魔せず、重大なリスクだけは見逃しにくい仕組みにすることです。
人は信頼する。仕組みは疑う。
ルールは少なく、原則は厳しく。
小規模なクリニックでは完璧な職務分掌を目指す必要はありません。一人で完結させてはいけない業務を決める。一人で担当せざるを得ない業務には、後から異常を発見する仕組みを置く。全件をチェックするのではなく、例外を見る。悪い情報ほど早く上がる文化を作る。こうした設計の方が、現実には機能しやすいことがあります。
内部統制はスタッフを監視するためだけのものではありません。スタッフを不要な疑いから守り、ミスを早く発見し、院長が診療や経営に集中するための仕組みでもあります。
内部統制を見直すとき、最初から規程集を作る必要はありません。まず、「お金が動く業務について、誰がどこまで一人でできるのか」を書き出してみてください。
振込先の登録・変更
インターネットバンキング
現金
返金・取消
給与マスター
高額な購入
会計入力と預金照合
この中に、一人だけで最初から最後まで完結できるものがあれば、優先的な確認対象です。そのうえで、院長自身が見るべき部分、スタッフ間で分ける部分、システムで制限できる部分、月次で事後確認する部分を整理すると、過度な管理を増やさずに内部統制を整えることができます。
当法人は、税務申告や会計処理だけでなく、月次管理や経理フローの整理を通じて、経営者が数字と業務の両面を把握できる体制作りを支援しています。

監修者
志田 宏樹
公認会計士・税理士・宅地建物取引士
監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。
専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継
主な根拠・参考情報


