医師・歯科医師の概算経費と実額経費はどちらが有利?計算例と判断ポイントを税理士が解説
「概算経費の特例を使えるなら、実額経費より得なのでは?」と考える開業医の先生は少なくありません。
結論からいうと、概算経費と実額経費は毎年比較して選ぶ必要があります。概算経費が有利な年もあれば、人件費や減価償却費が大きい年など、実額経費の方が有利になることもあります。
この記事では、個人開業の医師・歯科医師を主な対象として、概算経費と実額経費の比較方法を具体例で整理します。
制度そのものの仕組みや適用要件から確認したい方は、「医師の概算経費特例とは?措置法26条の計算方法・適用要件を税理士が解説」もあわせてご確認ください。
目次
1.結論|「概算経費が使える=概算経費が有利」ではない
概算経費の特例は、社会保険診療報酬に対応する必要経費を、実際に支出した金額ではなく法定の経費率で計算できる制度です。
一方、実額経費は、その年に実際に発生した給与、医薬品費、賃料、減価償却費などを基に所得を計算します。
したがって有利判定は、単純に「概算経費率が高いか」ではなく、その年の社会保険診療分に対応する実額経費と概算経費を比較することが基本となります。
特に、高額な医療機器を導入した年、スタッフを増員した年、大規模な内装工事を行った年などは、前年まで概算経費が有利だったクリニックでも結論が変わる可能性があります。
2.概算経費の特例(措置法26条)を使える条件
社会保険診療報酬が5,000万円を超える場合、または医業・歯科医業から生ずる収入金額が7,000万円を超える場合は、措置法26条による概算経費を選択できないとされています。
最新の申告様式・記載要領は、国税庁「確定申告書等の様式・手引き等」で確認できます。
この2つの基準に近いクリニックは、申告直前ではなく期中から収入見込みを確認しておくことが重要です。基準を超えれば、概算経費と実額経費の比較以前に特例自体を利用できなくなるためです。
3.概算経費はいくらになる?
社会保険診療報酬に対する概算経費率は、金額に応じて段階的に計算します。
2,500万円以下の部分:72%
2,500万円超3,000万円以下の部分:70%
3,000万円超4,000万円以下の部分:62%
4,000万円超5,000万円以下の部分:57%
例えば、社会保険診療報酬が3,500万円の場合は、
2,500万円×72%=1,800万円
500万円×70%=350万円
500万円×62%=310万円
となり、概算経費は合計2,460万円です。
この法定経費額と、社会保険診療分に対応する実際の必要経費を比較します。
4.計算例①|概算経費が有利なケース
前提を単純化するため、社会保険診療のみを行うクリニックで考えます。
社会保険診療報酬:3,500万円
実額経費:2,000万円
概算経費:2,460万円
このケースでは、概算経費の方が460万円大きいため、他の条件が同じであれば概算経費を選択した方が所得を460万円圧縮できます。
ただし、460万円そのものが税金として戻るわけではありません。実際の税負担差は、他の所得、所得控除、所得税率、住民税等によって変わります。
5.計算例②|実額経費が有利なケース
同じ社会保険診療報酬3,500万円でも、実額経費が2,700万円なら結論は逆になります。
社会保険診療報酬:3,500万円
実額経費:2,700万円
概算経費:2,460万円
実額経費の方が240万円大きいため、このケースでは実額経費で計算する方が有利です。
クリニックの売上が同じでも、スタッフ数、医療機器、賃料、減価償却費などによって結論は変わります。

6.自由診療がある場合は、単純比較では終わらない
実務では、保険診療だけでなく自由診療も行っているクリニックが少なくありません。
この場合、すべての実額経費をそのまま概算経費と比較するわけではありません。自由診療と社会保険診療のどちらに対応するか明確でない共通経費について、自由診療割合を用いて合理的に区分する仕組みになっています。
そのため、「概算経費を使うから実際の経費を集計しなくてよい」という考え方はおすすめできません。自由診療がある場合の計算だけでなく、経営管理のためにも実額経費は把握しておく必要があります。
クリニックでどの支出が必要経費になるかは、「クリニックの経費|どこまで経費にできる?」で詳しく整理しています。
7.実額経費が有利になりやすい年はどんな年?
概算経費と実額経費のどちらが有利かは、その年に実際に発生する経費の金額によって変わります。
例えば、前年までは概算経費の方が有利だったクリニックでも、次のような年は実額経費との差が縮まったり、実額経費の方が有利になったりする可能性があります。
・医療機器を新規導入し、減価償却費が増えた
・スタッフを増員し、人件費が大きく増えた
・賃料の高い物件へ移転した
・大規模な内装工事や設備更新を行った
・外注費や材料費が大きく増えた
ただし、医療機器を購入した金額がその年に全額経費になるとは限りません。減価償却や少額減価償却資産の特例など、別の税務判断も必要です。
8.当法人の考え方
概算経費を選択できるクリニックであっても、実際に発生した経費は継続して把握しておくことをおすすめします。
実額経費を集計していなければ、
「今年は概算経費と実額経費のどちらが有利なのか」
を正しく比較できないためです。
また、実額経費を日頃から把握することは、税務申告だけでなく、クリニックの利益率や人件費率、設備投資後の収支を確認するうえでも役立ちます。
9.申告後に「やっぱり実額経費にしたい」と変更できる?
概算経費と実額経費のどちらを使うかは、確定申告を提出する前に比較して決めることが重要です。
例えば、概算経費を選んで正しく確定申告した後に、
「実額経費を計算してみたら、そちらの方が経費が多かった」
と分かったとしても、それだけを理由に後から実額経費へ変更することは、原則としてできません。
そのため、概算経費を利用する場合でも、申告前に実際にかかった経費を集計し、
概算経費はいくらか
実額経費はいくらか
どちらを使うと所得が小さくなるか
を比較しておくことが大切です。
ただし、当初申告の計算自体に誤りがある場合は別に検討が必要
過去の最高裁判決では、当初申告における自由診療と社会保険診療に対応する経費の振り分け計算に誤りがあり、その誤った計算を前提に概算経費を選択した事案について、単なる有利・不利の選択変更とは別に検討されています。
したがって、「正しく計算したうえで概算経費を選択したが、後から実額経費の方が有利だと分かった場合」と、「当初申告の計算自体に誤りがあった場合」は同じではありません。
過年度の申告を変更できるかどうかは、単にどちらが有利だったかではなく、当初申告に更正の請求の対象となる計算誤り等があるかを確認する必要があります。
10.税務上の比較に必要な数字と、経営判断で別に確認したい数字
概算経費と実額経費の有利・不利を判定するには、まず税務上の比較に必要な数字をそろえます。
税務上の比較に必要な数字
社会保険診療報酬の年間見込額
医業・歯科医業から生ずる総収入金額の見込額
自由診療収入
給与・法定福利費
医薬品費・材料費・外注費
賃料その他の固定費
医療機器・内装等の減価償却費
これらを基に、その年の概算経費と、社会保険診療分に対応する実額経費を比較します。
経営判断として別に確認したい数字
今後予定している設備投資額
借入金の年間返済額
手元資金の残高
これらは、概算経費と実額経費の税務上の比較額にそのまま算入するものではありません。設備投資や資金繰りを判断するための経営管理上の数字として、税務上の有利判定とは分けて確認します。
11.判断フロー|自院ではどちらを選ぶ?
STEP1 社会保険診療報酬5,000万円以下、医業・歯科医業収入7,000万円以下か確認する
STEP2 その年の概算経費を計算する
STEP3 実額経費を集計し、必要に応じて保険診療分と自由診療分に区分する
STEP4 概算経費と実額経費を比較する
STEP5 設備投資などにより、年内の減価償却費やその他の経費見込みが変わらないか確認する
STEP6 確定申告前に概算経費と実額経費を最終比較し、適用方法を確定する
借入返済額や手元資金は、この税務上の比較とは別に、クリニックの資金繰り・経営判断として確認します。

12.まとめ
概算経費の特例は有力な制度ですが、「使えるなら使った方が得」とは限りません。
社会保険診療報酬が同じでも、スタッフ人件費、医療機器、賃料、減価償却費などによって実額経費は変わり、毎年有利不利が入れ替わる可能性があります。
まずは、社会保険診療報酬、総収入、実額経費、設備投資予定を並べて比較してください。特に5,000万円・7,000万円の基準に近い場合や、大きな設備投資を予定している場合は、申告直前ではなく期中で試算する方が判断しやすくなります。
アポロ税理士法人では、税額だけでなく設備投資、資金繰り、借入返済まで含めてクリニックの数字を整理しています。

監修者
志田 宏樹
公認会計士・税理士・宅地建物取引士
監査法人で上場企業等の監査業務に従事した後、投資用不動産会社で財務責任者として勤務。金融機関対応、資金調達、会計実務、税務調査対応等を経験。現在はアポロ税理士法人の代表社員として、不動産オーナーや企業経営者に対し、税務・財務・融資・不動産に関する支援を行っている。
専門分野:不動産税務/不動産法人化/融資・資金調達/財務/相続・資産承継
主な根拠・参考情報


